その253
くすんくすんとぐずる私を膝の上に乗せてあやしながら、ウルリカさんは自分がこれまでどう過ごしてきたのか、何のためにリーフエンドまでやって来たのかをゆっくりと語ってくれた。
数あるうちの一つの何の変哲もない狐族の集落で極普通の両親から産まれたウルリカさんは、二十歳頃まではほかのみんなと同じ様に成長した。尻尾も勿論一本で産まれてきたらしい。
最初の内はいつまでも若いままで羨ましい、などと言われているくらいだったのだが、それが三十歳、四十歳近くともなれば嫌でも何かがおかしい事に気付く。
言い寄る男性どころか、同年代の友人達までもが疎遠になっていき、いつしか家族以外とは全く話す事すらなくなっていた。
私の涙腺はここでさらなる決壊を見せたが、まあそれは置いておく。
自分より後に産まれた弟妹が次々と結婚して家を出て、そして両親が年老いていき、それでも二十歳頃の外見から全く変わる事のないウルリカさん。自分はもしかしたら狐族ではないのではないか? 両親の本当の子ではないのではないか? そんな思いがぐるぐると頭の中を巡り始めてしまう。
しかし例えそうであっても今日この日まで変わらぬ愛情を注いでくれた事に変わりはない。なんとか二人の負担、気苦労を消し去る事はできないものかと頭を切り替える。私の涙腺が以下略。
ウルリカさんは見た目は華奢で美人なお姉さんだが、力は人一倍ではないどころのレベルで備わっていた。力とは、腕力や魔力など全てを合わせた能力を差す。容姿から考え、体を売って稼ぐ事も考えたが、当然両親が激怒して大反対したので荷運びなどの力仕事に就いていたのだ。
この無駄にある力を集落の人と関わり合いにならない方法で活かす事はできないかと考え、道中の色々は省くが……、両親が死んでしまい、言っては悪いが身軽となったウルリカさんは冒険者となって集落の外に出る事を決めたのだった。
私の涙腺がここでもさらに決壊しかけたのだが、次の一言で涙が一瞬でどこかに飛んでいってしまった。
冒険者になって直後の右も左も分からないと言ってもいいくらいの時期に、運良く引退した冒険者の人と知り合いになる事ができ、冒険者としてのノウハウなど様々な事を教わっていたらしいのだが……。
その引退した冒険者の人というのがなんと、
「いやいや、本当に人の縁というのは面白いもんですのう。まさか遠いこの地で恩人と再会できるなどとは思ってもみんかったですじゃ」
「ええ、本当に。まあ、お互いあの頃は口調も服装も違い、正直荒んでいましたからね、会ってすぐにお久しぶりですなどとは思い出せませんでしたよ」
冒険者を辞めて各地を放浪していた頃のシアさんだった!! それは驚きで涙も飛んじゃうよ!
本当に色々と突っ込みたい事は山ほどあるのだが、シアさんの過去は詮索しないと決めているので、ぐぬぬと抑える事にしました。ぐぬぬぬぬ。
キャロルさんが、スイの砂漠の向こうにいたのかー!! などと叫んでもいたが、とりあえず放置しておこう。
そしてシアさんと別れ、冒険者として独り立ちを始めて少し経った頃、百歳の誕生日にある異変が起こった。
朝目覚めたらどうにも体に言い様のない違和感を感じるのだが、姿身を見てもどこにも変化はない。いや、よくよく見ると大きな違いを発見した。なんと、尻尾が一本増えているではないか。
ウルリカさんは盛大に驚き、動揺し、ああ、やはり自分は狐族ではないのかもしれないな、とまた思い始めるようになった。
丁度その頃、尻尾が増えた事が原因なのかどうかは分からないが、収納と保存の能力に目覚めたんだとか。
となるともしかして……、あ、いや、話の続きを聞こう。
そこで一つの話を思い出した。シアさんから聞いていた砂漠を越えた先にある世界についてのお話のひとつで、ハイエルフという種族のことを。
スイの砂漠を越えてさらに北に向かった遠い地に、ハイエルフという種族が住む緑豊かな森がある。外見はエルフと見分けがつかないが、限りなく近くて遠い、世界でもたった数人しか存在していないとても珍しい種族だという。
エルフに対するハイエルフの関係が、狐族に対する自分に当て嵌まるかもしれない。何千と時を重ねてきているハイエルフなら、もしかしたらこの尻尾の事に心当たりがあるのではないだろうか?
実際にハイエルフをこの目で見てみたい、会って話をしてみたいと思うウルリカさんだったが、それじゃ会いに行ってみるかと気軽に超えられる程スイの砂漠は甘くはない。
冒険者としての毎日を過ごすうちにその記憶もだんだんと薄れていき、大体八十年後くらいだろうか? 大陸全体を長雨が襲った。……いや、うん、確かに凄い雨でしたね、はい。
後は私たちも知っているとおり、奇跡の雨と呼ばれる件の長雨のおかげでウルリカさんは砂漠を越える事ができ、約百年越しの想いで私たちに会いに来てくれたっていう事だね。
話を終えたウルリカさんは、穏やかに微笑んで私を撫でてくれている。
「ふむ……。まずは謝らせてくれ、すまなかった。辛い事を思い出させてしまったな」
父様が軽く頭を下げて謝る。シアさんとキャロルさん、キャンキャンさんも、無言だがそれに続いて深く頭を下げた。
マリーさんと私はえぐえぐと泣いてしまっているので、触れないようにお願いをしておきます。
「いや、こちらこそ湿っぽい話を長々としてしまってすまん事ですじゃ。記憶の有る無しに関わらず森に無断侵入をしたのも確か。言ってしまえば法を犯してしまった者などに頭を下げんでくだされ、頼みますじゃ」
私を抱えたままなので少し辛そうだが、頭を下げ返すウルリカさん。
子供の私が聞いちゃいけないお話だったかなあ……。ううう、もうウルリカさんと絶対離れたくなくなっちゃったじゃないか。ぐぬぬう。
あ、そうだ。一つ気になってた事があったんだよね。
はしたなくも失礼だけど、ウルリカさんの胸の辺りにぐいぐいと顔を押し付け、涙を拭かせてもらう。
丁度おっぱいに甘える形になって、何とか涙も治まってきた。このまま私のメイドさんになってもらえないだろうか……。
「ウルリカさんって、妖狐族? なんじゃないかな。多分だけど」
尻尾が何本もあるとなるとそうとしか考えられないよね。まあ、そんな種族があったらの話なんだけど。
「ん……、うん? なんじゃと!?」
急に甘えだした私に嬉しそうにしていたウルリカさんだったが、私の言葉に数秒遅れて強い反応を見せた。
おおう! ただの思いつきの一言なのに凄い食い付きだ!
「ヨウコ族? 聞いた事はないが……、シラユキは何か知っているのか?」
みんな私の急な一言に顔を合わせ、お互い首をかしげている。どうやら父様も含めて誰一人知らないらしい。まあ、当たり前か。
「し、シラユキ、なんじゃそれは? 頼む、そのヨウコ族とやらの事を儂に詳しく教えてもらえんかのう?」
父様の言葉に少し落ち着きを取り戻したのか、ウルリカさんは私の両頬を軽く摘みながら、さらに器用に三本の尻尾を動かして手足をくすぐってきながらお願いをしてくる。うにょーん、くすぐったい。
「うん、いいけど……、私も詳しく知ってるって訳じゃないからね。ええっとね……」
ウルリカさんの三本の尻尾をモフりまくり、いや、モフられまくりながらの説明タイムが始まった。
私の知っている範囲でだが、妖狐と呼ばれている狐の妖怪のお話を披露する事になってしまった。
ウルリカさんの昔話と、私の中々的を得ない妖孤の説明。主に私のせいで時刻はすっかりお昼を回ってしまっていた。
「つまり、狐の特別変異種なのか? いや、狐が何かしら特別な力を得、進化したと言った方がいいな。尾が増えるというのも面白い」
あれ? そんな簡単な一言で済む話だったのか!! くう、私はまだまだ子供だね……。
「それを狐族に重ねてみると、儂はおかしな力を持って産まれてしまっただけの狐族、という事になりますの。っほ、いやいや、これはなんとも……、は、ははは」
「う? どうしたのウルリカさ、ウルリカさん!?」
急に笑い出したウルリカさんを不思議に思って見上げてみたら、笑いながらはらはらと涙を流していた。でも悲しそうな表情ではない。
「ど、どうなさったんですの?」
「いやいや、気にせんでいいんじゃ。ただのう、シラユキの話が本当の事だったとしたらの、儂は間違いなく狐族、両親の子という事になるじゃろう? それがたまらなく嬉しくての。ほほほ」
あ、ああ、なるほどそういう事ね。ふふふ! 私も嬉しくなってきちゃったじゃないか!
「うん! きっとそうだよ!」
そのせいで辛い事を沢山経験してきたとしても、その中に少しくらいそんな救いのある話があったっていい筈だからね!
この嬉しさを表現するようにウルリカさんに強く抱きつき、おっぱに頬擦り攻撃を開始する。
「ふふ、可愛らしい。姫様の仰る事です、万に一つも間違いである可能性はありません。本当によかったですねウルリカさん」
「ほほほ、そうですのう。ありがとうですじゃバレンシア殿。シラユキも本当にありがとうの」
「ふむ。確かにエルフとハイエルフの関係に似てなくもないかもしれんな。しかしな、くくく……、本当にシラユキには驚かされる事ばかりだな! はははっ!」
「やっぱシラユキ様はすっごいわ……、あはは」
「ええ、もう私感動しちゃって……」
「あらあらお嬢様、まったく泣き虫なんですから、もう……。ふふふ」
いやー、イイハナシダナー。な結果に見えるけどさ、もうちょっと私の言葉に疑問を持ったり疑ったりしようよ! ただの子供の作り話かもしれないじゃない!
でも、実際妖孤なんておとぎ話もいいところな存在なんだけど、このファンタジー溢れる世界なら普通に生きていたとしてもおかしくないよねえ? ふふ、ふふふ。
「はいはーい、話も纏まったところでお昼ご飯にしてもいいかな? シラユキもうお腹ペコペコでしょー? ふふふ」
「ちょちょちょっとフラン!? あ、う、ウルギス様すみません!! もう姫のお昼の時間が過ぎちゃってて……」
ここでフランさんとメアさんが談話室に入って来た。エレナさんも一緒のようだ。リリアナさんは下のみんなが羽目を外し過ぎないように睨みを利かせているんだろう
「ウルリカは昨日誕生日だったんだってね? 外の奴らもう祝う気満々だから早く行こ! 米も米酒もないけどさー。ワインやら麦酒やら、勿論料理も山ほど用意してあるからさ!!」
「ほっ? それはそれは、あ、いや、忘れかけておったが儂は一応拘束されている身なんじゃがのう……。気持ちは嬉しいんじゃがさすがにの」
さすがはエレナさん、と言うか森のみんな。お祭り騒ぎができるぞと知れば、それが誰でどんな立場の人なのかは一切気にしない。そこに痺れる憧れる。
「えー? 行こうよウルリカさーん? あ、ウルリカさんが一緒に来てくれないなら私も行かないからね! ふふふ」
そして私もその森の住人の一人なのです! 痺れて憧れてもいいのよ?
「あ、ちょ、姫に我侭言われるとかウルリカさんずるい!! でも姫可愛い!!」
「本当になんという可愛らしさ……!! はっ、め、眩暈が……」
「こらこら二人とも……。えっとさ、細かい事はいいから楽しみなって、誕生日は昨日でも今日はいい事あったんでしょ? それなら祝わなきゃ損だよ? あ、エネフェア様はもう下で待ってるんだからさ、腹を括りなさいって」
「エネフェア様は既に? キャロ、ルーディン様とユーフェネリア様を急ぎお呼びして来てください。メアとフランは姫様をお願いしますね。私はウルリカさんの着替えのお手伝いをしてから参ります」
「んお? おお、では、そうさせもらうとしますかの。ほほ」
「はい! って、あの!」
「さっさと動く!」
「は、はい!! ごめんなさい! 失礼しまーす!!」
久しぶりのシアさんからの一喝に飛び跳ねて驚き、全力ダッシュで部屋を出て行くキャロルさん。
転ばないでねー。あ、うん、兄様と姉様が部屋でイチャイチャしてたら……。キャロルさん頑張って!!
「あ、そだそだ、ウルリカの着替えって言えばさ」
エレナさんがウルリカさんプラス私の側にやって来て、
「そのどれかに入ってんじゃないの?」
ウルリカさんの尻尾を指差して軽く訊ねた。
「あ」「あ」「あ」「あ」
ウルリカさん、私、シアさん、マリーさんが揃って同じ反応を返す。
どうやらキャンキャンさんは気付いていたらしいが、まあ、言い出せる空気ではなかったか。
「そうじゃった! いやー、気が動転していてすっかり頭から抜けてしまっておったのう。いやはや、お恥ずかしい」
「わ、私とした事が……。とりあえず客室へご案内致します、手早く着替えてしまいましょう」
「あはは。それじゃシアさんウルリカさん、先に言ってるからねー。父様ー、行こー?」
「くくく……。あ、ああ、そうするか。俺も腹が減ったしな」
「私も参りますわ! キャンキャン」
「はいな。お嬢様もすっかりお祭り好きになってしまいましたねー。ふふふ」
「私が抱き上げて行こうと思ったのに。まあ、ウルギス様相手ならどうしようもないか……。メア、先に行こ」
「あ、うん。エレナ、行くよー?」
「ん、りょうかーい。メイドって忙しいなあ……、辞めよっかなあ……」
辞めないで!! お祭りに参加が遅れるのはエレナさん的に致命的だと思うけど!
イイハナシダナー
でもまだ続きます。