その286
さあ、魔力は全快! 体調もバッチリ! どちらを先にするかはまだ決めていないけど、張り切って治療に向かおうではないか!!
……と、私のやる気は十二分にあるのだが、出発直前になって足止めを食らってしまった。いや、正確には私が足止めをしてしまっているのだけど。
「だから俺が抱き上げて行けばそれでいいだろ? 態々そのためだけにクレアか誰かに頼むってのも面倒なだけだしな」
「だーめ! ルー兄様そんな事言ってタチアナさんのおっぱいを触るつもりなんでしょ!」
「そんな訳あるかっ! だがしかし、抱き上げて跳んで行く間に触れてしまう事もあるかもしれないよな。うん」
触る気、いや、揉む気満々じゃないか! まったくもう、おっぱい星人の兄様めー!!
本日の私たちの目的は、ノエリアさんかヘルミーネさんのどちらかの傷を癒し、タチアナさんをジニーさんの元へ無事送り届ける。この二つだ。
タチアナさんにはまだまだ私の家にいてもらいたかったのだが、あまり長く引き止めてしまってはそれだけ仕事を覚え始めるのが遅くなってしまう。これ以上二人と差が付いてしまうのは避けたいところだからね。今後はお休みの日くらいにしか会えないだろうと思う。くすん。
向かうメンバーは、私とシアさんとタチアナさん、それに加えてやっと残る二人に会いに行けるぞと別の意味で張り切っている兄様の四人。兄様は本当に楽しみにしていたからね……。
そしていざ出発となった今、タチアナさんをどうやって連れて行くかという問題が持ち上がってしまったのだ。今更だがもうちょっと考えておくんだったと少し後悔している。
私の主張は、クレアさんか誰かに町まで抱き上げるか背負って走ってもらえばいい。ソフィーさんは実の妹さん相手でもセクハラしまくるので除外。
対する兄様の主張は、片道だけ頼むなんて面倒な事をさせなくていい、自分が抱き上げて行く。でも道中おっぱいに手が触れてしまうのは不可抗力だよな? とどちらも一歩も引かない。
ぐぬぬ……。タチアナさんのおっぱいを触らせてなるものか! あれは私のものだ……!! ……はっ!? いやっ、違いますよ? 今のは言葉のアヤというものでありまして……。
「あの……、わたしはルーディン様にでしたら多少触られるくらい構わないのですが……。でもシラユキ様はお嫌なのですよね? どうしてなんでしょう?」
「姫様はルーディン様のことがとてもお好きですからね、焼きもちというものですよ。ふふ、可愛らしいではありませんか」
「そうなんですか? ふふ、ふふふ、本当に可愛らしい方ですね」
何勝手な事を言ってるんですかねえ……。まあ、その気持ちもゼロとは言い切れないんだけどさ。
兄様は姉様っていう大切な恋人がいるのになんで他の女性のおっぱいを触ろうとするのかな! まったくもうだよホントにもう!! それにしても、タチアナさんはそこまで嫌っていう訳じゃないんだね、男の人は苦手らしいのに意外だ。やっぱり兄様はおっぱい大好きでも優しくてカッコいいからかなー。
「とにかくだ、こんな所でグダグダやってても仕方が無い。ほら、行くぞタチアナ」
「はい! あ、あの、よろしくお願いします……」
話すだけ時間の無駄だ! と勝手に話を打ち切ってしまった兄様。タチアナさんを抱き上げようと近づいて行く。
むう、これ以上は確かに時間の無駄だししょうがないか。それに今思い出した事なんだけど、実は兄様って王子様だったんだよ。こんなに素敵な王子様にお姫様抱っこされて喜ばない女性はいないよね。納得納得だ。
「って言うかさ、ルー兄が姫を抱き上げて行けばいいんじゃないの? んでバレンシアがそっちの巨乳をね。何馬鹿な事やってんのよさっきから。しかもルー兄まで一緒になってさ」
あ、いきなり誰かと思えば野良メイドさんのエレナさんじゃないですか。いい加減野良は辞めて我が家に帰って来てくれないかなー? ……はっ!?
「その発想は無かった! と言うか忘れてた!!」
「そうだよ! なんでお前が当たり前の様にシラユキを抱き上げて行く事になってんだよ! こっちによこせ!」
「いやいやこれは私も全く気付きませんでしたね。ちい、余計な事を……」
「え? あ、はじめまして」
「はいはいはじめまして。……近くで見るとさらにでっか!! あたしもこれくらいあればライ兄と……」
結局二人の挨拶で時間を取ってしまう事になってしまったじゃないか! シアさんも気付いてたなら言ってくれればいいのに……。そんなに私を降ろしたくなかったのか!
いや、普通は気付くどころかそう考えるのが当たり前なんだけどね? 今日私は朝起きてからずっとシアさんに抱っこされている状態であってですね……。やっぱりシアさんのせいだ!
私は兄様に、タチアナさんはシアさんに抱き上げられてあっさりと町に到着。来た時と同じ様にきゃーきゃー騒ぐタチアナさんを見て楽しませてもらいました。くふふ。
兄様は残念がっていたけれど、私を抱き上げるとそんな事は忘れましたとばかりに嬉しそうな表情を見せてくれたので、やっぱり冗談半分だったんだろう、と思う、かもしれない。
いつもの様に『転ぶ猫』で差し入れを買い、今日は他に魔法を使う事ができないのでシアさんに持ってもらい、他に寄り道する事無く冒険者ギルドへ向かう。まだ秋の入りくらいで涼しいとは言いがたいから生物(?)には気を付けねば。
その道中、買い物の間もずっと兄様に抱っこされている状態だったのが最高に恥ずかしかったが、これも毎度の如く開き直っていたのでそこまでのダメージは無かった。むしろ嬉しかったのは秘密。
ギルドの中に入ると冒険者の皆さんから一斉に訝しげな視線を送られてしまった。まあ、みんな兄様がここに来る事自体滅多に無いので珍しいのと、私を抱き上げているのはなんでだろう? とでも思っているんだろう。
しかしその視線は長く続かず、すぐに生温かくニヤついたものへと変わってしまった。
くそう。どうせ、大好きなお兄さんに甘えてるんだなー、やっぱり子供だなー。とか思ってるんでしょう! ぐぬぬぬぬ……。
受付のミランさんにお土産の箱を渡し、ジニーさんたちが待つ例の奥部屋へと進む。勿論ミランさんからも微笑ましい光景を見るかのような、とても優しい視線を送られてしまいました。でもミランさんなので許します。
ドアの前に立ち、まずはシアさんが軽くノックをする。
「はいはーい! 開いてるから入って入ってー!!」
すぐに返事、ジニーさんの明るい元気な声が聞こえた。この声からするとお仕事疲れは抜けたのかもしれない。よかった。
そのままシアさんがドアを開け、兄様プラス私を先頭にして部屋の中に入る。すると待っていたのは……。
「四人ともいらっしゃーい! ふふふ、シラユキちゃんはお兄ちゃんに甘えてるの? かっわいいいい!! お姉ちゃんにも甘えて甘えてー!!」
ニコニコ笑顔で私たちを歓迎してくれるジニーさんと、
「シラユキ様のお兄ちゃんて……? ルーディン様!!? ちょ、なんでこんな所に!? す、すんません! はじっ、はじめまして! ノエリアっす!!」
「……お初にお目にかかりますルーディン様、私、ヘルミーネ・トゥーラと申します。お会いできて光栄です」
片方は盛大に焦ってどもりながら、もう片方は落ち着き払って頭を下げる……、素敵なメイドさんが二人いた。
「お、おう、よろしくな。別にそんな畏まらなくてもいいからな? しっかし、これはなんと言うか……、まさに眼福だな。ついて来てよかったぜ」
「ルーディン様ったら……。ふふ」
「おや? お似合いですよお二人とも。……ふふっ」
「笑いやがったひでえ! っと、すんません!! くっそう、バレンシアさんは普通に似合いすぎてて笑えねえ……」
「当然です」
「ふふふふー。どう? 可愛いでしょ二人とも。ちなみにノエルちゃんのはシアちゃんのを、ミーちゃんのはクレアちゃんのメイド服を参考にして仕立てたの! いいでしょいいでしょそそるでしょ!! ……シラユキちゃん?」
「? 姫様? ……姫様?」
「どうしたシラユキ? ほら、挨拶忘れてるぞ」
…………はっ!!? み、見惚れちゃってた!!
なにこれなにこれ二人ともすっごく綺麗で可愛くて似合ってる!! おっぱいも強調されてて眩しいです!! 抱きつきたい!!!
兄様に頬をつんつんと突付かれて我に返った私だったが、しかし未だ目線は二人のメイドさん、ノエリアさんとヘルミーネさんに釘付けになっていた。
ノエリアさんは半袖とミニスカートで動きやすそうな、逆にヘルミーネさんは長袖と超ロングスカートという一見動き辛そうなメイド服に身を包んでいる。
特にヘルミーネさんは白いフリルやリボンが目立っていて、前に会ったときの私服のイメージを上手く表現していると思う。ノエリアさんはノエリアさんで露出を増やし、健康そうな日焼けした肌を前面に押し出しているね。
どちらも甲乙付け難いとはまさにこの事、素晴らしいデザインだと関心はするがどこもおかしくはないね! これは是非お持ち帰りしたいです!!
「こんにちわー。じ、ジニーさんジニーさん」
「なーに? シラユキちゃん。お姉ちゃんに何かご用事ー? ふふふ」
いや、用事とかではなくてですね……。
「えっとね、ノエリアさんとヘルミーネさん、あ、タチアナさんもだ。三人とも私の家のメイドさんにしちゃうから連れて帰っちゃうね!」
「えええ!? 待って! それだけは勘弁して!! お店が開けなくなっちゃうからー!!」
いいえ! 待てません! 勘弁してあげませーん!!
着いて早々騒がしくしてしまったけれど、気持ちを落ち着けて本題に入るとしようじゃないか。だが反省はしない! そして諦めない!
とりあえず兄様プラス私にと用意されていた席に座り、左隣の定位置にシアさんが立つ。そして新メイドさんの二人にはその正面に立ってもらう。服装は違えど前回とほぼ同じ構図だ。
ちなみに、勿論タチアナさんにも特製メイド服は用意されていたらしく、今はそれに着替えるために席を離れている。楽しみすぎてちょっと落ち着かない。ソワソワ。
「シラユキ様ってホントにメイドが好きなんすね。まあ、姉御の店が潰れちまったらその時はお願いします。はは」
「そう簡単に潰れませんー! まったくノエルちゃんは……。さて、それじゃ早速でごめんねシラユキちゃん、お姉ちゃんまだまだ忙しいからあんまり時間が取れないの! パパッと治しちゃってあげてもらえるかなー?」
うーん、何がとは言えないけどノエリアさんはいいなあ。キャロルさんを大人にした感じ、あ、キャロルさんは普通に大人の人だった。あはは……。
ジニーさんが忙しいっていうのは残念だけど、だからと言って無駄に時間を掛けたり引き止めちゃったりするのもアレだよね。もっと三人とお話したかったんだけどなー。
「うん。その前にノエリアさんとヘルミーネさんに聞きたいんだけど、どっちが重症……? じゃなくてえーと、日常生活に不便なのはどっちかな? あ、勿論二人ともなのは分かってるよ」
ここへ来る前にどちらを先に治すかを決めていなかった理由がこれだ。
タチアナさんの様に、杖があっても歩くのが辛い、とかなら間違いなくそちらを優先するべきだっていうのは分かるのだけど、片目の視力と片手の握力の低下、一体どちらを優先すればいいのかは分からなかった。これは二人に直接聞くしかないだろう。
「どちらでしょうか……? 正直なところ私は日常生活でそこまで不便さを感じていませんので……。ノエル、貴女は?」
「アタシももう片目に慣れちまってるんだよなあ……。まあ、アタシは後で、ってかぶっちゃけ治して頂かなくても大丈夫っす。それより姉御、まだ小さなシラユキ様に魔力を使わせる方が問題なんじゃないすか? いくら姉御でも今の言い方は無いっすよ。バレンシアさんが怖えっすから謝ってくださいよ」
むう、二人とも謙虚と言うか遠慮深いね。私はもう絶対治すぞって心に決めてるんだけどなー、って、なぬ!?
ハッと気付いて急いでシアさんの方へ顔を向けてみたのだけれど、いつものにっこり優しい表情で、何か? と微笑まれてしまった。一体何が……?
「え!? あ、ごめんねごめんね! んー、確かに今のは無かったかなー……、お姉ちゃん反省!! 言い訳に聞こえるかもしれないけど、お姉ちゃん最近お疲れでずっと寝不足だからー、許して!!」
「まあ、いいだろ、許してやれシラユキ。お前もあんまり無理すんなよ? それで体でも壊してみろ、シラユキが泣くぞ」
「はーい!! ホントにごめんねシラユキちゃん!」
「あ、うん。……う?」
な、何が? 分からないけどとりあえず許してあげちゃおう。
何がなんだか訳が分からないよ状態に陥ってしまったけど、私は勿論みんなそこまで怒ってないみたいだから気にしないでおこうかな。シアさんはどうだか知らないけどね……。
よし、頭を切り替えて今度こそ本題に、今日のお仕事を片付けてしまおう。
さっきの二人の言い分を踏まえてまず先に治すのは……、ヘルミーネさんの右腕だ!!
ちょっと中途半端なところですが続きます。
ジニーはシラユキの魔の手から逃れ、お店を開けるのでしょうか!?(迫真)