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305/338

その305

 季節は変わり、寒くて大嫌いな冬が今年もやって来てしまった。ベッドから出る気力を絞り出すのも一苦労だ。


「はいはい起きて起きて、レンが来るまで私にくっついてていいから。ほーらおいで」


「さむーいー! フランさんあったかーい。ふふふ」


 情け容赦無く布団を剥ぎ取りつつも笑顔で両手を広げて迎えてくれているフランさんに正面から抱きつき、温もりを分け与えてもらう。幸せ。


 ああ嫌だ嫌だ、こうしてフランさんと抱き合ってるのは幸せすぎるくらいだけど寒いのはやっぱり嫌。毎年思う事だけど冬なんて無くなってしまえばいいのに! メイドさんズは私が頻繁にくっついてくるからって嬉しそうだけどね……。複雑な心境だよまったく。



 フランさんに甘えまくっていたところをシアさんに目撃され、やや嫉妬されながらも手早く着替えさせてもらう。まだ冬の入りくらいなのでフルアーマー形態になるまでもないだろう。

 それ以前に今年の冬は珍しくマリーさんが滞在したままだから、あの全身きぐるみ姿を見られるのが恥ずかしいっていうのもあるけどね。どちらにしてもあれは動きにくくて、朝食とその後のお手紙仕事の妨げになってしまうから着るつもりもない。



 温かい朝食をメイドさんズに感謝しながら美味しく頂き、少し休憩を挟んだ後に日課のお手紙仕事も消化する。さすがにもう何年も経っているのでこの流れにも慣れてしまった。まあ、相変わらず手紙の内容は緩い日常会話的な物ばかりなんだけど。


「お疲れ様です姫様、残りの時間はこのまま私に甘えてくださいね。はあ、可愛らしい……」


「うん。温かいからいいけど、カイナさんは毎日飽きないよねホントに」


「え? あ、飽きる訳がありません! 私がこの幸せな時間をどれだけ楽しみにして生きているか……。でもそうですね、そろそろもう一歩進んでもいい頃合いかもしれませんよね? では舌を入れる許可を……、頂かなくても入れてしまっていいですよね」


「きゃ、きゃー! シアさーん!」


「落ち着きなさいまったく。順番で言えば私が先でしょうに」


「後も先も無いからね!?」


「残念です」「残念です」


 シアさんはにっこり笑顔で、でもカイナさんは少し目を伏せ本気で残念そうにしている。


 お手紙仕事の時間は楽しくて大好きなんだけど、この二人、特にカイナさんが積極的になりすぎてちょっと怖いんだよね。普通にキスしてくるくらいならいいけど、舌を差し込もうとしてきたり、太腿やお尻を撫でたりするのはやめてくださいませんかねえ……。


 後ほんの数年で五十歳、その時になったらカイナさんは、そして私は一体どうなってしまうのか……! でも年齢が五十になったとしてももう見た目も中身もあまり変わらないと思うんだけどなー?




 家の前で久しぶりに口喧嘩をしているクレアさんとカイナさんを見なかった事にして素通りし、寒い寒いと文句を繰り返しながら急いで走って町に到着。

 まずはいつもの様に『転ぶ猫』でお土産を買って、冒険者ギルドに立ち寄りミランさんとショコラさんに差し入れをする。冬の間は殆どの冒険者の人たちが広場に行ってしまうから暇で暇で堪らないらしく、二人には大喜びの大歓迎をされてしまったね。


 もっと二人に甘えまくりたいのをぐっと我慢してお別れし、今日の本来の目的である『踊る妖精』に向かう。

 今更だけど、冬はさらに出不精になる筈の私がこうして町に出て来ているのにはちゃんと理由がある。……つまりちゃんとした理由がなければ出て来ないという訳だがそれは今は置いておこう。


 その理由とは、最近『踊る妖精』で何やら面白い物が見られるとの情報を得たからだ。

 情報の出処はすっかりとあのお店の常連となってしまったマリーさんからで、内容が曖昧なのは詳しく教えてもらおうにも外出するいい機会だからとみんなに口止められてしまったせいだったりする。


 寒すぎて外に出かけられない! 出かけにくい!! でもやっぱり気になって気になって仕方がないので文句を並べながらもここまでやって来た訳です。という訳で暖かい店内に乗り込めー!



「シラユキ様、バレンシアさん、いらっしゃいませ。『踊る妖精』へようこそ。冬の間はもう来られないかもしれないと聞いていたので嬉しいです」


 言葉どおり嬉しそうに……、ニヤリと微笑むヘルミーネさんに出迎えられた。この怪しい微笑み目当てのお客さんもきっといるんだろうと思う。


「マリーさんからかな? うん、寒いのは好きじゃないからあんまり来なくなるかも。今日はちょっと用事と言うか気になった事があったからねー」


「気になった事ですか?」


 入り口で長々と話し込むのも何なので簡単に、面白い物が見られると聞いてやって来ました! と説明しておく。


「面白い物……? ああ、例のタチアナのアレの事ですか。という事はお食事の方はされないのでしょうか?」


「どうかなー? 紅茶だけ飲んでいくかもね。もうすぐお昼だから混んでくる前に帰るつもりだよ」


 お昼の混み混み状態でゆったりお食事なんてちょっと恥ずかしいし三人とお喋りもできない。忙しそうに働いている姿を眺めてるのもいいけど、その場合どう考えても邪魔にしかならないからね。

 それと、どうやら面白い物とはタチアナさんが関係している何からしい。これだけのヒントではまだ何も分からないも同然だ。気になる気になる木。


「例のタチアナさんのアレとは一体……。と、そういえば見たところタチアナさんは居られないようですが、休憩に入られているのですか?」


「あ、いえ、タチアナは今『転ぶ猫』までお使いに出ていまして……。もうすぐ戻って来ると思うのですが、すみません」


「謝らなくてもいいのにー。……うん? 寒い!」


 何故かタチアナさんの不在を謝るヘルミーネさんに和ませてもらったところで、背後からドアベルの鳴る音と共に冷たい空気が流れ込んできた。


 おっと、お客さんかな? 邪魔になる前に奥に移動しないとね。長々と話すつもりは無かったのに結局話し込んじゃったよ。反省反省。


「おや? 噂をすれば……。タイミングがいいのか悪いのか微妙なところですね」


「うう、寒い。ただ今戻りまし……、シラユキ様!? あ、ヘルミーネさんこれをお願いします。……シラユキ様ぁ!」


「わぷっ。タチアナさんこんにちわー」


 入って来たのはお客さんではなくタチアナさんだった。シアさんの言うとおりタイミングがいいのか悪いのか……。会えてよかったという事にしておこう。

 タチアナさんは私を確認すると驚き喜んで駆け寄って来て、でも冷静に手に持っていたバスケットをヘルミーネさんに託してから抱きしめてきた。


 むむ、外に出てたから体が少し冷えちゃってるね。お疲れ様と労い代わりにこのまま私の体温を分け与えてあげようじゃないか。


「ああ、嬉しい……、本当に嬉しいです! 寒い季節は殆ど外出もされないとマリーさんが言っていたので寂しく思っていたんです」


「こんなに喜んでもらえると私も嬉しいな。たまーにだけど遊びに来るようにするからねー」


 お休みの日に森へ入るなんてまだまだ体力的に無理そうだよね。これはできるだけ私から会いに来るようにしなければなるまい。


「まったく、微笑ましい」


「ええ、タチアナもシラユキ様も可愛らしいですね」


 頬擦りとキスとおっぱい押し付けの嵐を繰り返してくるタチアナさんと、されるがままの私を見て和んでいる仲良し保護者二人組。

 タチアナさんは見た目は大人で中身もしっかりしてるけど、実際まだ成人したばかりだからかほかのメイドさんズから見ると可愛い子供に見えてしまうらしい。


 マリーさんも年下を発見して嬉しそうにしてたもんね。……背も胸も圧倒的な差を付けられちゃってるんだけどさ。



――うぉーい、仕事しろよ二人ともー。シラユキ様はバレンシアさんに任せとけー。


「……は、あ、ごめんなさいノエル、すぐに戻るわ。バレンシアさん、例の物はテラス席にありますので。行くわよタチアナ」


「は、はい。うう、シラユキ様、またお帰りになられる前にもう少しだけお願いします……」


 入り口できゃいきゃい騒いでいたらノエルさんから注意が入ってしまった。

 みんな完全に忘れていたがここはお店でまだ営業時間、さらに言うならそろそろお昼のピーク時間だ。早く目的を済ませてしまわなければ……。




 シアさんに手を引かれてテラス席のある小フロアに移動する。ここは大きなガラス窓のおかげで温室のようになっているので結構温かい。


「う? あ! 凄い! 可愛い!!」


「ほう、これは中々……。しかしこれではますます返せと言えなくなってしまうではありませんか」


 入ってすぐ、お目当ての例の面白い物というのはすぐに発見する事ができた。

 それはなんと、テーブルを一つ占領して飾られているミニチュアハウス。しかも素人の私から見ても凄い出来栄えだとひと目で分かる程のもの。


 多分私の家をイメージして作られたのか、大きな木のような家とその前にある円形の広場。後はそれを囲うようにして木や草花も置かれていて、いい感じに森の中の雰囲気を再現している。

 その広場にはテーブルと椅子があり、さらにそこにはシアさん作の『ミニもふシラユキちゃん』が鎮座していた。家具の一つ一つもかなりの出来の良さで驚いてしまった。



 『ミニもふシラユキちゃん』について説明しておくと、名前そのままもふもふシリーズのミニ版だね。大きさは大体10から15cmといったところでかなり小さくて可愛い。

 少し前にタチアナさんの寂しさを紛らわすためにシアさんにお願いして作ってもらったのだが、シアさんはタチアナさんに渡す物だとは思わず、自分の部屋に飾るつもりで全精力を注いで作り上げてしまったのだった。

 タチアナさんのあまりの喜びっぷりに返せとも言えず、泣く泣く手放すこととなってしまったのでした。



 後で話を聞くと、これを作ったのはタチアナさんだというからさらに驚きだ。

 ただ歩くだけの事ですら大変だった頃の趣味のようなものらしく、ソフィーさんから送られてくる手紙を頼りにして、後は想像を膨らませて少しずつ少しずつ形にしていったんだとか。

 そして実際に私の家を自分の目で見る事ができ、改めて細かい調整や改良を施してつい一週間くらい前に完成、早速お目見えとなったという訳だ。


 怪我の功名と言ってしまっていいものか、とにかく手先が器用になってよかったね! タチアナさんもやはりメイドさんなだけあって凄い特技を持っていたものだよ……。




 冷静に考えてみると、これって外から普通に見えるんじゃないか!? 来るときになんで気づかなかったんだろう……。

 私はシアさんにくっついて歩いていたからで、シアさんは多分私しか見ていなかったからかな? 外から丸見えの席だから嫌だなー、って頭からその存在自体消してしまっていたのかも……。

 まあいいや、みんなにいいお土産話ができたね。寒いのを我慢して出かけた甲斐はあったよ。ふふふ。







何でもないとある日の午前中の出来事でした。



ちょっと投稿ペースが落ちてしまうかもしれません。

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