その59
「あれでよくね? 追いかけっこ」
「ルー兄様を追いかければいいの?」
「それだと練習にはなるけど、修行にはならんなー」
「姫様が逃げ、私が追いかける、でどうでしょう?」
「お? それで行くか」
「う、うん! 面白そうだね!」
うふふ、捕まえてごらんなさーい、だね。
浜辺を走る恋人同士が思い浮かべられる。が、実際あんなのはいるのかな……
今日は跳躍魔法の練習。町までの道は何度か往復して大体の道筋は記憶したので、もっと速く、もっと安全に走れるように特訓するのだ。
道、と言っても実際の道を走るわけじゃない。そんな事をしたら、普通に歩いてる人にぶつかってしまう。
私たちがとるのは、家から町までの直線経路。木を避け、段差を飛び越え、真っ直ぐに進む。
まずは私が先行し、しばらくしたら、シアさんが追いかけてくる。捕まったら、ん?
「捕まった時は何かあるの?」
「そうだな、何かペナルティがないと張り合いが無いよな」
しまった、言うんじゃなかったかな……
「おやつ抜きは如何ですか?」
「それはイヤ!!」
おやつ抜きとか! それは私に死ねと言ってるも同じなんだよ?
「ふふ、姫様にはそれは辛すぎる罰でしたね。他には何かありませんか?」
うーん、何か程々に辛い、それでいて甘いペナルティはないものか……
「あんまり全力で逃げさせるのも危なそうだしな……。駄目だ、シラユキに何かするとか、させるとか、考えられん」
「苦手な物を食べて頂く、というのも良さそうなのですが、姫様は苦手な食材は特にありませんよね」
嫌いな食べ物とか特に無いしね。好き嫌いなんてしてたら、大きく育てなさそうじゃない?
「ああ! 考えてみたら、町まで逃げ切るとか無理じゃね?」
「あ、そっか。シアさんだもんね」
シアさん分かってて黙ってたね? そんなに私に罰ゲームさせたかったのか……
「むう……。それでは、逃げ切れたらご褒美。捕まっても特に罰は無し、でいきましょう」
「うん! それでいいね!」
やる気が出てきたよ、絶対に逃げ切ってみせる! 無理だけどね!!
「んじゃ、どうせ逃げ切れないだろうから、ご褒美も決めずに始めるぞ。準備いいか?」
「いつでもいいよー!」
さーて、何分逃げ切れるかな……
「シラユキが出た三分後にバレンシアもスタートな。……いくぞ、……3、2、1、行け!」
瞬間風を纏って走り出す。集中して木を避ける、足元もよく見て、とにかく速く走る!
前に進むこと以外何も考えない。避ける、走る、避ける、走る……
うん? そろそろ三分の一くらいだね。早い早い、集中しすぎてたみたいだ。
さすがに三分以上経ったよね? 五分くらい? ちょっとスピードを落として後ろを……、ってこのスピードでも危ないな、一旦止まろう。
一旦足を止めて風を解く。ふう……
体を動かした分の疲れはあるが、息が少し切れた程度、数分で治まるだろう。
私も随分と人間離れしてしまったものだ、でもエルフだからいいや、と一秒で自己完結しつつ振り向くと。
「姫さ」
「きゃああああああああああああああ!!!」
「姫様!?」
真後ろにシアさんが立っていた。
「ああああ、まさか泣かれてしまうとは、よ、予想外でした」
「びっくりしたよう……。怖かったよう……」
兄様に抱きついて慰めてもらう。
怖かった、本気で怖かった……。多分気配を完全に消して、私の真後ろを追走してたんだよきっと。
「バレンシア、さすがに趣味が悪いぞ?」
「も、申し訳ありません! 必死で走る姫様が可愛らしくて、話しかけ、止める事を忘れていました……」
この話し方からすると、結構前からもう追いつかれてた?
「シアさんいつの間に追いついてたの……?」
「私がスタートして一分程度、ですね。久しぶりに全力を出してみました」
私が四分かけて走った距離を一分でって事? なにそれこわい。
「ど、どうやったの? ルー兄様、シアさんはちゃんと三分待ってたんだよね?」
「ああ、それは間違いない。しかし、早過ぎないかそれ。お前何モンなんだよ一体……」
「メイドですから」
綺麗なお辞儀で答えるシアさん。
「なるほど」「なるほど」
メイドさんってすごいねー、にーさまー
「姫様は後方の確認が全くできていない様ですね。もう少しスピードを落として、後ろもたまに確認しつつ走れるようになれるといいと思いますよ」
「そうだよねー。前に集中しすぎてたかも。もっと普通に走る感覚で使えないといけないね」
前だけを見て走る分には、もう問題も特に無さそうだね。これはもっと慣れるしかないかな。
「俺みたいに高く飛べばいいんだけどな、シラユキにはまだちょっと早いか」
高く飛ぶのもできるにはできるんだけどね、あの落ちる感覚はどうしても怖くて慣れないのよねー
そうだ、思い出した……
「ルー兄様! シアさん! 空って飛べるの? ジャンプじゃなくてさ!」
「あ、ああ、飛べるぞ? どうしたんだ急に?」
「飛んでみたいのですか? ですが、こればかりは姫様にはさすがに早過ぎます、多分数秒で魔力が尽きますよ」
「え? そんなに消費激しいんだ……」
うーむ、残念。
そういえば母様が言ってたね、速く飛ぶと疲れるから、蹴って跳んだ方が楽だって。
そこまで魔力を消費してしまう魔法なのか。実際に使ってる人はあんまりいないのかもね。
「見せて差し上げるくらいなら……、構いませんか?」
「ん、やって見せてやってくれ、少し高めに飛んでな」
「ルー兄様のエッチ……」
「ルーディン様……」
「う……、どうして分かった!?」
男の人ってそうだよねー。パンチラとか大好きなんだよねー
姉様と、その、エッチな事はしてるんだから、そういうのも見慣れてる筈なんだけど……。あ、別腹ってやつ? 違うか……
「下着くらい、私が飛べるようになったらいくらでもみせてあげるから。シアさんのはだーめ!」
お風呂で裸だって見られてるしね、不意打ちでもなければそこまで恥ずかしい事も無いだろう。
「分かった分かった。楽しみにしてるよ……」
とても残念そうだ。
た、確かにさ、メイド服のシアさんのスカートの中身だから見てみたいんだよね。
シアさんってメイドスキルで、ジャンプしてもまったく見えないしさ。私も見てみたいよ。変な意味でなくてね?
「それでは……」
メイド立ちのままシアさんが浮かび上がる。
「す、凄い! 凄いけど何か違う!」
「え? 飛んでますよ?」
「飛んでるよな?」
う、うん、飛んでるね、飛んでるんだけどね。何なのよこの安定感は!
シアさんは微動だにしないまま浮いていた。
「もっとさ、ふよふよ浮く感じって言うのかな。うまく言えないや……」
「仰りたい事は分かりますよ。確かに浮いている、飛んでいる、と言うよりは、空中に立っている状態に近いですよね」
そうそう! 見えない足場があって、そこに乗って、いる……
イメージは見えない板! 足場を作る!
うん、無理だった! 能力で作る! できた! 楽すぎるでしょうこれ……
能力で膝の高さ辺りに透明な板を出して、空中に固定する。
「姫様?」
「何かやったか今? 何かそこに違和感が……」
二人とも鋭いな……。
いいや、とりあえずはできた。次は乗ってみよう。
「よ、っと……」
まずは右足を乗せる。
自分で作り出したものだから、大体の位置、大きさは分かるんだけど、やっぱり目に見えないとちょっと怖いね。
よし、ちゃんと乗れるね、しっかりした作りだ、揺れたりへこんだりもしない。続いて左足、乗り上がる。
「おいおい……」
「ひ、姫様……?」
「できた……。飛んでるように見える?」
自分からすると、ただ台の上に乗っている感じだね。ちょっと身長が高くなったみたいで視界が新鮮だ。
他の人から見たら、きっと飛んでいるように見えるはずだ。
「あー、まったくコイツは……」
「まさか、透明な足場、ですか……?」
「うん。さすがシアさん、あっさり分かっちゃったね」
「説明は後でいい、早く降りろ、消せ、魔力は大丈夫なのか?」
「うん? 全然平気だよ?」
さすがにこの程度じゃ全く減った感じはしないよ。心配性なんだから兄様は……
とりあえず下に降りてっと。足場も消そう。
「姫様、お忘れですか? 魔法を消す場合にも魔力は消費されるという事を。一体何をお作りになられたのか分かりませんが、その、大丈夫、なのですか?」
シアさんもかなりの心配顔だ。あ!
「わ、忘れてた……。た、多分大丈夫だと思うんだけど、どうしよう。これ、自然には消えないと思う」
「これ、って、それ、何なんだよ?」
何なんだよって言われても、何なんだろうね……
力が抜けてもいいように、シアさんと手を繋ぎ、足場を消してみる。特に大きな疲れは無い、ね。
「ふう……。大丈夫だった」
「よかった……。姫様、まさか、ご自分で何を作られたのか分からないのではないでしょうね?」
あれ? もしかして、シアさん怒ってる?
「バレンシア、全員集めろ。シラユキ、いい加減お前の能力話せ。バレンシアみたいに何か特別な魔法、持っているんだろう?」
「はい、失礼します」
シアさんは即座に家に戻って行った。
「ごめんなさい! 怒らないでルー兄様……」
兄様も怒ってる!? は、話さなきゃ! ど、どこから? 自分でもこれ、よく分からない能力なのに!!
「何焦ってるんだか……。怒ってなんかいないから安心しろ、と言うかな、俺たちに安心させてくれ」
私の頭をポンポンと軽く叩きながら優しく言う兄様。
よ、よかった、怒ってる訳じゃないんだ……。やっぱり絶縁シールドの時からバレてるっぽいね。
私も自分の能力を完全に把握してる訳じゃないし、そろそろ家族のみんなに話すべきだね。
何より、余計な心配は掛けたくないからね。
「うん。帰ってみんなの前で話すね。私もそこまでこの能力については、よく分かってないんだけど……」
「そうなのか? それはまた、お前らしいと言うか何と言うか……。まあ、俺から言えることはな」
「うん?」
「自分でもよく分かってない能力を気軽に使うんじゃねえよ!!」
「ごめんなさい!!」
やっぱり怒ってた!
でも怒られるのはちょっと嬉しい私。駄目お姫様です。
やっと能力説明に入ります、六十話でやっと……。お待たせしました。
シラユキがどれくらいの速さで走っていたのか、というのはあまり深く考えていません。
普通に走るよりはるかに速いよ、くらいの認識でお願いします。




