その54
昨日は幸せすぎた。まだにやけ顔が直らないよ。
今日は母様もまたお仕事、少し寂しさはあるが通常に戻っただけだ。
もう一人で歩きまわれるくらいには回復したのだが、まだちょっとだけ気だるさが残ってる感じかな? やる気が出ない感じ、魔力疲れは精神的に来て面白いな……
どうせ今日も一日部屋に缶詰だ、魔力の消費と回復について考えてみよう。
魔力は誰も理解できていない謎の力。実際魔力疲れを起こしてみても、何がどう減って疲れが出たのか全く分からないね。まあ、一瞬の出来事だったし、長時間魔法を使っていけば感じ方もはっきりと分かるかもしれない。
回復の速さはどうなんだろう? ゲームでは宿屋に一泊しただけで全快するイメージが強いね。あれは怪我も全部治るただのゲームシステムなんだけど……
「ねえシアさん。魔力の消費とか、回復の早さって、分かったりするの?」
考えても答えは出そうに無い、分からないならシアさんたちに聞けばいい。
「はい。消費は、大きな魔法を使えば何となく分かりますね、気だるさや疲れが感じ取れます。回復は大体寝て起きてみると楽になっている様に感じる、くらいでしょうか? こちらは殆ど分かりませんね」
回復はやっぱり分からないのか。それだけ回復速度が遅いのか、もしかしたら眠っている間にしか回復しないのかもしれないねー
「私たちは普段疲れるほど魔法使わないから、魔力疲れなんて起こった事も無いんだよね」
「明かりと火を点けるくらい? 後はたまに風を送るときがあるかな。魔法なんて無くても生きていけるし、あんまり気にしなくてもいいと思うよ?」
メアさんフランさんはあんまり魔法は使わないのか。私も、生活するだけなら明かりの魔法だけあれば充分だと思うけどね。
「そうなんだ。よく分からないよねホントに。結構連続して色々と使ってても疲れは出ないのに、昨日は最後の一個だけであれだもんね」
それだけ消費が多かったんだろうか? プラズマ球を出現させた時はそこまで、あっ!
「シアさんシアさん! もしかして、魔法を消すときにも魔力って消費されてるの?」
「さ、さすが姫様。お願いですから説明させてください……」
「あ、ごめんね?」
プラズマ球っぽいのを作り出すのは、そこまで魔力消費が多くなかったんだ、多分。
シアさん言っていたよね、直径50mくらいに雷を撒き散らす魔法だったって。それを無理矢理、力ずくで消した感じになるのだろう。そりゃ疲れるよ……
作る魔力消費<消す魔力消費、になるのだろうか? 数字的に同じ量か全く消費無しだと思ってたよ。
「姫様が普段お使いになられている魔法は、消す、と言うより、自然に消えている感じですからね。昨日の雷の塊も、投げて発動させていればここまでの魔力疲れは出なかった筈ですよ」
その場合は辺り一面やばい事になっていたかもだけど……
なるほどねー。火は止めれば自然に消えるし、冷やすのもやめればそこまで。風を纏う魔法も、魔力の供給を止めれば霧散していくんだろう。
物の操作の魔法もそうだね。動かしたら動かした分だけ消費される感じか。手を放すのに力はいらないね、なるほどね。
ん? ああ! 『魔法を消す魔法』なのか! そっちの方が分かり易いね。
でも、そうなると気になる事が一つ出てくるね。
「他の人が出した魔法を無理矢理消す、っていう事はできるの? 雷の玉が爆発する前に消しちゃうとかさ」
「それはさすがに無理ですね。他人のイメージを完全に理解できるのなら可能でしょうけど」
それもそうか、あれは私のイメージで作った魔法。パッと消せるのも私本人だからか。
「もちろん消す方法はありますよ。炎なら水で、というのが一番分かりやすいですね」
「うん。だから攻撃魔法は火がメインになってるんだね」
「姫様……」
「あはは。ごめんごめん」
理解が早くてごめんねー
「ふう……。一応説明させて頂きますね。火は水で消える、これは常識ですが、大きな炎を消せる程の大量の水をいつも持ち運んでいる人はいませんからね。風の鎧、土の壁で防ぐのが一般的な防御方法でしょうか。私たちの場合は大きく避ければいいですね。その時の地形、同行人の状況にもよりますが、自分一人の場合はそれが確実でしょう」
私は能力を使えば、直接出す事も大量に持って行く事もできるんだけどね。これは言わない方がいいか……
もし水を持ち運べたとしても、操作系の魔法は魔力消費が大きいからね。距離を取って、風の鎧で余波を防ぐ、というのが一般的な防ぎ方になるのかな。
一般的? でも魔法が不得意の人も冒険者してるよね? ラルフさんは、両手剣を振り回す? 操作する? という魔法は天才的らしいけど、その他は全然っぽいし。
「あのー、シアさん。普通の、Dランクくらいまでの冒険者の人たちはどうやって戦ってるの?」
さすがに戦い方までは答えてもらえないかな……。でも、気になっちゃったのよ。
「それは……、対人戦闘、という意味でしょうか?」
室温が下がった気がする。
ひゃあ怖い! シアさんが怒ってる!?
「あ、ごめんなさい! もう聞きません!!」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません、大人気ありませんでしたね。答えは、姫様にはまだまだ早い、という事でいいでしょうか?」
「うん! うんうん! ありがとうシアさん先生!!」
危なかった! 十二歳の子供が人との戦い方、人の倒し方、殺し方か。そんな事聞いちゃいけないよね。
「では、姫様。Dランク以下の冒険者が……、そうですね。プレベアを一体相手取るにはどうすると思います? 人数は三、四人くらいですね、適正は」
「ラルフさんそんな凄いの一人でやっつけちゃったんだ……」
大きめの熊だよね。え? 三人四人で勝てちゃうものなの? ラルフさんはそれを一人で? Cランク以上って本当に凄いんだ……
「安心しました。さすがにこれを簡単に答えられてしまったら……。ふむ、考えたくはありませんね」
十二歳の子供が戦術指南とかしてたら怖いどころじゃないよね。
「うん、全然分かんない。私たちがポンポン使ってる攻撃魔法なんて、Cランク以上の人くらいだよね、実戦で使えるのは」
「ええ。Cランクでもエルフ以外の種族は即座には使えないと思います。足を止めての集中、詠唱が必要になりますね。実戦で焦りも無く詠唱破棄で魔法を行使する、というのは中々難しいものなのですよ」
魔法がそこまで得意でもない人たちが三、四人でか……。駄目だ、全く分からないよ。
「うーん……。ヒント!」
「か、可愛いらしい……。失礼しました。……ヒント、ですか。ヒントと言うよりは答えに近くなってしまいますが、身の安全を確保する、で、どうでしょう?」
身の安全を確保? 攻撃されても大丈夫なように? 重くて固い防具は駄目なんだよね。動きが鈍くなっていい的になるだけだ。魔法が即座に使えないとなると、風の鎧も使えないね。
だ、駄目だ、まだ分からないや……
「罠を張る、とか?」
「あ! それか! メア頭いいね」
メアさんとフランさんも回答者席に入ってきたみたいだ。
よし、一緒に考えてもらおうか。女三人寄ればっていう言葉も……、なんか違くね?
「遭遇戦、という物もありますよ? 出会ってから罠を張れます?」
「あー、駄目か。むう……」
おっと、変な事を考えていたら既に否定されていた。
「罠ももちろん効果的ですよ。行動ルートなどの下調べ、誘い込みなどが必須になりますが」
ゲームじゃあるまいし即座に設置できる罠なんて無いか。入念な下準備が必要なんだよね、きっと。
「プレベアの攻撃なんて、一発貰ったら終わりだよね? あ、実際見た事は無いよ? 図鑑で見たくらいだけど、3mくらいあるんだよねあれって」
「実際目の前で見たら、腰を抜かしてしまいますよ。姫様ならさらに漏らしてしまいますね」
「ひどい! でも否定できない!!」
「あはは。とりあえずさ、攻撃を受けないようにするんだよね? 全然思いつかないんだけど、シラユキはどう?」
「罠が駄目なら……、うーん……。分かんない」
「あらら」
メアさんフランさんは普通のメイドさんだからね、戦うなんて絶対に無理そうだ。
シアさんは普通のメイドさんじゃないからいい。熊をナイフ捌いているイメージしか沸いてこない。どんなメイドさんよ!!
「もう少しヒントを出しましょうか。攻撃を受けないようにするのも確かにいい考えです、ですが、それ以前に攻撃自体させなければいいと思いません?」
「え? そんな事できるの?」
ずっと俺のターン!! ってやつか?
「ええ、確実、ではありませんが。先制で決めれば後はほぼ安全に、一方的に狩る事ができますね」
狩る? なにか狩人みたいだね。狩猟? あ、ひと狩り行こうぜ? か! あれも確か熊いたね!
「目を狙うの? 強い光の魔法とかでさ。あ、魔法は即撃てるものでもないんだっけ」
私とシアさんには軽くできちゃうんだけどな。普通の冒険者に、目を焼くほどの強い光なんて即作り出せる訳、あ。
「撃ててもあまり意味はありませんね、仲間の目も眩ませてしまいますから。それに、光から目を逸らすという事は、敵対する相手からも目を逸らす事になってしまうんですよ。それは実戦では致命的ですね」
目を閉じて光の魔法を使って、次に目を開いたら敵が目の前にいました、なんて笑い話にもならないか。
「そうだよねー。難しいよ……」
あれもゲームだからこそか。うーむ……
「シア、答え教えてー。私たち普通のメイドだよ? メイドに姫だよ? 分かる訳ないって」
「シラユキは結構いい線いってたんじゃないかなと思うんだけど。私たちはさっぱりだね」
「私ももう駄目、わかんなーい!」
ギブアーップ!
「ふふふ、大変可愛らしい反応が見れて満足です。では、最終ヒントを」
まだヒント? 焦らすのが好きだなシアさんは。
「塩、コショウ、赤コショウ、ニンニク、タマネギなどなど。赤コショウとニンニクが一般的に多く使われていますね」
「へ? 味付け? 何の料理? 匂いと辛さが凄い事になりそうだけど」
うわあ……。そういう事ですか……
フランさんお料理好きだもんね、そういう反応になっちゃうよ。
赤コショウはトウガラシの事。何故かトウガラシでも普通に通じる。翻訳機能バンザイだ。
「えげつなーい! シアさんえげつなーい!!」
「ふふ、さすが姫様。ですが、これが一般的なのですよ? 魔物相手に正々堂々なんて、馬鹿のやることです」
「あれ!? 姫は分かったんだ?」
メアさんも分からなかったようだ。
「うん。多分まとめて小さな袋に入れておくんじゃないかな? 乾かして粉末状にしてさ。後は、鼻先にでも投げつけて、袋から出れば……」
「ああ! なるほど! シアえげつなーい!」
「出会ってすぐ目と鼻を潰すんだ……。レンえげつなーい!」
何故かシアさんに対して起こるえげつないコール。二人とも楽しそうだ……
「頭がいい、ずる賢い、と言ってください。一般の冒険者には必須のアイテムですよ。普通に調薬ギルドで作られ、売られています。魔物とは言っても野生の生き物、目と、特に鼻を頼りに動いていますからね。初弾が決まれば後はもう勝ったも同然。遠距離から集中、詠唱ありの魔法を叩き込むなり、弓矢で狙撃するなり、距離を取って一方的に攻撃する事が可能になりますね。そしてある程度弱らせたら……、ブスリと」
能力でナイフを作り出し、笑顔で刺す動作をする。
「シアさんこわーい!」「シアこわーい!」「レンえげつなーい!」
「冒険者というものは、怖くてえげつない方法を取らなければ生きていけないんです」
「なるほど、レンの性格はそうして出来上がった物なのかごめんなさい!」
ナイフをチラ見せするシアさん。全力で謝るフランさん。
何か、結構怖い会話のはずなのに、楽しいね。これもシアさんの話し方のおかげか。
うーん。やっぱりシアさんは凄いや!
「今のシアならプレベアはどうやって倒すの?」
メアさんが、多分聞いてはいけないことを聞いてしまった。
「真正面から素手でいけますよ? あの程度、片手でも三秒あれば充分ですね、お釣りが来ます。プレベアの攻撃など掠らせる事もありませんよ」
「シアさん怖い!」「シア怖い!」「レンこわっ!!」
「メイドですから」
綺麗なお辞儀で閉めるシアさん。
メイドさんって怖いんだね!!
「メイドさん最強」タグが必要な気がしてきた……