その267
朝のお手紙仕事が終わり、カイナさんが母様の所へ戻ってシアさんと二人だけになったところを狙って話を切り出す。前々から考えていたアレの話だ。
「シアさんシアさん、明日町までデートしに行こっか」
できるだけさりげなく、特に裏はありませんよといった趣で聞いてみた。シアさんの明日の予定までは聞く必要も無いだろう、多分。
「はい、喜ん……デートでございますか!?」
何食わぬ顔で即座に返事を返したシアさんだったが、何故か途中でずずいっと顔を寄せて盛大に驚きながら聞き返してきた。顔が近いです。
「う、うん、デート……」
キスはし慣れているけど若干引き気味になってしまったのも無理も無いよね。いきなりどうしちゃったんだろうかシアさんは……、二人で町に遊びに行くなんて毎度の事なのに。
シアさんは私の返答を聞くと満足そうに、そしてそのまま上機嫌で紅茶セットの後片付けを始めたので、まあいいかと明日へと思いを馳せることにする。とりあえず『転ぶ猫』で新作のケーキを食べてから……。
「うふふ、姫様とデートですか……。ふむ、勝負下着を用意しておかなければなりませんね。あ、宿の手配も」
「!? シアさん!?」
何やら不穏な独り言が聞こえてきたんですけど!? なんで遊びに行くだけで宿屋が必要になるの!?
とりあえず、デートと言ってもただ二人で町に遊びに行くだけ、いつもと変わらないよ、と念を押しておく。
シアさんは笑顔で、冗談ですよ、と言いながらもやや落ち込んだ気配を漂わせているが仕方がない。変に勘違いさせたままだと私の身に危険が及ぶかもしれないからね! 性的な意味で。ガクブル。
まあ、シアさんにとっては上げて落とされた感があるんだろうけど、私の切り出すタイミングと言い方が悪かったか……。これは猛省しなければなるまい。
しかし、カイナさんは私限定で完全にそっちの人になっちゃったのは分かるんだけど、いや、どうしてかは分からないんだけどね。それは一旦置いておいて……。シアさんは結局どっち寄りの人なんだろうか!?
あの日のあの言葉を疑う訳じゃないけどさー、カイナさんみたいにあれから今日までの間にそうなってしまったという可能性もゼロではないんだよね……。
半分冗談だけど、半分不安です! だって私ももう五十歳近いし、年齢的にはそろそろそういう事を考えてもいいお年頃だもんね。……身体的には完全に子供のままなんだけどなあ……。
「姫様、おはようございます!」
「ん……、んぅ?」
体を揺すられる感覚で目が覚めたと同時に、やや大きめの声で朝の挨拶が振ってきた。
だ、誰? まだ眠いのにー……。あ、シアさんか。
「ああ、レン? おはよ。……まだちょっと早くない?」
一緒に寝ていたフランさんも目が覚めてしまったみたいだ。
フランさんも眠そうな声だね。なんで起こされたのかは気になるけど、とりあえず私もまだまだ眠いのでフランさんの特大柔らかおっぱいに潜り込む様にして二度寝をさせてもらうとしよう。
「ええ、一時間ほどですが。しかし今日は愛する姫様とのデートなのです! 一分一秒でも長く堪能させて頂く為に少しですが早めに起きて頂こうかと……。私としてはもう一時間ほど早く起きて頂きたかったのですが、ね。姫様にそれはあまりにも酷すぎるというものでしょう? ……姫様?」
シアさん朝からテンション高いな……。一時間早い? という事は今は七時くらいか。早すぎるって訳じゃないけど八時過ぎ起床が習慣付いてしまっている私には充分早い時間だよー。
「はあ……、シラユキとのデートが楽しみなのは私にも分かるけどねえ……。はいはい、後一時間後に出直して来なさいって。こんなに眠そうにしてる子を無理矢理起こそうだなんてかわいそうじゃない」
ギュッと私を抱きしめながらシアさんを追い払おうとしてくれる優しいフランさん。眠気とおっぱいの感触も合わせて幸せな気分だね。
「そ、そうなのでしょうか……。しかし姫様も後たった数年で五十歳なのですよ? 少しずつでもこういった事に慣れて頂かなければ」
「私が言うのもなんだけど……、いつも小さな子供扱いしてるってのにこういう時に限って年齢相応な扱いしようっての? それはちょっと虫がよすぎる話よねえ。ねー? シラユキ」
うー。話しかけないでー、寝かせてー。
「私はそんなつもりでは……。わ、分かりました。ですがその、せめて姫様のお声を後もう一言だけでもお聞かせ願いたいのですが!」
「楽しみが過ぎてシラユキ分が切れちゃった訳ね、なるほど。ほーらシラユキ、適当に何か声掛けてあげて」
えー? フランさんまでそんな事言うのー……。まったくもう、しょうがないなあシアさんは……。
フランさんのおっぱいから顔を上げてシアさんの方を向いて、と。
「今日のデートは中止ね! おやすみ!」
コレデヨイ。さて、フランさんのおっぱい枕でもう一眠りといこうじゃないか。
「姫様!? そ、そんな! 申し訳ありません! どうかお許しを……、お許しください!!」
「あはは、うわ! 泣いてる! ちょ、シラユキ起きて! 許してあげて!!」
「ねーむーいーのー!」
「か、可愛い!」「か、可愛らしい……」
その後は結局二度寝させてもらえず、でもベッドの中でまどろみながら三人でいつもの起床時間まで楽しくお喋りをして過ごしてしまった。楽しかったけど何の意味があったんだろう……。
終始ワクワクウキウキ気分で私の着替えなどを手伝ってくれるシアさんを見ると、まあどうでもいいかな、と思わされてしまったのでよしとしよう。
朝ご飯を食べて少し休憩して、母様にいってきますの挨拶をしたら即出発、今日のお手紙仕事はお休みなのだ。毎日の楽しみだっただけにちょっと勿体無い気もするけどね。
「んー。ゆっくり目に走って行けば丁度『転ぶ猫』が開く時間くらいかな? シアさんはどこか行きたい所はある?」
魔法で走り出す前に軽く準備運動をしながらシアさんにも聞いてみる。私の行きたい所だけだと午前中で全て回りきってしまいそうだからね。
『転ぶ猫』と言えば、開店すぐなら数量限定の試作メニューが食べられるかもしれない! まあ、私が作ってって言えば例え閉店時間が過ぎてても作ってもらえるんだけどね……。それはそれ、これはこれだよ。それにそんな我侭を言うつもりもない。
「そうですね……、私は姫様と手を繋いで歩けるのでしたらどこへでも、と言ったところでしょうか。強いて申し上げるのでしたら宿屋ですかね」
「そういうのはいいから! むう、そっち系の冗談は控えるって母様と約束したのにー」
いつくらいだったか忘れちゃったけど、私に同性愛について悩ませてしまった件で母様から個人的にお叱りを受けちゃったみたいなんだよね。それでそっち方面の冗談は控えるようにって母様から言われてた筈なんだけれど?
「ああ、それはもうお許しを頂きましたよ。少し前にも今朝も申したとおり姫様はそろそろ五十歳ですからね。ふふふ……」
ひょいっと私を持ち上げて、妖しい目つきで真っ直ぐ見つめてくるシアさん。
「その目はやめて! あ、アピールを始めたの!?」
シアさんが本気を出したら落とされてしまうー!!
「ルーディン様でしたら大人しく身を引きますが、カイナに正妻の座は渡せませんからね。ああ、外泊許可を頂きに戻りましょうか」
「やめて!! もう冗談はいいから行くよー、と言うか降ろしてー」
「ふふふ、可愛らしい姫様。今日は抱き上げての移動としましょうか。ふふ」
「もうそんな子供じゃないよ! まったく……」
文句は言うけど無理に降ろせとは言わない。そんな私もまだまだ甘えん坊だなー。
父様と母様は私を抱き上げて歩くのが基本だし、兄様と姉様、メイドさんズのみんなだって私が恥ずかしいって言っても中々降ろしてくれないからね。まあ、私が内心では嬉しがってるって察してしまってるんだろうけど……。
家の前のちょっとした広場に集まる人たちに手をブンブンと振って、行ってくるねー、と声を掛ける。シアさんも軽い会釈をしてから歩き始めた。
ふむ、狙った訳じゃなかったけど結果オーライかな? シアさんのノリのいい面白いところをみんなに見せる事ができたと思う。
ライスさんとエレナさんに調べてもらったところ、森の住人からのシアさんへの心象は、美人だけど怖い、というのが圧倒的に占めているらしい。
シアさんが森に来てからもう四十年以上も経ってるのにね。本当は優しくてノリがよくてたまに可愛い人だっていうのを分かってもらわないとね! 本当に今更感がしすぎてもう手遅れな気もしてしまうけど……。
『転ぶ猫』新作予定のオレンジケーキは、お酒がふんだんに使用されているらしくて年齢制限を設けるそうなので残念ながら食べさせてもらえなかった、が、お詫びにといつもの苺のショートとチョコレートケーキをサービスしてもらえたのでよしとしようじゃないか。朝ごはんを食べて間もないけど甘いものは別腹なのです!
ケーキに使われるくらいの量のお酒なら大丈夫だと思うのだけど、やっぱり製作者のマスターさんと提案者のシアさんの言うとおりにしておいた方がいいよね。お酒好きの父様と兄様の分もお土産として幾つか包んでもらったから一口だけ食べさせて貰うのもありかもしれない。
そういえばシアさんはオレンジが大好きだからいい笑顔を見せて喜んで食べていたね。こういう可愛いところを森のみんなに見てもらいたい。……相変わらず席には座ってくれないけど。
お店から出てシアさんと手を繋ぎ直し、次はどこに向かうか相談を始める。
ミランさんとショコラさんにケーキを差し入れに行くのもありだけれど、冒険者ギルドは午前中はそれなりに混雑するらしいのでお昼過ぎに行くとして……、と考えたところで何やらじりじりとした視線を感じた。この感覚は森のみんなからよく向けられる微笑ましいものを見るかのような視線のそれに近い。
どうやらどこからか隠れて私を観察しているようだけれど……、甘い! 普段からこういった視線を集め慣れている私に隙はなかった! むむむ、そこだ!!
勢いを付けてその視線の主がいると思われる辺りへ顔を向けると、にっこり笑顔の見覚えのあるエルフの女性がこちらへ向けて軽く手を振ってきていた。勿論隠れてなどいない。
……なんという気恥ずかしさ、声に出さなくてよかったよまったく。危うくシアさんにニヤニヤされまくって今夜の夕食の話題にされるところだった。
こんにちわー、とこちらも軽く手を振り替えしてみる。するとそれに反応して満面の笑顔になってブンブンと手を振り替えしてくれる。通行人の注目の的だが気にしていそうな気配は感じない。
あのお姉さんは町に来ると結構な頻度で出会ってお互い手を振り合って挨拶をしているのだが、毎度毎度何かしらの不都合があって一度も会話をするどころか近付いた事すらない。その年月はなんと二十年以上にもなるものだから自分でも驚きだ。
シアさんが気づいていないフリを、何も言わないところを見るに悪い人じゃないというのは間違いないだろう。そして今日は一応デートだけれどもこの先特に急ぐ予定がある訳でもない。となるとついにあのお姉さんとお話をする機会がやってきたという事なのか……!!
ちょっとはしたないかもしれないけど、こちらも少し勢いを付けて大きく手を振ってみる。
対するお姉さんの反応は、もの凄く嬉しそうな笑顔で振る手が両手になってしまった。一見すると通行人も思わず足を止めてしまう不審者だ。あ、私もか。
しかしこれは面白い。私が手を振るのを強めればその一回り大きな動作が帰ってくるのかな? もし私が両手を勢いよく振ったらどうなるんだろう……?
「シアちゃんシアちゃーん!! そっち行ってもいいよね!? しししシラユキちゃん可愛いいいいい!!!」
「わ!」
こ、声初めて聞いた! 結構若々しい声だからもしかしてまだ若いエルフの人なのかな……、と言うかシアさんのお知り合いかお友達だったのか! また知ってて知らんぷりしてたなシアさんはー!!
「なっ!? こ、来ないでください!!」
何故か焦るシアさんの静止の声を無視して、いや、聞こえていないのか、いい笑顔で手を振りながらこちらへ駆け足で近付いて来るお姉さん……、だったのだが。
「やめろこのアホが」
「うぐふっ!」
「ふう。止めるのが遅いですよガトー」
「あ、え? ショコラさん?」
いつの間にかやって来ていたショコラさんに襟首を掴まれ無理矢理止められて、そのせいで首が絞まってしまったのか苦しそうな声を上げてぐったりとしてしまった。ちーんという効果音が聞こえてきそうだ。
何がどうしてどうなったの!? シアさんもよくやる事なんだけど、見えない所から一瞬で目の前に出て来るのは本当にビックリするからやめてもらえませんかねえ……。
懐かしのあの人(?)が再登場! といった所で続きます。