その328
お久しぶり、でもないかもしれない!
――何回来ても同じだって言ってんでしょ! 変態の入店はお断り!!
――あれは誤解だってこっちも何回も言ってるじゃないですか! いい加減信じてくださいよ!!
エレナさんが追い返しにと向かった相手はなんと、お隣のカルルエラ錬金ギルドの時期ギルド長さんであり、あのエディさんの息子さんでもあるクライドさんその人であった。地味に久しぶりに会う……、いや、見た気がする。
前に会ったのはいつ頃だったっけ? まだそんな何年も経ってないよね確か。ううむ、お話ししたって言えるほど会話らしい会話もしてないし、ちょっと記憶と言うか印象が薄いぞクライドさんは……。
あ、そういえばマリーさんたちは何とも思ってないのかな? だって大声で自分は幼女大好き宣言したお人なんですよ?
「マリーさんとキャンキャンさんはクライドさんのこと知ってるの?」
冒険者ギルド前で出会っているのは確か。その時は私も一緒にいたからね。でもさっきの軽い反応からすると悪い印象は持っていなさそうに見える。
「え? ええ。以前に一度だけですけどお話をさせて頂いたんですの。しっかりと」
「し、しっかりと?」
何やら不穏な響き!
「バレンシアさんから幼女が大好きな変態と聞いて、そのー、キャロルさんと一緒になって懲らしめにですね。はい」
「なにそれこわい。キャロルさんまで一緒になって何やってるの……」
「あー、そんな事もありましたね。ふふ、すみません」
軽く謝りながら、あったあったと懐かしそうに頷くキャロルさん。まだつい最近の事だろうに、クライドさんはやはり印象の薄い人で正解のようだ。
ほうほうなるほどなるほど。この辺りの幼女代表である私の身を案じて突撃した訳だね、納得。なんて勇気のある人なんだマリーさんは……。そしてなんてひどい説明をするんだシアさんは……。嘘は一切ついていないんだけどもうちょっと言い方というものがあるでしょう!
――今日は姫が来てるんだから絶対に入れないからね! 来てなくても入れないけど!! ほーら帰れー! さっさと帰れー!!
――それじゃジヌディーヌさんに取り次いでもらうだけでいいですか……、は? あ、本当だ。
私と目が合うと少し驚いた顔を見せるクライドさん。どうやら私じゃなくてジニーさん目当てでやって来たみたいだった。
大声で挨拶をする訳にもいかないので、とりあえず今はお互い軽い会釈で済ませておく。ぺこり。
――あ! 見るな変態!! 帰れ変態!!
――ちょっと見ただけでひでえ言われ様! いやホント子供に可愛い以上の感想は持ってませんから簡便してくださいよ!
――変態はみんなそう言う! バレンシアとか!!
――ちょっ、聞かれてたら殺されますよ!! あの人はこの世で一番恐ろしい人だって親父がいつも言って……、やばい俺も殺される!!!
いやー、クライドさんのあの反応を見てるとエディさんを思い出してしみじみとしちゃうなあ……。あんまり寂しいっていう感情が沸いてこないし、私もあれから少しは成長したんだろう。うむ。
「シラユキ様! いらっしゃいませシラユキ様!! ああ、ああ! 可愛らしいです……!!」
「わぷっ。あ、タチアナさんこんにちわー」
しみじみと二人の言い合いを眺めていたら、いつの間にか傍に来ていたタチアナさんに抱きつかれてしまった。背もたれの後ろからなので苦しかったりはしないが、少しだけ驚いてしまったじゃないか。
「ふふ、すみませんシラユキ様。こらタチアナ、まずは紅茶をお出ししないといけませんよ」
「あ、はい! で、でももう少しだけ……」
ソフィーさんからの優しいやんわりとした注意。しかしタチアナさんは従う気配すら見せず、私の横に移動し直してひたすら頬擦りを繰り返してくる。くすぐったい。
「あはは。いいっていいって私もキャンキャンもいるし。タチアナはマリーと違って性格も可愛いから全然許せるわ、見てて微笑ましい感じ」
「どういう意味ですのそれは!」
「ん? マリーは中身があんまり可愛くないって意味だけど?」
「はっきり言った!」「はっきり言いましたわね!!」
息ぴったり仲良く突っ込んでしまった。マリーさんのはただの文句だったかもしれないが……。
そんな私たちの反応に、してやったぜ! といった風な笑顔を見せるキャロルさん。思うに一番可愛いのはキャロルさんなのではないだろうか。
「まったくもう、騒ぎすぎですよお嬢様。ええと、ジニーさんとヘルミーネさんはいらっしゃらないんでしょうか?」
マリーさんの両肩を後ろから押さえながら言うキャンキャンさん。キャロルさんとセットだと騒がしくて大変そうだけど、笑顔に陰りはないので楽しんでいるんだろうと思う。
そしてその疑問は私も気になるところ。ミーネさんとも会ってお話がしたいし、ジニーさんから今日のメイドさん交換についての詳しい事情も聞かねばならない。
「お二人とももう暫くしたらこちらに見えると思いますよ。ヘルミーネさんは休憩中で、ジニーさんはお仕事中でしょうか? ……タチアナ?」
「え? は、はい。ジニーさんは最近特に忙しそうで、もしかしたらあまり長い時間は取れないかもしれないです」
私に構いまくりで反応が遅れるタチアナさん。ソフィーさんとの仲良し姉妹っぷりはいつ見ても和ませてもらえる。
「ジニーさん忙しいの? あ、だからエレナさんが何も知らなかったのかな」
「多分そうですね。それならそれで連絡の一つも寄越せばいいのにあの人はまったく……」
「シラユキ様にここまでご足労させておいて……!! 私もう文句の一つ二つでは治まりませんわ!」
ジニーさんにいい印象を持ってない二人、キャロルさんは呆れ、マリーさんはぷんすかと怒りを露わにしている。
私は別に忙しかったのなら仕方がないと思うんだけどなー。まあ、それは置いておいて、ジニーさんは大忙し? のんびりだらだらと喫茶店のマスターさんをするためにお店を開いたのに、本気で一向にのんびりできそうな気配すら伝わってこないのは何故だろう……。
そんなにのんびりとしたいのならギルド長もお店も辞めて森に帰って来ればいいのに。そうすればメイドさんが三人とも晴れて自由の身になれるというのにね! ……半分冗談で半分本気です。
しかし、ジニーさんには個人的にお願いしたい事があったんだけどなー。そんなに忙しいのなら今日は言わないでおいた方がいいかもしれないね。
「いらっしゃいませシラユキ様。ジニーさんも直に参りますのでもう少しだけお待ちください。タチアナ、あなたは……、タチアナ?」
「あ、ミーネさん? こんにちわー」
「はい、こんにちは。今日もなんて可愛らしさ……。タチアナ、いい加減にしなさい」
メイドさんが一気に三人も増えたら毎日がもっともっと楽しくなるだろうなー、などと考えていたらミーネさんがすぐ傍までやって来ていた。
今日の私は注意力がやや散漫になっているのかもしれない。これは多分、毎回何かしらのからかいを仕掛けてくるシアさんがいないからだと思われる。自分で考えておきながら意味不明な結論に達してしまった。
ちなみに返事のないタチアナさんは絶賛私を可愛がりまくり中。頬擦りとキスとおっぱい押し付けを延々と繰り返してきていて、少しだけ恥ずかしくくすぐったい。
ノエルさんもミーネさんもタチアナさんにはかなり甘い。それならば私が協力してあげようではないか。
「タチアナさーん?」
「はい! 何でも申し付けてください!」
ミーネさんは完全無視なのに、私の呼び掛けには即座に反応ですか。しかも満面の笑顔で凄く嬉しそう。花が咲いたような笑顔とはまさにこのことだね。つられて私も嬉し楽しくなってきてしまう。
「ふふ。さっきからミーネさんが呼んでるよ?」
「はい! ……はい? あ、す、すみません! ええと……」
笑顔のまま首を傾げ、言われた意味を理解したらぱっと私から離れてしまった。少し残念。
「私は休憩時間。それじゃタチアナは?」
「あ、あの……」
「タチアナは?」
ミーネさんは返答を返さないタチアナさんにじりじりと詰め寄っていく。その表情は一応笑顔なのだが……。
多分お仕事中に私のところでサボってるのを注意したいんだと思うけど。あのニヤっとした笑顔で詰め寄られるとすごく怖いです。シアさんのとはまた違った意味の怖さだねあれは……。
「ふ、フロアの時間……です」
「そうよね。でもそれならどうしてここに居てシラユキ様のお寛ぎの邪魔をしているのかしら? 本当に不思議ね」
「ごごごめんなさい! すぐに戻ります! シラユキ様、お帰りの前にまた呼んでくださいね!」
そう言うとタチアナさんは返事を待たず、逃げるようにして仕事に戻って行ってしまった。
「まったくあの子は……。ふふ」
あ、今普通に笑った!? くう、また見逃したー!!
「本当に可愛いですわよねタチアナは」
「家に居た頃と比べると少し子供っぽくなった気がしますね。ふふふ」
「可愛く元気なのはいい事だって。マリーも見習えば?」
「お嬢様にはお嬢様の可愛いさがあるじゃないですか。ツッコミを入れるのは元気とも言えますし」
「煩いですわ! それに可愛らしいと言えば……、ふふ」
「そうですね」「ええ、それはやはり」
「まあ、可愛らしさで言えば」「ですよねー」
「う? な、なあに?」
四人からのニヤニヤ視線がちくちくと突き刺さってくる……!! 恥ずかしいからやめてくださいませんかねえ……。
ジニーさんが来るまできゃいきゃいと楽しくお話を続ける。多少からかわれたりもするけれど概ね何事もない平和なひと時だった……が! ミーネさんの一言でその平和は脆くも崩れ去ってしまったのだった。それは……
「仕事中、いえ、集中しているジニーさんにはお会いしない方がいいかもしれませんね」
どういう意味!? とみんなで突っ込んで聞いてみると、お仕事中のジニーさんは何と言うか、凄く怖い人になるらしい。
ジニーさんが怖い人に……、ジニーさんが怖い? どう考えても繋げられない。私はもちろんミーネさんを除くこの場の全員が同じ反応だった。
ノエルさんとタチアナさんも呼んで聞いてみると、シアさんやショコラさんの物理的な恐ろしさとは違い、言葉にできない内面的な恐怖が表に出てくるんだとか。
ううむ、さっぱり分らない、想像もできない。とみんなで仲良く頭を捻っていると、まさに噂をすれば影、ジニーさんその人がようやく裏から出てきてくれた。
「シラユキちゃんいらっしゃーい。今日もかーわいい! ふふふ」
「あ、ジニーさんこんにちわー」
帰って来たばかりのノエルさんと、無事にクライドさんを追い返す事に成功したエレナさんを含めたみんなでまずは挨拶。ジニーさんはにこやかに言葉を返していく。
クライドさんは本当に追い返されたのではなく、今日は話し合いをする予定と聞いて出直すことにしたらしい。しかし今の私の興味は完全にジニーさんに向いてしまっていたので割とどうでもよかった。ひどいな私!
それにしても……、全然怖くないじゃないか! いつもの明るく元気で優しいお姉さんじゃないか!!
もしかしたらミーネさんなりの冗談? それともお仕事が終わって集中が切れてる? 怖いジニーさんとやらを一目見てみたかったけどそれならば仕方がないと諦めよう。あまりにも怖すぎたら泣いてしまうかもしれないし、その後キャロルさんがどんな行動に出るか分らないからね。私の周りは怖い人ばかりだな……。ガクブル。
「姉御姉御、今日の話何も伝わってないみたいっすけどどうしたんすか? アタシが店に戻ってエレナが森に帰って」
「タチアナちゃんとミーちゃんのメイドさん修業は一旦中止ね、間に秋祭りが入っちゃうから。一応一ヶ月くらいあるから行かせてもいいけど、次の子は秋祭りが終わった後になっちゃうし、行かせてた子が戻って来てすぐ秋祭りの準備に入れっていうのもバタバタしすぎちゃって大変でしょ? だからお祭りが終わってお店がまた落ち着くまではメイドさん交換は無ーし。それとエレナちゃんは帰っても帰らなくてもどっちでもいいからね! やけに人気が出ちゃってお姉さん驚いちゃったなー!」
「う……、すんません」
ノエルさんの言葉を遮って一気に全部の答えを返すジニーさん。その勢いのせいなのか、ノエルさんも悪い事をした訳でもないのについ謝ってしまった。
マリーさんたちも空気を読んだのか気圧されてしまったのか、口を挟めずに黙って様子見をしているみたいだった。
「え? あたしはそろそろ帰るよ。ぶっちゃけ飽きてきたし」
そしてさすがのエレナさん! 空気を読めてないのかそれともただ鈍感すぎるだけなのか……。大物だという事にしておこう。
あらそう? ふふふ。とジニーさんは特に困った風でもなく平然としている。
ふむ、これはジニーさん相当忙しいと見た! いつもなら話があっちに行ったりそっちに行ったりと楽しませてくれるのにね。遊び心一切なしの説明のみになっちゃうくらい余裕がないのかな? 個人的なお願いはやめておいた方がよさそうだね。
「それとシラユキちゃんとノエルちゃんのお願いだけど、こっちも当分叶えてあげられそうにないからごめんねー!」
「え? ええ!?」「は? あ、いや、姉御?」
わ、私まだ何も言ってないよね!? ノエルさんも私の見える範囲でだけど特に何かお願いした様には見えなかったんだけど……。
「シラユキちゃんのお願いはノエルちゃん、ううん、タチアナちゃんとミーネちゃんももっとお家に遊びに来させてほしいとかそんな感じで、ノエルちゃんはもうお店辞めてシラユキちゃんの傍で働きたいって言いたいんでしょ? 合ってるよねー?」
「合ってる!」「はい、あ、当たってます……」
ななななにこれこわい。……あ! これが集中してるジニーさんは怖いっていう意味なのか!! うん? ノエルさんのお願いって……? えへへ、嬉しいじゃないか。
「三人の誰かをシラユキちゃんの所に行かせるとまた今回みたいな交代が必要になっちゃうよね? それは代わりのメイドさんがいないと回らない人手不足なお姉ちゃんのお店が悪いの、うん。だから解決策はウェイトレスさんの増員! ノエルちゃんが辞めるにもまずは抜けても問題の無いように人手不足の解消! なんだけどね……」
「あ、私のメイドさんじゃないと」
「本物のシラユキちゃんのメイドさんに拘る理由はもうあんまりないんだけど、このお店のウェイトレスさんはエルフでってもう決めてあってね、それだけは絶対厳守しないとなの!」
私も最後まで言えなかった! でも答えはちゃんと帰ってきたかな? 私のメイドさんじゃなくてもエルフだったら一応誰でもいいんだね。
「ジニーさん顔広いんだから」
「ウェイトレスさんにしたい子はいっぱい、でもないかな? そこそこはいるんだけどね。でもその子たちにお願いする前にちょっと問題があってねー。大問題! って言うほどでもないけど、どっちかと言うと小さくて可愛い問題、かな? ふふふ」
次に言い切れなかったのはキャロルさん。またもや一を言い切る前に十以上の答えが返って来てしまって少し悔しそうだ。
…………あれ? その問題は? もしかしてちょっとだけでも口に出して聞かないと答えてくれないの!? まったくロレーナさんじゃあるまいし……。
ここでジニーさんは一旦言葉を止めた。次の質問を待っているのか、それとも続きの言葉を貯めているのかは分らない。
続きを促そうとしてジニーさんに顔を向けるとパッと目が合った。何故かニヤニヤ笑顔でこちらを見ていたみたいだ。……いや、よく周りを見回してみるとジニーさんだけではなく、この場の全員の視線が私に集まっていた。本当に何故だ!!
「小さくて……」
「可愛い問題?」
「……はっ!?」
マリーさんとキャロルさんの小声でやっと気付くことができた。つまり私に問題があると言いたいのか!! はっきり言ってくれればいいのにい。
「ふふ、可愛い可愛いかーわいい! ……はい! エルフのメイドさんが新しくお店に来ました! すっごくいい子できっとシラユキちゃんも大好きになっちゃう! やっぱり案の定なっちゃいました!! するとどうなると思う?」
ぱん、と一つ手を叩き、例を挙げて問題を出すジニーさん。その問題が既に答えそのものだった。
「あ」「あ」「あ」「あ」「あー」
私、マリーさん、キャロルさん、ノエルさん、エレナさんの五人が同時に思い当たったようだ。ソフィーさんとキャンキャンさんも笑顔で頷いているので同じく理解しているんだろう。……ミーネさんも笑顔は笑顔だけど、いつものニヤリ顔なのでどっちか分りません!
「はいみんな大正解!! メイドさん大好きなシラユキちゃんのことだから、その子も森に連れて帰ろうとしちゃうよねー? ふふふふふ」
た、た、た、確かに!!!
例えメイドさんが百人補充されたとしても、その百人とも今の三人みたいに何とかして手に入れようとすると思う! 思うというか絶対する!!
百人は言い過ぎとしても、これだとジニーさんがいくら方々に手を伸ばして人員を補充しても、最終的には全員私に連れ去られてしまってなんの問題解決にもならない、という事なのか。
いやいやこれはこれは……、何と言いますかその……。
メイドさんが大好きすぎてごめんなさい!!! でも反省はしません。
続いたり続かなかったり色々です!
最後の方で働いてるのはタチアナだけ? と思われるかもしれませんが、ベルが鳴ったらヘルミーネが手伝いに行って……、どうでもいいですね!