その247
エレナさんとリリアナさんを連れて、三人でコーラスさんのお花畑に遊びに来た。あまり大人数でお邪魔するとコーラスさんの機嫌がマッハで下降してしまうので、ほかのメイドさんズは自由行動だ。
しかし、考えてみたら今日は母様のお仕事がお休みみたいなものだから、お昼の後も執務室に戻れば一日中母様に甘える事ができたんじゃないだろうか? これは勿体無い事をしたかもしれない。母様も教えてくれればよかったのにぃ。
まあ、ここまで来てしまったのだからもう何を言っても仕方が無い。何かしら収穫を得てから帰らなければただの外出損だ。という訳でリリアナさんの奮闘に期待しようと思う。
相変わらず季節問わずに咲き乱れている様々なお花を観賞しながら、花畑の外周をお散歩気分でぐるりと回る。暫く進むと休憩用のベンチに座るコーラスさんの姿を発見した。
「あ、コーラスさーん!!」
右手はリリアナさんと繋いでいるので、左手を大きく振ってコーラスさんを呼ぶ。
ちょっとはしたなかったかもしれないが、リリアナさんもエレナさんも注意をしてこないので問題は無いんだろう。
コーラスさんは呼び声に気付くとこちらに顔を向け、私の姿を確認すると満面の笑顔を見せて手を振り返してくれる。この大歓迎にも慣れたものだけど、いつもの様に私以外は全く目に入っていないみたいだった。
「シラユキー!! ふふふ、私に会いに来てくれたの? 最近は町にばかり行って全然こっちに遊びに来ないから寂しかったんだからね、もう! うーん、可愛い!!」
そう言いながら一足飛びで私の目の前に駆け寄ると、そのままの勢いで抱き上げられ、抱きしめられてしまう。折角繋いでいたリリアナさんの手が放れてしまった。
抱き上げられて感じるのは、土の匂いとお日様の匂い。そして他者を圧倒する膨らみが二つ。
「わぅ、っと、おっぱい苦しい。コーラスさんこんにちわー、遊びに来たよー。でもエレナさんとリリアナさんもいるんだよ? なんでいっつも私以外は無視しちゃうの!?」
「え? ああ、エレナとリリーじゃない。リリーがここに来るなんて珍しいわね。ま、一応いらっしゃいとだけ言っておくわ」
なんてそっけない! まるで今気付きましたと言わんばかりの態度だ。シアさんといいコーラスさんといい、私以外にももっと興味を持ってよ! ぐぬぬぬ。
「こんちは、コーラスさん。あたしはただの仕事サボりの付き添いだからほっといていいよ」
エレナさんは普通に、リリアナさんは特に何も言う事は無いのか、軽い会釈のみの挨拶だった。
「あっそ。あ、そう言えばその服、エレナはメイドになったんだったかしら? 何? シラユキのこと興味無いとか言ってた癖に、結局大好きになっちゃった? だから言ったじゃないの。でもあげないからね」
私を二人から隠すように体の向きを変え、ベンチに向かって歩きながら話すコーラスさん。エレナさんとリリアナさんも少し遅れて後に続く。
ほほう? エレナさんって私のこと興味無かったんだ? 子供は大嫌いなんだったよね、確か。あんまり我侭言わない様に気を付けなきゃ! しかし、コーラスさんがエレナさんに何を言ったのかも気になるところではあるね……。気になる気になる木。
ちなみに今まで特に触れていなかったけど、エレナさんも勿論メイド服を着用済みです。ふふふ。
「大好きって程でもないけどねー。ちょっと生意気かもしれないけどやっぱりいい子なんだよね、姫ってさ。これは嫌おうと思っても嫌えないって。ま、甘えんぼ過ぎるとは思うけど、実際甘えられると満更でもない自分が居るんだよねえ」
ひゃー! 最近はもう完全にデレちゃったねエレナさん。嬉しいわー。これからはもっとがんがん甘えに行かないといけないね!
エレナさんはほかのメイドさんズみたいに猫可愛がりはしてこないが、仕事の合間とかに私の様子を覗きに来てくれたり、よく撫でてくれるようになった。後は私から抱きついても剥がされなくなったかな? あのそっけない態度も結構新鮮で面白かったんだけどね。
「やっと自覚できてきたみたいね。エレナの時はユーが先に産まれ、あら? にこにこしちゃって嬉しそう、可愛いわー。ふふふ、やっぱりこれくらいにしといてあげましょうか。シラユキの前ではお姉さんでいたいでしょ?」
「あっはは、ありがと。これでもちゃんと吹っ切れてるから大丈夫だって、聞かれて恥ずかしい話ではあるけどさ」
むむむ、なんだろう? 意外に仲がいいぞこの二人……。
二人のお話にも凄く興味を引かれるが、残念ながら話題を逸らさなければならない。今日のメインイベントの仕掛け人であるリリアナさんが空気になってしまっているからね。
そのリリアナさんは、何を言うでもなくにこやかにしているだけ。どうにかもっと積極的に会話に参加してもらえないだろうか……。
コーラスさんは私を抱えたままベンチに座り、続いてその左にエレナさん、右にはリリアナさんが座る。
エレナさんはそうするだろうとは思っていたが、まさかリリアナさんまでもが一緒に座ってくれるとは……。何故かたったこれだけの事でも凄く嬉しく感じてしまう。
「ねえねえコーラスさん、リリアナさんはコーラスさんより年上なの? 父様と同じくらいって聞いてるんだけど」
国宝級のふかふかクッションに身を埋めながら聞いてみる。
ううむ、持って帰りたい。やはりコーラスさんも我が家のメイドさんに……。
「うん? そうよ? ウルギス様と同じくらい、じゃなくて同い年だからね。ええと、いくつだったかしら? 千七百か八百くらい?」
「ん」
と頷くリリアナさん。
あ、やっとリアクションを返してくれたねー、って父様と同い年ですって!? それは呼び捨ても納得だわー。多分子供の頃からの幼馴染ってやつなんだろうね。
「リリアナさんすごーい! ……コーラスさんの小さい頃の面白いお話とか、ある?」
ちょっとはしたなくも、にやり、としながら聞いてみた。
「それはあたしも興味あるわ! この余裕ぶった大人の恥ずかしい失敗談を是非聞かせて!!」
「やーめなさーい!! まあ、リリーの喋り方じゃどうせ詳しくは伝わらないと思うけどね……」
ああ、確かに……。くそう、翻訳係のシアさんを連れて来るんだったよ。大失敗だ。
リリアナさんは、ふむ、と人差し指を顎の辺りに当て、目線を少し上に上げて考え始める仕草をする。つい見とれてしまうほど様になっている。
「あ、ちょ、無理に思い出さなくてもいいわよ。こーらシラユキー、今日は私をからかいに来たっていう訳ね? バレンシアの行動ばかり見習っちゃ駄目っていつも言ってるし、皆にも言われてるでしょ、もう! ……でも可愛いから許しちゃう!!」
後ろから強めにギュッと抱きしめて、お仕置きという名のご褒美をくれるコーラスさん。
このままではおっぱいで溺死させられてしまう! なんという幸せな死因だ……。我が生涯に一片の悔いなし! なんてね。
「ふふふ、ごめんなさーい。母様が慌ててて面白かったから、ついコーラスさんもどういう反応するんだろう? って気になっちゃって。やっぱりコーラスさんも子供の頃はリリアナさんに遊んでもらってたりしたの?」
「まあねえ。リリーは何て言うか、この辺りの皆の保護者みたいな感じだったのよね。ルル様が若い子巻き込んでおかしな事やって騒いでたりすると、どこからともなく引っ叩きに来て収集つけてくれてたかな。ふふふ、今からじゃ想像もできないでしょ? ルル様が苦手に思うくらい当時は怖かったのよー? それにね、見ての通りこのスタイルにこの美人で面倒見のいい性格も合わさって、男女問わずホントにモッテモテでねえ……。私が子供の頃だと、んー、リリーは三百か四百くらいかな。その頃からずっと私の憧れの女性よ、勿論こうやって落ち着きある人になっちゃった今だってね」
言い終わると、ふふ、と微笑み、優しく私の頭を撫で始めるコーラスさん。
はー……。こうやってコーラスさんから実際聞かされてみると、リリアナさんってやっぱり特別な人だなって感じちゃうね。
年齢だけじゃなくて、うーん……、上手く表現できないけど、とにかく凄いや……。私もそんな、誰からも好かれる大人の女性になりたいものだね。
リリアナさんのさっきの仕草は演技だったのか、またにこやかに微笑んでいるだけに戻ってしまった。残念。
私が興味津々とばかりにコーラスさんのお話を聞いているので、もしかしたら邪魔してはいけないと思っているのかもしれない。
「あ、これはシラユキにもエレナにも本当に、全く想像すらできないと思うんだけどね」
「うん? なあに?」「あたしにも?」
今日のコーラスさんはちょっとお喋りだね。憧れの女性であるリリアナさんが隣にいるからテンション高めになっちゃってる? ふふふ。
「昔のリリーって、凄くお喋りだったのよ。これホントよ?」
「ええー!?」「うっそだー?」
「ふっ、ふふふふ、いい反応いい反応。シラユキかーわいい! エレナはどうでもいいけど。ねー? リリー? ホントよねー?」
超上機嫌なコーラスさんの問いに、特に頷きを返す訳でもなく微笑んでいるリリアナさん。
むう! ホントなの? 嘘なの? どっちなのー!?
コーラスさんの恥ずかしい昔話の一つでも聞ければ、と思って遊びに来てみたのだが、当初の思惑とは違った方向で大収穫を得てしまった。これも日頃の行いの賜物というやつなんだろう。うんうん。
まあ、収穫は確かに大きかったけど、変わりに新たな謎が増えてしまったんだけどね。
リリアナさんは昔は凄くお喋りだった? お爺様ですら苦手に思っていた? リリアナさんがリーフエンドの真の最強者という説が信憑性を帯びてきたね……。
お爺様お婆様について、この森であった昔々の出来事、他にも色々と聞きたい事知りたい事は山ほどあるが……、今はリリアナさんが一番の興味の対象になってしまった。
これからはなるべくリリアナさんと一緒に行動するようにするようにしてみようか? いやしかし、シアさんを初めとしたメイドさんズの面々がそれを黙って見ている筈がない。それも難しそうだ。
ふむふむ、ふむむ。これはさらに面白くなってきたんじゃないかな? なんとも挑み甲斐のある謎ではないか……。ふふふ。
予定も立てずにいきなり遊びに来てしまったので、コーラスさんにはまだまだやらなければならないお仕事が沢山残っているみたいだった。とても残念だけど今日は大人しく家に帰るとしよう。続きはまた後日、日を改めて、だね。
しかし、このまま真っ直ぐ家に戻るのかと思いきや、今私はリリアナさんに手を引かれて家とは反対方向へ進んでいる。
コーラスさんの翻訳によると、どうやら以前から私に見せたい場所か物があったらしく、丁度いいからお出掛けついでにそこまで行こうか、という事らしい。
エレナさんには目的地が変わった事、そのせいで帰るのはもう少し後になる事を、母様に伝えるために先に帰ってもらい、二人だけでその謎の目的地へ向かう事になった。
まあ、向かっている方向からしてその場所の見当は付いているんだけどね……。
途中から抱き上げられ、何度も通った事のある道なき道を進んで行き、やがて到着したその場所は、案の定例の秘密じゃないけど秘密の広場だった。
夏の太陽がさんさんと降り注いでいて、風も殆ど無い状態なのだが、何故か涼しいくらいの丁度いい気温。凄く居心地のいい空間だ。
リリアナさんは広場の中心位置まで進み、そこに私を優しく降ろしてくれる。
不思議な事に、草や枝を払う先導となる人がいなかったにも関わらず、リリアナさんのメイド服には葉っぱ一枚どころか土汚れ一つ無い。何か特別な魔法でも使っていたんだろうか?
気になる、とても気になるけれど、それよりまずは伝えるべき事をちゃんと伝えないといけないよね。
「あのー、リリアナさん? こ、ここは私、何回も来てるんだけど……。月に二、三回くらい……」
リリアナさんもそれは知ってると思ってたのになー。意外にもその情報は伝わっていなかったという事か……。
「ん」
と頷くリリアナさん。表情は穏やかな笑顔のままだ。
あれ? この反応からすると……。
「あ、やっぱり知ってたんだよね? という事は、ええっと……、あ! 私と一緒に来てみたかったとか?」
「ん」
と、また頷く。
「そっかー。リリアナさんのお気に入りの場所だったりするのかな、ふふふ。私もここは大好きな場所なんだー。なんか落ち着くよね?」
にっこりと頷く。かなり機嫌が良さそうだ。
自分の好きな場所を私にも気に入ってもらえたから、かな? ふふ、照れちゃうね。
リリアナさんは目の前にしゃがむと、私の両手を取り、自分の頬を挟み込むように当てて、固定する。温かい。
そうして数秒後、目を瞑り、
「伝わらない」
とだけ呟いた。
「伝わらない? あ、ご、ごめんなさい、私、まだリリアナさんとお話するの全然慣れてないから……」
もしかすると今の行動で私に何かを伝えたかったのかもしれない。いや、ここに連れてきた目的が伝わらなかった、という意味もありえる。
しかしリリアナさんは、首を振って否定してから言葉を続ける。
「言葉の、意味。 伝わらない。 悲しい、ね。 寂しい、ね。 家族皆、付き合って。 嬉しい」
目を閉じたままゆっくり、ゆっくりと、一言一言搾り出すようにして言葉にしていくリリアナさん。
「リリアナさんの言葉の意味が上手く伝わらない? うう、やっぱりごめんなさい、それは悲しくて寂しいよね……」
でも家族みんな、この場合は森のみんなの事かな? それでも根気よく付き合ってくれて嬉しかった?
それはまさか、リリアナさん本人は上手に伝えようと思って言葉にしようにも、そういう風にしか喋る事ができない、という意味なんだろうか? それは一体どういう……、うん?
滲んでいく視界と、自分の頬を伝わり落ちる何かの感触に気付いた。
「う? あ、あれ? なんで……」
どうしてだろうか、悲しい訳ではないのだが、涙が出て来てしまった。それも結構な勢いで、ボロボロと。
「シラユキ。 よかった。 本当に」
瞼を開き、真っ直ぐ私の目を見つめ、優しく微笑んでくれるリリアナさん。その瞳には薄っすらと涙が溜まっている。
もう駄目だ……、なんだろうこの感情……。全く抑えられそうにない……!!
「リリアナ、さぁんっ……。ううっ、ああぁぁ……」
リリアナさんの首に腕を回し、しがみ付く様にして抱きつく。首元に顔を埋めて、とにかくこの謎の感情が治まるまで泣かせてもらおう。
「ありがとう。 ごめんね」
そう言うとリリアナさんは私を抱き上げて、ゆっくりと、とても優しく背中を撫でてくれた。
続きます。