その66
まだ暑さも続く日、いつもの談話室。
書庫から持ってきた本を読みながら、冷房の魔法を使うか使わないか地味に悩んでいた時、珍しい来客があった。
「失礼します姫様。バレンシア、エネフェア様がお呼びだ」
来客はクレアさんだった。
珍しいとは言っても、いつも母様に付いているメイドさんだから、何度もこの部屋にも来てるんだけどね。一人でこんな、伝言のような事をしに来るのは本当に珍しかった。
「エネフェア様が? 分かりました、すぐに伺いますね」
「私も行っていいのかな?」
母様がシアさんに何の用があるのか気になるね。それに、母様にちょっと甘えたいのもある。私最近さらに子供っぽくなってないか……?
「すみません、姫様。バレンシア一人で来るように、との事です」
「そうなんだ、残念……」
むう、なにやら秘密のお話っぽいね。気になるわー
「それでは姫様、行って参りますね。……ああ、クレア? 私が戻るまで姫様のお相手をお願いします」
「何……?」
「姫様、質問はクレアが答えてくれますから、どうぞ読書の続きを」
「う、うん。クレアさんよろしくね?」
「はい……」
うわあ……。面倒な事を押し付けられたぞっていう空気を醸し出している。
全くの無表情だけど、何となく声に覇気が無い。
クレアさんと二人きり、部屋に残される。メアさんとフランさんはおやつを作りに。汗をかくので体も流してくるだろう。まだまだ時間は掛かりそうだ。
うう、沈黙が痛いわ……。とりあえず本を読もう、疑問が出たら普通にクレアさんに聞いてみようか。ちょっと怖いんだけどね……
クレアさんが怖い人じゃないのは分かっている。でも、小さい頃にこの無表情には何度も泣かされていたので、ちょっと苦手意識がある。失礼な事だよ。
シアさんと同じくらい、もっとかも? 本当に怖いくらいの美人で、さらに背も高い、170はあると思う。胸も大きめ。もげろ。
こんな長身美人が無表情で見つめてくるのよ? 泣くってマジで。
まあ、いいや。読書読書。
「姫様、その本は……?」
「はぇ! あ、これ?」
珍しい事もあるものだ、クレアさんの方から話しかけて来るとは……。びっくりして変な声が出てしまったじゃないか。
今日の本は、『世界の刃物大全 巻の一』、武器の本だね。果物ナイフからラルフさんの担いでるような両手剣などなど、いろいろな刃物が分かりやすく挿絵付で紹介されている、物騒極まりない本だ。
シリーズは何冊あるんだろう? 武器、刃物ってそんなに種類が多いのか?
「武器にご興味が?」
「そ、そういう訳じゃないんだけどね、何となくかな。シアさんは元冒険者だし、武器のこと色々知ってると思って、ね」
まあ、今日に限ってはただの暇つぶしかな。
シアさんは基本ナイフしか使わないみたいだけど、知識として大体の武器の事はは把握しているらしい。
「なるほど。お邪魔してしまってすみません。続きをどうぞ」
か、固い! カイナさんとはまた違った方向で固い! お堅いってやつかな……
子供がこんな本を読むんじゃない、って怒られるかと思ったよ。
武器の解説、説明を読みつつ、パラパラとページを捲っていく。
結構面白いねこれ、ゲームの攻略本を読んでいる感じに近いかもしれない。
うん? これは……
目に入ってきたのは、反りのついた細い方刃の剣。
刀、かな?
今まで物々しい、大きめ、太めの武器しかなかったけど、これは細いね。
魔物との戦いに、こんな細い剣が役に立つんだろうか? 魔物なんていう大型の生き物を相手取るには重さと硬さが重要なんだよね。さっきシアさんがそう言っていた。
こんな細い剣で斬り掛かっても簡単に折れてしまうんじゃないのかな?
うーん……、クレアさんに聞いてみるか? でも母様お付のメイドさんだしなー。きっと武器なんて、持った事はおろか見たことさえ無いと思う。
「く、クレアさん。これって……」
恐る恐る話しかけてみる。
怖いのよ! 刷り込まれた怖さはそう簡単には消せないのよ!
「はい? ああ、サーベルですね。これが何か?」
あれ? パッと見ただけで名前が出てきたぞ?
本に目を戻す。うん、サーベルって書いてあるね……
こういう武器の名前って、誰でも知ってるものなのかな?
おっと、質問を忘れる所だったよ。
「えとね、こんな細い武器で魔物と戦えるの? 折れちゃうんじゃないかなーって思っちゃって……」
「サーベルは儀礼用として使われることが多いですね。この館にも何振りかあります。確かにこの絵のような簡単な造りの物では難しいですね、三合と持たずに折れてしまうでしょう。ですが、実際の武器の出来と使い手の腕が合わされば、大きな魔物相手でも十分以上に渡り合える武器となります。鋭さで急所を、目や間接の裏側、さらには心臓を直接狙っていくのです。どんな大きな魔物でも心臓を一突きされれば終わりですから。勿論剣、刃物として斬る、という戦い方もできます。通常の武器の叩き斬るという振るい方ではなく……、包丁のように綺麗に切断してしまうんです。これは、武器の性能、使い手共に、相当な物が求められます。……姫様?」
「ふぇ? あ! うん、ありがとうクレアさん!」
え? 誰これ? クレアさんだよね? もう今のサーベルの説明だけで、これまで聞いた以上の声を聞いたんじゃない?
いやいや、それはいいのよ。そんな事より……、何でこんなに詳しいのよ!?
「も、もしかして、クレアさんってこういうの、武器、好きだったりするの?」
「好きか嫌いかで言えば、好きですね。私もいくつか持っていますよ」
あれ? この人メイドさんだよね? どこからどう見ても綺麗なメイドさんだよね?
あ! 趣味か! 武器のコレクターとかなのかな? それもメイドさんの趣味じゃないよ!!!
「ど、どうして? クレアさんって、メイドさん、だよね?」
「メイド、と言えばメイドでしょうか。私の役割はエネフェア様の、いえ、皆様の護衛が主なのですが」
「ご、護衛? クレアさんって強いの?」
な、なるほど。目立たないようにメイド服着てるのかな? 目立たないと言うか、あれか、私が怖がらないようにか……
それでも怖がってた私……。ごめんね!!
「ええ。さすがにウルギス様エネフェア様には及びもつきませんが……。冒険者で例えるならAランク上位、Sランクには届かないと思います」
Aランクの上位!? まさか、兄様より強いのかクレアさんって!
「る、ルー兄様よりも強かったりするの?」
「今ではそうです、私が勝つでしょう。実力はルーディン様のほうが上でも、やはり、実戦経験の数で私に分があります。経験の差で力の差を埋めるのです」
「凄い! クレアさん凄い!!」
多分この国で三番目の強さ? 凄い! 普段表に出てこない人たちにもっと強い人もいるかもだけど、兄様より強いなんて、凄すぎる!!
「あ、ありがとうございます……」
そして照れた!! 何? 今日は何の日なの!?
クレアさんとこんなにお話できたのも初めてだし、こんな表情を見たのも初めてだ。
その後も、武器の説明がメインだったが、軽い雑談のようなお話もできた。
「クレアさんって、ちょっと怖い人かと思ってたんだ、ごめんね? こうやって普通に話せば、綺麗ないい人だよねー」
「いえ! 私の方こそ、お小さい頃の姫様を何度も怖がらせてしまい……」
「あはは。あれは私が勝手に怖がってただけだからね。クレアさん無表情で美人過ぎて、背も高いし……。でも、もう大丈夫! これからはちゃんと話せるよ!」
話してる内に、僅かな表情の変化が分かるようになっていた。たまの笑顔が綺麗過ぎるんだけどこの人……。私、最近やばくね?
「表情が出にくいんです、私は。姫様に泣かれてしまった時、実は内心大慌てでした。私も姫様を撫でたりして、可愛がりたかっただけだったんですが……」
「ふふふ。そうだったんだね。ごめんねー、怖がりで」
やっぱり優しい人なんだよね、悪い事しちゃったよ。
「とんでもありません。これからはもっと会話に参加できるよう頑張ります。……そうだ、カイナも私と同じなんです」
「カイナさんも?」
同じ? どういう事だろう。
「カイナは姫様の前では、極度に緊張してしまうんです。姫様のことを可愛がりたい、甘やかしたいとは、本人も思っているのですが……、もし、泣かせてしまったり、嫌われてしまったり、と思うと、体が固まってしまうらしいんです」
な、なるほどね。カイナさんが私の前でガチガチになっちゃうのは、そういう理由があったのか。
「私も無表情で姫様を泣かせてばかりでしたから、よくお互い相談を……。相談と言うより愚痴でしょうか、お恥ずかしい」
ふふ、これはいいことを教えてもらっちゃったわ。
「うん! ありがとねクレアさん。これでカイナさんとも話しやすくなったと思う」
「カイナは本当に姫様のことが大好きですから、喜びますよ」
うわ、また素敵な微笑み……
私、大丈夫かな……、このまま女の人のこと好きになっちゃいそうで怖いよ。
みんな美人過ぎるのが悪いんだーー!!!
クレアさん、カイナさんも大事な家族の一員。何年も掛かってしまったけど、これからはがんがん話し掛けるようにしよっと。
「あ、そうだ」
いい事を思いついた。私にいい考えがある。
まずは椅子から降りて、クレアさんの方へ向く。
「クレアさん座って座って。武器、好きなんだよね? 一緒に読も?」
「え? あ、はい」
何がなんだか分からない、と言った感じで、私の座っていた椅子へ座るクレアさん。
「はい、お願い」
クレアさんに近付き、背を向ける。
「なるほど、分かりました。では遠慮なく。……失礼します」
クレアさんは、私の脇の辺りを手で支え、持ち上げ、膝の上へ降ろす。
や、やばい。この人も凄まじい程に高いメイドスキルを持っている。落ち着くわー……
ちょっと甘えすぎちゃったかな? 今日くらいはいいか、クレアさんと普通に話せて甘えれるようになった記念、という事で。
「まさかこんな日が来るとは夢にも思いませんでした……。感激です」
喜びに打ち震えるクレアさん。
「ふふ、大袈裟だねー。母様に言っていつでも遊びに来てもいいよ。私も嬉しいから」
「ありがとうございます。機会は少ないとは思いますが……、是非」
さあ、読書の続きだ。物騒な本だけど楽しいや!
「では、私が実際振るった感覚も合わせて説明していきましょう」
「うん! ……実際振るった?」
「この本に載っている武器なら大抵は持っています。もちろん全て実際に使った事があります。私は魔法より近接戦が得意ですから」
「え? ……え?」
「今も武器を携帯していますが……、ご覧になりますか?」
「え、ええ!? どこに!?」
「髪留めに始まり、両腕と背、腰、両腿、靴。靴はこれ自体が武器となっていますから除くとして、最低でも十は持ち歩いています」
そう言って右手の袖口から剣を伸ばし、手の甲側へ固定させる。
結構長いな……。ああ、肘までと同じくらいの長さの武器なら袖に隠せるのか。だからクレアさんはいつでも長袖なんだね。
ち、違うよ!! そういう感想じゃ無いんだよ!! 頭がついていかない……!!
「普段主に使う武器はこれです。暗器の様な使い方もできます。収納したまま相手の剣を受ける事もでき、便利です。これだけの長さがあれば、相手が人であれば心臓を軽く一突きにできます。魔物相手には心許無いですが、対人では本当に優れた武器の一つです。姫様も如何ですか? 護身用に一つ。腕のいい職人の知り合いが錬金ギルドにいますから、頼みましょうか」
素敵な微笑で武器の説明を始めるクレアさん。
ふんふん、暗殺用の武器であるか。それを私にもですか。ふむふむ……
「い、いらないよ武器なんて!! やっぱりクレアさん怖い人なんだーー!!!」
「ええ!? すみません! 怖がらせるつもりは……!」
クレアさんは護衛と言うより、戦闘メイドさんだね……
武器が好きなんじゃなくて、多分戦うのが好きなんじゃないのかな?
メイドさんの基準がどんどん崩れていくよ……
五歳編から出ていたメイドさんズの一人、クレアの登場回?でした。
カイナはまた次の機会に……