その32
「ねえシラユキ、町、行ってみない?」
『三百歳から始めるダイエット』、という本を読んでいたら姉様に誘われた。
町、町かー……。アップルパイ食べて泣いた記憶しかないわ。味に感動したわけじゃないよ?
「何しに行くの?」
「まったくこの子は……。最近また読書ばっかりよ? 運動もホントに散歩程度しかしてないし……」
なるほど、特に理由はないようだ。折角だから運動も兼ねて町まで行ってみるか、くらいの気持ちだろう。
「別にいいけど、今から? 前みたいに通達とか入れなくていいの?」
実は、前回町に冒険者が少なかったのは、あの通達という名の脅迫のせいだった。
兄様が言うように、一部の冒険者は、冒険者という事を楽しんで行動している者も勿論もいる。
そういう類の、冒険心、好奇心旺盛な人たちは、その日一日、宿とギルドに缶詰になっていたらしい。問題を起こすな、あの三人に関わるな、と。
ごめんなさい、冒険者の人たち……
「いらないってもう。あの時はシラユキに、冒険者の現実を見せたくなかっただけだからね?」
「ああ、なるほどー」
か、過保護だね……。結構な数の人に迷惑を掛けてたんじゃないだろうか?
「他には誰が行くの? シアさんは行くんだよね?」
「はい、姫様が向かわれる場所へはどこへでも、必ず。ご安心ください、姫様の半径2m以内に」
「それはいいから! 肉片とか嫌過ぎるから!! しかも2mに増えてる!?」
だ、駄目だこの人……早く何とかしないと……
「後は、お兄様も行くわよ? 私、飛んで移動は、できるけどあんまり得意じゃないのよ。スカートで行きたいし、お兄様にお姫様抱っこで飛んでもらうのよ。ふふふ」
久しぶりにお熱い仲が見れそうだ。ラブラブで羨ましいわ……
「そうなると私はシアさんに? シアさんには私、重くないかな?」
重いって言っても30kgも無いんだけどさ、女性の腕には十分重いよね。
あれ? でもみんなひょいひょいと私を抱き上げてるな……
「姫様は羽根のように軽いです。お任せください」
すっごく嬉しそうな笑顔だ! ま、弄られたりしないよね……?
「よーし、今日は最初っから飛ばすぞ、昼までには着く。んでもってまずは飯だ」
軽く準備運動をしながら兄様が言う。
取る物取らず、そのままの足で、なんだけど、財布くらい持ってるよね? 不安になっちゃう……
「お兄様お願いね」
「ああ、しっかり掴まってろよ?」
姉様を抱き上げる兄様。
まるで映画のワンシーンの様だ。すでに二人の世界に入ってしまっている。って速っ!
ものの数秒で全く見えなくなってしまった。
木が多いからって言うものあるとは思うんだけど、ちょっと速過ぎでしょうあれは。
「シアさん追いかけて! 置いて行かれちゃう!」
「分かりました。たまには軽く、本気を出してみましょうか」
シアさんも私をお姫様抱っこ。
首に手を回してしっかりと抱き付く。……本気?
「え? ちょ、あ、待って! やっぱりゆっく」
ドンッと凄い音がして、景色が真横に高速で流れていく。
こ、これってまさか! 走ってるの!?
斜めに大きくジャンプするのではなくて、極限まで低く跳んでいるんだろう。一歩一歩の歩幅が異常に広い。
これはまさに生身ジェットコースター。まるで線路が引かれている様に木を避けて進んで行く。
凄い……、こんな移動方法もあるんだ……
「喋っても大丈夫ですよ? 揺れはあまりありませんよね?」
「速い! 速いよ! 凄いよシアさん!! 後これ酔いそうだよ? 人酔い? 人酔いなの!? あ! 前見て前!! 大丈夫なんだろうと思うけど怖い!!!」
「ああ……、なんという可愛らしさ。し、幸せすぎます。姫様、このまま遠くへ、一緒に逃げてもらえませんか?」
「また告白!? ぷ、プロポーズ!? 駆け落ち!?」
そうこうしてる間に町の近くに着いてしまった。
城壁、とまでは言えないけれど、それなりの高さの壁が見える。
ここまでどれくらいの距離があるか、抱き上げられていただけの私には分からないが、そうとうな早さで着いたのは間違いない。兄様たちも途中で追い抜いてしまったようだ。
「少し急ぎ過ぎてしまった様ですね、お二人はもう少し掛かりそうです。それでも後十分も掛からないとは思いますが」
あ、分かるんだ。もう突っ込む気も起きないよ……
「こちら側、森へ抜ける側の方へはあまり人も多くは来ませんし、少し休憩しましょうか」
やっぱりあれは疲れるんだよね、ちょっと無茶させちゃったかな……
森へ向かう側の入り口は人通りが少ない。この辺りは既にエルフの監視区域に入っているんだろうか?
シアさんは、魔法で地面から椅子を作り出し、座る。そして両手をこちらへ広げ。
「姫様もどうぞ」
「あ、一緒に座るんだ」
多分全然疲れてないよこの人! 私だけ座るわけにはいかないし、いいんだけどね……
素直にシアさんの膝の上に座らせてもらう。あれ? シアさんとこうするのは、もしかして初めて?
「ほ、本当に座って頂けるとは……」
感動してるね。
たまにはいいかもね、こんなのもね。
「あ、いらっしゃったみたいですね」
「うん?」
やばい、シアさんの膝の上やばいわ、超和むわ、これがメイドスキルか!
「よ、っと。悪い、待たせたな。バレンシアお前速過ぎだろ」
少し離れた所へ着地した兄様が、姉様を地面へ降ろしながら言う。
急に上から人が降って来たように見えたよ。親方! 空から美形カップルが!!
「ありがとうお兄様。シア、凄いわね、あの速度で木とか全部避けていくんだもん。一体どうやってるのよあれは」
「メイドですので」
「またそれか!!」
上から見るとそういう風に見えたんだね。木と木の間を縫うように高速で移動か……。さすがメイドさん。
「それで、何してるんだお前らは。休憩か? 仲良いな……、俺に代われ」
「至福の一時です。私たちはここで待っていますので、お二人は存分に楽しんで来てくださって結構ですよ」
「こらこら。二人が来ないと意味ないでしょ。まずはお昼、食べましょ?」
「ふふ、冗談です。さ、姫様。参りましょうか」
「うん!」
残念そうだ。多分さっきの本気で言ってたな……
二度目の町訪問。シラユキは泣かずに帰って来ることができるのか!?
保護者三人付きのはじめてのおつかいのようだ……