その330
お久しぶりです。(いつもの挨拶)
「今さっきそこ! そこって言ってもすぐそこじゃなくてちょっと離れてるんだけど! そこですっごく可愛い……って聞いてる!? ねえミーランさん私の話聞いてる!?」
「聞いてます! ちゃんと聞こえてますからもうちょっと小さな声で話してください! お願いですから!!」
細かい事だけどミランさんの声もかなり大きいと思います!
大声で話しながら入り口からここ、ミランさんのいるカウンターへ一直線へやって来るハンナさん? だったかな?
ハンナさんは口調から感じる通り興奮しているのか、すぐ傍にいる私とシアさんは目に入っていないみたいだった。エルフとは言え初対面の相手なのでこれは好都合、ワンクッション置いてくれた方が基本人見知りな私にはありがたい。
「いいじゃん別に、煩くしても誰が困るわけでもないしー。それで話の続き続き! 聞いて!!」
「私が困ってるんです! ああもう、どうしてハンナさん一人で……」
私は多少騒がしいくらいはいいと思うんだけどね。でもミランさんが焦っているのはシアさんという危険人物がすぐ隣にいる状況だからかな? 確かにシアさんがどんな行動に出るかなんて誰にも分らないもんね。例えばいきなり無言で膝蹴りを入れるとか……。なにそれこわい。
とりあえずお話に一段落がつくまでは大人しくして待っていようかな。それまでシアさんの陰に隠れて観察させてもらっちゃおう。こそこそ。
「ええと……、なんだっけ? ……あ!! さっき凄く可愛い子がいたんだって! そこで! そこじゃないけどちょっとその辺で!」
「目の前にいるんですからそんな大声で話さなくてもちゃんと聞こえてます! ……凄く可愛い子、ですか?」
ミランさんが一瞬こちらに目を向けた気がするけどきっと気のせいだろう。うん。
背の高さは多分シアさんと同じくらい、160に届いてないくらいだと思う。髪色は薄い緑色、だけどフード付きのマントの様な物を羽織っているので長さや髪型はよく分からない。大きくパッチリと開いた瞳の色は濃い茶色。容姿と言動が相まって少しだけ幼さを感じてしまう。胸が控えめだからとかそんな理由では断じてありません。
あと気になるのは、冒険者の筈だけどぱっと見武器になりそうな物を持っていないこと。ソフィーさんの様にお手伝い感覚の後方支援担当の人なんだろうか?
「そう! 小っちゃい可愛い子でさー。で、エルフの子供が一人でふらふら町中歩いてるなんて珍しくって! さっすが世界で一番平和な町って言われてるだけはあるよねここ!」
「小さくて可愛いエルフの子供ですか……。え!? 一人だけで!?」
「わっ」
「何!? え、う、うん、一人一人」
おっとしまった。ミランさんが急に立ち上がるものだから驚いて声が出てしまったじゃないか。ハンナさんもそこまでの反応を見せるとは思わなかったのか少し引いてしまっているみたいだね。
何に驚いたのかは分からないが、座っていた椅子を弾き飛ばす勢いで立ち上がったミランさん、なのだが……
「……あ。あ、あはは……」
ふと私の方を見て目が合うと、まるで力が抜けたかの様にどっしりと腰を下ろし直した。あの乾いた笑い方からすると安心したのか照れているのか、或いはその両方なのか。謎すぎる行動だった。
「ミランさん? どうしたの?」
子供のエルフがいるのは確かに珍しいし、それに一人でいるなんて危ないかなとも思うけど……。この町のあまりにも多すぎるお人好しな人たちや、同じエルフである自警団の面々が放っておく訳がないもんね。危険はまず無いと思ってもいいはず。
「あ、いえ、なんでもないんです。どうか気にしないでくださいね」
しかしミランさんはにっこりと微笑むだけであった。
気にはなるけれどこの後に待つメイドさん勧誘のためになるべく心情をよくしておかなければならない。あまり突っ込んで聞くような真似はせず、素直に何もなかったと納得しておこう。
「あ、可愛い」
「はっ!?」
ハンナさんのポツリと呟いた一言に目を向けるとばっちりと目が合ってしまった。
折角シアさんの後ろに隠れていたというのに見つかってしまった! 声を出しちゃったのは私なんだけどそれは重要な事ではない。今は置いておこう。
「こ、こんにちわー」
まだまだシアさんに半身を隠しながら軽くご挨拶。何となく気恥ずかしい。
「はいこんにちはー。それでー、どこまで話したっけ?」
「また忘れちゃったんですか……。小さくて可愛い子に会ったとか、まだそれくらいしか話してませんよ?」
!!?
ハンナさんは私と同じ様に軽く挨拶を返した後、もうこちらに興味は無いとばかりにミランさんの方へ向き直ってしまった。
驚いた……。そう! 驚いたけどこれだよこれ! これが普通の反応なんですよ!! いくら私が珍しいエルフの子供だからって、テンション高く可愛い可愛いと大騒ぎする程じゃないんだよ!
いやはや、今日初めて普通な対応をされた気がするわ……。うん? 気がするじゃなくて本当に初めての事じゃないか!?
本音を言うと少し寂しい気持ちもあるけれど、ハンナさんとのこの出会いは何かの記念日にしてもいいんじゃないかと思えてしまう。……さすがに言い過ぎかな? ふふふ。
「そうそうそれ! その話! その子がね! なん、ええ!? 可愛い!!!」
「きゃっ」「わぅ!」
え? なになに? 私!? 急に大声出されるとビックリするからホントにやめてもらえませんかねえ……。
突然大声を上げてこちらを二度見してきたハンナさん。その表情はまさに大驚きの大驚愕と言ったところ、目をこれでもかと見開いて凝視してきている。
「ちょ、えっ? あ、動いてる? 生きてるの!? 人形じゃなくて!!? ほほほホントに? ……あ、こ、こんにちはー、私はハンナお姉さんだよー?」
誰が人形ですって? 失礼な! しかし今のはどういう意味での驚きだったんだろう……。私に何か原因があったりするのかな?
驚き慌てながらも、どういう訳か片手をヒラヒラと振りながら挨拶をし直してきたハンナさん。先程のミランさんの行動以上に謎である。
「こ、こんにちわー、シラユキです」
しかしここでしっかりと挨拶は返しておかないと! 一先ず謎は謎のままにしておくのが現状の最善手と見た。ぺこり。
「ふえあ!? しゃべっ!? 声かっわ! はあ!!? うううううっそ何この子可愛いすぎじゃない!!? え? え? 誰の子? もしかしてミランさんの!? あ、まさか妹さんだったりする? でも似てない! ああああああああもう! 可愛すぎだってこの子!!!」
笑顔でカウンターをバンバンと叩きながら捲くし立てるハンナさん。誰も口を挟めない、その行動を止められないちょっと危ない笑顔だ。
ミランさんは完全に気圧されてしまったのか何も言葉にできず、周りの冒険者の人たちはニヤニヤとしながら成り行きを見守っているだけ。そしてハンナさんが来てからずっと無言状態のシアさんはと言うと……。
恐る恐る顔を上げてみると、シアさんは目を細めてハンナさんをじっと見つめていた。しかし睨んでいるのではなく観察していると言った方が正しいかもしれない、そんな表情だった。
やっぱり今回も駄目だったよ……とか、さっきの感動を返して! やら、シアさんが何か仕出かしそう! などなど、ちょっと場の流れの速さに私の頭が追い付かない。ここはシアさんにどうにかしてほしいが、今の状態だとシアさんの頭の方がどうにかしてるんじゃないかと思いそうな解決手段に出かねないのでそれもできない。今はハンナさんが落ち着くまで待つしか手はないだろう。
「ふえー、可愛いー。ふあー、ほんとに可愛いー。こんな可愛い子私初めて見たよー」
数分後、一応少しは落ち着きを見せたハンナさん。しかし、可愛い可愛いと連呼しながらジロジロと観察してくるのでくすぐったい気分。
「ハンナさん。……ハンナさん? もう、結局何をしに来たんですか……」
ミランさんはもう完全に呆れきってしまったのか、対応に投げやり感を漂わせている。
「ふへ? ああ、ごめんごめん邪魔しちゃって。何のお邪魔をしたのかは分っかんないんだけどさー! いやね? 外散歩してたら子供のエルフを見かけたって言いに来ただけだったんだけどそれはもうどうでもいいや。こっちの、ええっと……、シラユキちゃんだったよね? この子の方がぜんっ! ぜん! 可愛いし!! 圧倒的に可愛いし!!! いやホントこの子見た後だとさっきの子とかただの小さいだけの子供だわー」
ぐぬう。ベタ褒めは本当に恥ずかしいのでやめてください!
可愛いと言われることには結構慣れたつもりだったけど、見ず知らずの人相手だとやっぱり凄く恥ずかしい!
とりあえずシアさんの後ろにもっと隠れてしまおう。半身と言わず9割でいい。
「きゃー! 可愛い!! 照れちゃってる! かんわいい!! ねえねえシラユキちゃん、あっちでお姉さんとお話しない?」
あっち? 空いてる席かな? 私もハンナさんとは少しお話ししたい気分。だけどミランさんのメイドさん勧誘がまだなんだよね……。ううむ、どうしたものやら。
「は、ハンナさんちょっと、いい加減その辺りにしておかないと……」
ハンナさんとシアさんとを交互に見ながら狼狽えるミランさん面白い。癒されるわー。まあ、シアさんがずっと無言なのは本当に怖いからその気持ちは分かります。とてもよく分かります!
エルフ相手だからか気持ち的にはまだ余裕な私。可愛い連呼は恥ずかしいけどね。
「え? その人が怒る? メイドさん? シラユキちゃんのメイドさん!? おお、お嬢様なんだこの子? へー……」
今度はシアさんを観察し始めたハンナさん。シアさんの本性を知らないからとは言え何という命知らずな行動! さすがにそろそろ止めに入らなければなるまい。
しかし、これでまたミランさんメイドさん化計画は休止になってしまうのか……。とても残念だけど人の生き死にが掛かっているので仕方がない。これこそまさに断腸の思い。
「……うん? メイドさん? 可愛いエルフの女の子? シラユキちゃん……? あっ」
なにその凄く綺麗な、あっ(察し)、の使い方! これはもうハンナさんには是非ともお友達になってもらわねば! と、冗談はさて置いて……、こほん。
今のハンナさんの、あっ(察し)、で私も、あっ(思い出し)、したけど……、そう言えば私ってお姫様だったわ!! またもや完全に忘れてしまってた……。
いやあ、自分の事なのにどうして毎回忘れてしまうのか、コレガワカラナイ。
ハンナさんはあんまり遠慮とかしなさそうな人に感じるけど、ハイエルフで一国のお姫様ともなるとさすがに控えられちゃったりするかな? でもノエルさんとミーネさんみたいにすぐに仲良くなれる! といいなあ。
「シラユキちゃんって……、それっていいの!?」
「え!? な、何が?」
何やら驚かれてしまったみたいだった。理由はまたもやさっぱりわかりませんが!
いい? 良い悪いのいい? あ、お姫様がこんな所、冒険者ギルドなんかにいてもいいの? っていう意味か。
それはいいか悪いかで言えば、どちらかと言うと決して良くはないと思うよ。でも私にはシアさんっていう頼りになりすぎるメイドさんがいるしへーきへーき。……やっぱり森の外のエルフ的には駄目なのかなあ。心配だよねきっと。
「えと、私にはシアさんが、あ、こっちのメイドさんが」
シアさんの服をくいくいと引っ張りながら、いるから大丈夫、と続けようとしたのだけれど……。
「シラユキちゃんってこの国のお姫様と同じ名前じゃん!! いいのそれ!!?」
「えっ」「えっ」
「……は?」
はい? 今、とんでもない言葉が返ってきたと思うんだけど……、え?
私、それにミランさんもあまりの事態に何も反応できず、あのシアさんさえも口を少し開いたままポカンと呆けてしまっている。なんという言葉の破壊力……。
「え? とか、は? じゃなくてさ! お姫様と同じ名前とか付けてもいいの!? 怒られない!? あ! 怒られないから付けてるんだわ……。あっはっは」
ハンナさんは、あはは、と一人で驚いて一人で完結して笑い出してしまった。
凄い。何がどう凄いかは言えないけどこの人は本当に凄い人だ。これはもう是が非でもお友達になってもらわないと……!
「ええと……、ミランさん? この方はまさか……」
ハンナさんが来てから黙り込んでいたシアさんがようやく口を開いた。もう警戒する必要なしと判断したのかもしれない。逆の意味で要注意人物として見られてしまいそうだけど。
そしてそれに対するミランさんの返答は、
「ええ、こういう方なんです……」
という諦めに近いものだった。
つまり……、何がどういう事だってばよ!
――おーいハンナー。ハンナ? ……ハンナ!!? ハンナああああああああああああああああ!!!!!
ミランさんを見、シアさんを見、どういう意味なのかと尋ねようとした矢先の大きな声! ハンナさんの声も十分大きかったがその比ではないくらいだった。
今度は何!!? お願いだから先に場と頭の整理をさせて!!!
何が何だか続いてしまいます!
例のアレが出てしまうので次回の投稿は本気でいつになるやら不明です。ポケモンじゃないですよ!