その306
……怪しい。やっぱり怪しいわ。
たまにならともかくほぼ毎回、兄様と姉様が街に出掛けるときに私を一緒に連れて行ってくれない。これはきっと隠し事の予感!
ここ最近一ヶ月程度と短い期間の話なのだけど、兄様と姉様が結構頻繁に町に出掛けるようになった。
そこまでは稀によくある事なので何とも思わなかったのだが、私も行きたーい、とお願いしても断られ、それどころか留守番まで強要させられてしまうのでこれは何かおかしい、怪しいなと踏んだ訳だ。
ただ単に二人きりでデートしたいだけなら仕方がない、馬に蹴られたくはないので大人しくメイドさんズとイチャイチャしておこうと諦められる。しかし兄様が一人だけで行く場合も同じく断られてしまうのだから何か私には秘密にしておきたい事があるのは確定的に明らかで……。
このままでは気になって気になって夜も眠れない! 眠りにくい!! ……実際はメイドさんズ抱き枕のおかげで毎晩ぐっすりだけど。
今日もちょっと町まで行ってくると言う兄様について行こうとしたら、案の定やんわりと断られてお留守番をさせられてしまった。怪しい。
これはどうしたものでしょうかねえ、野良メイドさんのエレナさん。
「いや、そんなの本人に聞けば一発で分かる事じゃん」
もっともなご意見ありがとうございます。ぐぬぬ。
お昼ご飯を食べ終えて少しした後、何となく暇だからと遊びに来ていたエレナさんに相談してみたらこの返答。本当にごもっともすぎて何の反論もできません。
「アンタねえ、シラユキ様から相談を持ち掛けられてんだからもう少し親身になって差し上げなさいよ」
呆れたように注意してるけど、そう言うキャロルさんも似たような答えだったよね? でも突っ込まないであげようじゃないか。
今日はシアさんも用事があると外に出てしまっているので、お付のメイドさんはキャロルさんとなっている。ちなみにメアさんは厨房でフランさんは旦那さんとデートだ。
「一応どこに何しに行ってるか聞いてみたんだけどね、ただいつもみたいに町をブラブラしたり知り合いと話しに行ってるだけだぞー、って言われて終わりなの。嘘をついてるって感じもしないんだよね」
「へー。ならそうなんじゃないの?」
エレナさんは最早完全に興味を失くしてしまったみたいで、今日のおやつにと作ってきてくれたチョコタルトの消化を再開してしまった。
私の家族はみんな嘘が下手なので私もそう思うのだけれど、何となく何か隠し事をしているというのは分かってしまうのだ。その隠し事が気になる訳でありまして。
「コイツに期待したのがそもそもの間違いでしたね。あ、私も一個二個貰うよ」
「むう。それじゃ私も食ーべよっと。いただきまーす!」
「はいはい、好きに食え食え」
私の前での立ち振舞いに何かとうるさいシアさんがいないからと、今日のキャロルさんは結構自由と言うか遠慮があまり無い。慣れというものもあるかもしれないが。
例の『踊る妖精』の三人組も子供の私相手ならそこまで畏まったりしないもんね。シアさんとクレアさんが極端なだけでこれが普通なんだよ。うんうん。
「あ、美味しい。エレナさんお菓子作りは上手だよねー」
固すぎず甘すぎずの絶妙な仕上がり、これならライスさんだって気に入ってくれるんじゃないかな? ふふふ。もっと普通の料理も作れるようになっていいお嫁さんアピールをしないとね!
「こんなん生地にチョコ流し込むだけだって。姫でもできるわ。ま、その生地作りがめんどいんだけどさ」
「確かに生地さえ先に用意してあれば楽よね。んー、でもいくら簡単って言ってもシラユキ様に料理はあんまりさせたくないと言うかして頂きたくないと言うか……」
「えー。私も少しお手伝いくらいしてみたいのにー」
私は不器用だから仕方がない、のかな?
私もそこまでやらせてほしいと思ってる訳じゃないんだけどね。ただちょっと自分の作った料理をみんなに食べてもらって、あわよくば美味しいよと喜んでもらえたらいいなー、って考えてるくらい。
まあ、現状の過保護状態ではまず無理な話だろうね。成人してる姉様ですら一回怪我しちゃってからは全く教えてもらえてないみたいだし……。
「姫ー、大人しくしてる? あ、エレナ来てたんだ」
「うん、今おやつ食べてたところだよー」
「あん? ああ、メアリーか。勝手にお邪魔してるよ」
ここでメアさんが私の様子を見に来た。フランさんはお休みでさらにシアさんがお出掛け中なので色々と忙しそうだ。
キャロルさんがずっと付いてくれてるし、ソフィーさんもちょこちょこ覗きに来てくれてるから大丈夫だって言ってるのになー。
多分私が勝手に町に行かないか心配してるんだろうと思うけど、こんなに寒い日に自分から外に出ようなんて思わないよ。まったく心配性なんだから。
「それならいいんだけどね。あ、ねえキャロル、なんかタルトの生地が減ってるんだけどもしかして使った?」
「んや? 私は今日はシラユキ様に付きっきりだしタルトなんて……、ん?」
ほほう? 生地だけつまみ食いするのも変な話だし誰かが勝手に使っちゃったとかかな。……うん? タルトの生地?
私とキャロルさん、そしてメアさんの視線がテーブルの上のチョコタルトに集中する。まさか……!?
「えーっと……、エレナ? 一応聞くけどそれは?」
「み、見りゃ分かんでしょ」
「うんうん、チョコタルトだよね。そういえばチョコも生クリームもやけに減ってたんだけどなー? エレナは何か知らないかなー?」
「し、知らないってそんな。あ、ほら、メアも食べなよ、まだまだあるからさ」
もう完全にバレバレだけど証拠隠滅を図るエレナさん。
しかしその後にリリアナさんからのお説教が待っているとは夢にも思わないのであった。なむ。
現在野良メイドさんであるエレナさんは、森の中の家々に勝手にお邪魔して勝手に家事を手伝っているらしい。
いきなり部屋の掃除と称して模様替えを始めたり、取っておいた食材などを問答無用で全部使ってしまったりとかで困っている人もいるにはいるみたいだが、概ね好意的に受け止められているんだとか。みんな心が広いね。
多分エレナさんはまだ成人してからそんなに経ってないからだと思う。可愛いメイドさんが遊びに来たぞ、とか思われてるのかもしれないね。
個人的には野良なんて辞めて帰って来てほしいんだけどなー? 花嫁修行なら私の家でもできると思うよ! ……できないかも……。
「そだ、姫、さっきのルー兄の話なんだけどさ」
「う? エレナさん何か知ってるの?」
リリアナさんにたっぷりとお叱りを受けた後の帰り際、エレナさんが今思い出したかのようにある事を話し始めた。
……ふむ? ほうほう? なるほどなるほど、さすがエレナさんださすが。
あれから一週間ほど経ったある日、また町へ行くと言う兄様と姉様を玄関で大人しく見送った直後の事。
駄目元でもついて行きたいなどと一言も言い出さなかったのがポイントです。二人とも、やっと諦めたのか、と安心しながらも少し物足りなさそうにしていたね。
さて、後は慌てず騒がず急がず落ち着いて、と。誰が諦めるものか……!!
「シアさんシアさん、今日はお出掛けするよー」
一緒に一階まで見送りに来ていたシアさんに向き直り、今日の予定をできるだけ簡潔に伝える。
「? はい姫様、どこへでも喜んでお供させて頂きます」
一瞬だけ、この寒い日に姫様が外へ? と訝しげな表情をされてしまったが、すぐに気を取り直して笑顔で了承してくれた。とりあえず護衛と言うか保護者を一名確保。
「では早速お着替えに戻りましょうか、と、申し訳ありません。一応先にどちらへ向かわれるのかお教えして頂いても構いませんか?」
おおっと、やはりそうあっさりと事が運ぶ筈はなかったか……。一緒に行くシアさんに嘘や隠し事をする意味は無いからここは普通に答えておかなきゃね。
「うん、町までね。ちょっとね」
「町まで……? 姫様?」
その、何言っちゃってるのこの子、みたいな目はやめてくれませんかねえ……。
とりあえず変に突っ込んで聞かれる前に、エレナさんに教えてもらった例の情報そのままを話してみる。
兄様姉様はいつも、私がついて行きたいと言うと駄目だと断りお留守番を言い付けて行く。ご丁寧にメイドさんズの監視付きでだ。
しかし今日はそんな事はお願いせずそのままいってらっしゃいと見送っただけなので、大人しく留守番しておけともシアさんに監視しておけとも言われていない。
それはつまり……、私が別行動を取って町に行き、そこで偶然兄様たちと遭遇してしまっても何も問題はない、という訳なのだ!
前にも兄様自身が似たような真似をしていたので文句を言われる筋合いもないだろう。今ここでシアさんに怒られる可能性は充分にあるが……。
「姫様……」
「あう。や、やっぱり駄目?」
「ふふ、可愛らしい。いえ、実際ルーディン様が何も仰られていないのですから構わないのでは、と私は思いますよ」
「! だよね! それじゃ早く着替えて出発しよー!」
「はい、畏まりました。ふふ、ふふふ」
何やらシアさんがやけに上機嫌なのが気になるけど……、それ以上に兄様と姉様が何のために町に行っているかの方が気になるので今はスルーしておくとしよう。
ふふふ、こういう内緒の企みは結構好きだからついニヤニヤとしてしまうね。シアさんもそれで機嫌がいいのかも? なーんてね。
あ、外は寒いから変装も兼ねて着替えは結構厚着でお願い。あとシアさんもたまにはコートを羽織るくらいしてよね! 見てるだけでも寒いし、何よりシアさんは美人さんすぎて超目立つんだから!
お久しぶり(?)です。
今回のお話は特に必要の無さそうな会話もどんどん入れて、だらだらと書いていく予定です。
次回はまた一週間以内に投稿できたら、と思っています。