その246
「ええとね、シラユキ? リリーから何か変わったお話は聞いてないかしら? まったくこの子ったら、あんなに苦手だったのにいつの間にか随分と仲良くなっちゃって……」
「うにゅうにゅ、にゅん、変わったお話? うーん……、リリアナさんはあんまりお喋りしない人だから、まだ沢山お話したっていう気はあんまりしないかなー」
私の頬をグニグニとしながら聞いてくる母様に全力で甘えながら答える。今私の居る場所は執務室、母様の膝の上だ。
まだお昼前くらいの時間なのだが、今日はもうお仕事が全部終わってしまったらしく、遊びにいらっしゃいませんかー? というカイナさんからのお誘いにホイホイ釣られてやって来たのだ。
「た、例えばね? リリーが私のお付だった頃のお話とかね? あ、何も聞いていないのならそれでいいのよ。ふふ」
「あ、昔のお話? うん、なんにもー。シュークリームとかの原型を考えたのがリリアナさんだっていう事くらいかな?」
でもこれはフランさんから聞いた事だし、リリアナさんからっていう訳でもなかったね。リリアナさんから聞いたお話っていうと……、うーん、お話じゃないけど、シュークリームの正しい(?)食べ方を教えてもらっただけだよね。
「そう……。ふう、おかしな事を聞いてごめんなさいね。ふふふ。ほーら、もっとくっ付いてきなさい。エレナの言った事なんて気にしなくてもいいの、あなたはまだまだ小さくて可愛らしい、私の大切な大切なお姫様なんだから、ね? 好きなだけ揉んで吸って、甘えていいの、甘えてほしいのよ」
「さすがにみんなの前では吸わないけど……、うん!! ふふ、母様だーい好き!」
体を横に向けて母様に全力で抱きつき、さらに全力で頬擦りを開始する。
やはり母様のおっぱいは、2位以下に圧倒的な差を付けてのランキング1位だね、幸せ! もう大袈裟な話でも何でもなく、母様のおっぱいさえあれば生きていける自信があるよ。
はっ!? いや、だからと言って他のみんなのおっぱいが無くてもいいという訳では決してないんだけどね。これだけはきちんと明言しておかなければ! 誤解を招く発言があった事を深くお詫びします。
「可愛い……、本当にいつまで経っても可愛すぎるわこの子……。はあ……、幸せね……。これはそろそろ、本格的に女王の交代要員を探さないといけないわ」
母様は私がそんなおかしな事を考えているとは露とも知らず、優しく撫で続けてくれている。
母様の代わりに女王様になれるのは……、シアさんかカイナさんくらい? でもシアさんは私利私欲に走って私と結婚するとか言い出しそうだし、カイナさんしかいないかな。……いや、カイナさんはたまにシアさん以上の危険人物に変貌するからね……。という訳で、やっぱり誰もいませんでした、残念。
「姫様可愛らしいわ……。私ももっと甘えられたいぃ……」
「カイナはいつも言っているな、それ。もう口癖になってしまっているぞ。エネフェア様の補佐という立場となると、一人勝手に姫様の元へ、というのは難しいからな。まあ、諦めろ。辛いのはカイナだけじゃない」
「ううぅ……。リリアナさん、暫くの間私とお仕事を入れ代わるというのは……」
「無理」
「ですよね……。ああ、エネフェア様羨ましいぃ……」
「姫は人気者だねえ。でもやっぱりさ、姫ももう三十歳過ぎたんだし、あんまりこう、猫っ可愛がりの甘やかしまくりはやめた方がいいと」
「やめなさいエレナ! 私が庇わなければ国外追放どころか極刑もあり得たかもしれないというのにまた貴女は……。貴女の様な方でも姫様の大切なご友人、いえ家族の一員ですからね、姫様を悲しませるような事は決してあってはならないのですよ」
「あ、やっぱりあたし本人を心配して庇ってくれた訳じゃないんだ? いやー、おかしいと思ったわ。でもさ、バレンシアって私がメイドになってから態度が柔らかくなったよね、名前も呼び捨てになったし。なんかお姉ちゃんが出来たっぽくていいわ、これ」
「あの、本気でやめてもらいたいのですが。はあ、私は何でこう一癖有る人物に懐かれてしまうんでしょう。それに、自分より背の高い方に姉と慕われるなんて……。しくしく、でございます」
「高いったってほんの数cm程度じゃん。確かに今のは自分でも子供っぽかったと思うわ、忘れといてー」
何やらメイドさんズが二グループに別れて盛り上がってるみたいだけど……、私は母様に甘えるのに忙しいので全スルーします!
「エネフェア様は結局何が聞きたかったんだろね。昔の話を姫に聞かせないようにって事? あたしも自分が子供の頃より前なんて全然知らないし、それ以前に興味も無かったなー」
さすがにメイドさんに成り立てエレナさん。母様に甘える私の邪魔とかは一切気にせず、普通に話しかけてくる。まあ、それがいけない事かと言うと、そうではないのだけれど。
シアさんとクレアさんが睨みつけているのに全く意に介さないのがまた凄い。ただ単に鈍いのかそれとも大物なのか、判別は付かないが……。
「もう終わった話よ、気にしないの。シラユキもね。ふう、あのねエレナ? 私はまだ貴女を許した訳ではないのよ? まあ、早すぎただけで間違った事を言っていたのではないし、今回だけ見逃してあげただけなの。その辺りちゃんと分かってるのかしら?」
エレナさんに対してのみだが、数日経った今でもまだ母様の機嫌は直らない。母様からしてみればそれだけの事をエレナさんはしてしまったという事か……。それは嬉しくもあり、ちょっと恥ずかしくもある。
「うへえ、ごめんなさい。三十ならそんなに早くもないと思うんだけどねー。姫だからしょうがないっかー」
うむ、私だから仕方がない。自分でも納得だね。
「ごめんねエレナさん。私はやっぱりまだまだ母様に、みんなにも甘えたいなー。ねえ母様? エレナさんは私のためにああ言ってくれてたんだから、許してあげてほしいな?」
「許したわ。ごめんなさいねエレナ、大人気なかったわ。でも次は無いから、それだけは覚えておきなさい。シラユキは本当に優しいいい子ね。ふふふ」
はやっ。エレナさんもう許されたよ! 機嫌が悪かっただけで怒ってた訳じゃなかったんだよね、きっと。
「はやっ! そしてこわっ! まあ、あんがとね、姫。エネフェア様にももう一回、すみませんでした」
「ふふ、貴女もまだまだ子供ね。ふふふ」
「うひゃ、恥ずい。でも嬉しいわこれ。あはは」
すぐ近くでペコリと頭を下げるエレナさん。母様はそれを微笑ましそうに見ながら、くしゃくしゃと頭を撫でている。
いくら自由なエレナさんでも、悪い事をしたと思ったらきちんと謝罪をする。当たり前の事の筈なのに少し驚いてしまったのは何故だろう……。
しかし……、私はあんな撫で方を母様からされた事ないんですけどねえ……。妬ましい、妬ましいわ。ぱるぱる。
エレナさんが母様の怒りを有頂天にまで引き上げてしまった理由は……、あれは一週間くらい前の事だっただろうか? ほんの十分程度の時間だが、たまたまエレナさんと二人きりになった時にある事を言われ、それを私が実行に移してしまったせいにある。
その言葉の内容は、「姫ももう三十になったんだから、甘えん坊もそろそろ卒業した方がいいんじゃない?」、だ。一応私のためを思ってくれての事、の筈、だと思う。そう言い切れない自分が悲しい。
そう聞かされた私はぐぬぬと悩み、とりあえずそれも一理あるかと、試しに母様の膝に乗せてもらう事を一度断ってしまったのだった。
私のその誰も思いもしなかった行動に、その場にいた全員が凍りつき、唖然とし、そして意識を取り戻すと私に対する追求が始まり……、エレナさんからそう勧められた、と白状してしまったからさあ大変。母様の怒りが……、有頂天になった!!
その後シュークリームを食べながら、試してみただけだったのになー、と思いながらも、怒った母様は怖いので言い忘れたままにしておきました。
「エネフェア様が許されても、私たちは絶対許しませんけどね」
「まったくだ。あの時の姫様のお寂しそうな表情……、思い返すだけでも胸が締め付けられる思いだ!」
「私はその場にいませんでしたがそこまで……。ふむ、もう少し仕事を増やしてあげるとしますか」
「うっへえ、勘弁してよ。階段掃除だけでも結構きついってのにさー」
リリアナさんはにこやかに頷いていた。誰のどの発言に対しての頷きなのかは分からないが……。
「ああ、ちなみにですね姫様、エレナ? エネフェア様が仰られたかったのは、ご自分の幼い頃のお話をされていないかという確認ですね」
「なるほどねー」「ほほう?」
カイナさんのいきなりな一言に、妖しく目を光らせるエレナさんとシアさん。やはりこの二人は普通に仲がいいと思う。キャロルさんの機嫌は全速力で下降中である。
「!? や、やめなさいカイナ! あ、違うのよシラユキ? 私は小さな頃からどこに出しても恥ずかしくないお姫様だったのよ? 本当よ?」
「エネフェア」
リリアナさんの呼び声に、ビクッと体を竦ませる母様。
「う……。やっぱりリリーがいると色々とやり辛いわ……。はあ、また私の良き母としての威厳が……、うん? どうしたのシラユキ? 情け無いお母様に呆れちゃったかしら?」
「え? う、ううん? そんな訳絶対無いよ? 母様は私の大好きな最高の母様だからね! 今のはちょっと驚いちゃっただけで……」
「あら嬉しいわ。ふふ。いい子いい子」
少し落ち込みかけた母様だったが、私の一言で元気を取り戻し、また優しく撫で始めてくれた。
いやあ、驚いちゃった。考えてみれば母様のお付のメイドさんだったっていう事は、そのまま教育係だったり育ての親だったりするんだったね。
それはつまり、現在の立場こそ母様の方が女王様で上であっても、実際の力関係はリリアナさんの方がはるかに上だという事で……。
コーラスさんに、ドミニクさんとカルディナさん。この三人を初めとして、母様より年齢が上な人は私の周りにも何人かいるけれど、みんな母様のことはちゃんと女王様扱いだった。いや、コーラスさんは妹扱いに近かったが、それは一旦置いておこう。
しかしリリアナさんは完全に娘扱いか孫扱いしている気がする。驚く事に父様に対してすら呼び捨てだし……。
私の中でリリアナさん最強説が台頭し始めてきてしまった……!!
よし! お昼を食べ終わったらリリアナさんを連れて、コーラスさんのお花畑まで散歩に行こう! コーラスさんの反応が楽しみだ、くふふふふ。
その後お昼の時間まで、ついでに私の生まれ変わりの秘密やらなんやらかんやらを二人にお話しておきました。能力については説明が面倒だったので割愛してしまったけどね。
扱いがちょっと酷い気もするけど、私にとっては生まれるよりも前の話。今生きている時間以上に大切な時間は無いので、もう正直どうでもいい部類に入ってしまっているからしょうがない。
実際全部聞いた後の二人の反応は、エレナさんはふーんと興味無さ気で、リリアナさんはよく分かっていないのかそれとも純粋にどうでもいいのか、無言で頷いてただけだったからね、この考えで間違いないと思うよ。ふふふ。
続きます。
周りの皆だけで、シラユキ本人は全く修行をしていない修行編。どうしてこうなった……