その301
「はいはーい! 早速採決をとりまーす! ミランちゃんが次のギルド長就任に賛成の人ー!?」
ジニーさんの言葉に応じて手を挙げたのはたったの一人。ジニーさん本人を含めると二人だ。
「まあ妥当なところだろうな。それにミカンがギルド長ともなればそれだけ私がシラユキを構いに森にやって来れるというものだ。反対やどちらでもではなく賛成しよう」
むう、ショコラさんめー! でもそうなってくれると私的にもかなり嬉しい事は確かなんだよね。
しかし! だからと言って代わりにミランさんが忙しくなってしまっては本末転倒というもの。プラスマイナスゼロとまではいかず、少しマイナスになってしまう感がある。それは絶対避けなければ!
まあいい、どうなる事かと思ったが賛成はたったの二票であるか。これは勝ったね!
「次は反対の人ー? はーい!!」
「反対です!! どうして受付の手伝いからいきなりギルド長なんですか! ガトーさんが駄目でもまだルーマンさんやマウリッツさんがいるじゃないですか!」
ルーマンさんは猫族の男の人で、マウリッツさんは……、誰だろう? 実は裏でお仕事してる人とは殆ど会った事ないんだよね。
とりあえずそれは置いておいて、私に賛同してくれたのは何人かな? シアさんは面白半分で様子見をしているとして、メアさんとフランさんはきっと大賛成してくれている筈。
……あ、あれ? え!?
勝利を確信しながら振り向くとなんと、はーい! と元気に手を挙げているのは私とミランさんの二人だけだった。どうしてこうなった……。
「あらら、2対2。決着は付かなかったみたいだね」
「こうなるだろうとは思ってたんだけどね。ほらほらメア、見てあれ。シラユキぽかーんとしちゃって可愛い」
まさかメイドさんズ全員がどちらにも付かずとは。くう、これはただただ誤算だった……。
決着付かずで場がしんと静まり返ってしまったのを見計らい、シアさんが数歩前に出て、
「賛成でも反対でもどちらでもでもなく、どうでもいい、と思っている方は挙手を願います」
控えめに手を上げてそう言い放った。
なにそれひどい。ミランさんっていう私の大切なお友達の今後が掛かってるっていうのに、そんなどうでもいいなんて思う人がメイドさんズの中にいる訳が……。
「はーい、私はどうでもいいかな。なったならなったで、ならなかったらならなかったでいいんじゃないの? それで何が変わるでもなし」
「だよねえ。ミランさんには悪いけど私らはなるようになれだと思うよ」
「私は純粋にどうでもいいですね」
「シア姉様はホントこういう時は正直ですよね。もしかして嫉妬してるとか? あ、私もどうでもいいです」
「私はノーコメントでお願い致しますわ」
「私もお嬢様と同じく、という事にしておきます」
まさかのほぼ全員だった!! フラグ回収早すぎィ!
え、ええと……。ここにいる全十人中賛成が二票、反対も二票。そしてどうでもいいが四票で無投票が二人、と。
……本当にどうしてこうなった!! 予想外すぎるんですけど!?
一週間お疲れ様これからもよろしくねパーティーは夕方頃まで続き、結局あの場では話が付かなかったミランさんのギルド長就任についてのお話は、私の家の談話室に場を移して続ける事になった。
後片付けのために残されてしまった新人メイドさん三人組とソフィーさんには悪いけれど、私がいないとジニーさんに強引に押し切られて首を縦に振ってしまいそうだし、さらに暗くなる前に帰らないと父様が町を平らにしかねないからね。仕方ないね。お疲れの筈なのにごめんねー。
そして帰り道に冒険者ギルドにも寄り、ショコラさんを一行に加えた後に今に至る、という訳だ。マリーさんとキャンキャンさんは談話室でただ寛いでいただけでした。
くそう、ショコラさんは多分向こうに付くだろうとは思ってたけど、まさかメイドさんズが全員どちらにも付かないとはね……。私に圧倒的に有利なホームでの採決でこの案件は裏世界でひっそりと幕を閉じる手筈だったのにー!!
「ううう、こんな事になるんじゃないかと思ってましたからいいんですけどね。とりあえずはどうして私なのか納得できる理由を聞かせてください。……あるならですけど」
ああ、ミランさんはこうなる事と予想済みでしたか。それはなんとも悪い事をしてしまった気分。
「その前にだな、シラユキはこっちに来い。また暫く構ってやれなかったからな」
自分の腿の辺りをポンポンと叩きながら私を呼ぶショコラさん。だが……。
「あとでねー。今はまだここにいるね」
「そ、そうか。……ちっ」
舌打ちとかお行儀悪い……。
まだミランさんの膝の上を堪能しきっていないのでまた後で! 暫く甘えられなかったのはミランさんも同じだからね。
「ふふ、嬉しいです。シラユキ様は本当に可愛らしいんですから」
「ホントホントかーわいいったらもう! シラユキちゃんはミランちゃんのこと大好きだもんねー?」
「うん! ミランさんは森の外のエルフの初めてのお友達だから。今はもう家族だけどねー。ふふふ」
「くはっ、本当に可愛いなシラユキは……。そうだ、今日は泊まっていこう。また胸を吸わせてやるからな?」
「今日の添い寝当番はフランですが変わってもらえるなどと思わない事ですね。まあ、ミランさんと三人で入浴するくらいならたまにの事ですし譲りましょう」
す、吸いませーん! お風呂ではもう触りまくり揉みまくりの予定だけど吸いませーん!!
ううむ、シアさんも一緒に入ればいいのに、じゃなくて、私ももうすぐ五十歳にもなるのになあ……。いい加減赤ん坊扱いは本当に控えてもらえませんかねえ。
「あの……? シラユキ様が可愛らしすぎるのは私にも分かりますけれども……、ミランさんについてのお話はどうなったんですの!?」
「はっ!?」
三人、プラスシアさんからここぞとばかりに集中して可愛がりを受けまくっていたら、マリーさんから至極もっともな指摘を入れられてしまった。
完全に忘れてた!
いやいや、さすがキレのあるツッコミに定評のあるマリーさんださすが。やっぱりマリーさんがいないと駄目かー。凄いなー、憧れちゃうなー。
「い、いえ、折角こうしてシラユキ様が甘えてくださってるんですから後でもいいかなと思いまして……」
「うんうん! この柔らかほっぺをつんつんしてると他事に頭を割けなくなっちゃうもんね!」
「私はもうあまりの可愛さに忘れていたな。ふむ、シラユキはそろそろこっちにな、お前達はお前達で勝手に相談でも何でもしてるといい」
ショコラさんはそう言うとミランさんから私を強奪し、少し離れた席に腰を下ろした。椅子二つ分程度の距離しか離れていないので一応少しは気になっているんだろう。
「姫様を独り占めするつもりですか。では私もそちらへ参るとしましょう」
「それじゃシラユキはショコラとレンに任せて、私らはマリーでも構ってようか?」
「えっ!? ふ、フラン? 何を言って」
「うんうん、たまにはそうしよっか。マリーも姫ほどじゃないけど結構いい反応するしね。ふふふ」
「メアリーまで!?」
「それでしたら私はルシアとクラリスのブラッシングをして来ますね。二匹とも今日も森を駆けずり回って葉っぱまみれになっちゃってましたから」
「んじゃ私も行くかな。アイツらでっかいからキャンキャン一人じゃ大変っしょ」
「こ、コラ! 待ちなさ……。ふ、二人とも、お手柔らかにね?」
向こうは向こうで面白そうな事になってるね……。何を、とは言えないけどマリーさん頑張って!
ふんふふーん。やっぱりショコラさんの膝の上は何とも言えない幸福感でいっぱいになるね。兄様姉様やメイドさんズとまではいかないけど。あ、勿論父様と母様は別格です。
「さーてミランちゃん、納得できる理由、聞きたーい?」
「あるならですけど……、本当にあるんですか? ただの思いつきとかではなくて」
「もっちろん! 今のところ適任は、お姉さんの知ってる範囲だとミランちゃんしかいないからね!」
あ、思いつきとか何となくじゃなかったんだ? そういえばショコラさんもミランさんなら妥当なところとか言ってたもんね。
ふむふむそれは気になる。ショコラさんに甘えまくるのに忙しいけど、二人の話にしっかりと聞き耳も立てておこっと。
「ふふふ、シラユキちゃんが耳をピクピクさせてるから大人の話はまた今度するとして、一番の理由はミランちゃんがシラユキちゃんのお友達で森の家族だから、かな?」
「そんなこ」
「そんな事で! って言われるかもしれないけどこれって結構どころかかなり大切な事なんだからね? どんな組織でもその長になる人には能力より顔の広さが重要になってくるの。ま、お姉さんはお仕事もできて顔も広いんだけどね? ふっふっふ」
お、おお、ジニーさんがもの凄くまともな事を言ってる気が……。これはミランさん押し切られてしまうか!?
「それなら尚更ガトーさんの方が適任じゃないですか。今現在ギルド長代理としてしっかりお仕事されてますし、私と違って長く旅をしていたんですから顔の広さも相当なものの筈ですよ?」
た、確かに! ミランさんはシアさん相手じゃなければホントにしっかりと考えて意見を返せるんだね。
ほら見ろ見事なカウンターで返した。そうやって調子に乗ってるから痛い目に遭う。
「もっと強く押せばいいものを。まったく回りくどい奴らめ……」
上を見上げてショコラさんの顔色を窺ってみると……、露骨に嫌そうな顔をしていた。
は、早く続きを! ショコラさんはこういう面倒そうなお話大嫌いだよね。本当に父様そっくりな性格してるよ。
「ガトーちゃんの場合は逆にこういう小さな場には向かないの。それにリーフサイドに居るのもシラユキちゃんが成人するまでの予定で、それも今後どうなるか分からないでしょ?」
う、嫌な事を思い出させてくれるね。
「今後どころか明日の事すら誰にも分からんさ。だがまあ、私はシラユキが成人してからもこの町を離れるつもりはないがな。大体こんな可愛い子から離れられると思うのか?」
ギュッと私を抱き寄せながらとても嬉しい事を言ってくれるショコラさん。
わーい! ショコラさん大好き!! いつもより多めに頬擦りをしてお返しをしちゃいます!
「ふふふ、可愛いかーわいい! そうなるとSランクは実質三人になっちゃう訳か……。と、話を戻すけど、ミランちゃんがギルド長でガトーちゃんには今までと同じでその補佐をお願いする予定なの。私の中では予定じゃなくてもうそれで確定してるからミランちゃんもそのつもりでいてね? っていうお話でした」
「勝手に纏めて締めないでください! 私で良くてガトーさんが駄目な理由が何ひとつ無いじゃないですか!」
「うう、いつになく頑固ねミランちゃん。ホントは一言で済ませられる理由があるんだけどシラユキちゃんの前だとちょっとね……。だからこのお話はこれでおーしまい! さー! みんなでお風呂入ろっかー!? マリーちゃんも一緒にどーお?」
「お断りですわ! ……え、遠慮致しますわ」
「はあ、後でちゃんと聞かせてくださいね。シラユキ様すみません、急に押しかけてお騒がせしてしまって」
「まったくです」
「シアさん! あ、私は気にしてないよー。ミランさんとショコラさんが家に来てくれたのがすっごく嬉しいしね。ふふふ」
「この子は本当に可愛い事を言ってくれるなあ。ああミカン、そもそもの話なんだがな、ギルド長の交代なんぞ一体いつの話をしてるんだ? 普通まずそこから聞くべきだろうに」
「えっ?」
「あー、もう言っちゃったか勿体無い。それじゃお風呂の準備でもしてくるとするかしらねー」
「私も今日は姫たちと一緒に入ろっかな。ね? ひーめ?」
「う? うん。……いつ?」
どうやら私とミランさんは盛大な思い違いをしていたみたいだった。お店が大繁盛していたからそのせいもあったのかもしれない。
メイドさんズがみんなどうでもいい派だったのは、あの時のジニーさんの、軽く十年くらい様子見する、というセリフを聞いて覚えていたからなんだろう。
来週とか来月とか来年なんかの近い話ではなく、まだまだ何年も先の話でそれもお店の状況によっては分からなくなってくる、という訳だ。
それはつまりあれだね? 私とミランさんが突然すぎる告白に驚いて周りが見えなくなっちゃってただけの話であるか。なにそれ恥ずかしい。
ジニーさんもシアさんも仲良くニヤニヤしているし、多分私のついでにミランさんもからかわれてたんだろうなあ……。ぐぬぬ。
でもこれからが肝心だね。ジニーさんの中では次のギルド長はミランさんで確定してるのも確か、それを阻止するためにも早く知る事ができたのは不幸中の幸いと言ったところかな?
ミランさんはギルド長なんかじゃなく……、私のメイドさんとなるべき人なんだから!!
さあ、これからがシラユキが本当に頑張るお話に……、なるんでしょうか?