その72
今回不自然に漢字を使った会話がありますが、気にしないでもらえると助かります……
「し、シア、ちょっと! 頭上げて……、せめて立って、お願いだから」
姉様がシアさんの思わぬ行動に焦っている。
ここは母様の執務室。そしてシアさんは絶賛大土下座中。
ま、まずいよ、また盛大に自分を責めちゃってるよ。しかも、いつもの比じゃないよこれ。床に額をこすりつけんばかりの綺麗な土下座だよ……
は、早く解決しなければ! このままだと本気で自殺しかねない!!
駆け寄って顔を上げさせたいんだけど、私は母様の膝の上にがっちりと捕まってしまっている。
父様母様、兄様までシアさんを止めようとはしない。
「ユーネ、バレンシアはとりあえずそのままでいい。『鋼爪』のライナーだったか? たかがAランクの小僧の分際でシラユキを泣かすとはな……」
「一応ギルドから連絡は来たわよ。向こうもかなり焦ってるみたいね、精霊通信で来たわ。間に入るから正式に謝罪させたいんですって。どうする? ウル。私としてはギルドはどうでもいいのだけれど、場所の提供かしら?」
「ギルドでという事か。確かに森の中へ入れる訳にもいかんな……。まったく面倒な……」
「俺は腕の一本くらい落とせばそれでいいと思うけどな、態々こちらから出向いてやる必要は無いさ。謝罪を受ける側を呼び出すとかちょっとふざけが過ぎるんじゃないか?」
「ゆ、ユー姉様。なんかみんなが怖いんだけど……」
う、腕一本とか……。父様はAランクの人をたかがの小僧扱いだよ……
「う、うん……。でもねシラユキ、私たち王族なのよ。王族をね、Aランクっていう実力者とは言え、ただの冒険者が泣かせちゃったのよ。他の国だと、多分、その……、アレよ」
きょ、極刑、ってやつかな……? なにそれこわい!
「し、シアさんのお友達なんだよね? だからいいんじゃないかな? シアさんも顔上げてー! 立ってよー!!」
「い、いいえ! このままで! 皆様に合わせる顔がありません!! それに、あれはただの馴れ馴れしいだけの子供。決して友人などでは……」
だ、駄目だ! なんという固い意志!!
こうなったら最後の手段! 開始早々最後の手段だよ……
「シアさん命令! 立って! 顔上げて!」
「!? はい!!」
ピシッと、いつもの完璧メイドさんスタイルに戻るシアさん。
うう……、シアさんに命令してしまった……
「ごめんね? 普通にお話して欲しいな」
「姫様……、なんてお優しい……」
半泣きだー! 美人の涙は凄い! 破壊力が凄い!!
「バレンシア、まだ早いと思うが話すか? このままではお前が責められている理由がシラユキには分からんだろう?」
「ウルギス様、エネフェア様にお任せします」
な、何? 何か重大発表?
それを聞くとみんながシアさんを責めて、うん? 責めてるか? シアさんが自分で自分を責めてるだけじゃないの?
「分かった、俺から話そう。シラユキ、バレンシアはな」
「う、うん」
しまった、考え事してた! ちゃんと聞かなきゃね。
「実はな、バレンシアは通常のメイドでは無くな、お前の護衛だったんだよ」
「うんうん。それは知ってる」
「なん……だと……?」
前に母様が言い掛けてたからね。やっぱり護衛で合ってたか。
「ってそれだけ?」
「あ、ああ……」
それだけなんかい!!!
何よもう! そんな事随分前から知ってるよ!
「その護衛であるバレンシアがね、明らかに自分が原因であなたを泣かせちゃったの。だから自分を責めてるのよ。分かる?」
「あ……、うん。今分かった……」
護衛の知り合いが泣かせちゃった事になるのか……。そんな知り合いを持ってて、会わせてしまったシアさんが、悪い?
「うーん……? 今日のはどう考えてもシアさんは悪く無いよ? シアさんは私を守ろうとしてくれたんだしさ。泣いちゃったのは……、その……」
「でもな、お前に隠してたんだろ? 知り合いだって事をさ。ギルドでちゃんと話して、普通に会わせてりゃ問題無かったんじゃないか? 完全にバレンシアの過失だろ?」
う……、やっぱり兄様頭いいな、誤魔化されてはくれないか。
でも、私が泣いた直接の原因はライナーさんじゃないんだよね。ここじゃ絶対に言い出せないんだけど。
「バレンシアは自分の冒険者時代の話をされたくなかったんでしょうね。そうでしょう?」
「は、はい……。申し訳ありません……!」
「だ、誰にだって聞かれたくないことはあるよ! メイドさんだからって聞き出すのは駄目だと思うよ?」
「や、優しいなこの子は……。もう全部どうでもよくなってきてしまうんだが……」
父様は簡単に落とせそうだね。よしよし、このままどんどん仲間を増やしていけば……
「本人がこう言ってるんだし、しょうがないか。でも、一応謝罪は受けるぞ。何かしらの罰も与えないとなあ。なんか急にめんどくさくなって来たんだが……」
よし、兄様も落ちた。あとは母様だね、無理そうだけど。ちなみに姉様は元々こちら寄りなので数に入れていない。
ちょっと振り向き、母様と目が合う。にっこりと素敵な笑顔。
駄目だ! 絶対に勝てない!!
「謝罪の件は後回しにしましょう。まずはバレンシアに罰を与えるわ」
罰!? 一体どんな……?
「母様やめて! そんなのやだよ!!」
「ふふふ。貴女の冒険者時代のランクと二つ名を、今この場で公開しなさい」
「エネフェア様!? そ、それだけは……!!」
え? シアさんのランクと二つ名?
「やっぱり罰は必要だよね、ユー姉様」
「うんうん、必要よね。ね、お兄様」
「そうだな。よし話せバレンシア」
「ひ、姫様……」
助けを求めるように私を呼ぶシアさん。
「話してシアさん!」
「姫様! ひどいです!!」
今を逃すと次はいつ聞けるか全く分からないからね、観念して話してもらおうか!
「はあ……、どうしてこんな事に……。姫様風に言うのなら、どうしてこうなった! でしょうか」
私それ結構言ってるよね……
ついに……、ついにシアさんの冒険者時代のランクと二つ名を教えてもらえる日が来たよ!
「それでは、改めまして自己紹介をさせて頂きます。私の名はバレンシア、自分で付けた名で本名は分かりません。百年ほど前に冒険者を辞め、世界を放浪していました」
あれ? ランクと二つ名だけじゃ? ど、どこまで話すんだろう……
「十年前、姫様が二歳の頃ですね。詳しい経緯は避けますが、十年前にこの国へとやって来たとき、ウルギス様に姫様の護衛として雇って頂いたのです」
暗そうな、重そうな話は避けてくれてるみたいだね。どうして冒険者を辞めたかは聞かない方がよさそう。
「ええと、冒険者時代のランクは、そのー……、え、Sランクでした」
「えす!?」
「ちょっ! え? ホントに?」
「百年前に消えたSランクの一人ってバレンシアかよ!?」
驚く私たちに父様母様は満足気だ。
メアさんフランさんも驚いている。でもクレアさんとカイナさんは知ってたみたいだね、特に変わりは無いように見える。
「は、はい……、二つ名は『せんけん』、せんけんのバレンシア、と呼ばれていました。うう……、恥ずかしいです……」
あはは、ホントに恥ずかしそうだ。二つ名ってカッコいいのになー
でも、せんけんの意味が頭に入ってこなかったね、なんでだろう? 翻訳機能の限界? あ、本人に聞けばいいか。
「せんけん、ってどういう意味なの?」
「そ、そこまでですか……!? わ、分かりました、お話します。私の戦闘スタイルは分かりますよね? 主にナイフを使った行動になります」
分かりますよね? って……。うん、まあ、なんとなくはね。
結構投げてるところも見てるけど……、投げる?
「まさか、ナイフを千本投げるから『千剣』?」
「千本は無いだろ。一人で千体の魔物を倒した、とかじゃないのか? それだとナイフは関係ないか……。尖ったナイフの『尖剣』か?」
「何言ってるのよお兄様、シアよ? 殲滅の『殲剣』に決まってるじゃない」
それだ! 頭いいな姉様!!
「そ、そうなの? シアさん」
「ええ、皆様正解です……」
「え?」
「みんな正解?」
ど、どういう事なの……?
「『千本』の『尖った』ナイフで『千の敵』を『穿ち』、『殲滅』する。ああ、穿つの穿もありましたね。全てを合わせ、『千剣』と呼ばれていましたね……」
あ、遠い目してる……
あ! あれだね多分、黒歴史ってやつだね。中二病の頃のあだ名を自分で公表させられた感じか……
それは恥ずかしすぎるでしょう……!?
まあ、それは置いといて。
「何その怖い通り名!? 千の敵って何!? 一対千でも勝てちゃうって事!?」
「シラユキ。たかが千だ、俺も余裕でいけるぞ?」
「父様は父様だからいいの!」
「私もできるわよ、多分」
「母様は絶対しないで!!」
「俺もユーネと二人ならいけるか?」
「お兄様と二人でなら何千だろうと平気よ」
「愛の力!? ホントにできちゃいそうだよ!」
「わ、私もできます! 多分」
「クレアさんも!? 無理に参加しなくてもいいからね!?」
「カイナもできるんじゃないの?」
「わ、私ですか? ちょっと難しいですね……」
「できないとは言い切れないんだ!?」
「姉さんも余裕でやっちゃえると思うよ?」
「コーラスさんまで!? 私の周りは怖い人ばっかりなんだー!!」
「だ、大丈夫ですか姫様、叫びすぎですよ?」
ぜえぜえと肩で息をする私。ツッコミ疲れた……
「ちょっと面白かったが、大丈夫か? メアリー、ちょっと飲み物用意してやってくれ」
「はい!」
「あ! 私が!」
「カイナ? あ、お願い。ここは私じゃ分からないか」
ここは執務室だもんね、この部屋専門のメイドさんにお任せするのが一番か。
カイナさんが用意してくれた紅茶を飲んで一息つく。
「シラユキ、興奮しすぎよ? そんなに嬉しかった?」
「う? 嬉しかったのかな? シアさんの事聞けたのは、うん、嬉しかったかな」
「姫様に喜んで頂けたのは私も嬉しいのですが……、複雑な心境です……」
まあ、黒歴史をほじくり返す事になっちゃったからね……
ふう……、落ち着いた。この流れで聞いてしまうか。
今なら本当の事を聞いても耐えられそうだ……
「シアさん、あと一つだけ聞いてもいいかな?」
「もう何でもどうぞ……、答えられない質問は黙秘しますよ?」
「うん、それでいいよ。聞くね? あの、ライナーさん、だよね? あの人に向けて言った言葉は、シアさん自身の言葉だったの? それとも演技?」
「姫様……」
「何だ? どういう意味」
私とシアさんの真剣な態度を見て、姉様が兄様の口を手で押さえられて止める。
ありがとう姉様。兄様はもうちょっと空気読んでね……
「私がまだ冒険者だった頃はあの様な喋りでしたね。今では意識して話さなければもう出て来はしませんが……」
「喋り方じゃなくて、その……、駄目! やっぱり聞けない……!!」
「シラユキ!? どうしたの? なんで泣くの? シア、貴女その人に何を言ったの?」
「今後も敵対者、姫様に害をなす者に対してはああいった態度を取るでしょう。あれは私の、本心からの言葉でした。姫様を害する様な存在は生かしておく理由などありませんから」
「シア……」
やっぱりそうだよね、うん、分かってたよ。
「シアさんは、怖い人なんだね。とっても優しいけど、その分怖いんだ」
私に向ける感情がプラス100なら、私の敵に向ける感情もマイナス100になってしまうんだろう。
「今回の事は、私の心の弱さが招いた結果でしょう。もっと早くお伝えするべきでしたね。くだらない恥などを気にして平静を保てなかったとは……。申し訳、ありませんでした」
シアさんは深く、深く頭を下げる。
多分それだけじゃ無いだろうね、きっと冒険者時代の事は思い出したくも無い、私にも絶対に聞かれたくないんだ。
「シアさん」
「はい、姫様」
「大好きだよ」
「! 姫様……!!」
母様の膝から降りると同時に、シアさんに抱きしめられる。
「あの時のシアさんは怖かったけど……、それでもいいから一緒にいて欲しい。シアさんがいなくなっちゃう方がもっと怖いから……」
「ウルギス様エネフェア様に誓いました。私の全てを懸け、あなたを守ると。あなたを害する存在は全て打ち倒し、滅ぼして見せると」
「やっぱり怖い事誓ってたんだね」
「普通ですよ?」
「ふふ、シアさんだし、いっか」
「ええ。私ですからね」
「もうお前ら結婚しちまえよ」
「しないよ!!!」
「して頂けないんですか? 残念です」
「またそういう事言う! シアさんはお姉さんみたいなメイドさんなの!!」
「ふふふ、可愛い」
「シラユキはいつも、どんな時も可愛いわよ?」
「そうだな……。そのシラユキを泣かせたんだ、ライナーとか言う小僧はどうしてくれようか」
なんか愛の告白みたいになっちゃったよ……
でも、これでまたいつも通りの関係に戻れるね。
問題無しだ! 私を害するような人がいなければ、シアさんはずっと優しいままなんだから。
簡単な事だよ、今まで通りにしてればいいんだからね!
ちょっと上手く書き直せなかったのでこのまま投稿してしまいました、すみません。
千剣の千は数字の1000、剣はナイフ、刃物の意味のみです。
問題の会話部分だけ書き直すかもしれません。