その281
かなり久しぶりに連続投稿です。
「もうこうなってしまったからには、残りのお二人との顔合わせもまずは姫様に全てお話してから、という事に致しましょう。ジニーさんは私の推測に間違いがありましたら訂正をお願いしますね」
シアさんはそう言いながら早足でタチアナさんに近づいて行く。タチアナさんも何かされるのでは、とビクビクしてしまっている。多分ソフィーさんからの手紙には優しいだけの人ではないときちんと書かれていたんだろう。
「うん! 騙したみたいになっちゃってごめんねー!! あ、シラユキちゃんはお姉ちゃんのお膝に来る? 来て!」
いつもの軽い言い方でシアさんに謝り、そのまま自分の腿をポンポンと叩きながら私を呼ぶジニーさん。
こ、この人は本当に凄い人だなー……、私にはさっぱり分からないけど裏で色々と企んでたみたいだし。しかも全然悪びれないのがまた凄い。
うーむむむ、今まではこう誘われたら即座に乗りに行ってたところだけど、今日のジニーさんの態度を見ちゃうとやっぱりね。
「ジニーさんの身の潔白? が証明されるまで座らせてもらいませーん」
「がーん!!! 予想してた事だけどお姉ちゃんショック!!」
「自分でガーンって言った!!?」
く、くそう、今のだけで全部許してしまいそうだった……。
「ふふ、可愛らしい。姫様、ジニーさんのことを悪く思わないであげてくださいね、その人は自分が悪者になろうとしていただけなのですから。さ、タチアナさん、お手をどうぞ。あまり無茶をするものではありませんよ?」
「あ、はい。あの……、す、すみません……」
シアさんは意味深なセリフの後に右手を手の平が上になる様に差し出し、タチアナさんはそれに応えて自分の右手を合わせる様にして乗せる。
お、おお……。私よりもマリーさんよりもお嬢様っぽい!! 絵になるわー。シアさんのセリフも意味深過ぎて気になるわー。
とりあえずジニーさんの怪しい企みは、自分は嫌われてもいいからとある問題を解決したい、とかそういう類のものなのかな? それはシアさんじゃなくても誰だって怒っちゃうよ……。普通に相談してくれればいいのにね。
「ミランさん、タチアナさんの杖を持って入って来て頂けますか?」
「は、はい! 失礼します……」
シアさんがドアに向かってミランさんを呼ぶと、すぐ外で待機していたのか即座に部屋に入って来た。
その手には……、何の変哲もない木製の杖が握られていた。
タチアナさんの、杖? え? どこか悪くしちゃってるのかな? 私の前だからって無理しなくてもいいのに……。
「どうぞ。まったく、外で聞いていて気が気じゃなかったわよ」
「ありがとうございます、それとごめんなさい。あ、バレンシアさんもありがとうございました。わたしは杖があれば大丈夫ですからシラユキ様のお側に戻ってください」
タチアナさんはシアさんから手を放し、杖を受け取るとそれを自分の右側に突く。さっきまでの怯えの表情はなく笑顔になっている。
あれ? タチアナさんがさらに可愛くなったような……? こっちが素だとするとやっぱり相当若いんじゃないかな。
ソフィーさんが今百九十歳手前くらいだから……、あ! もしかしてまだ成人してないとか? その胸で!!? と、失礼。動揺してはしたないところをお見せしてしまいました。反省しつつ謝罪します。
あーもう、気になる気になる木ー。シアさん早く説明してよー。
少し説明に時間が掛かるかもしれないというので、ミランさんは別室で待っている二人にそれを伝えに出て行ってしまった。一緒にいてほしかったけどさすがにそれは我侭というものか。
さて、詳しい説明をお願いしようか! とその前に……
「あ、ジニーさんは床に正座ね! タチアナさん、丁度椅子が空いたから座ってもいいよー」
「いやーん!!」「あ、ありがとうございます!」
コレデヨイ。
「ふむ、まずは何からお話したものか……。私も今回のジニーさんの企みについての全貌はまだ把握できていないものでありまして」
うんうん、シアさんも今さっき気付いたっていう感じだったもんね。しかし、何となく嬉しそうだねシアさん……、久しぶりに長々と説明ができるぞって喜んでたり? ふふふ。
ならば説明大好きなシアさんのために、こちらから質問を投げかけてあげようではないか!
「私はタチアナさんのことを秘密にされてたのが気になってるんだけどなー? からかうために、とかそんな理由だったら怒るからね!」
一番気になるのはこれだね! 妹さんがいる事くらい教えてくれたっていいのにさー。フランさんもコーラスさんがお姉さんだってずっと教えてくれなかったもんね。
「ああ、そちらも説明する必要がありましたか。まあ、理由は簡単です。ご覧のとおりタチアナさんは右足を悪くして……、いえ、すみません、言い方が悪かったですね。私も聞いた話なのでそこまで詳しくはないのですが、彼女は生まれつき右足首の骨の繋がりに異常があるそうで、杖がなければ短い距離を歩く事すら困難なのだとソフィーさんから伺っています。もしそれを姫様がお知りになられた場合どんな行動をお取りになられるか……、これ以上はもうあえて申し上げるまでもありませんね?」
あ、ありませんね? って……。うう、反論できません。
ナナシさんの体とか、姉様の指先の怪我とか、前科がいくつもある私の信用度は全くのゼロなんだね! ぐぬぬぬ……。
ソフィーさんは私の大切な家族の一員。そうなるとタチアナさんももう家族同然みたいなものだからね、治させろ治させろって絶対我侭を言っちゃってたよ。
「あの、申し訳ありませんでした! わたしもこんな事になるなんて思ってもいなくて……。でも、もしこの足が治るのならばと思うとどうしても……」
自分の右足首の少し上の辺りを摩りながら、本当に申し訳なさそうに謝るタチアナさん。
……なるほど、そこが悪いんだね? 覚えたぞ……。
「あ、うん。それじゃ早速治しちゃおっか? ちょっと右足をこっちに」
「え? え!?」
「姫様!! せめて話を最後までお聞きください!」
「ひゃあ! ご、ごめんねシアさん。む、ジニーさん笑わないで! でも、そういう事なんじゃないの? ウェイトレスさん候補に会わせるだなんてシアさんに嘘ついて油断させて、それで私に治してもらおうってジニーさんが考えたんだよね? こうして実際に会っちゃうと治さないっていう選択肢はもう無いもん」
もしかしたら喫茶店を開くというところから全部、タチアナさんの足を治すためだけに考えられた壮大な嘘企画だったんじゃないのかな? そうなるとメイド喫茶が楽しみだっただけに残念だけど、まあ、許せちゃう範囲かな。そろそろ正座は許してあげちゃおう。
「ううん? シラユキちゃんも頭はいいけどまだまだ子供だねー。ふっふふー! 自分で言うのもなんだけどね! お姉ちゃんは他人のためだけに動ける程人が出来てないからね!!」
「本当に自分で言っちゃ駄目だよそれ! じゃあどういう事なのー?」
ふんだふーんだ、私はどうせ何も知らない世間知らずの子供だもーんだ。納得できる説明じゃなかったらジニーさんだけケーキ抜きの刑ね!!
「まあ、つまりはこういう事だったのですよ。今日姫様がお会いになられる予定のウェイトレス候補の方、まずタチアナさんは右足首で、残るお二人も体のどこかに何かしらの問題を抱えていらっしゃるんでしょう。ジニーさんはそこで姫様に、と考えたのだと思われます。候補というのも建前で、最初からもうそのお三方と決めていたんでしょうね。そもそものところ、姫様に採用の合否をお任せになるという前提からしてもっと怪しむべきでした。ジニーさん、大恩ある貴女にこんな事を言いたくはないのですが、少し、いえ、程度の問題ではありませんね。はっきりと申し上げましょう、貴女の今回の行いは回りくどく、卑怯です」
「うーん、卑怯かー……。ふふふ、そうかもね! いやー、面と向かってそう言われちゃうとさすがのお姉さんもヘコんじゃうね!」
全然ヘコんでるように見えない! ……けど、声色にちょっと元気がないかな。シアさんに言いすぎだよって注意しようにも言ったシアさん自身が結構辛そうにしてるし……。大好きなお姉さんにそんな事言いたくなかったよね。
よし、ここは私が何とかするしかないかな! 綺麗に纏めるのは難しい、と言うか無理だと思うけど、できるだけ頑張ってみようじゃないか!! シアさんとジニーさんにはずっと仲良しでいてもらいたいもんね。
「ちょ、ちょっと確認したいんだけど、タチアナさんは私に足を治してもらいに来ただけじゃないんだよね? 治ったらジニーさんのお店で働くつもり、で、合ってる?」
シアさんのはっきりと答えを出さない話し方は嫌いじゃないんだけど、こういう時はもっとストレートに言ってほしかったな。回りくどいのはシアさんだって同じだよ! まったくもう。
「はい。シラユキ様のお許しさえ頂ければの話なのですけど、軽い運動程度の気持ちで手伝ってもらえればいいとジニーさんが仰ってくれて、あ、くださいまして……。姉と違い体力がある方ではありませんからどこまでお力になれるか分かりませんが、精一杯頑張りたいと思っています」
最終的な決定権を持っているのはやっぱり私、と。ふむふむ。
タチアナさんはいい人だなあ……、癒されるね。ソフィーさんの妹さんなのに、って思っちゃうのはさすがに失礼かな? ふふふ。
「うん、ありがとうタチアナさん。それじゃジニーさん、その私のお許しっていうのは言葉の事じゃなくて、足を治してもらえれば、っていう事なんだよね? それが私が採用するかどうかを決めてもいいっていう意味?」
「うんうん、そういう事そういう意味! でもね? 優しいシラユキちゃんが怪我人を前にしちゃったら断れないだろうなーっていう考えも確かにあったんだよね……。だから卑怯って言われても仕方のない事なの! シアちゃんの言い分が正しいんだから叱ったりしないであげてね? それとお姉ちゃんのフォローも考えなくてもいいから、ね?」
「ジニーさん、私は……」
うわっ、完全に見透かされてた! また顔に出ちゃってたかな……。
フォローを考えなくてもいいと言われても、私の予想が正しければジニーさんは何も悪くないと思うんだよね。むしろいい事をしてるんじゃないかなとさえ思っちゃう。
シアさんは私に癒しの魔法を使わせるのが不安で過剰に反応しちゃっただけだと思うし、ジニーさんも変に隠さずに正直に打ち明けてくれれば……、う、それだとシアさんだけじゃなくてみんなからも反対されちゃうか……。
ええい、しんみりするのは後! 最終確認だ!!
「もう一つだけ聞いてもいい? 今も待ってもらってる二人も、ええと、何て言えばいいんだろ……。タチアナさんみたいに、いい人?」
「うん!! それはお姉ちゃんが保障しちゃう! 二人ともとっても面白い子たちでねー? ふふふふー! おっぱいも大きいからシラユキちゃんもすぐに大好きになっちゃうと思うなー!!」
その言葉が聞きたかった! ……おっぱいの大きさの確認じゃないですよ?
実際は確認どころか考えるまでもなかった事なのだけど、三人とも所謂ジニーさんのお墨付きの人たちなんだと思う。性格的にも能力的にもね。でなければいきなり私と直接対面させようなんて思わないんじゃないかな。
でも現在は、怪我の後遺症とかが原因でお仕事ができなくなってしまってるんだろうね。……あれ? タチアナさんの足は生まれつきだって言ってたよね……。
そうするとタチアナさんだけはソフィーさんにお願いされて、あ、いや、それだと私に内緒にしていた意味がなくなっちゃうから他の誰かから……、って誰から?
これってもしかして、私の想像よりはるかに大掛かりな話だったりするんじゃないだろうか……!? シアさんですら全貌が見えてないのに私が纏められる筈もなかったか……。無念。
ま、まあいいや、確認はここまで! タチアナさんについては後で詳しく聞くとして、次は迅速に行動に移ろう! シアさんが大人しくしている今がチャンスだからね。
「ミランさーん!! 二人とも連れて来てー!!」
「ひゃっ、はい! すぐに!!」
よかった、いてくれた! 驚かせちゃってごめんね。
「姫様!?」「シラユキちゃん!?」
突然の私の行動に驚く二人。でもタチアナさんはよく分かっていないのか、それとも空気を読んだのか特に反応は無かった。ちょっと残念。
「採用、じゃなくて、怪我を治すかどうかは二人とお話してから、私が、決めるからね! あ、でもタチアナさんはもう治してあげちゃうって決めてるから安心してね。それと、無理にジニーさんのお店で働かなくても私の家のメイドさんになってもいいんだよ? ソフィーさんも一緒だからねー。ふふふ」
「え!? あ、ありがとうございます?」
そうだ、もう三人とも我が家のメイドさんとして引き抜いちゃうのもありなんじゃないかな。ふふふふふ……。
も、勿論冗談ですよ? それも会ってみてから考え、ませんから!
「あららら、仕切られちゃったねシアちゃん。お姉さんシラユキちゃんのこと少し子供に見すぎちゃってたかなー? ふふふ」
「ええ、ご立派に成長されて嬉しいです。……少し寂しくもありますけどね。ふふ」
ふふん。私ももう五十歳近いんだから、いつまでもシアさんにオンブ抱っこのままじゃないんだからね! ……今のは逆に子供っぽいような気がする。恥ずかしい……。
「しかし、まさかここまで巨乳メイド好きが悪化してしまっていたとは」
「違うから! 違うからね!?」
くう、タチアナさんの前で何てことを言うんだシアさんはー!!
シアさんの爆弾発言をどう誤魔化したものか、いや、それ以前にソフィーさんからの手紙で全部知られてしまっているのでは!? と焦っていたらドアがノックされた。
もう着いたのか! はやい! さっきからシアさんとジニーさんがニヤニヤしっぱなしだし、この何とも言えない微妙な空気を一新してください!!
「ど、どうぞー!」
「失礼しまっす!」
「失礼します……」
ドアが開いてすぐに聞こえてきたその声は、一人はとても元気いっぱいで、もう一人は反対に大人しそうな小さな声だった。
二人は私たちの正面に並ぶように立つと軽く頭を下げ、そのままの姿勢で動きを止めてしまった。
「なっ!? ……は、失礼しました」
シアさんがつい驚きに声を上げてしまった事を謝る。
いやいや、いつも冷静なシアさんが驚くのも無理はないよこれは……。
今私たちの目の前に光臨したのは……、重力に引かれる四つの巨大な塊。
まさか候補者の三人が三人とも母様クラスの実力者だったとは!! ジニーさんはこれほどまでの逸材を一体どこから探し集めて来たのか……!? さすがは冒険者ギルドのギルド長、恐るべし。
私も言葉も出ないほどに驚かされ、この感動を伝えようとシアさんと目で会話をするためにそちらを向くと……、何故かシアさんは横を向いて片手で顔を隠していた。
……あれ? 何してるのシアさん? でもこれって前にも同じ様な事があったような覚えが……? あ!!
「ん? 今のって……? っ!? ちょ、あ、ああー!! そこのメイドさんバレンシアさんじゃないっすか!! な、なんでこんな所に!?」
「だ、黙りなさい! い、いえっ、違います! 人違いです! 他人の空似です!」
やっぱりか!! シアさん知り合い多すぎィ! よくそれで百年も姿を隠せてたねホントに……。
続きます。
次回も早めに投稿できればと思っています。