その28
さあ、今日も楽しい読書の時間だ。お相手は、最近やけに私の側にいることが多い姉様と、メイドさんズだ。
私の飛び降り未遂は相当肝が冷えたらしく、しばらく私から目を離すつもりは無いらしい。ごめんね姉様。
「うーん。最近、毎日本読んでばっかよね」
「うん。魔法も止められちゃったしね」
魔法の練習は一旦中止になってしまった。たまたま広場に顔を出した、コーラスさんの一言でそれは決まってしまったのだ。
「それ、十歳で使おうとする魔法じゃ無くない?」
あの時の全員の顔、凄かったよ。言われてみれば! とか、その発想は無かった! といった感じかな。
そういえばあの魔法って、超が付く程の高等技術だっけ? それをホイホイと練習する私、にこやかに見守るみんな。
「そんなの成人したエルフでもそうそう使える人いないって。その魔法の他に何か使えたっけ? 明かりだけだよね?」
そのままズルズルと、終始無言のまま母様の前まで引きずられ、連れて行かれた。
「さすがは王族かなー、と思ったんだけどね? 十歳は無いわ十歳は! まずはもっと普通に! そよ風を起こすみたいな可愛い魔法にしなさい! 十歳の子に無理させて、取り返しの付かない事になったらどうするの!!!」
びっくりしたよ! 母様が怒られてたんだよ!? コーラスさん実は母様よりも、もっと年上らしい。一体何歳なんだこの人は……
母様半泣き。私は全泣き。
泣き出した私に驚いたのか、落ち着いてくれたんだけど。本気で怒ったコーラスさんは本当に怖かった。
甘やかされて育った私の周りには、今まで私の前で本気で怒るような人はいなかったんだよね。それが、私に関する事に対してでもね。
「簡単な魔法なら良いのよ? コーラスの言う様な、そよ風を起こす魔法とかね」
ほらほらこんな感じ、と、姉様は私を手で扇いでくる。
「あ、涼しい。いいね、この魔法」
扇風機ほどの強さは無いが、団扇で強く扇いだくらいの風が流れてきた。
涼しいわこれ、最近ちょっと暑くなってきたし、覚えておくのもいいかもしれない。
「でしょ? こういう簡単な、基礎的なことを、まず教えてあげないといけなかったのよね」
ちょっとやってみるか。手で扇ぐ、姉様に向かって、風を、送る。
「え?」
姉様の髪が揺れ、流れる。ちょっと強かったかな? もう少し弱めに、っと。
「あ、できたできた。ユー姉様涼しい?」
「そうよね、この子だもんね、シラユキだもんね。みんなああなっちゃうわよね……」
「ユー姉様?」
あれ? 何か反応がおかしいぞ。まさか生暖かい風でも送ってしまったんだろうか? 漠然と風というイメージしかしてなかったしなー
「ううん。シラユキは悪くないのよ。五歳で詠唱破棄なんて物を簡単にこなせちゃうこの子を見て、私たちが調子に乗っちゃったんでしょうね……」
「ど、どうしたのユー姉様? 今の、何か変だった?」
「ふふふっ、ごめんね? シラユキ。大丈夫、涼しかったわよ。ありがとうね」
姉様は私を抱きしめて、優しく撫でてくれた。
よく分かんないけど、褒められた? のかな。
その後すぐ姉様は、私のことをメイドさんズに任せて、どこかへ行ってしまった。
「みんなー、私また何かしちゃったー?」
あああ……。多分また何かやらかしてしまったようだ……
「言ってもいいよね、シア」
「ええ、今まで、からかい半分に内緒にしていたのが一番いけませんでしたね。今のユーフェネリア様のお言葉で全て理解しました。自分がどれ程愚かだった、という事が」
「ねね? シラユキ?」
「何? フランさん教えてー?」
どうやら三人とも分かっているようだ。さすが私自慢のメイドさんズ。
「今、風起こしてた魔法。また無意識に、しかも一発で成功、さらに詠唱破棄でやっちゃってたよ」
「うんうん。もう天才とかじゃ片付けられないよね姫は。凄い凄い」
え、あ、そうだね。また言われてみれば、だよ。もしかして、それが何かいけなかったのかな?
少しの沈黙の後、シアさんが何かを決意したように話し出した。
「その、天才などという言葉では到底測り切れない姫様のお力を見て、私たち、王族の方を含め、この家に住まう全員が……」
「全員が?」
シアさんは一呼吸ついて。
「ひ、姫様を、十歳の子供としてあ……、扱っていなかったのでしょう」
あれ? シアさんなにか、辛そう?
「レン……」
「姫様のことを、天才だ、神童だなどと言い、そして、あ、あの……、で、できて」
「レン、私が言おうか? アンタにそれは、何となくだけど、言って欲しくないな……」
どうしちゃったんだろうシアさん。まるで、私が初めて町に行ったとき、大泣きして帰ってきたときのようだ。また自殺とか考えてるんじゃ……?
それだけの事を、シアさんの中ではそれだけ許せない事を、してしまったんだろうか?
「ごめん、言っちゃうね? あのさ、私たちってさ、多分だけどシラユキのことを、さ……、軽く見ちゃってたんだよ」
「軽く? 私の事を?」
いやー、無いよそれは。あれだけ過保護な家族は早々いないと思うよ?
「うまく言えないんだけどね。シラユキなら当たり前、できて当然、天才だからね、ってね」
うわ、フランさんも泣きそうだ。わ、分かんないよ! 全部良いことじゃないの?
「フラン。分かってないよ、姫」
「うん、ごめん。全然分かんない。私が悪いんじゃないの? 簡単にできちゃった私が」
「シアもフランも辛そうだし、私が説明、するね。うまく伝えられないかもだけど。分かりにくかったらウルギス様に聞いてもらえるかな、この二人、もう限界っぽいからさ」
「う、うん……」
メアさんも今日は真剣だ。どうしよう、私も泣きそうだ。この空気嫌だよ……
「魔法を使う、違うか、習うかな? 魔法を習う人に対してのことよ。家族として姫を大事にしてる、大切にしてるのみんな、もちろん私もそう、溺愛してるって言ってもいい。でもね、その反面、魔法使いとしての姫には、そ、相当冷たく当たってたんじゃないかなと思うの。この子ならできて当たり前だって。……た、多分他の人から見たらさ、とりあえず使い方だけ教えて、後は勝手にやれ、って言ってるような、ものよ、ね……。ごめん、私も限界。泣いていい?」
メアさんが泣き出す。それにつられるように、フランさんも泣き出してしまう。シアさんはとても悔しそうだ。
「コーラスさんが怒ったのは、そういう事? あれだけ大切にしておきながら、碌な魔法も教えていない、失敗したら怪我しちゃう、し、死んじゃうような魔法を、好き勝手に使わせてるって」
「はい。それも無自覚に、です……」
うーん? 本人からすると全然そんな感じしないんだけどなー……
だってあれだよ? 私の家族だよみんな。あの激甘家族だよ? これは、違うんじゃないかな。
なるほど、さっきの姉様の急な変わりようはそういう事だったのか。という事は、今は母様の所にみんなを集めているかな?
よし、それなら、やるなら今しかないな。
「母様の所、行こう。もちろん四人で」
三人ともハッとこちらを見る。そして何かを決意した、諦めた様な顔。ん? 何その表情。
「うん……、でも、その前に一つだけいい?」
「何? 急ぎの用事でもあった?」
フランさんは用事あるのか、できたら急いで行きたいんだけど……。行って、いなかったらまた集めればいいか。
「旦那に、会って来ていい? 今生の別れになりそうだし、ね。こんな事言える立場じゃないと分かってるけど、お願い……!」
「今生の別れって何!? フランさん死んじゃうの? フランさんの旦那さんが死んじゃうの? 旦那さん!? フランさん結婚してるの!? 初耳だよ!!!」
いいいいいいつのまに結婚とか!!! あ、フランさん二百歳以上だった! 私が生まれる前だねきっと……、なんだなんだ、なるほどなるほど。
何か驚く所が多すぎて、変なところを納得してる気がする。
「あれ?」
「え?」
「私たち、処罰されるんじゃないの? 極刑モノじゃないの?」
処罰? 何で? 極刑って死刑? 死刑!?
「怖い! 珍しくフランさんの発言が怖いよ!? 死刑とかあるのこの国!?」
「森の中に無断で入り、国民を傷付けようものなら、その場で即処刑されると思いますよ」
シアさんが何を当然な、という感じに言う。
「聞きたくなかった! 知りたくなかった!! やはり最強種族だった!! のほほんとしてても外敵には容赦無かった!!!」
「家族を傷つけられたら、当たり前の行動じゃない?」
メアさんもか! ん? 家族?
「あ、そっか。私もこの国の誰かを傷付けられたら、絶対許せないと思う。みんな大切な家族だもんね」
うん、話が盛大に逸れてるね、分かってるよ。
でもさ、みんなの調子が戻ったみたいだしさ、怖い話だったけど、結果よければよし、だよ!
「さて、その大切な、私の大切な家族のメイドさんたち、母様の所に行こっか? 多分みんなして暗い顔して、見当違いの思い込みしてると思うからさ」
「姫様……!」
「姫が言うなら、そうなのかな? でもまだちょっと、自分を許せそうに無いな……」
「あー、結婚してる事バラしちゃったよ。もっと別の所で驚かせてからかおうと思ってたのに。もったいない……」
危なかった! 逆に後で、からかいながら追求しまくってやる!!
「私本人が言うから間違いないの。誰も悪くないよ? みんな本当に優しいよ? 丁寧に教えてくれてたよ?」
「行きましょう。今のお言葉を、早くあの方々にも……」
多分これも、一種の過保護から出た結果なんだろうね。なんだかなーホントに。もっと自信を持ってよ、私の自慢の家族なんだからさ!
少しまじめなお話に……ならない!?