その299
まさか秋祭りの初日に開店したいがために私たちに嘘をついたのか!? と一瞬だけ勘ぐってしまったがさすがにそれは私の考えすぎ、勘違いだった。失礼しました。
店内は以前招待された時とほぼ同じでテーブルの配置などのレイアウトもそのまま。でも一つだけ大きな違いがある。それは……、例の巨大なガラス窓とその窓際の席全てが一枚の壁で覆われてしまっているという事。ドアも見えるのでそこから出入りできるんだろう。
ただ壁を設置して隠すのではなく、その間のスペースを使ってテラス席を再現して見せたという事か。勿論壁には小窓が付いているので店内が必要以上に暗くなったりはしていない。
なんということでしょう。あの外から丸見え状態だったお店が見事な変身を遂げていました。これでどこかのお姫様に文句をつけられる事はもうないでしょう。
いやはや、これは盲点だったね。素晴らしい改装だと関心はするがどこもおかしくはないね。さすがジニーさんださすが。
「確かにこれなら工事もすぐ終わっちゃうよね。でもちょっとお店が狭くなったみたいに感じちゃうかな」
「ま、それはまた追々、かな? シラユキちゃんたち以外にはそんなの分かんないしね。その場凌ぎにしてはいい出来でしょー? ふっふふー!」
この出来栄えをその場凌ぎと申すか。謙虚だなー。
メイドさんではなくジニーさんにテーブルに案内され、マリーさんを加えた四人で席に着いて雑談を続ける。私たちの後にもお客さんは次々と入って来ているのでウェイトレスメイドさん三人組はその対応に大忙しなのだ。ちょっと残念に思う気持ちもあるけれどお仕事の邪魔をする訳にはいかない。
とりあえず話について来れていないハテナ顔のマリーさんには私から事の経緯を軽く説明しておく。キャンキャンさんが戻って来るまでのいい時間潰しになると思ったがもう少し時間が掛かるみたいだ。
「なるほど、そんな経緯があったんですの……。ふふ、シラユキ様は恥ずかしがりやでいらっしゃいますものね」
話し終えたら普通に納得され、さらにお上品に微笑まれてしまった。ぐぬぬ。
「そこが可愛いんじゃないの。さ、それじゃ次はマリーの番ね。一応連絡はきていたけれど随分急な話だったわよね」
「あ、うん。もうまた夏になるまで来てくれないと思ってたから私は嬉しいけどね。ふふふ」
何やら色々と問題があって結局今年の夏は遊びに来れなかった、いや、帰って来れなかったマリーさんだったのだが、つい数週間前にいきなりこちらに向かって出発したと事後報告が舞い込んできていたのだ。どうやら母様も詳しい理由は聞いていないらしい。
「ああ、その事でしたの……ってその事ですわ! 一体なんなんですのこのお店!! シラユキ様と同じ気分を味わえるという触れ込みを聞いて何を勝手な事をともう居ても立ってもいられず急いで飛んで参ったんですのよ!? 町の方に聞くとシラユキ様がご公認なさってるとの事なので文句を言うのは取り止めましたけれど……。けれどもさらに詳しく聞くとオーナーがこの方、ジニーさんらしいじゃありませんの! これは何か裏があると思ってああして最前列で開店を待っていたという訳ですわ。あ、いえ、最前列にいたのはまず真っ先に一言文句を言いたかったがためでしたからですわね」
「なんで!? 私がオーナーだとどうして納得いかないの!? どうして皆私には辛くあたるのー!? くすんくすん、私に優しくしてくれるのはもうシラユキちゃんしか……。そのシラユキちゃんも最近は容赦なく正座を言いつけてくるようになっちゃったし……」
だってジニーさんは正座に慣れすぎちゃってるのか全然苦にしてないみたいだし……、じゃなくて。つまりどういう事なの……?
「あら? ジニーがマリーに直接教えた訳ではないのね。そうなるとフェアフィールドまでこのお店の噂が広まっているのかしら? アリアがやって来そうで怖いわね……」
そうそう、マリーさんが急に帰って来た理由だったね。
ハーヴィーさんが怒りかけたあの日みたいに、私を広告に使う様な真似が許せなくて文句を言いに来たっていう事、かな? でも私が公認してるから文句を言うのはやめておいたと。ふむふむ、なるほど納得。これは私とジニーさんのせいでお騒がせしちゃったみたいだね。
でもまさか、フェアフィールドまで噂が広がっているとは思わなかったよ。多分冒険者の人たちからの話伝えでどんどんと広まっていったんだろうね。それは素直に凄いや。
「はい、断片的な噂話程度のものでしたけれど。それと、いくらお母様でもさすがにエネフェア様の許しもなく勝手にリーフサイドまで、とまでは参りませんのでご安心くださいですわ」
「そこは心配していないのだけれどね? アリアのことだからマリーとキャンキャンから話を聞いたら一度来てみたいと言い出すに決まっているわ。はあ……」
「う、それは否定できませんわ……。申し訳ありません」
憂鬱そうにため息をつく母様と、それに対して謝ってしまうマリーさん。
お母さんが悪く言われてる、とまではいかないけどよく思われていないのに逆に謝らせてしまうとは。母様もそんな露骨に嫌がらなくてもいいのに……。
これはマリーさんのお母さん、アリアさんと話すともの凄く疲れるから嫌らしいんだけど、私はまだ会った事も精霊通信でお話した事すらないのでまだ母様の気持ちは分かってあげられない。
マリーさんが言うには、日頃は母親としてもこの国の女王様代わりとしても文句の付け所のない立派な人、なんだけれど、私たちハイエルフの事が絡むと大袈裟な話でもなんでもなく人が変わった様になってしまうんだとか。
今ひとつ要領を得ない話だけど、マリーさん自身がどちらかと言うとアリアさん寄りの考えに近い人だからそれ以上は何とも説明できないらしい。
私が思うに、多分シアさんみたいに好感度に極端な偏りがある人なんじゃないかな? まあ、一般論でね。仲良くなれる気がする。
キャンキャンさんが戻って来たところでやっとメニューを開く事ができた。しかし以前と変わらず見慣れた物ばかりで、尚且つお昼の時間にもまだ少し早い。ここは無難にケーキセットにしておこう。勿論苺のショートケーキで。
「か、考えてみましたら別にキャンキャンを待つ必要はありませんでしたわね……」
「こじんまりとしたお店ならよかったんですけどねー。エネフェア様もいらっしゃいますし今回は大人しくしていますね。お祭りが終わったらまた来ましょうねお嬢様」
キャンキャンさんは戻って来て早々、店内の広さとお客さんの多さを見てお控えモードに入ってしまった。私たちがよくても周りの目というものが気になってしまうんだろう。
「そんな事気にしなくてもいいのに。まあ、この子たちが原因かしらね」
クレアさんもカイナさんもずっと黙って立って待機しているのにキャンキャンさんだけ、とはさすがにいかないか。残念。
母様もケーキセット、マリーさんは文句を付けるため(?)にアップルパイに決めたらしい。シアさん作と比べるつもりなのか……。
注文が決まったら早速ベルを鳴ら、そうと思ったらジニーさんが厨房まで直接注文をしに行ってしまった。確かにさっきから他のテーブルのベルが鳴りに鳴りまくっているし、メイドさん三人も厨房とフロアを行ったり来たりで大忙し、それも仕方のない事なんだろう。
「お待たせしました! こっちに全然顔出せなくてホントすんません! 姉御姉御、やっぱフロア三人じゃ無理っすよ、回せないっす。ってか手伝ってくださいよ。なんでフツーに座って注文してるんすか……」
注文の品を運んで来てくれたのはノエルさんだった。もう涼しくなってきているというのに付け襟を外して肩を露出してしまっているところを見ると、その忙しさの程もよく分かるというものだ。
私個人的にはあんまり肌を晒してほしくはないけどね。これは男の人の目をもっと気にしてほしいという意味であって独占欲とは無関係。あんまり激しく動くとポロリしてしまいそうなのが見ていて怖いわ。
「あ、やっぱりそう? ある程度予想できてた事だけどそれ以上かもね。外は?」
「長蛇の列っす。まだ初日で他を回ってる人らを抜いてもこれっすよ? この分だと閉店までこの忙しさが続くんじゃないっすかね。行列を見て帰っちまうお客も多いみたいですし明日以降がまた考えるだけでも怖いっすよ……」
「ありがと。ごめんねー、何とか手を考えてみるから今は頑張って! あとタチアナちゃんも注意して見ててあげてね、あの子絶対無理するから」
「分かってます、それも心配なとこなんすよね……。っと、それじゃすんません、仕事に戻ります。エネフェア様とシラユキ様と……、誰だっけ? あ、ご、ごゆっくり!」
ノエルさんはジニーさんと少し相談するとまた戦場へと戻って行ってしまった。
マリーさんを紹介しておきたかったのだが、雑談をする余裕が無いのは誰がどう見ても確定的に明らかなのでまた次の機会にしておこう。それよりも今はさっきの一言が気になる。
「タチアナさん大丈夫かな? ここから見た感じはしっかり動けてるように見えるけど……」
タチアナさんは笑顔を崩さずパタパタと忙しそうに動き回っている、が、体力がそんなにある方ではないのでそれもいつまで続けられるか分からない。じっと観察してると何度も目が合い、その度に嬉しそうに微笑んでくれるのが逆に心苦しくなってきてしまう。
「タチアナさん、ですの? あの三人はシラユキ様のお知り合いかお友達の方たちなんですの?」
「ううん、三人とも私のメイドさんだよー。あの金髪のふわふわ髪のメイドさんがタチアナさんでね、ソフィーさんの妹さんなんだよ」
「三人ともシラユキ様の? 確かに揃ってあの胸の大きさは……、? ソフィーさんのですの!? ままままさかあの方もソフィーさんと似たような……」
「お嬢様」
「うっ……」
店内で声を張り上げて驚いてしまったマリーさんをキャンキャンさんが静かに窘める。
やはりマリーさんの反応は緩急とキレがあって面白い。ほかのみんなだと中々こうはいかないものだからね。うんうん。
「まだ足が治ったばかりなのだから確かに心配よね。無理してまた痛めてしまう事にでもなればこの子が悲しむわ。ジニー、何とかしてあげられないかしら?」
母様も心配そうに右往左往するタチアナさんを眺めている。マリーさんが、足? と呟いているがさっき怒られたばかりなので聞いてはこない。その話もまた後で、だね。
「ジニーさん、私からもおねがーい」
まあ、ジニーさんのことだから、こんな事もあろうかと! といった感じに既に解決策は用意してあると思うけどね。今まではお客様視点で様子見をしていたんじゃないかな?
「エネフェア様とシラユキちゃんからのお願いならお姉さん頑張っちゃおうかな! 頑張るのは私じゃないんだけどね! フフフ……。それじゃ、クレアちゃんカイナちゃんキャンちゃん、手伝ってー!!」
「は?」「え?」「はい?」
ええ!? その発想はあったけどまさか実行に移すとは! これはきっと前々から企んでたな……。
でもねー、その解決法には一つ大きな穴があるんだよね。だから私はあえて言わない様にしてたのに!
いきなり他力本願すぎる発言にお願いされた三人ともハテナ顔の困惑顔。マリーさんもよく分かっていないのか似たような反応だ。
「そうくると思ったわ。でもそれは駄目なのよジニー。クレアとカイナは私ので、キャンキャンはマリーのメイドだからね? シラユキのメイドが働くお店の手伝いはできてもさせられないの。他に用意してる方法は無いの?」
「あ、え、マジで? そこはちゃんと拘らないと駄目? お、お姉さんそれはちょっと困っちゃったなー。あはは……」
奥の手らしき物をあっさりと潰されてしまったジニーさんが乾いた笑みを浮かべる。いつものフリではなく素で困ってしまっているみたいだ。
そう、それがその穴なんだよね。
このお店は本物の私のメイドさんが働く喫茶店として仕切り直すと、他ならぬジニーさん本人が宣言してしまっていたからね。仕方ないね。それさえなければカイナさんに手伝ってもらうのもありかもだったのにねー。
事態を把握した三人は、それならお手伝いはできませんね、とあっさり見放してしまった。カイナさんだけはこれを機に私のメイドさんになりたいと言って、クレアさんにきつい肘打ちを貰っていたりもしたが見なかった事にしておく。
「という事はシラユキちゃんのメイドさんにしかお手伝いを頼めない? メアちゃんとフランちゃんは絶対無理、シアちゃんも絶対断るだろうし……、うん? 考えてみたらシラユキちゃんのメイドさんってどういう分け方と言うか決め方をしてるの……? シラユキちゃんシラユキちゃん、お姉ちゃんにおーしえてー?」
「さっきからエネフェア様にもシラユキ様にもなんて口のきき方を! いい加減になさいですわ!!」
「うわぅ! ま、マリーさん、ジニーさんは森の家族だからいいんだよ?」
「あ、そ、そうだったんですの? も、申し訳ありません……」
び、ビックリした……。マリーさんは不意打ち気味に私を驚かせる事が結構多いよね。ふふ、クレアさんとキャンキャンさんがジト目で見てる見てる。後でお仕置きかなこれは。
縮こまってしまったマリーさんのフォローは後で入れるとして、問題解決のために私も協力するとしようじゃないか。まずは今の質問の答えからだね。
「ええとね、私のお付の三人以外だと、私がメイドさんになってーってお願いしてなってもらった人が私のメイドさんって事になってるのかな? 今働いてるあの三人は特別としてあとは、キャロルさんとソフィーさんだね。あ、エレナさんもかも。でもエレナさんは今はウルリカさんの専属メイドさんになってるからお手伝いは頼めないと思うなー」
グリニョンさんはリリアナさんが連行してきたメイドさんだから残念ながら除外されてしまうし、ミランさんはまだまだ勧誘中なので同じく除外。ミランさんは私の中ではメイドさんになる事が決定づけられている。諦めない! 絶対にだ!!
この中で私がおすすめしたいのはソフィーさんかな。タチアナさんのお姉さんだからという理由だけではなく接客業の経験者でもあるからね。
それとさっきのカイナさんじゃないけど、これをいい機会としてミランさんを無理矢理メイドさんに仕立てあげてしまうのもありかもしれない……。ごくり。
「なるほどねー。それじゃシラユキちゃん、またちょっとずるいお願いの仕方になっちゃうけど、こればっかりはお姉ちゃんにはどうにもならないみたいだからお願いしてもいーい?」
さすがのジニーさんもいつもの元気さと勢いは控え、でも暗くなり過ぎないように少し軽めにお願いをしてくる。
まったくもう、しょうがないなあ……。私からメイドさんを借りようだなんてその浅はかさは愚かしいな、と言いたいところだけど、ジニーさんは大好きなお姉さんだから今回限り特別中の特別なんだからね!
「シアさーん! キャロルさーん! 出て来てー!」
少しだけ大きめの声で二人を呼んでみる。これで実は二人とも露店を巡り歩いてました、なんて事になったら大恥ものなんだけれど。
――は、はい!! あ、あの、いいんですかシア姉様?
――いいも悪いも姫様がお呼びなのです、出て行く他に選択肢などありませんよ。さ、早くしなさい。
キャロルさんの大きな返事と、シアさんの声量低めでもよく通る声が聞こえてきた。
方向からするとお店の外で待機していたんだろうと思われる。それにしては声が近かった気もするが……。
何にせよいてくれてよかった! 大恥をかくような事にはならずに済んだね。内心ドキドキものだったのは内緒。
そして二人は……、例のテラス席に通じるドアを開いて入って来た。
「お待たせしてしまいまして申し訳ありません。キャロがあともう一口だけと子供のように駄々をこねてしまっていまして……」
「言わないでくださいよシア姉様! しかもマリーの前で!」
「二人ともお店の中にいたの!?」
しかも普通にお食事中だったとは! シアさんは絶対目立たない様にするなんて考えてすらいないでしょ!
まあ、二人とも町ではそれなり以上に顔が広まってるメイドさんだから、こんな所でサボってるウェイトレスさんがいるぞー、なんて思われないだろうからそこは別にいいんだけどさ……、私がほかのお客さんから生暖かい眼差しを送られてしまったじゃないか! 誠に遺憾である。
とりあえず急場凌ぎにキャロルさんにお手伝いをお願いし、シアさんにはソフィーさんを呼びに行ってもらおうと思ったのだが、シアさんが言うにはソフィーさんは既にこちらに向かっているらしいとの事。一体何故?
あまりにも謎すぎたので詳しく説明を求めてみると、どうやらシアさんが森に馬車を置きに行くキャンキャンさんに言伝を頼んでいたらしい。
それはつまり、シアさんはこうなる事を見越していて既に手を打っておいたという事なんだろうか!? なにそれすごい、すごいけどこわい。
ソフィーさんが到着し、すぐにフロアに入ってもらうとやっとノエルさんたちの表情にも余裕が出てきたみたいで、たまにだけれど私たちのテーブルにちょこちょこと顔を見せるまでになった。タチアナさんはまたお姉さんと一緒にお仕事ができると本当に嬉しそうにしていたね。
これで一安心、と私たちもそろそろお店を出る事に。開店から今の今まで私たちがテーブルを一つ占拠したままだったのを思い出したからではありません。
本音を言うと働く五人の姿をもっと見ていたかったんだけどね。やっぱりメイドさんは見てよし甘えてよしの素晴らしい存在だと再確認できたから大人しく引き上げようと思う。
シアさんはまた姿を隠してしまったけれど、帰りの路はマリーさんとキャンキャンさんも加わって楽しいものとなってくれたからそこまでは気にならなかったね。
しかしあんな目立つ席でお食事中だったみたいだし、ただ個人的にそういう状況を楽しんでいるだけなのかもしれない。まったく困ったメイドさんだよシアさんは。ふふふ。
普通に流してしまったが一応……。
『踊る妖精』で働くメイドさんは現在五人。そう、五人です。キャロルさんは犠牲になったのだ……。
ヘルミーネの存在感の薄さ……
もっと出番を増やしてあげたいですね。
11/12 会話文など所々修正しました。