その71
ラルフさんナナシさんの分のグラスも用意、シアさんがジュースを注ぐ。あああ、無くなっちゃう……
「ラルフさんの分は無しでいいですね。残りは全て姫様に」
「やっぱり俺には冷たい! 外熱かったんだよー、俺にも一杯くれよー」
「姫様、先ほどの凍らせる魔法、実践してみます?」
「何か知らないけどやめてくれ!!」
「ラルフさん何でそんな嫌われてるんだよ……」
「俺が知りたいよ……」
あはは……、ラルフさんだから、かな?
その後少し経つと。ミランさんも受付へ戻って来た。
ミランさんはAランクの人たちを見に行ったんじゃなくて、人が減った隙におやつの補充へ行っていたらしい。軽く挨拶をしてカウンターに入り、いつもの様にぼーっとしている。
何というフリーダムな受付。いいな、冒険者ギルド。
「Aランクの人たちには会えました? 二人とも見に行ってたんですよね」
「ああ、いい胸だったぞ。目線に気づかれて殺気飛ばされたけどな。そうだ、ルーディンのやつにも教えておいてやってくれよ」
「何で胸しか見ないの!? 二つ名持ちの冒険者だから見に行ったわけじゃなかったんですか……」
「ラルフさんお姫様の前でもそのままか……。やっぱすげえなこの人」
やはりラルフさんはラルフさんか……。エディさんは染まらないでね。
胸?
「女性だったんですね、その人」
「誰が来たか聞いて無いんだ? 『落炎』と『鋼爪』だよ、『落炎』の方が女の人。なんでそんな大物がこんな田舎に出向いてきたんだか……」
ナナシさんが代わりに答えてくれた。
落炎と鋼爪? 翻訳機能は便利だね。意味合いまで伝わってきたよ。
しっかし、物騒な二つ名だね二人とも……
「『落炎』は確か有翼族の方でしたか。炎を雨のように降らせるとか。それと、『鋼爪』はライナー・ランガーの馬鹿の事ですよね」
シアさんはよく知ってるなー、鋼爪の人は名前まで。有名な人なのかな? 馬鹿?
「姫様、帰りましょう。Aランクの冒険者になど気軽に会うものではありませんよ」
「え? どうしたのシアさん、急に」
まさか、知り合い? 会わせたくない、あ、馬鹿とか言ってるし会いたくないのか!
「『鋼爪』ライナーを馬鹿扱いかよ……、さすがメイドさんか? 何で知ってるかは……、聞かない方がいいか」
「バレンシアさん本気で何者?」
「賢明な判断ですね。ああ、私はただの、どこにでもいるメイドですよ」
誰も信じないよ! シアさんクラスのメイドさんがどこにでもいたら……、それはそれで面白いかもしれない。
「あはは。まあ、確かに体力馬鹿っぽかったかな? 竜人ってみんなあんな感じなの? ちょっと夜の方、気になるんだけど」
よ、夜の方!? って、え?
「え? 竜人?」
竜人の冒険者!? あ、会ってみたい!
「シアさん!」
「駄目です帰りましょう」
「えー!! 会ってみたいな……」
お話、はちょっと怖いけど、見るくらいならいいんじゃないのかなあ……
「いいじゃん、会わせてやれば。周りの奴等と話してるの見てただけだけどさ、悪そうな奴には見えなかったぜ?」
「リズィーさんはいい人そうだったよ。睨まれたのもこの馬鹿が胸見てたのが悪いだけだからね」
有翼族の人はリズィーさんって言うのか。ずぃーが言い難そうだね。
それにしても、有翼族かー……。翼が背中に生えてる獣人、鳥系の獣人だったかな。会ってみたいー! 触ってみたいー!
「この方はこの国の姫様、という事をお忘れなく。危険から遠ざけるのは当たり前の事でしょう?」
「う、悪い……」
「あたしは大丈夫だと思うんだけどなあ……。ま、確かに冒険者に進んで会いに行くような事も無いか。あ、あたしには会いに来てね?」
「うん。お友達ですから!」
ラルフさんもナナシさんも、冒険者以前にお友達だからね。
エディさんももっと気を抜いて話してくれるといいんだけどなー
「ナナシさんもすげえ……」
「ふふん。そんな凄いあたしに童貞を捧げてみんかね?」
「捧げないよ!?」
あ、童貞なのね。聞いちゃった……
「それでは片付けを。前を失礼しますね」
またものの数秒でグラスとテーブルクロスを片付けてしまうシアさん。
今回は本気で無理そうだ。諦めるしかないかー
バスケットを受け取り、魔法で仕舞う。帰る準備はできた。
「もっとお話したかったんですけど、今日は帰りますね」
ラルフさんナナシさんとは殆ど話せなかったな、残念だ。また何日か間を置いて会いに来よう。
「おう、またな。俺は酒でも飲むか、エディ付き合え」
「夜に酒場で飲んだ方がいいよ。それより魔法教えてくれって、冷やすのと凍らせるやつさ」
「何だ? まだできないのかお前」
多分教え方が悪いんだよ……。でも私にはどうすることもできない。頑張ってねー
「あたしはどうしようかな。送っていこうか?」
いいねそれ、お話しながら帰りたい。
「すみませんが、急いで帰りますので……」
「そんなに急がなくてもいいのに……、ナナシさんありがとう、ごめんなさい。 それじゃ三人とも、また今度。ミランさんも、またねー」
「失礼します」
「はぇ? あ! はい! またです!!」
ミランさん気を抜きすぎだよ……
ギルドを出てすぐ、本当に出たその場。
「姫様、飛んで帰りましょう」
「え? まだ町の中だよ? 危ないって」
「大丈夫です、屋根の上を飛び伝って行きますから」
そ、そこまで会わせたくないんだ……
まあ、仕方ないか、シアさんにはあまり我侭は言いたく無い。困らせたくないからね。
「それじゃ、ジュースだけ買って行きたいな。全部飲んじゃったし」
結局全部みんなで飲んでしまった。家にはあると思うけど、お店のとは少し味が違うからね、どっちも常に置いておきたいのだ。
「そう、ですね……。それくらいなら大丈夫でしょう。では、参りましょうか。お手をどうぞ」
「うん! 行こう!」
町の中では、手を繋いで歩くのがデフォルトだ。
ちょっと甘えすぎ、過保護すぎかもしれないけど、周りに大勢の人がいるのはまだ少し怖いんだ……
シアさんも、と言うか家族みんな、それを察してくれているみたい。
いつもジュースを買う青果店でオレンジジュースを購入、空いた瓶の回収もしてもらう。多分再利用してるんだよね、この辺りは異世界でも変わらない。
容器の持ち込みだと多少割引もあるらしい。でも王族がそんな事を気にするな、と兄様に笑われてしまった。
このお店もオレンジジュースの在庫は絶対に切らす事は無い素晴らしいお店だ……。ここも私のせいです!!
「ねえシアさん、歩いて帰ろう? ゆっくり帰りたいな……」
「わ、分かりました。すみません姫様、少し過剰に反応しすぎましたね……。この広い町でたった一人の冒険者と出会う事など早々ありえる事では無いでしょうし」
ちょっと困らせちゃったかな。うーむ……、我侭を言ってしまった……、ちょっと罪悪感。
シアさんは私のためを思っての行動なのにね……
「今のは決して我侭などではありませんよ、安心してくださいね。どちらかと言えば私の我侭でしょうね」
「うん。ありがとうシアさん」
シアさんと手を繋ぎ直す。町中で二人だとついつい甘えちゃうね。優しくも厳しくもある姉様のような感じかな? 厳しくはないわ……
「シア?」
「!?」
真後ろからの呼び声に、シアさんが驚いて振り向く。
振り向いた先には男の人。さっきシアさんを呼んだのはこの人かな?
「シア……、バレンシアか?」
この人で合ってるみたいだね。
随分と背の高い男の人、190か2mくらいあるんじゃないだろうか? 袖の無い上着から出ている腕の筋肉が凄い、まるでプラモデルの様だ。変な例えだけど、作り物みたいに硬そう……
真っ赤な短い髪、え? あれって、角? 両耳の少し上の辺りに、後ろへ向かって赤黒い角が生えている。兄様の言う通り目立たないねこれは……
竜人の人だ! まさかこの人がAランクの冒険者、『鋼爪』の、ええと、ライナーさん、だっけ?
年は、幾つだろ? 二十代後半? でも、竜人もエルフと同じ長寿種族だし、聞かないと分からないね。
「確かに私はシアという名ですが、人違いでは? 竜人の方とはお知り合いになった事などあ」
「ぶふっ!! 何だその格好!? メイドか!? 今お前メイドやってるのかよ!?」
盛大に吹いた!? やっぱりシアさんのお知り合いだよこの人! な、何? 面白くなってきたじゃない?
「ひ、人違いだと言っているでしょう、失礼な! 行きましょう姫様」
シアさんは私の手を引いて歩き出す、が。
「おいおい待てよ。随分丁寧な喋りになっちまってまあ、似合わねえなあ……。どう見てもバレンシアだろお前。髪型そのままで本気で誤魔化せると思ってんのか?」
ライナーさん(仮)も一緒について来てしまっている。
そういえば冒険者時代は多少荒めの言葉遣いだったって言ってたっけ?
「他人の空似ですよ。ついて来ないでください、憲兵を呼びますよ」
「この町そんなのいねえだろ。あ、エルフの自警団はいるんだっけか? そりゃ厄介だな……」
「そうでしょう? 理解したらさっさと消えてください。私たちはもう帰るところなんです、これ以上邪魔をしないでもらえますか?」
少し早足になるシアさん。
ちょ、ちょっと……
「別に邪魔なんてして無いだろが……。じゃ、あれだよ、ナンパだ、ちょいと付き合えよ。今まで何してたか話せ、せめて現状報告くらいはな。ああ、キャロルにも連絡くらい入れてやれよ、あいつずっと探し歩いてるんだぜ? ……しかし、そっちは何でそんな面白そうな事になってんだよ」
しつこく食い下がるライナーさん(仮)。ついにナンパを始めてしまった。ちょっと話し方は乱暴で怖いが、悪い人じゃ無さそうだよね。
キャロルさんっていうのはシアさんのお友達かな? 女の人の名前だよね……、怪しい。
「話などありません、ナンパもお断りです。誰が貴方のような筋肉ダルマの相手など……」
提案を切り捨てつつ、さらに早足になる。
「わ、ちょ、シアさん、手、手……」
は、速いよ! 歩幅広いよ! あ、足長い人が早足で歩くと本気で速いわ……、っと転ぶ!
「え? す、すみません姫様!! どこか痛めてしまってはいませんか?」
「う、うん、大丈夫。ちょっと転びそうになっただけだから……」
危なかった! 完全に私の事忘れてたね……
それだけ動揺してたっていう事か。どんな関係の人なんだろう?
「お? 何だそのちっこいの。 おお!? まさか娘か!? おいおいマジかよ!? 相手は誰、ん? 姫様だあ!?」
お、大声はやっぱり怖い! とりあえずシアさんに抱きつこう。
「おっと、怖がらせちまったか、悪いな。姫ってまさか、この国のか? 何でそんな、ああ! お前王族のメイドやってんのか!? すっげえな!!」
大声に反応して体がビクッとしてしまう。
やめて! 悪い人じゃないのは何となく分かるけど、大声は怖いのよ!
「ふう……」
シアさんは大きくため息をついた。
「やっと話す気になったか? それじゃ、場所変え」
「黙れ。いいからもう黙れ。いつからお前は私にそんな口が利ける程偉くなったんだ?」
シア、さん……? 何、その、冷たい目……
「え? いや、前からこんなもんだっただろ?」
「私は黙れ、と言ったんだが……」
空気が重い? なんだろこれ、こ、怖い!
ライナーさん(仮)は完全に黙ってしまった。
「もういい、とっとと失せろ、次に私の視界に入ったら殺す。これは脅しじゃない、お前になら分か」
!?
「シアさん! やだ!! そんな事言っちゃヤダ!!!」
「姫様?」
「イヤイヤイヤ!!! そんな冷たい目しないで! こ、殺すなんて怖いことっ、言わないで!! いつもの優しいシアさんに戻ってよ!!!」
怖い! こんなシアさんは嫌だ! 絶対に嫌だ!!!
「姫様!? す、すみません。ああ……、な、泣かないでください。わ、私は何て事を……」
「もう我侭言わないから! 冒険者の人に会いたいなんて言わないから! も、戻って……よ……。いつものシアさんがいいよぅ……」
「姫様……、申し訳ありません……。本当に、本当に……」
シアさんは、大泣きを始めてしまった私を優しく抱きしめてくれた。
ああ……、いつもの優しいシアさんだ、よかった……
さっきのは演技だったんだよね? 演技でもやめてよ……
「ギルドを通して謝罪をいれる。本当に悪かった……、今のお前の生活を壊すつもりは……、分かった」
シアさんがあっちへ行けという風に手を払うと、ライナーさん(仮)は歩いて離れて行ってしまった。
「ごっ、ごめんね、シアさん……、私が、ジュース、なんて……」
シアさんの言うとおりまっすぐ帰ればよかった……
「姫様は何も悪くはありませんよ。悪いのはあの男、そして私ですから。お願いですから、泣き止んでください……」
「うん……。ごめんね? ごめんね……」
「ひ、姫様……。謝らないでください……」
「帰ろう? もう、帰りたい……」
「は、はい。抱き上げますが、よろしいですか?」
「うん……」
何も聞きたくない、考えたくない。さっきの怖いシアさんは演技だったんだ。
それでいいんだ、それで……