その326
またもやお久しぶりです。
夏の暑さもピークを過ぎて三月に入り、そろそろ約束の一ヶ月が経とうとしている。そう、ノエルさんが町に、『踊る妖精』に帰ってしまうのだ。悲しい。
ここ一ヶ月近くはひたすらノエルさんにべったりで、ほぼ毎日一緒に行動していただけあって少し寂しさを感じてしまう。
まあ、町に行けばいつでも会えるし、代わりにエレナさんが帰ってくる筈だし、さらにはタチアナさんかミーネさんが続けてメイドさん修行にやって来る予定。実はそこまで悲しくも寂しくもなかったりする訳なのだが……。それとこれとは話が別なのであります!
自分で言うのもなんだけれど、私のメイドさん独占欲は有頂天を遥か彼方に見下ろす位置にまで上り詰めてしまっている。一度ノエルさんを我が家のメイドさんと認識してしまった今、どうにも手放したくない、帰ってほしくないという思いに心中を蝕まれている状態なのだ。
これには、子供の間は子供でいようと開き直ったことが大いに関係している、と思う、かもしれない? 全く我が事ながら意味不明の一言だね。
しかし、私が何をどう考え思い悩もうとも来る結果は変わらない、変えられないのが現実であり真実。なのにどうしてこんな無駄な事をうにうにと考えているのかというと……。
「ノエルさん起きないねー」
「ええ、本当に。まったく、姫様を膝抱きにして独り占めしておきながらこのゴミクズメイド見習いは……」
「いい加減ゴミクズ扱いはやめてあげて!」
知りませーんという顔でそっぽを向かれてしまった。和むわ。
今私はノエルさんの膝の上、がっちりと両手で捕まってしまっている。そして当のノエルさんはと言うと、ぐっすりすやすや夢の中でありまして……。つまりは身動きがとれずに暇という訳であります!
まあでも、鼾をかくでもなく静かに寝息を立てているだけだし、さらにノエルさんはクッション性抜群だから文句は一切ありませんが! ふふふ。
何故こんな状況に陥ってしまっているのかと言うと、別に深い理由がある訳でもなかったりする。
朝食後の休憩時間にノエルさんがやって来て、何やらお疲れの様子だったから椅子を勧めただけの話。そこに私が乗っかっているのはいつもの事、特に説明の必要はないだろう。うん。
後はさらに簡単。どうやら私が思っていたよりもかなり疲れていたらしく、口数が少ないな? と思った時には既に眠ってしまっていたのだった。
「ノエルさんはどうしてそんなに疲れてたんだろ? まだ朝なのに。シアさんは何か知ってる?」
いくらなんでも知ってそうなシアさんでもさすがにこんな事までは……
「はい」
「知らないよねー。……知ってるんだ!?」
駄目元どころか冗談半分で聞いてみただけなのに! 流石シアさんださすが。しかし思わず二度見してしまったのが少し恥ずかしい。
「ふふ、可愛らしい。あまり大声で驚かれますと、このどうしようもない阿呆が起きてしまいますよ?」
「どうしようもない阿呆とか言わないのー」
私の驚き様に満足したのかシアさんは上機嫌。それでもノエルさんの名前が呼ばれる事はなかったが……。
まあ、これはノエルさん自身が希望した事だから仕方がないね。
「まったくもう……。それで?」
とりあえずこれ以上の言及はやめておいて、居眠りしてしまうほどお疲れの理由とやらを聞いてみようじゃないか。素敵柔らかクッションにもたれながら。
「それで? と言われますと?」
ハテナ? と首を傾げて聞き返してくるシアさん。
「え? もしかしてさっきの話はもう終わってるか無かった事にされてる?」
「一体何のお話でしたか……。はて?」
今度は反対側へと首を傾げる。あまりにも自然な動作すぎて本気でもう忘れているように見えて困る。
シアさんはそんなにノエルさんに興味がないのか……。それともいないものとして扱ってる? なにそれひどい。
ふむ、どうやらシアさん的にはこの話を打ち切りたいみたいなんだけど、気になるからもう少しがんばって聞き出してみるとするかな。
「ノエルさんの!」
「コレの?」
「コレとか言わない! 朝から疲れちゃってる理由!」
「いえ、私は特に疲れているということは……。ご心配頂きありがとうございます」
「えっ!? あ、シアさんじゃなくて! ノエルさんが!!」
「ノエルさんとは一体どなたの事でしょうか?」
「そう来るの!? むう、話したくないならそう言ってくれてもいいのにい」
「ふふ、申し訳ありません」
むくれる私の頬をふにっと摘みながら、にっこりいい笑顔で謝るシアさん。絶対悪いと思ってないでしょう! うにうに。
ぐぬぬぬぬ! まったくシアさんはすぐに私をからかって楽しもうとするんだから……。実は私もやってて楽しかったのは秘密。ふふ。
「ははっ。ホント仲良いっすよね二人とも」
「う? あ、起こしちゃった? ごめんねー」
「いやいやそこは眠っちまってたアタシを叱るのが普通で……。まあそれがシラユキ様っすよね」
軽い笑い声に振り向くと、いつのまに目覚めていたのか頬を緩めきってニヤつくノエルさんと目が合った。
あんまりニヤニヤしてるとまたシアさんから理不尽なお仕置きを受けそうだけれど、それはそれで面白そうなので放置しておくとしよう。悪い気はしないし。
ちなみにシアさんは完全に無反応。全く眼中にないといった感じだった。
この一ヶ月で関係が良くなるどころか悪化している気がする。ノエルさんにべったりだった私のせいかもしれないが……、やっぱり気のせいだろう。うん。
本人が目覚めたところで簡単に理由を尋ねると、帰ってきた答えも凄く簡単なもの、キャロルさんの早朝訓練に付き合っていた、というだけの事だった。
確かシアさん的には朝の軽い運動。そしてキャロルさんクレアさん的には、一秒たりとも気の抜けない、まさに生と死が隣り合わせな地獄の特訓。とかそんな感じだった気がする。
キャロルさんは勿論、クレアさんとノエルさんだって凄く強い人の筈なのにどうしてここまで認識の差ができてしまうのか、コレガワカラナイ。見学しようにも私はまだ寝てる時間のお話。なので当分の間は謎のままになるだろうと思う。
「いつもはここまで疲れないんすけどね。何か今日はアタシがやけに狙い撃ちにされたって言うか……、試されてる感じがしたっすね。多分すけど」
「試されてる? 何を?」
一ヶ月の研修の終了試験、な訳はないか。
「いやアタシに聞かれても分からないっすよ。まあ、バレンシアさんに聞いてもどうせ教えてくれないっすよねえ」
「だよねー。シアさん意地悪だもんねー」
「ホントっすよねー。性格悪いっすよねー」
うんうん、と頷き合う私たち。ノエルさんとの仲が深まった気がします。
シアさんは別にそこまでノエルさんのことを嫌ってるわけじゃないと思うんだけどなー。だから特訓という名目を得て、嬉々として襲い掛かった訳でもないと思う。
「いえ、その、前からそのカスの動きに違和感を覚えていたので、今朝は試しに色々と手を出して探っていただけのことです。他意はありませんよ?」
「え?」「へ? アタシの?」
まさか自分から進んで答えてくれるとは! 意外すぎてビックりだ。でもカス扱いはやめようね。
もしかして、シアさん抜きで話してたから寂しくなっちゃった? それともただ単に自分の旗色の悪さを悟っただけかな?
まあいい、小さな事だけど実際は大きな前進のはず。これを機にもう少しだけでも歩み寄ってもらわなければ!
「ええ、ちょっとした事なのでそこまで気には留めていませんでしたが、そろそろ研修期間が終わってしまいますからね。それで今朝、という訳です。恐らくですが原因はほぼ判明しましたので、もういつどこで死なれても構いませんよ」
「それは構って!」
さらっと酷い事を言ってのけるシアさん。真顔なのが本音っぽくて怖い。
「はは、ひでえ言い草だなあ。んで、その違和感ってのは結局何だったんすか?」
「む、別にいいではないですかそんな細かい事は。貴女には関係の無いことでしょうに」
「アタシの動きに違和感がってさっき言ってたじゃないっすか! 関係有り有りっすよ! 有りすぎるくらいっすよ!!」
おお、今日は強気に攻めていくねノエルさん。私という対シアさん用絶対の盾を挟んで対峙しているからだと思うけど、このままだとこっちに被害が来そうで怖いんですけど!
……ふむ。ライスさんに対してもそうだけど、こうやって普通に受け答えしてる時点で実際かなり友好的な筈なんだよね。少なくともノエルさんに全く興味がない訳ではない、それは確実。
「はあ、姫様の手前話し辛いので後で、ではもう姫様が納得されないでしょうね。まったく、本当にこのどうにも手の施しようの無いゴミクズ風情が……」
しつこく食い下がるノエルさんについに白旗を上げたシアさん。珍しいがしかし……。
(あっ、やべっ、本気でイラついてますよねアレ。後でフォロー頼んます)
(う、うん。とりあえずこのお話が終わったら抱きついて足止めするからその間に逃げてね)
(了解っす!)
シアさん本気で怒ってるー! 多分最初から私に話すつもりはなくてあんな態度をとっていたんだね。いやあ、失敗失敗。
「何をこそこそイチャイチャと、まったく忌々しい! あ、姫様はとても可愛らしいです」
でも私にはにっこり笑顔を向けてくる辺りそこまで怒ってる訳でもなさそうな気もする。何年、いや、何十年経っても判断が難しい人だよシアさんは……。
さてさて、シアさんを含めてみんなが気になる違和感とは?
「ええと、ノエリアさん? 貴女はどうやら右目に頼りすぎた動きをしている様ですね。それを自分でも理解していないご様子」
「の、ノエルでいいっすよ?」
「折角ですがお断り致します。ノエリアさん?」
「ご、ゴミクズでいいっす……」
「なら最初から言わない。このゴミクズが」
「ぐぎぎ……。なんだこの理不尽さ」
営業スマイルから一転して蔑んだ瞳へと変わるシアさん。ノエルさんもこれ以上文句を言えない! 言いにくい!! と、ぐぬぬ状態になってしまった。
ちなみに、ノエルさんは一応名前を呼んでもらえるようになったのだけれど、あまりにも他人行儀すぎる態度になるので逆にお願いしてやめてもらっている。
それは一先ず置いておいて、ええと?
「右目に頼った動き?」
「おっと流すところだった。今はソレっすよソレ! 一体どういう事っすか?」
私にはさっぱり分からない。右目といえば以前大きな傷を負っていたところ。でも今は私の癒しの魔法で跡形も無く綺麗さっぱり、視力も元に戻っている筈。
「言葉そのままの意味です。あれはいつでしたか……、私が誤って貴女の頬に傷を付けてしまったのは。まあ、その事自体は本当にどうでもいい事なのですがね」
どうでもよくありませーん! でもシアさんの機嫌が悪いときは黙ってます。
「あー、そんな事もあったっすね。ってまだつい最近の話じゃないっすか!」
確かメイドさん研修が始まってすぐ辺りの出来事だから……、うん、まだ一ヶ月も経ってないね。私の事に関してならそれが何年前の話でも事細かく覚えてるのに……。
「いくら貴女が真正のゴミクズとはいえ元Aランク、実際あの程度は軽く避けられて当然でしたでしょう? あの日からたまに思い出しては気になり、正面から物を投げたり肘や膝を入れたりと色々と試していたのですよ」
何か私の見てない所で色々と被害を受けていたみたいだねノエルさんは。でもそんな理由あっての事なら怒らないであげようかな。
「へえ、そう言われても自分じゃよく分からないっすねえ。右目が利かなかった時に比べりゃ今の方が断然マシっすから」
「ええ、それも原因の一つなのでしょうね。結論を簡単に言えばバランスが取れていないのですよ。右目と左目の視力のバランスが」
「な、なるほど……。やっぱこの人すげえなあ……」
尊敬の眼差しを向けているところ悪いんだけど、それってシアさんがノエルさんに直接聞いて、簡単な実験でもすればもっと早く判明してたと思う!
つまりシアさんからすると本当に軽く、何となく気になった程度の違和感で、朝の訓練の時とかちょっと思い出したときに試してみてもはっきりせずに、その後毎回すぐ忘れてたっていう事じゃないか!
いや、よそう。私の勝手な思い込みで収まりかけてる話をまた混沌とさせる訳にはいかない。それにそろそろシアさんの足止めをしなければ……、と?
変な事を考えていたらシアさんにひょいと抱き上げられた。
「う? シアさん?」
理由は分からないがこれは好都合。今のうちにノエルさんに撤退してもらえば……。
「さて、ここまでお話しても気付かれないご様子でしたが、一応念のために抱き上げさせて頂きますね」
ついでに私分の補給も兼ねているのか、スリスリと頬擦りをしてくるシアさん。幸せくすぐったい。
「う? ……あ!」
「? どうしたんすか?」
今の一言で気付いたが時既に時間切れ。もうちょっと早く思い当たっていればー!!
と後悔しても仕方がない。とりあえずシアさんに甘えまくって下がりに下がった機嫌を上げておこうじゃないか。
その後は毎度の如く、試しに左目にも癒しの魔法を掛けてみたら大当たり。めでたくノエルさんはパワーアップ(?)を果たしたが……、私は苦い苦い薬草茶を飲まされる破目になってしまいました。何故だ!
あんまりめでたしめでたしじゃない気がする!! でもなんだかんだ言ってシアさんもノエルさんのことを、同じメイドさん仲間くらいには見ていると分かってよかったかな? やっぱりツンデレさんなんだからたまにはデレないとね。ふふふ。
次回こそもっと早めに投稿できたらいいなあ。(願望)
裏話の方でおまけも色々と書きたいのですが、色々とありまして……