その252
あれからまだ一時間も経っていないお昼前、ウルリカさんとの面会の機会は思ったより早くやってきた。
「ただいまシラユキ。知らせを聞いても大人しく待っていたみたいだな、いい子だぞ。くくっ、そんないい子のシラユキに土産だ」
「あ、父様おかえりなさーい……、ってウルリカさん!? なにそれひどい」
「んお? おお、確かにシラユキの声ですの。はは、そんなに酷い成りでもないじゃろうに」
そう、実際に向こうの方からやって来たのだ。
父様とシアさんに連れて来られたウルリカさんは本当に酷い有様だった。……主にいやらしい意味で。
服装は全身をゆったりと包む白いローブなので肌が露出しているという訳でも無いのだが、問題はウルリカさんのスタイルの良さとここに連れて来られるまでの拘束方法にあった。
まずは目隠し。目の部分に黒い布を巻かれている。多分ここまでの道のりなどを記憶させないためなんだろう。まあ、これはしょうがない。
次に、両手を前で合わせた状態で手首を縛られている。ここまでしなくてもいいのにと思うけど、これも無理のない事なのかと一応納得できる。
しかし最後! その手首から伸びたロープを胴体に結び付けているのだが、これはさすがに、大丈夫じゃない、大問題だ。としか言い様がない。
漢字の工かカタカナのエの形だと思ってもらえれば分かりやすいだろうか……。その左右の空いた部分にウルリカさんの豊満な胸を挟み、まるでわざと強調させるかのような縛り方をしている。
ウルリカさんは現在素肌にローブ一枚という状態なので、体のラインが本当にはっきりと浮かび上がってしまっていた。そして余ったロープはシアさんの手へと伸びている。
目隠し、両手の拘束、そして胴体部分の縛り方、さらにはメイドさんにロープを引かれているという状況。その全てが見事なまでに調和し、いやらしい方向でしか見る事ができなくなってしまっている。
もう一度言おう……、なにそれひどい。そしていやらしい。
「ただ今戻りました姫様。ふふ、如何でしょうか? 我ながら素晴らしい出来栄えだと思いますが」
「やはりシアさんの仕業だった!! ルー兄様が起きて来ちゃう前に解いてー!! あとおかえり!」
私の反応を見て満足そうにしているシアさん。まるで一仕事やり遂げた様な誇らしい笑顔だった。そして勿論解こうと動く事はなかった。
まあ、分かってた。ああもう! 兄様が部屋に寝直しに行ってて本当によかったよ!
「フランさんのはお風呂で何度か拝見させてもらってますけど、それとはまた違った大迫力ですねー。あ、ウルリカさんこんにちは。キャンキャンです。お嬢様もこちらにいますよー」
「ご、ごきげんようウルギス様、ウルリカさん。本当に凄い迫力ですわ……」
「キャンディス殿にマリーまで一緒じゃったか。ルーディン様とユーネは居らんようじゃの」
あ、狐耳がピクピク動きまくってる。なにあれ可愛い。
「あ、うん、ついさっきまでいらっしゃったけど、今は揃ってお部屋に……、じゃない! お、お帰りなさいませウルギスさま! シア姉様もお帰りなさい!」
キャロルさんが慌てて父様に頭を下げる。いつもの私とシアさんとのやり取りを見て完全に気を抜いてしまっていたみたいだ。
そういえばウルリカさんは、姉様は愛称で呼び捨てだけど兄様には様付け。男の人で年も大して変わらないから、殿より様の方がいいとの事らしい。イミフ。
「おお、キャロル嬢ちゃんも。外にはエレナも居った様じゃし、皆本当に家族の様に暮らしておるんじゃのう……」
ほほほ、と暢気に微笑むウルリカさん。……目隠し拘束されたままで。
もうちょっと父様とシアさんに不平不満をぶつけてもいいんだよ!? 相変わらず中身はのほほーんとしたいいお婆ちゃんだなあ……。
私の反応が薄れてきたからなのか、それともただ単に飽きたのか、シアさんはやっとウルリカさんの拘束を解いてくれた。……何故かいい笑顔で。本当に大満足といった感じの笑顔だった。
ウルリカさんはそのままシアさんに案内されて私のすぐ右の椅子に座り、手首を摩りながら珍しそうに部屋の中を見回している。
やはり兄様がいなくて本当によかった。ソファーで寝転がって眠る王族なんてさすがに見せる訳にはいかない。兄様にも素肌にローブ一枚のウルリカさんを見せる訳にはいかない。
今更だけど尻尾はちゃんと出てるね。ローブに穴を開けたのかな? まあ、そのまま着てあの素晴らしい尻尾が変な形に潰れちゃうよりかは絶対にいいんだけど……。でも、うーん? 何となくだけどちょっと違和感があるような……?
シアさんが自然に私の左隣に立ち、さらに父様が自然な動作で私を持ち上げて一緒に座ったところで本題に入る。
マリーさんがにこにこしててちょっと恥ずかしいけど、父様の膝の上という幸せを堪能させてもらっちゃおう。ウルリカさんには既に私の甘えん坊っぷりはバレバレなので気にしない。むしろ父様の次に乗せてもらいたい。
「皆気になっているだろうからまずは結論、いや、この場合は結果か? まあ、どうでもいいか。ウルリカには暫くこの館で暮らしてもらう事になる、今のところそれだけだな。どうだ? シラユキ、嬉しいだろう?」
私の頭をグリグリと撫で、ニカッと笑いながら言う父様。
ウルリカさんが家に! これで毎日モフりまくれる! でも……。
「う、うん。それは嬉しいけど……、いいの? ショコラさんだけでも結構無茶してると思うよ? お爺様とお婆様が怒っちゃうんじゃないかなー」
ショコラさんの場合は私が大好きになりすぎちゃったのがいけなかったんだけどね。勿論ウルリカさんだって大好きなお友達だけど、予定が空いてれば町にいつでも会いに行けるし……。
「ああ、違う違う。少し簡単に言い過ぎたか……。なあシラユキ? ガトーの場合は厳しい条件を飲んだ上でさらに監視付での客人という形での許可だったが、ウルリカの場合は侵入者として拘束したという事にしておけばいいだろう? まあ、しておくも何も実際その通りだからな。カイナもいい抜け道を考えてくれたものだ。ははは」
「はははじゃないよ! でも、うう、父様がいいって言うならいいのかな……。あ、ウルリカさん改めていらっしゃーい。暫くよろしくね! 一緒にお風呂入ったりお昼寝したりしようねー」
「ああ、それは嬉しいのう。でも儂の場合は抜け毛が心配なんじゃがの。ふふふ。ほれシラユキ」
本当に嬉しそうな笑顔を見せながら私の前に尻尾を差し出してくれるウルリカさん。
これはつまり、モフってもいいという許可だね!? それじゃ早速……。
「わーい。ふふふー、もふもふもー。……ふもふ?」
う、うーん……? 何となく、本当に何となくだけど違和感が……。なんだろう?
「う、ウルリカさん、私も後でお願いしますわね。しかし、一体何があったんですの? 服も着ずに森の中で発見されるなんて、その、いくら酔っていたのだとしても貴女がそんな行いに走るなんて私にはとても思う事すらできないのですけれど……。本当に何も覚えていないんですの?」
さすがに父様の前だと完璧なお嬢様だねマリーさん……。私も見習わなくちゃいけないなー。とモフモフモフしながら考える。
「いやの、それが全くなんじゃよ。昨日は確かにセリアと二人、飲みに飲んだ覚えはあるんじゃが……。儂は自分がザルだという自覚かあっての、一樽程度で我を見失うほど酔ったりはせんのじゃがのう……」
一杯二杯とかじゃなくて樽単位!? なにそれすごい。父様と兄様のいい飲み友達になってくれそうだねー。
あ、どうせなら今日お誕生日のお祝いをやっちゃうのもありなんじゃないかな? 丁度みんな家の周りでお祭り騒ぎしてるし。もふもふもふ。
「米酒を樽でか? それは相当な酒豪だな……。俺に聞きたい事も色々とある様だしな、それの代わりといっては何だがちょくちょくと酒に付き合ってもらおうか。ルーの奴も喜ぶだろう」
「っほう! ウルギス様と席を共にしての酒盛りとな! それはなんともまた身に余る光栄な事ですの。いやはや、お心が広い!」
くう、なんか時代劇を見てる感じで面白くて頬が緩んできちゃう! そしてこのもふもふもふ尻尾……、それだ!!
「分かった!! ウルリカさんの尻尾、太くなってるんだ! はー、すっきりしたー」
「え? ああ、仰られてみればそんな気もする様な……。本当に夏場は大変そうですわね」
そう、違和感の正体はこれ、尻尾の太さだった。
何となくいつもよりもふもふ感に溢れていると思ったら、前に会った時より大体1.5倍くらい毛の量が増えている。なので、もふ、が一回多かったのだ。(?)
確かにそろそろ今年の夏も終わりに入りかけているのだが、冬毛に抜け替わるにはまだまだ早いと思うのだけれど……?
「ふむ、シラユキは鋭いの。いやあ、これはどうしたものかのう……」
表情こそ笑顔だが、ウルリカさんは少し困ってしまっているみたいだった。もしかして言ってはいけない事だったんだろうか?
「さすがは姫様です。クレア風に言いますと、ご慧眼恐れ入りました、といったところでしょうか。ウルリカさん、こうなってしまってはむしろ丁度よいのではないですか? 姫様に、ウルギス様にも一度ご覧になって頂きましょう。ご安心ください、姫様は貴女を嫌うどころかその逆の反応をお見せになられると思いますよ」
ここでシアさんからよく分からない提案が入った。ついでにクレアさん風のよく分からない褒め方も入った。
話の流れからするとウルリカさんの尻尾についての事なんだと思うけど……。私と父様にそれを見せると、私がウルリカさんのことを嫌いになるかもしれないって思ってたのかな? そんな事ある訳無いのにねー。
例えウルリカさんの尻尾に、実は取り外しが可能とかそんな意味不明な能力が付いていたとしても嫌いになるなんてありえない! むしろ私にくっ付けてほしいくらいだね。うん。
「俺にもか? まあ、何を見せたいのか、どういう意味なのかも分からんが、とりあえず見せてみるといい」
「私も何か知らないけど見てみたーい」
「シラユキは本当に可愛いのう……。では、心を決めるとするかの。ふふふ」
ウルリカさんは微笑みながら椅子から立ち上がり、私と父様から尻尾がよく見える様に後ろを向く。
いつ見ても太くて立派な尻尾だね……、凄いなー、憧れちゃうなー。理由は分からないけどさらに太さが増して、もう完全にそういう生き物にしか見えなくなっちゃってるね。ふふふ。
飛びついてみたいけど、はしたないし毛だらけにもなっちゃいそうだし、さすがに怒られちゃうよねー。ざーんねん。
「初めて冒険者ギルドで会った日に言ったじゃろ? 本当は長く年を経てきたハイエルフの方に会って話をしてみたかったんじゃとな。そしてこれを見て何か心当たりになる様な噂でも聞いた事がないかと訊ねたかったんじゃよ」
そう言うとウルリカさんは尻尾を震わせ、綺麗に根本から三等分に分けた。
「え?」「ほう」
……はい? ……え? み、見間違い……?
「ほれ」
さらにその三本の尻尾をそれぞれ自由に動かし始めるウルリカさん。器用だ。
見間違いとかそういうレベルじゃなかったー! え、えええ!?
「三本!? ずるい! あ、ずるいじゃないや、ごめんなさい。えーっと、何て言えばいいんだろ……? 凄い? いいなー」
なるほど。今までは合体させて一本の尻尾に見せてた訳なんだね。いやあ、危ない危ない、一本くださいとか言ってしまうところだった……。
「はははっ、確かに凄いなあコレは……。いやしかし、悪いが俺も複数の尾を持つ獣人など初めて見るな。噂も聞いた事がない。力になれそうもなくてすまないが……」
「いえいえ、とんでもない事ですじゃ、どうか謝らんでくだされ。気味悪がられると思って隠してたんじゃが、本当に逆に喜ばれてしまったのう。それが分かっただけで充分ですじゃ。ああ、太くなったように見えたのはな、実は今朝森で目覚めた時に気付いたら一本増えておったんじゃよ」
ああ! だから1.5倍くらいに増量して見えたんだー、って、なんですって!?
「今朝増えたの!? なんでだろう……。いいなー、いいなー!」
本気で私も一本欲しいです!
「増えるものなんですの!? あ、し、失礼しました……」
「今のは驚いても無理もありませんよねー。はー、もしかしてウルリカさんは狐族とはまた違った種族の方なんですか?」
私とマリーさんが盛大に驚き、キャンキャンさんが質問をしたところでウルリカさんの表情が曇る。
「はっ!? すすすすみません! 私ったらまたやっちゃいました!? ああ、お嬢様にはしたない失礼などと何度も注意しておきながら……。本当にすみません!!」
おおう、久しぶりにキャンキャンさんが焦ってる。まあ、またすぐ立ち直るだろうから放置でいいかな。私も慣れたものだ……。
「ああもう、落ち着きなさい。ウルギス様の前で失礼がすぎるわよ!」
「いやいや! そう思われるのも無理のない事じゃて。儂の親は両親とも純粋な狐族の筈なんじゃがな、何故か儂だけ二十の頃から一切年を取らん様になってしまっての……」
「ふむ……。詳しく聞かせてもらえるか? 人払いが必要なら場所を移す事になるが」
その言葉にほぼ無言を貫き通していたシアさんとキャロルさんが反応しかけるが、ウルリカさんが首を振って見せて二人を止めた。
「隠す様な事ではないんですがの、シラユキにはちと重い話になるかもしれんのですじゃ……。知っての通り儂は昨日二百丁度になりましての……」
あ、ああ、それって……、そんな! 完全に頭から抜けちゃってた……、ウルリカさんの家族や友達はもう全員……?
「シラユキ?」「姫様!」
父様の膝の上から飛び降り、ウルリカさんに勢いを付けて抱きつく。
「おっと、どうしたんじゃシラユキ? む、泣いておるのかの?」
「ウルリカさん……、ウルリカさぁん……。う、ううう……」
「すまん、シラユキは少し察しが良すぎるところと相手の感情を自分に重ねてしまう事がよくあってな……。悪いが暫くそのまま泣かせてやってくれ。……バレンシア」
「はい。……ウルリカさん、こちらのハンカチをどうぞ。お願いしますね」
「シラユキは儂のために泣いてくれておるのか……。相手の心を思い遣れる優しい子じゃの」
ウルリカさんは優しく、とても優しく頭を撫でてくれた。
続きます。
盛り上がりどころ(?)なので次回はなるべく早く投稿したいと思います。