その268
「じゃあな、シラユキ。次の休みにまた顔を出しに行くから楽しみに待ってるんだぞ?」
そう言うとショコラさんは何事も無かったかのように、お姉さんの襟首を掴んだままズルズルと引き摺るようにして離れて行ってしまう。
「え? あ、うん? ま、またねー?」
展開が速すぎてついて行けません! とりあえず返事だけはできたのでよしとするかな。
結局あのお姉さんは何者だったのか、どうしてショコラさんが止めに来たのか、色々と考える事は多いのにあまりに急展開すぎて頭が追いついてこない。パッと思いついたのは、折角初めてお話できると思ったのになー、というガッカリ感だけだった。
そのまま引き摺られていくお姉さんを見送っていると、そんな私の気持ちが通じたのかどうなのか、カッと目を見開き両手でショコラさんの腕を掴んでジタバタと抵抗を始めた。
「ガトーちゃん放して! 締まってる締まってる! 死ぬ死ぬ死んじゃうからこれ! 誰かー! 誰か助けてー!! さーらーわーれーるー!!!」
「やかましい! まったく人聞きの悪い……。どうせいつもの事だとお前を助ける奴なんぞ居らん、黙って連行されていろ」
あ、いつもの事なのね……。これだけ大騒ぎしてるのに周りの人がほぼ無反応なのはそういう事なのか。なるほど面白い。でも私は初めて見るからちょっと驚いちゃったなー。
「いやーん!! はっ!?」
何やら可愛らしい悲鳴を上げたところで私と目が合い、ハッとして体の動きを止めるお姉さん。
「シラユキちゃんシラユキちゃんたーすけてー!! シアちゃんかガトーちゃんに私とお話したいって言って! お願い!!」
お、おおう。必死な形相でお願いをされてしまった……。まあ、確かに私もこのお姉さんとは一度お話をしてみたかったし、どう見ても怖かったり危なかったりする人じゃないからいいよね?
「あ、やめてくだ、ガトー!」
「分かっている。私は黙れと言った!」
「ぎゃん!!」
シアさんの声に応えるかのようにして、ショコラさんの鉄拳制裁がお姉さんの頭に炸裂した!
お姉さんはまたぐったりとしてしまい、ちーんという効果音の似合う姿へと戻って引き摺られ始めてしまった。
なにあれ痛そう……。しかし面白いなあの人、シアさんとショコラさんの共通のお友達なのかな? 気心の知れた感じの。……と、いけないいけない、このまま見ていたら何も分からないまま終わってしまう!
「ショコラさん待って! 私もそのお姉さんとお話してみたいよ!」
「なにぃ!?」
「ぎゃいん!!」
「姫様!? そんな!」
私の言葉にやけに大袈裟に驚くショコラさんとシアさん。何故だ。
ちなみにお姉さんから悲鳴が上がったのは、ショコラさんが驚いて手を放してしまって頭を地面に打ち付けたからである。三度ちーん。
「チッ。まあ、シラユキが言ってしまったのなら仕方がないか。ほら、そんな所で寝てないでさっさと起きろ」
機嫌悪そうに舌打ちを一つ、倒れているお姉さんを足で突付く、もとい、強めに蹴り出すショコラさん。お姉さんからは、ぐふっ、だの、やめてっ、などといった小さい悲鳴が聞こえてくる。なんというぞんざいな扱いだ、ひどい!
「はあ、確かにこうなっては仕方がありませんね、観念するとしましょうか。さ、姫様、参りましょう」
そのお姉さんへの酷い仕打ちを見て満足気に微笑み、私に手を差し出してくるシアさん。こちらも中々に酷い人だ。
「う、うん」
ツッコミ所満載だけど、この面白楽しそうなお姉さんの正体が気になるので何も言わずに差し出された手を取る。私も普通にひどかった!
ショコラさんのキック地獄からなんとか抜け出し、体中に付いた土汚れを払っているお姉さんにシアさんと二人で近付く。
ここでもお姉さんはショコラさんに強めに背中を叩かれて、いたっ、やめてっ、と涙目になってしまっているが、やっぱり何も言わないでおこう。ごめんね。
ある程度綺麗になったところで早速自己紹介から始めよう。向こうは私の事をよく知っているみたいだし、お互い初対面という訳でもないんだけどね。
「え、と、こんにちわー、シラユキ・リーフエンドです。何回も会ってますけど一応はじめましてー」
「かっ、かわかわ、かーわーいーいー!! ねえねえねえショコラちゃん! シラユキちゃん連れて帰ってもいいよね!? 私の机にちょこーんと座らせ」
「いい訳あるか」
「ぐげほっ!」
今度は突き刺さるかのようなボディーブローが炸裂した!
体を『く』の字に曲げるお姉さん。そのまま地面に両膝を付いてお腹を押さえて苦しがっている。
さっきから目の前でショッキングすぎるんですけど! 暴力反対!! まあ、父様の魔法に比べれば全然優しいかな、うん。
「しょ、ショコラさん? ちょっとやりすぎじゃないかな……。だ、大丈夫ですか?」
代わりにツッコミを入れてくれるのは大いに歓迎なのだけど、それが強めの暴力とかだとさすがにちょっと……。
「ん? ああ、コイツはこの程度では全く堪えん、気にしなくてもいいぞ。こんな奴に優しい言葉を掛ける必要もない。ふふ、優しいいい子だなシラユキは」
「ええ、この方の体は恐ろしく頑丈に出来ていますからね、ご心配には及びません。まだまだあの程度でしたら何ともありませんよ」
「そうなの? え? でも普通に苦しそうなんだけど……」
もしかして大袈裟に苦しんで見せているだけ? ショコラさんもちゃんと手加減してると思うし、そうなのかもね。
「くふう……。いや! 普通に痛いし!! 死ぬかと思ったし!! ガトーちゃんはイグナちゃんよりも暴力的なんだから!!」
勢いよく立ち上がってショコラさんに文句を言い出すお姉さん。二人の言うとおりやっぱり全然平気そうだ。……イグナちゃん? 誰?
「ジニーさん? まずは姫様に自己紹介をお願いできますか? 姫様が困惑されていらっしゃいますので……」
「うん? あ、そうだねそうだったね、シラユキちゃんごめんねー。私はね……、二人とも私のことシラユキちゃんに一切話してないの!? ひっどいひどい!! いてえ!!」
今更自己紹介しないといけないの!? 的にショコラさんに食い付いたジニーさん(?)だったが、対するショコラさんの返答はデコピンであった。
うわあ痛そう……。確かに痛そうだけど、いてえはないでしょう。もうちょっとお淑やかな悲鳴を……、さすがに無理か。
涙目で額を押さえるジニーさんが復活するまでまずは観察をさせてもらおう。
背はシアさんより少し高めで多分160くらい。髪色は薄いクリーム色? 象牙色? ちょっと珍しい。長さは腰の辺りまでまた伸ばし直したみたいだ。瞳の色もちょっと薄めの緑色。今は涙目でちょっと拗ねている感じがして可愛らしい。
見た目から年齢は分からないけどこの若々しい言動、多分そんなに年はいってないんじゃないかなと思う。
「うーん、自己紹介かー……。ま、いっか! よし、私はジヌディーヌ・ミノーよ、改めてよろしくねシラユキちゃん! 冒険者ギルドのリーフサイド支部のギルド長さんなのです!! 私も一応前は森に住んでたんだから敬語はやめてねー」
ふふん、と胸を張りながら元気よく自己紹介をしてくれたジニーさん。ちなみにその胸は普通サイズ、大きくも小さくもない。
なるほどなるほど、ジヌディーヌさんで愛称がジニーさんであるか。……なぬ!?
「ギルド長さん!? 森の住人!? う? 前は?」
え、ちょ、何から突っ込んで何から驚けばいいの!? ギルド長さんって……、えー?
「うんうん、やっぱり知らなかった? シアちゃんもガトーちゃんもなんで話しておいてくれないかなー!! あ、シラユキちゃんシラユキちゃん、この二人ってばひっどいんだよ!? なんでか知らないけどシラユキちゃんからお話したいって言ってくるまで近づくことすら禁止だったんだから! シラユキちゃんだって手は振ってくれるけど全然近寄って来てくれないし!!」
「え? あ、ご、ごめんなさい?」
「いいのいいの! 今日こうやってお話したいって言ってくれたんだから、ね! あー、うーん! 何話そうか! とりあえず冒険者ギルドの私の部屋行く? お菓子もいっぱいあるよ! お膝抱っこしてあげるよ! あーんして食べさせてあげるよふん!!」
言葉を止めずにずいずいと私に詰め寄って来ていたジニーさんだったが、急に前に出て来たシアさんから強烈な膝蹴りをお腹に受けてダウンしてしまった。
「しししシアさんやりすぎ!」
よふんは面白かったけど、とは言わないでおく。
「ふう。いえ、この方は本当にこの程度でどうにかなる方ではありませんので、まだ油断はなりません」
折角土を払ったのにまた地面に横たわってしまったジニーさんを冷ややかな目で見下ろすシアさん。
情け容赦なく膝蹴りを入れるシアさんも、この程度ではどうにもならないというジニーさんも色々な意味で怖い。
ううむ、ライスさんに対してすらここまではしないから本当に頑丈な人なんだろうけど、私の目の前で暴力を振るうのはやめてもらえませんかねえ……。
「まあ、確かにここではなんだし場所を移すか。どこにする」
また襟首を掴んでジニーさんを持ち上げるショコラさん。四度ちーん。
「ゆっくりと歩いて行けば冒険者ギルドも人が払う時間になるでしょうか? 軽く露店を覗きながら歩くとしましょう」
「そ、そうだねー。ジニーさん死なないでね……」
とりあえず現状では全ツッコミを放棄します! 色々とお話を聞いてからにしよっと。
冒険者ギルドのギルド長さんで、前はリーフエンドの森に住んでいた? 聞きたい事は沢山あるのにぐったりしちゃってるから聞けない! 聞きにくい!! 早く復活して!
森の住人と分かればそんなちょっと軽い対応をしてしまう私なのでした。ワクワクするね! ふふふ。
ちょっと短めですけど区切り所がここしかなかったので一旦ここまでにしておきます。
最近あっという間に一週間が過ぎてしまいますね……
大体は某オンラインゲームの8周年イベントやらPS3の掘ったり建てたりするゲームのせいです。




