その296
「アタシはキャロルとコーラスさんに会いに行ってきます。いやー、楽しみっすよ!」
「私はバレンシアさんと野草やキノコを採りに行く予定です。フフ……、この日をどれだけ待ち望んだことか……」
「わたしは姉さんと町まで買い物に、ですね。お店の様子も見に行くつもりです」
なーるほどねー。三人とも充実した一日を過ごす予定である、と。
ふむふむ、それじゃあ私は誰について行こうかなー? ふふふ。
三人が我が家に来てから四日目。まだ四日目だが、とりあえずローテーションが一回りしたという事で三人にはお休みを取ってもらう事にした。
朝食の後、三人に今日の予定を聞いてみたところ今の答えが帰ってきたという訳だ。慣れないお仕事でさぞやお疲れだろうと思っていたのだが全然そんな事は無かったぜ!
ノエルさんは森の外では結構有名らしいコーラスさんに会うためにお花畑へ。キャロルさんはその案内。
ヘルミーネさんは自分の趣味である野草やキノコの採取のために森の中を散策しに。シアさんとはたった数日でかなり仲良くなってしまった。
タチアナさんはソフィーさんと町でデート。ついでにジニーさんとお店の様子も見てくるらしい。とにかく今は動く事が、自分の足で歩く事が楽しすぎるんだそうだ。
さて、ここで問題が発生。今日は私も何も予定がなくて暇なのだけど、三人が三人とも別行動を取ってしまうので誰について行けばいのやら。
コーラスさんには会いに行きたい。でも間違いなく私に構いっきりになってノエルさんは全スルーされてしまう事だろう。キャロルさんは可愛いから結構友好的なんだけどね。
野草やキノコに興味はあんまり……と言うか全く無かったが、ヘルミーネさんがあまりにも楽しみにしすぎていたので少し興味が沸いてきてしまった。さらに二人の行動を監視しておきたいのもある。
タチアナさんとソフィーさんに付いて行くとデートの邪魔になるかな? とは思うのだけれど、二人と一緒に町に遊びに行きたいのも確か。お店はたった数日の事なので何も変わっていないだろう。
優先度はともかくお邪魔になりそうなものを消去法で消していくと……、ここはヘルミーネさんとキノコ狩りかな? まあ、兄様姉様やほかのメイドさんズに遊んでもらうっていう手もあるんだけどね。
「じゃあ、私はシアさんとヘルミーネさんについて行こうかな。いーい?」
「は、はい、勿論です。しかし野草やキノコには毒を持つ物も少なくはないのですが……」
「まあ、そこは私が。ふふ、私はてっきりコーラスさんの所へ向かわれるのだとばかり……。今日はいい一日になりそうですね」
うん、シアさんに任せておけば大丈夫! 元からキノコを見つけてもいきなり触ったりなんてしないから何も問題はないね。
しかしヘルミーネさん、今日はいつにも増して口元がニヤけてしまっていると言うか、怪しい笑顔をしてるね。でも目に精気がないからどんな心情なのか判断しにくいよ……。
出掛ける準備が整ったところで早速キノコ狩りへ出発! とは言っても私とシアさんは手ぶらなのだけど。勿論お昼ご飯は能力で収納してあります。
反面ヘルミーネさんは、服装こそはメイド服のままでもオプションの装備品が豊富。つばの広い帽子を被り、私が入れてしまいそうな大きな収納箱の様な物を肩から下げ、両手足には革製らしき手袋とブーツを装着済み。
そして一番目を引くのが……。
「ヘルミーネさん眼鏡掛けるんだ? もしかしてあんまり目が良くなかったりするの?」
そう、今日は大きめの四角い眼鏡を掛けていた。これがまた似合うのか似合わないのか微妙なところ。個人的には無い方がいいかな。
「いえ、この眼鏡はですね、普段見えない物を見えるようにするための物と言いますか……、そのような物です。フフフ」
「え? あ、特別な眼鏡なの? ふーん……」
何か分からないけどその時になったら分かるよね、とこの時はスルーしていたが、言い方が違うだけで眼鏡って普通そのための物じゃね!? と後で気づいてしまった。まさかからかわれていたのか!? ぐぬぬ。
キノコの発見はそこまで楽しみではないが、それなりに楽しみにしながらいつもの散歩コース、広場へと向かう。
手ぶらの私たちは当たり前だが、大荷物の筈のヘルミーネさんの足取りも軽い。意外と力持ちさんであったか。
「すみません、少々お時間を頂きます」
「うん、ゆっくりじっくり探していいよー」
「では姫様はこちらへ。抱き上げさせて頂きますね」
「なんで!?」
出発した直後、ヘルミーネさんは早速道を外れて林の中に突っ込んで行ってしまった。
上下左右を見回しながらガサガサと草をかき分けて進み、辺りを一通り探し終えると何も採取せずあっさりと道に戻って来た。これ幸いにとばかりに私を可愛がり始めたシアさんは残念そうだ。
これってもしかして、私がいるせいで急がせちゃってる? うう、失敗したかも……。
「お待たせしました。ありがとうございます」
しかし戻って来たヘルミーネさんは満足そうな笑顔。口角が上がりすぎてちょっと怖かったりもする。
不思議に思って正直に邪魔じゃないか聞いてみると、今のはただの確認の様な行動で採取が目的ではなかったらしい。どういう意味なんだろう?
ふむふむ? またちょっと興味が出てきたね。広場までのいい話題になりそうじゃないか。
詳しく聞くと、ヘルミーネさんの目的は図鑑にも載っていない新種を発見、採取する事なんだとか。
そんな簡単に新種が見つかる訳が……、とも思ったのだけど、リーフエンドの森はこの森でしか生息しない動植物が多数存在しているらしく、私たちから見ると何でもない物でもヘルミーネさんからすると宝の山にしか見えないらしい。今少し見ただけでもそんな物がいくつもあって驚いている、と相変わらず生気のない目で語っていた。
聖地と呼ばれるリーフエンドの森に入れる機会なんて一生無いだろうな、と完全に諦めていたのだが、まさかの進入許可にまさかのお姫様のメイドさんのご指名。本当に夢みたいだと嬉しそうだ。
まったくもう、お店の準備期間の間も言ってくれればいつでも招待してあげたのに。どうして森の外のエルフはこんなにも慎みと遠慮が深いんだろう? まあ、私たちが王族だからお願いなんてできなかったんだろうけどね。
ちなみにシアさんは、胸が大きくてよかったですね、とどうでもよさそうに聞き流していました。結構仲良くなった筈なのにやはりおっぱいのサイズ差には嫉妬してしまうのか……。
そんなこんなで広場に到着すると、ヘルミーネさんが早速箱を下ろして中身を取り出し始めた。一目でわくわくしていると分かる空気を醸し出している。
まず出てきたのは薄青く細長い二本の金属製の……、棒? 長さは2、30cm程で両端が尖っていて危なそうだ。それを左手の手袋の甲の部分に固定している。
手を握ると先端が顔を出して、パンチと同時に相手を突き刺す事ができる武器と見た! いやいやそんなまさか、クレアさんじゃあるまいし……。
「ほう、魔力強化銀製ですか。中々珍しい物をお持ちで」
シアさんが感心したように呟く。誰に向けた言葉でもなかったみたいだが私の耳にはよく届いた。
魔力強化銀って言うと……、ああ、私が勝手にミスリルって呼んでるあれの事だね。あれは超が付くくらいお高い物らしいんだけど……?
「そ、それは何に使うの? 何かを刺すの?」
恐る恐る聞いてみる。
「ええ、色々と突いたり刺したり切ったり摘んだりと便利な道具です。新種の物は手袋があったとしても手に取るのは怖いですからね」
「あ、ああ、ちょっと長いお箸みたいな物なんだね。ミスリルって凄く丈夫らしいもんねー」
と安心していたら、勿論武器としても使っていましたよ? とニヤッとしながら言われてしまった。やはり武器だった! ガクブル。クレアさんにも教えてあげよう。
後は採取した物を収納するための小箱や革製の袋、木で編んだザルの様な物など他にも数点。こちらは特に目新しい物はなかったので省略しよう。
ヘルミーネさんだけがフル装備になり準備は完了。ここで改めて注意事項の確認と念押しのお時間だ。
「シラユキ様はキノコを見つけても絶対お手を触れないようにお願いします。バレンシアさんと私にお任せくださいね」
「普段触れている草花等は問題ありませんが、キノコ類は触れただけで肌が爛れてしまう程の毒性を持つ物さえあると聞きますからね。私も簡単に判別ができる食用の物くらいしか知識はないので……」
「はーい! 何か珍しそうなのを見つけたらヘルミーネさんを呼ぶねー」
「ふふ、可愛らしい……。はい、是非お願いします」
あ、今普通に笑った? たまーーーーにだけどニヤッとじゃなくて普通に微笑むんだよね。目に生気がないけどこれを見たら絶対それ目当ての固定客が付くよ。うんうん。ヘルミーネさんは一粒で二度美味しい人だね。(?)
それでは各々自由行動! と思いきや私は安定のシアさんとセット行動です。そんなに心配しなくてもいいのにね。
「あんまり注意して見た事なかったけど、こうして探してみると結構あるもんだねキノコって」
広場から少し外れただけでもそれなり以上の数のキノコを見かける。黒や茶色っぽかったりする物が多く、ただ歩いているだけでは中々気付かないものなんだろう。形はそれこそ様々で話題に挙げ出したらキリがない。
「ざっと見た感じほぼ食用できる物のみの様ですね。さすがに人の住むこの辺りでは毒のある物はどなたかが見つけてすぐ処分しているのでしょう」
「かもしれないねー。美味しそうなのはある? 摘んで帰ってお土産にしたいな」
それで今日の晩ご飯で食べよう! みんなきっと喜んでくれるはず。ふふふ。
「可愛らしく微笑まれているところ申し訳ないのですが、食用できるというだけで味の良さそうな物は見当たりませんね。広場に近い場所ではもう採り尽くされてしまっているのではないでしょうか?」
「えー、そんなー……」
ざーんねん。ま、それも仕方がない事なのかもしれないね。
広場でお祭り騒ぎや宴会をしてる時に、お酒のつまみの追加だー、とか言ってみんなその場で焼いて食べちゃってるんだよ、きっと。
「ふふ。一応料理人の味付け次第では美味しく召し上がる事も可能ですよ? その場合キノコ本来の味を全て打ち消してしまいますから意味が無いと思いますが、ね」
「確かにそれだとキノコである意味が無いね。うーん、もうちょっと見て回ってみよっか?」
「はい。どこへでもお供させて頂きます」
嬉しそうに返事を返してくれるシアさん。
でもシアさんも別行動した方がもっと色々と見つかると思うんだけどね……。
その後も広場からあまり離れすぎない所をうろうろし、色々なキノコを見つけてはシアさんにどんな物か尋ねる、という行動を繰り返していた。
シアさんもそこまでキノコに詳しい訳ではないのでその返答も、苦いです、固いです、分かりません、といった感じのものばかりだったがそれでも充分すぎる程に楽しめた。
たった二人でキノコを探し歩いているだけでこんなにも楽しいとは、今度改めてみんなでキノコ狩りに行くとしよう。ヘルミーネさんがいれば美味しいキノコも沢山見つけてもらえそうだもんね。ふふふ。楽しみ楽し、み? む……? むむむ!
そろそろヘルミーネさんと合流しようか、と視線を地面から上げたその時、視界の端に何やら赤い物体が飛び込んできた。
「う? 何だろあれ……」
「姫様?」
よく見てみると樹の幹に開いた小さな穴に赤い……、何かは分からないが赤い物が入っていた。
もっと近づいて観察してみると、パッと見表面はつるつるとしていそうな球状の物体で、その下部は白い茎のような物で木と繋がっている。これはまさか、キノコなんじゃないだろうか?
「何これ綺麗。シアさん見て見て」
「ほう、確かにこれは中々……。この高さでは私には見つけられなかったでしょう。さすがは姫様ですね。ふふふ」
ああ、なるほどね、私くらいの身長じゃないと穴の奥までは見えないからか。最後の最後でこんな綺麗なキノコ、らしき物が見つかるとは面白い。
「それじゃ早速ヘルミーネさんを」
「それは食べたら死ぬ。バレンシア、シラユキちょっとどけて」
「え? あ、グリニョンさわあ!!!」
すぐ後ろから聞こえてきたグリニョンさんの声に振り向こうとしたのだが、もの凄い勢いで景色と共に前に遠ざかっていく。体も上手く動かせない。
な、な、な……、何がなんなの!!
急な出来事に目をくるくると回し、視界が安定するとそこは見慣れた広場だった。
「申し訳ありません姫様! まさか毒キノコだったとは……。初めて見る物だったというのに完全に気を抜いてしまっていました。本当に申し訳ありません……!!」
そして目の前には頭を下げて謝っているシアさん。
なるほど、抱き抱えられて広場まで全力ダッシュで戻ったのか。グリニョンさんの言い方だと食べなければ大丈夫そうだったのに過剰反応しすぎでしょう……。
「いきなりでビックリしたけど大丈夫、気にしてないよ。もう戻ろうとしてたんだし丁度よかったんじゃないかな? ふふふ」
「はい、ありがとうございます……。ああ、グリニョンさんにもお礼を言わなければ」
まだ気にしてるっぽいね……。これはキノコの勉強をし始めると見た! どうせなら私も一緒に勉強したいけど、多分私に教えたいがために一人でやっちゃうんだろうなあ……。
落ち着いたところでヘルミーネさんと合流し、グリニョンさんも誘って一緒にお昼ご飯を食べる事に。ヘルミーネさんの方は大収穫だったようでホクホクニヤニヤ顔。メイド服が土と葉っぱでかなり汚れてしまっていたがそれも全く気にならないみたいだった。
「さっき赤くて綺麗なキノコ見つけたんだよ。食べ終わったらまた見に行こうねー」
「赤くて綺麗な? それは毒がありそうですね。フフ、楽しみです」
「やはり……! ええ、もう一度向かい、あの木ごと処分してしまいましょう」
「なんでよ? 美味しいのに。ほれ」
「うわあ! 持って来てるー! ……え? 美味しいの? 食べたら死んじゃうんじゃないの!?」
「いやいや、『タベタラシヌ』っていう名前だけど食べても死なないよん。むしろむっちゃ美味い」
「な、なんですかそれは、紛らわしい。ただの逃げ損ではありませんか。はあ……」
「それはなんとも変わった名前で……。あの、一欠片頂けませんか?」
「後で食べるからちょっとだけね。おお、そっちも色々と集めてるじゃん」
「あ、貴女はリーフエンドの森のキノコにお詳しいのですか? 毒性を持つ物を教えてください!」
「ほいほい、ご飯の後でにー」
お昼の後はヘルミーネさんが採取してきたキノコの選別会となってしまった。が、それでも充分に面白かったのでよしとしよう。
例を挙げると、鼻に近付けるとくしゃみが出るから『クシャミデル』。水につけるとドロドロに溶けるから『ミズニトケル』、等などだ。この安直すぎるネーミングは案の定お祖父様が付けた物らしい。
『タベタラシヌ』は食べても死なないどころか超美味なのだが、お祖父様が独り占めするためにわざとこんな名前にしたんだとか。なにそれひどい。
タイチョーの角リスもそうだったけど、もうちょっと何とかならなかったものなのか……。なんとなくお祖父様はシアさんと仲良くなれそうだね。ふふふ。
おっぱいに似てるから『オッパイタケ』というキノコはボツになりました。
実際そんな見た目のキノコもありましたね。