その274
「う? あ、グリニョンさんだ。……何してるんだろ?」
「あー、何見てるんだろね。グリーって掴み所がないって言うか、何考えてるのかよく分かんないんだよね……」
メアさんと二人、特に何をするでもなく家の中を歩いていたら、廊下の天井……、壁? とにかく斜め上の方をじーっと見つめているグリニョンさんに遭遇した。ハタキを持っているところから掃除をしている途中なのは何となく分かる、が、一点を見つめて固まってしまっているのはどういう訳なのか……。
まだ少し距離が離れているのでこちらに顔を向けたり声を掛けてきたりはしてこないが、グリニョンさんはまだまだ野生が抜け切っていないので既にこちらに気付いているだろうと思う。
「メアさんはグリニョンさん苦手なの? 私とは普通に遊んでくれるんだけどなー」
「ううん、苦手って程でもないよ。でもさ、グリーって私たちには全然興味ないみたいじゃない? こっちから話し掛けてもなーんかめんどくさそうな顔されちゃって、どうもね。あれでもはるかに年上だし……、何となく噛み合わない感じかな?」
「うん、グリニョンさん面倒くさがりだもんね……。特に人と話すのが、あ、人と接するのが嫌、とまではいかないけど面倒みたい。私ともあんまり長く会話が続かない時があるもん」
私の様子を見に来たり遊びに来たりは結構してくれるんだけど、ちょっとしたらすぐどこかに行っちゃうんだよね。しかも何も言わずにふらっといなくなる事も多いからビックリしちゃう。メイドさんのお仕事は面倒でも別段嫌がってはいないみたいなんだけどなー……。
「リリアナさんは放っておけばいいって言ってるけど、折角一緒に住んで働いてるんだからもうちょっと仲良くなりたいのは確かだね。仕事も頼み辛いし。まあ、こういうのもやっぱり時間が全部解決してくれると思うよ? だって私もフランも嫌ったりしてないからさ、大丈夫。でもクレアはちょっと文句ばっかりだけどね。ふふ」
メアさんは私を優しく撫でながら笑顔でそう言ってくれる。
私とシアさん、あと兄様とはすぐに仲良くなれたのに、どうして姉様やほかのメイドさんズは駄目なんだろう……。初めて会ったときに姉様のことを知らなかったから、軽く百年以上は誰とも話さずに一人で生活してたっていう事なのかな? なにそれ寂しい……。
まあいいや、こんな所で考えてても仕方がない。実の母親のリリアナさんの言葉を信じてもう少し様子を見ることにしよう。とりあえず今は何を見てるのかが気になる。
中空の一点を見つめたまま微動だにしないグリニョンさんにゆっくりと歩いて近付く。グリニョンさんは私と兄様に対しては悪戯を仕掛けてくる事もたまにあるので油断をしてはいけない。
「ぐ、グリニョンさん? 何見てるの? と言うか何か見えてるの?」
すぐ隣まで接近しても動きはなかったので悪戯関係ではなさそうだ、一安心して疑問を投げかけてみる。
グリニョンさんの視線の先は……、丁度壁と天井の境目だろうか? 特に汚れが目立っているという事もなかった。
「んー、あー……。メアリー、多分この辺のどっかにクモがいるよ。それも結構大きめのヤツ」
「大きいクモ?」
なんだただのクモか、ちょっとがっかり。……でもどこにも見当たらないね、どこかに隠れちゃってるのかな?
「マジで!? あ、今のは真似しちゃ駄目だよ姫。はあ、クモ探しかあ……、めんどくさいなあ。それじゃシアとキャロルとソフィーと、あと手が空いてたらクレアにもお願いしよっかな」
メアさんは本当に面倒くさそうにそう言うが、母様がクモ嫌いなので仕方がない。
森に住んでいるエルフの女王様がクモくらいで情けない、とは思うのだけど、人があまり立ち入らない区域には4、50cm超えのサイズのが普通にいるとの事なので無理もないと思う。私は大きくても10cm程度のしか見た事はないし、その程度では怖いとも気持ち悪いとも思わないのでまだ分かってはあげられないが。
しかしこの家は普通の建物と違って、誰かが持ち込みでもしない限りはクモも他の虫も住み着く事はないらしいんだけど……? ちなみにどうやって虫を寄せ付けないようにしているのかはお爺様とお婆様にしか分からないらしい。
「見かけたんなら捕まえておいてくれてもいいのに。もしかしてグリーってクモ苦手だったりする?」
「んや? まさか。外で寝てると顔の上歩かれたり服の中に入ってきたりもするからなんとも。ああ、でかいのは結構好きかもに。小さいのは食べ応えがないからどうでもいい」
「聞きたくなかった! ぞわぞわしてくるるるる」
服の下を虫が這いずるとか想像したくもありません! それよりグリニョンさん的にはクモも普通に食料扱いなのか! 貴重なタンパク源なのか!!
「あはは、可愛い可愛い。さすがにクモは食べる気にならないね……。それじゃ何見てたの? その辺隙間も無いし隠れてる訳じゃないよね?」
言われてみればそうだよね。いくらこの辺りにクモがいるからって、隠れる穴も隙間もないのにじっと見ていたところで見つかる筈もないのに。
「クモを直接見た訳じゃないんよ。ほら、そこにクモの巣が好きなヤツがいるからさ。だから多分」
ほら、とグリニョンさんはじっと見続けていた辺りを指差すが……
「そこ? ……どこに? 姫は分かる?」
「何もいないよー? クモの巣が好きな動物とか、そういうのがいるの?」
メアさんにも私にもその、グリニョンさんの言うクモの巣が好きなヤツとやらは影も形も見えなかった。
「やっぱシラユキにも見えないかー。動物かどうかは知らないけど精霊がそこにいるんよ、一体だけ」
ははは、と軽く苦笑気味に答えを教えてくれるグリニョンさん。
「え? 精霊がそこに? 姫が見えないなら私も見えなくて当然かな。うん」
「どういう意味? ってそうじゃなくて、精霊さんがそこにいるの? あ、クモの巣が好きな精霊さんって……、なにそれ」
答えは驚きの物だったのだが、精霊なんて全く身近な存在ではないのでその驚きもそれなりだ。それよりもクモの巣が好きな精霊なんているんだろうか? グリニョンさんの言葉を疑っている訳ではないけれど、あまりにもピンとこなさすぎる。
「そのまんまクモの巣を、あー、食べてるのか掃除してるのかまでは知らないけど、この精霊が通った後はクモの巣が綺麗さっぱり消えるから。……はあ、説明ってめどい」
「もうちょっと頑張って!」
「ふふ。姫とグリーは仲良いね。微笑ましいよ。そのクモの巣好きな精霊がいるからクモもいるんじゃないかって訳ね、なるほど。なんでグリーには見えるんだろね」
た、確かに! 精霊さんの方から興味を持たれないと姿が見えない筈なんだけど、あ、グリニョンさんはあれかな? 野性的すぎて森の動物みたいに思われてるんじゃ……。
グリニョンさんは本当に面倒くさそうにだけど説明を続けてくれる。私がいるからなのかもしれない。
「めどいなあ……。ほら、あそこ、あの川の橋から見える馬鹿でっかいシイの木あるじゃん? その木のウロで寝ようと思って飛び込んだらジュモクグモの巣がみっしり張ってあってさ、全身クモの巣だらけになって外に出たらそこの精霊と同じのが纏わり付いてきたんよ。んで驚いてたらいつの間にか体が綺麗になってて、って訳。それからクモが多そうな辺りでよく見るようになったから、多分その時見えるようになったんだと思うよ。もういい? めどい」
「あ! うん、ありがとうグリニョンさん!」
「ありがとグリー。ふふ、結構面白い話聞かせてもらっちゃったね、姫。やっぱり小さくてもさすが千歳くらいなだけあるね、グリーってさ」
うんうん、大変興味深いお話でした。
何となくクモの巣好きな精霊さんが見えるようになった切欠は分かったよ。でもあの川の橋から見える大きなシイの木っていうのも、ジュモクグモがどんなクモなのかもさっぱり分からないけどね!
つまり私もその大きなシイの木のウロに飛び込んで、全身クモの巣まみれになればそこにいるらしい精霊さんが見えるように……、絶対嫌です!!
「だからあの精霊がいるあたりを探せばクモが食べられるんよ」
「食べないで!! おやつを食べておやつを!」
「うん、クモはおやつ感覚で食べれていいね。足をポリポリって」
「いやー! 聞きたくなーいー!!」
「でっかいクモは普通に美味しいのに。特に足。食わず嫌いはよくない」
「そうなの? でもクモはちょっと見た目的にあんまり食べようっていう気になれないかなー」
「頭と足をもいだら体は口に入れて、ブチュッと潰し」
「きゃー! きゃー!! やめて!!」
グリニョンさんは普通にお話してくれてるだけなんだと思うけど、リアルな食感とか語られると想像しちゃうから本当にやめてくださいませんかねえ……。メアさんも笑って見てないで止めて!
その後はクモの巣好きの精霊をグリニョンさんが監視して、移動先にクモがいるだろうから探さなくてもいい、という事になった。見つかるまでは辺りに気を配りながら行動するとしよう。
いきなり目の前や肩にでも落ちて来られた日には驚いて悲鳴を上げる自信がある。それくらいで済むならまだいいけれど、その悲鳴を聞いたシアさんが何を仕出かすか分からないというのが気を付けなければいけない本当の理由である。
「ねえねえ姫、私グリーと仲良くできそうだよ。それも結構すぐにでもね? フランにも教えてあげないとねー。ふふふ」
さらにどういう流れでそうなったのかは分からないが、グリニョンさんはメアさんに気に入られてしまった? らしい。これはいい事なので問題ないどころか大歓迎の大喜びなんだけどね。でも気になる気になる木。
意外と早く礼賛Fとマスレイが出たので投稿してしまいます。
次回はまた一週間以内の予定です。
ちなみに今回のお話と例の地球を防衛する系のお仕事とは一切関係がありません。(断言)