その47
「うーん……。うーむむむ……」
「何かシラユキがこっち見て唸ってるんだが……。俺、何かしたか?」
「ふふ。そうね、お兄様が素敵過ぎるのが原因かもね」
「何だよそれ……。ユーネに言われると嬉しいな」
「お兄様……」
ええい! いつもいつも目の前でイチャイチャしてー! はっ!? まさかこれは、やきもちなのか!?
なんか違う気がするよ……
「ルー兄様ー」
「どうしたシラユキ? 何かあったのか? 悩みなら俺たちが聞くぞ?」
「ちょっと抱っこしてほしいな」
「あらあら」
ちょっと試しに甘えてみるか。しかし、姉様は嬉し楽しそうだな……
「何だ、甘えたいのか? ほれ、来い来い」
「うん!」
兄様に駆け寄り抱きつく。そのまま抱き上げてくれる兄様。
やっぱりこれはいいわー。兄様大好きだわー。でも、やっぱり違うね、これは家族としての好き、だ。
「ルー兄様、大好きー!」
疑問は解決した、後は全力で甘えよう。とりあえず首に抱きついて頬擦りする。
「おいおい、どうしたんだ? 急に。今日はやけに甘えん坊だな」
「か、可愛い、可愛すぎる……。後で私もね? シラユキ」
「うん!」
兄様も姉様も大好き!!
「昨日話してたんだけどね、シラユキってお兄様の事好きみたいなのよ。それを確かめてたんじゃないかな?」
「うんうん。やっぱり家族としての好き、だねー」
そうでなければ抱きついたりなんて無理無理。
でも、兄様ならいいな、とも思ってしまう。だって本当に大好きなお兄ちゃんだもんね。
「ああ、なるほどな。でも、ごめんなシラユキ、俺はユーネ一筋なのさ」
告白もしてないのにふられてしまった。カナシイワー
「うわーん、ふられちゃったよ姉様ー!」
「おいでおいで、お姉ちゃんが慰めてあげるわね」
「姉様大好きー!」
さっきと同じように姉様に抱き上げられる。
この二人はずっとこのままでいて欲しいな……。二人に子供ができるまでは甘えさせてもらおっと。
「あーあ、あっさり終わっちゃったよ……」
「姫の初恋はまだまだかー……」
「私としては、このままルーディン様に決めて欲しいものなのですけど」
フランさんはとても残念そうだ。
やっぱりからかってたんだね。まったくこのメイドさんたちは……
「後百年もしたら考えも変わるかもね。好きになっちゃったらちゃんと言うのよ? 私もお兄様説得してあげるから」
「本人の前で言うなよ……。でも、そうだな。本気で俺の事を好きになってしまったんなら、その時は覚悟するか」
百年先のことなんて想像も出来ない。でも、その可能性は充分あるね、兄様ホントにカッコいいし。
「父様の事好きになるかもしれないしねー。もしかしたら他種族の人とだって」
「それは駄目よ」
「え?」
みんなから笑顔が消えた? わ、私また何かやっちゃった……?
「父様の事? 他の種族の人の事?」
この沈黙には耐えられない! 勇気を出して聞いてみた。
「教えちまうか。でも、言葉を慎重に選ばないとな……」
「そうね……。ね、シラユキ。他の種族の人だけはやめなさい」
さっきまでの優しい笑顔はどこへやら、みんな真剣な表情になってしまった。
「ど、どうして?」
どうしてだろう? 私が好きになった人なら、みんな応援してくれそうなものなんだけど……
「エルフはね、ええと、うーん……」
「エルフ、ハイエルフは寿命が長い。人間、獣人は長く生きても百程度です」
「シア! そんなストレートに!」
いい淀んでいた姉様の代わりに、シアさんがはっきりと、ストレートに答えてくれた。
「ああ、うん、知ってるよ。もちろんその意味も分かってる。だからラルフさんはエルフの女の人に嫌われてるんだよね?」
人間は先に死んでしまう。エルフが成人を迎えるくらいの時間も生きてはいられない。
気軽に求婚なんてしていい訳が無い。残される人の絶望は、一体どれ程のものになるんだろう……
「シラユキ? じ、自分の年、ちょっと言ってみて」
姉様が、信じられない、とでも言うように私の年を再確認する。
「うん? 十歳だよ?」
あはは。十歳でこれはさすがに無いか。でも分かっちゃったんだからしょうがない。
町から戻った後、どうしても気になったから考えたんだけど、意外にすぐ答えは出た。
「十歳でそんな答えだすんじゃねえよ……」
「あってるよね?」
「ちょっとこっち、こっち来なさい」
姉様は自分の腿をポンポンと叩く。
「うん」
姉様の膝の上に座る。優しく抱きしめてくれる姉様。
「答えが出ちゃった時、泣かなかった? 悲しくなかった?」
「ううん? 確かに悲しい話だとは思うけどね。私、多分まだ子供だからさ、そこまで理解できてないんだと思う」
その相手が死ぬまでの数十年。その数十年を精一杯愛し合えばいいんじゃないかな?
「そっか……、まだ分かってないのね。……シア、ひどい役、お願いしていい?」
「はい。お任せください」
シアさんがゆっくりと話し出した。
「エルフは他種族では人間種族のみと子を成すことができます。これは姫様も知っていますね?」
「うん。ハーフエルフが生まれることが稀にあるんだよね」
大抵は生まれる前に相手が死んでしまうのだが。
「まずは子供ができない、できにくい、という問題。これだけでも充分絶望できる問題です。他の種族とは生まれる可能性すらありません」
「好きな相手が一緒なら子供なんて、っていう考えは駄目?」
「駄目ではありませんよ。実際に他の種族と結婚するエルフは、その覚悟をしています」
そうだよね。好きになっちゃったら、愛してしまったのなら、全部覚悟して一緒になるんだよね。
「姫様、先に謝っておきます。泣かせます。申し訳ありません」
「え? ええ!?」
お、怒られる!?
「ご、ご家族の方が全て、自分より先に亡くなってしまったら……」
うん? 家族がみんな、私より先に……?
体を横にして、姉様の顔を見る。
姉様が、死……?
「し、シラユキ? あ、あ、ちょ、待って、泣かないで!」
「姉様死んじゃやだーーー!!!」
ああ、甘く考えてたね。み、身内の死、か……
だ、駄目だ。絶対に耐えられない。百年生きようが、千年生きようが、絶対に耐えられない。
姉様に全力で抱き付く。抱き付くというよりしがみ付くと言った方が近いか。
この温もりは絶対に、絶対に失いたくない!!!
「あ、わ! ちょっと! シラユキ? 大丈夫よ? お姉ちゃんはシラユキを置いて死ぬなんて事はしないわ。絶対よ。だから泣き止んで……」
「お、おい、大丈夫か? 泣き方がいつもと全然違うぞ……」
「やだ! みんな死んじゃやだ!!! シラユキを置いて行かないで!!!」
約五年ぶりの暴走か、懐かしいな。ごめんねみんな。落ち着くまで思いっきり泣かせて……
「自分の事名前で呼んでる……? 懐かしいわね……。四歳までは自分の事名前で呼んでたのよね」
姉様が優しく、とても優しく撫でてくれながら話している。
「ああ。たった六年前なのにな。やけに懐かしく感じるよ……」
兄様も優しく撫でてくれる。
ああ、分かった。本当の意味を理解したよ。
エルフが世界中に増えていかない理由が。
「落ち着いた? ああ、まだ泣いてる……」
「ふっ、うう……、ごめんなさい姉様。もうちょっと抱きついてたい……」
みんなが私より先に死ぬなんてありえないとは思う。でも絶対じゃない。怖いよ……
「それでは続きを。ああ、ご心配なく。その後、涙も吹き飛ぶ面白話もしますから」
「何話すつもりだよ……。だが、まあ、頼んだ。二百も生きていない俺たちには無理だ」
面白話? き、気になる! まずはシアさんのお話を全部聞こう。
「姫様には多分お分かりになられたと思います。伴侶を亡くしたエルフのほぼ全てが、自ら死を選びます」
「ま、またそんなストレートな! もうちょっと言い方、あるでしょ!?」
「お、落ち着けユーネ。分かるなシラユキ。愛する人に先立たれる絶望が、どれ程のものか」
「もし人間寄りのハーフエルフが生まれたら、生まれてしまったら。その子供にも」
「シア!!!」
「! す、すみません……」
「だ、大丈夫だよユー姉様。大丈夫じゃないけど、大丈夫」
「どっちだよ。まあ、バレンシア、その辺にしとくか」
「は、はい、話しすぎました……」
人間寄りのハーフエルフの寿命は約百五十程度。愛する伴侶の次に、またすぐ愛する子供まで亡くしてしまうのか。ハーフエルフはまず子供は作れない、孫もできないんだ。
それは、死にたくなるわ……
「そ、それでは、姫様の涙を吹き飛ばすような面白話、を……」
「あ、面白くないんだその話……」
「どうする? 聞くか?」
嫌な予感はするけど気になる、ここは聞いておこう。それでまた泣かされそうだが……
「うん。シアさんお願い」
「ああ……、言うんじゃなかった……。姫様を泣かせてしまった懺悔のつもりの告白なのですが、また泣いてしまわれるんじゃないかと……」
「いいから言ってみろ。まだ半泣きだしな、全泣きに戻るだけだ」
そういう問題じゃないよ兄様。
「はい、実はですね。私も、その、若い頃に人間の方と、その……」
「人間と……? ええ!? し、シアが!?」
「え!? シアさん結婚してたの!?」
涙吹き飛んだ!!!
「お、ホントに泣き止んだな。相手は人間か……」
「え、ええ。すぐに先立たれてしまったのですが。冒険者仲間のうちの一人でしたからね……、共に過ごした期間は十年もありませんでしたよ。もちろん子供もできませんでした」
シアさんが赤くなってる!? 珍しいってレベルじゃない!!! カメラが無い事が悔やまれる。
「し、シア? それ結構どころか、かなり重い話じゃない? だ、大丈夫?」
「そ、そうだよシアさん。大丈夫なの? 思い出しちゃったんじゃ……」
ああああ、、また泣きそうだ私。悲しすぎるよ……
「以前にも一度言いましたよね、姫様、私は変わり者なんです。確かに当時は絶望したものですが、死を選ぶ、という考えは出ませんでしたね。そもそもその方を愛している、という訳ではありませんでしたし。ただお互い寂しさを埋め……、ここまでにしましょうか」
「あ、うん! もう聞かないわね! 何か凄い暗い話なんじゃないそれって? ああ! 答えなくてもいいのよ!!」
「そうなの? 私泣いちゃう?」
「ええ、泣き出して、一週間は私にぴったりとくっ付き離れないのでは、あ、いいですねそれ、詳しく話しましょうか」
「やめて!」「やめて!」
シアさんは凄いね、強いね。
リーフエンドで、のほほんと五百年生きていくのと訳が違うね。
外での五百年、か……
人に歴史あり、とはよく言ったものですが、実際に数百年も生きる種族がいたら、その人の歴史は凄い事になりそうですね。
前回のエロフからこんな話の流れになるとは……