その259
マリーさん吊るし上げ祭りはあっさり終演となったが、その原因となった三つのおかしな行動についてはまだ何一つ明らかにされていなかった事に気付かされてしまった。
完全に忘れちゃってたね……、あはは。ウルリカさんには感謝をしないと! 多分正座してるシアさんたちは覚えていただろうけど、口を挟むタイミングが無かったのかもしれないね。
シアさんの予想通りマリーさんに好きな人が、恋人が出来たからという理由ではないのだとすると、実際のところその行動にはどんな真実が隠されているのか……、観念して話してもらおうじゃないか!
「そもそものところですね、皆さん何がどうして私にこ、恋人が出来たなんて勘違いをされてしまっていたんですの? 今までの話の流れからすると叔母様から伝わってきたお話のようなのですけれども……」
マリーさんは本当に、どうしてこうなった! とばかりに不思議そうな表情をしている。
あれ? まさかの自覚無し? むう、これはやっぱり三つの行動それぞれにちょっとした理由がある程度の事なのかもしれないねー。ただその三つを繋げて考えちゃった私たちが大袈裟に勘違いをしてしまった、というだけの話なのかな?
それならそれでいいんだけど、ちょっと肩透かし感が……、はっ!? し、シアさんじゃないんだから問題の小ささにがっかりしちゃ駄目だよ! これは大反省をしなければ……。
とりあえず正座三人組にはもう暫く大人しくしていてもらうとして、今日の一連の騒ぎについて最初からメアさんに……、む? 何シアさんその目は、説明したいの?
さっきからシアさんが自分に説明させろと目で催促をしてきている。多分ここからが一番面白くなるところなので自分も話に参加したいんだろうと思う。つまり反省の色は全く見られないという事だ。
まったくもう、しょうがないにゃあ……。
「三人とももう正座はやめていいよー。シアさん、マリーさんに説明お願いね」
「はい! お任せください!! ああ、ありがとうございます、お優しい姫様……」
「ありがとうございます! やっぱシラユキ様がいらっしゃるとお仕置きが温くていいわ。ふふ」
「もうお許しくださるのですか? しかしこのまま正座を続けていても姫様がお心を痛めてしまわれるだけか……。分かりました」
シアさんは定位置である私の左隣に、キャロルさんとクレアさんはマリーさんの近くへとそれぞれ移動する。
これで私とマリーさんそれぞれにメイドさんが三人ずつ付いた形になる。が、私にはプラスもう一人、期間限定メイドさんのウルリカさんが椅子となってくれている。ちょっとした優越感を感じてしまうね。
余談だが、実はクレアさんの持っていた斧槍はウルリカさんの持ち物だったみたいで、マリーさんの側に行く前に返して尻尾へ収納していた。
目の前で長い斧槍がスルスルと尻尾に入っていってしまうという光景は中々の見物だった。私の場合は一瞬でその場から消えてしまうのでこういった面白みが無いものいけないね。
個人的に……、ウルリカさんにはハルバードより薙刀が似合うと思います!
一緒にお出掛けをしなかったシアさんだけでは完全に説明しきる事ができなかったので、事の発端であるキャンキャンさんと、一緒に相談を受けたメアさんにもお手伝いをお願いした。
勿論私は全く説明に参加しませんでしたが何か? どうせ話し下手な私が何か言おうとしても邪魔になってしまうだけだからね。という訳でウルリカさんの尻尾をひたすらモフり続けるお仕事に専念していました。
「そうでしたの、キャンキャンが叔母様に相談を……。まったくもう、いつもは抜けている癖にこういった余計な気は回すんですから……。クレーアお姉様、レンさん、ついでにキャロルも、この駄メイドがご迷惑をお掛けしてしまったみたいで本当に申し訳ありませんでした。これはやはり私の不徳の致すところ、如何様な罰でもお与え下さいませ」
マリーさんはそう言うと椅子から立ち上がり、何故か私に向かって深く頭を下げる。
もう完全に立派なお嬢様になっちゃったねマリーさんは……、私もこんな風になれるといいんだけどなー……。
「なんか私の扱いだけぞんざいなんだけど、まあいいや。キャンキャン、言ってやって」
「はいな。お嬢様、空気をしんみりとさせて有耶無耶にしてしまおうと思われてるんでしょうけど、さすがに誰も誤魔化されませんよ? 結局何もお答えしてないじゃないですかー」
「うっ」
頭を下げたままビクッと体を震わせるマリーさん。
なぬ? 誤魔化そうとしてたのか! い、いや、ちゃんと気付いてましたよ?
キャンキャンさんに肩を押されてまた椅子に座り直すマリーさん。
逃げ出さないようにキャロルさんもすぐ後ろに移動をした。なんという信用の無さだろうか。
「では、このままバレンシア殿に尋問もお頼みするとしようかの。儂はほれ、シラユキを可愛がる事に忙しくてのう。ほほほ」
「あー! ずるい! ウルリカも一応はメイドさんなんだから本当は立ってないと駄目なんだよ? まあ、ウルリカはメイドさんよりどっちかと言うとお客様だからいいんだけどさ」
「私より年下なのになーんか貫禄あるよね、お世話のし甲斐があると言うか……。それじゃレン、お願いね。私たちはシラユキを構ってあげてるから後はよろしくー」
「何を勝手な事を……。ですがまあ、いいでしょう、私は既に命令も罰も頂戴していますからね。勿論この後ご褒美も頂く所存です。ふふふ」
珍しく文句を言わないまだまだ上機嫌なままのシアさん。
この後請求されるご褒美とやらに不安を覚えてしまうのは何故だろうか……。もふもふ。
「それでは、あまり時間を掛け過ぎてしまうのもなんなので、皆さんには余計な茶々を入れぬよう先にお願いをしておきます。さあマリーさん、お待たせしました。覚悟は宜しいですか?」
「よ、宜しくありませんわ! 何の覚悟ですの!?」
何の覚悟!? まったくシアさんは……。多分精一杯楽しむつもりと見た。
「ここで断られてしまいますと、私の代わりにソフィーティアさんから尋問を受ける事となってしまうのですが……、ベッドの上で」
「どどどどうしてそうなるんですの!? し、シラユキ様……」
ああもう、まだ始まってすらいないのに助けを呼ばれちゃったよ……。
「シアさんシアさん、からかうのは程ほどにねー」
「ふふ、申し訳ありません。お夕食の時間に食い込んでしまいそうなのでさくさくと本題に入ってしまいましょう。まず一つ目、最近お一人でコーラスさんの花畑の辺りまでお出掛けになられていられるそうですが、キャンディスさんをお連れしないのには特別な理由でもあるのでしょうか? 先程も言いましたとおり、そのせいでどなたかと逢引をされているのではと疑われてしまっていたのですよ」
「う……、た、ただの散歩ですわ。そこまでの道のりに危険の無い事はレンさんも知っていますでしょう? キャンキャンにだってたまには一人の時間をあげなくてはと思っていましたから丁度よかったんですの。他に理由はありませんわ」
むむむ? 今のは何か用意してましたとばかりな感じの答え方だったね……。気にはなるけど答えに怪しいところはないし、一応それで納得しておこうかな。シアさん次お願い。
「ふむ……。それでは次に、窓の外を眺め物思いに耽られる事が多くなったとの事ですが、心当たりはおありですか? 話を聞く限りまるで恋する乙女の様な趣だったと聞き及んでおりますが……」
「恋する乙女ですの? そ、そんな顔をしていたんですの私は……。あの、こちらに関してはあまり詳しく説明する事はできませんの、ただ悩み事が一つありまして……。あ、本当にくだらない悩みですので心配なさらないでくださいましね」
ふむふむふむむ。今のは普通に素直に答えたように感じるね。悩み事があるみたいだけどあんまり重そうな物でもないみたいだから、この件についてはこれ以上触れないでおこうか。シアさん次ー。
「では最後、これが一番の問題ですね。確かにお一人で部屋に居られる筈なのに、中からは楽しく談笑するような声が聞こえてきたとキャンディスさんは証言しています。この件に関しましては包み隠さずお話して頂けませんでしょうか? このままではウルギス様にご報告を入れなければならないのです。マリーさん、どうかお願い申し上げます」
「え……、あ、れ、レンさん……?」
シアさんは急に態度をがらりと変えて真面目な表情で質問をすると、頭を下げてお願いをした。マリーさんもその唐突な様変わりに困惑してしまっている。
なんで父様に報告を? どういう意味なんだろう……?
「あー……、すみませんシア姉様、私からもいいですか?」
「キャロ? ふむ……、どうぞ」
キャロルさんはシアさんにお礼を言うとマリーさんの横に立ち、真剣な表情で真っ直ぐに目を見つめながら話し始める。
「ねえマリー、何隠してるか知らないけどさ、黙ったままだとアンタに変な疑いが掛かんのよ。それはちゃんと理解してんの? まあ、似た様な立場の私が強く言える事じゃないかもだし、あんまりこういう事は、特にマリーには言いたくないんだけど……、王族の方々がいくらお優しいからってあんま他所者が好き勝手するんじゃないよ、もう子供じゃないんだからさ」
「そ、そんなっ! 私は、私は決してそんなつもりは……!!」
「わ、お嬢様!?」
キャロルさんの言葉に見る見る青ざめていくマリーさん。今にも倒れてしまいそうなところをキャンキャンに支えられている。
なるほどそういう事か……。このままマリーさんが何も言わないと、裏で何か企んでるんじゃないかってあらぬ疑いが掛かっちゃう訳なんだね。
でも、今の言葉の中にどうしても聞き捨てならない単語が出てたね……。これはさすがに黙っているという選択肢はないよ。
「キャロルさん、マリーさんのためっていうのは分かってるけどちょっと言いすぎだよ? それに、マリーさんもキャンキャンさんも、勿論キャロルさんだって大切な家族なんだからね! 他所者なんて言っちゃ駄目だし、自分もそうだなんて思ってもいけないんだから!」
森に自由に出入りできる許可を貰ったとかそんな権利的な意味じゃなくて、私は三人とも本当の意味での家族だって思ってるんだから……。
「あ、あ、あ……、ももも申し訳ありませんシラユキ様!! 今のはそんな意味じゃなくてですね! し、シア姉様!!」
「まったくこの考え足らずの馬鹿弟子が……。姫様? お顔をこちらに……」
シアさんはハンカチを取り出すと、私の頬を優しく拭ってくれた。
「う? あれ? 私泣いちゃってた?」
「うん、ボロボロ。大丈夫? 姫? 今の言葉を大好きなお姉さんから聞かされるのはショックだったよね……」
「ああー、すっごい大粒涙。まあ、キャロルもそんなつもりで言ったんじゃないっていうのは分かってるけどね。こういうのってウルギス様とエネフェア様でも本気で怒るから覚悟しといた方がいいよ? だから引っ叩くのは勘弁しておいてあげるわ」
「ええ!? あっ、いや、まーたやっちゃったかあ……。私ってなんでこう配慮が足りないんだろ……、マジで。情けなくて泣きそうだわ……」
「キャロル嬢ちゃんはちょっとばかし慎み、控えてしまう気持ちが強いんじゃの。相手が王族ともなるとしょうがない事なのかもしれんがのう……」
「だからと言って姫様を悲しませてもいいという理由にはならんがな。キャロル、今回ばかりはいつもの軽い注意程度のお叱りで済むと思うんじゃないぞ」
「ぐう……、どうせならホントに殴り飛ばしてほしいくらいなんだけど……。マリーごめん、うん? マリー?」
「お、お嬢様、ご無理をなさらずに……」
キャンキャンさんの声にみんなの視線がマリーさんに集中する。
そういえばさっきフラフラになっちゃってたよね。マリーさんもかなりショックだったと思うし、フォローを入れてあげないと……。
そう考えた私が口を開きかけたまさに丁度その時、マリーさんがガタッと音を立てて勢いよく椅子から立ち上がった。
お淑やかなお嬢様を目指しているマリーさんがこんな行動を取ってしまうとは、その焦りは相当なものだと思われる。
「シラユキ様! 私、お部屋で妖精とお話をしていたんですの! 花畑に行っていたのもその妖精に会い行くためで、決してハイエルフの方々のご信頼を裏切る様な真似をしていた訳ではないんです!! 子供の戯言の様な言い訳にしか聞こえないと思いますが、誓って嘘ではなく」
「妖精さんと!? あ、あー! なるほどー。そういう事だったんだね」
「本当のはな、え?」
「確かに妖精という摩訶不思議な存在でしたら私たちが気付けなかったも無理はありませんか……。はあ、随分と予想外な回答でしたが納得しました」
「ええ!? シラユキ様? レンさん?」
「へー、妖精って成人してても外見と中身が純粋な子供のままなら見えるんだね。よかったね、ひーめ」
「シラユキは成人してもどころか一生見え続けると思うけど? まあ、マリーもいい子だから見えて当然なのかもね。ふふ」
「メアリーとフランまで! 妖精よ? 普通は何を馬鹿なことをって一蹴するところじゃないの!?」
「だってシラユキ様が実際にお会いしてお話もしてるんですよ? 妖精の存在を否定する事はシラユキ様のお言葉を否定するも同然じゃないですか。失礼ですよお嬢様!」
「そ、それはそうだけど、シラユキ様のお言葉だから信用されるんでしょ? シラユキ様が妖精を見て話す事ができるのは当然の事だとしても、皆さん私の言葉などをどうしてそんなに簡単に信じてしまわれるんですの?」
「それはまあ、マリーってどう見ても子供だし?」
「ああ、心優しく可愛い子供だからな」
「汚れの無い心を持ったいい子じゃよなあ」
「っ!!!」
キャロルさんクレアさんウルリカさんからのあまりにもストレートすぎる三連続攻撃を受け、口をパクパクとさせるだけで何も言い返せなくなってしまったマリーさん。さらにみんなの視線がとても優しいものに切り替わってしまっている。
気持ちは本当に痛いほどよく分かるよ……。私も例の事件で妖精さんを見た! なんて言っちゃった時にはもれなくこんな表情をされたものだよ。そして経験上次に来るのは、もう妖精さんを見る事の叶わない大人組からの質問攻めだ!
よかったねマリーさん、最初の狙い通りに色々と有耶無耶のまま話が終わりそうだよ。まあ、興味が完全に別に移っただけで尋問自体はまだまだ続く事になりそうだけどねー。ふふふ。
キャロルさんが後で父様と母様からきつーいお叱りを受けてしまう以外は、特にこれと言って大きな問題は残らず綺麗に終わりそうだからいいんだけど……。マリーさんが会ってたっていう妖精さんってまさか……? いや、まさかではなくそうとしか考えられないね。
一体何やってるのめが、こほん、フォルベー!!
色々と質問を浴びせかけて今度こそ全部白状させた結果判明した事は……。
まずマリーさんは、本当にキャンキャンさんに一人の時間を取らせてあげようとして散歩をしていた時にフォルベーと初遭遇したんだそうだ。
フォルベーは本当は私とお話がしたかったみたいだけど、メイドさんズが常に側にいてどうにも姿を見せる事が叶わず、何やら最近ちょろちょろとしている新顔のマリーさんから私の情報を得ようとして近付いた、という事らしかった。
ちなみにマリーさんは、自分は背が低いだけで成人している大人だときっちりと伝えたそうだが、全く信用されずに大笑いされたらしい。本当は知ってるくせにひどい反応だ。
うん、まあ、フォルベーの言った事は全部嘘だってはっきり分かるんだけど黙っておこう。あの覗きが趣味と言ってもいい人が態々そんな手段を取る必要はないからね……。ただ純粋にマリーさんとお話がしたかっただけなんだと思うよ。
マリーさんも子供扱いされるのは複雑だが、妖精というおとぎ話の中だけの存在と言ってもいい幻想の生き物とお友達になれたのは純粋に嬉しくて、コーラスさんの花畑や自分の部屋で度々会ってお話をするようになった……のだが。しかし、嬉しい事は確かだけれど、自分は妖精が見えてしまうくらい純粋で汚れのない心の持ち主の子供だったんだなあ……、と窓の外を眺めて悩んでいたというのが三つのおかしな行動の真相だったという訳だ。
ええい、あの悪戯大好き妖精さんめ、別に誰が一緒にいても姿を現せられるくせに! 家族みんなに紹介したいのになー。
今度ちょっと無理を言って一人にさせてもらおうかな? それで出て来たら捕まえちゃえばいいよね。ふふふ。
その後どうなったかと言うと、当たり前の事だがマリーさんはお咎め無し。でも妖精を目撃したという噂はあっという間に広がり、森のみんなからはもう完全に子供扱いされるようになってしまった。……元からかもしれないが。
そしてほぼ無関係とも言っていい筈のキャロルさんは、完全に笑顔の消えた母様から盛大なお叱りを受けたという。そのあまりの恐ろしさに子供の様に泣き出してしまったとの付き添いのシアさん談だ。
今回はさすがに自業自得とは言え、キャロルさんはここ暫く碌な目に遭っていないような気がする。ここはやはり、お疲れのキャロルさんを労わろうの会、の開催を急がなければなるまいね。
マリーに真のヒロインフラグが!?
おまけ話はもうちょっとだけ続きます。