その241
シアさんのやや個人的な偏見が篭った紹介が終わり、ようやく本題の……、本題? そういえば今日の集まりは結局何を目的としたものなんだろう?
当初の目的はエレナさんと高ランクの冒険者の人とのお話会だった筈なのだが、何やらお勉強会に近いものになりそうな雰囲気……。いや、それも確かに気になるところだが、今は一旦置いておこう。
その何とも得体の知れない本題に入る直前、思いがけず、不意打ち気味に大きな問題が一つ浮上してきたのだ、まずはこれを解決しなければ話が始まらない! 始まりにくい!!
私は今まさに、由々しき事態に直面してしまっていたのだった……!!
「う、うーん……。よし、ここはやっぱりリズさんに……、あ、でもウルリカさんも次はいつ会えるか……、う、エレナさんにもまたお願いしたいな……。むう! どうしよう!?」
「ああ……、お悩みになられる姫様も大変可愛らしいです」
「趣味が悪いぞバレンシア、確かに可愛らしいがな。まったく、お前が余計な事を言うから……。シラユキ、私が抱き上げるともいう手もあるんだぞ?」
「選択肢が増えた!?」
「わ、落ち着いてくださいシラユキ様。ちょい、ガトー? アンタがさらに余計な事言ってどうすんのよ……。て言うかエレナが普通に候補に入ってるのが驚きだわ」
「なーんか知らないけどやけに懐かれちゃったんだよね、あたしは皆みたいに猫っ可愛がりしてる訳じゃないんだけどさ。ま、これもあたし本人の魅力のなせる業ってヤツじゃない? ふふん」
「コイツがどういう奴か今のだけで分かったわ。ははっ、面白そうな奴じゃねえか。とりあえず姫さんはリズにしとけ」
「うむ、ここはリズィー殿でいいじゃろう、聞けば久方ぶりに会う友人という事じゃしの。儂もシラユキを可愛がってみたいとは思うんじゃがのう。ふふ」
「はい、できましたら私に、とお願いしたいのですけれど、私はキャロル先生でも、構いませんよ?」
「こらこら、久しぶりに会えて嬉しいからって子供扱いしない。今日は宿に泊まりに行ってあげるから今は我慢しときなさいって」
「はい! ふふ、ふふふ」
事の始まりはリズさんの紹介が終わったその直後、シアさんの何気ない一言に起因する。
一言とするにはちょっと長いので簡単に纏めてしまうと、今回の主賓であるエレナさん、ゲストのウルリカさんとリズさんの三人。シアさんはこの三人に用意されていた三つの椅子を勧めたのだ。
ここまではまだよかった、問題はそれに続く一言。
そうなると私はどこへ? と考えていたら、姫様はお好きな方のお膝の上へどうぞ、とにこやかに言われてしまったのでさあ大変。三人とも大好きなお友達なので、一体誰を選んだらいいものかと悩み始め、そしてそのまま今に至る。
まず真っ先に考えたのはリズさんだ。リズさんは約十年という長い年月を経て再会した、ちょっと特別な関係のお友達だからね。
カルルミラへの旅行の間は、兄様と姉様が常に一緒にいたからあんまり甘えさせてもらってないし、恐らく次に会う日も二人と一緒に、となる筈だ。今がチャンス、というヤツだね。……あの大きなおっぱいにもたれさせてもらいたいのもある。
しかしウルリカさんはウルリカさんで簡単に諦めるには惜しい人だ。初めて会った日は頭を撫でられて、尻尾をモフらせてもらっただけで、まだ特に甘えさせてもらったり可愛がられたという気はしない。
そして何より、いつまでリーフサイドに滞在してくれるのかをまだ教えてもらっていない。もしかしたら数日中に他の町へと出発してしまうとかで、実は今日が最後のチャンスだったという可能性も無きにしも非ずなのだ! ……おっぱいはリズさんよりも大きいので以下略。
エレナさんはお願いすればいつでも座らせてくれる様になったのだけど、それもまだ最近やっとの話、まだまだ堪能したと言える程じゃない。ほっぺを引っ張られて居心地が悪いのも確かだが、あれはあれで個人的には楽しくて気に入っている。ここでならそれを見かねたメイドさんズに降ろされる事もないだろうし、心行くまで楽しませてもらえそうだ。……残念ながらクッション性は期待できないが。
くうう、これは本当にどうしたものか……。ただお話するだけなら順番に交代していくという手もあるんだけど、お勉強会になるなら頻繁に交代なんかしてると邪魔になっちゃうかもしれないし……。ぐぬぬぬぬ。
三人ともそれぞれに違った良さがあって、パッとは選べない! 選びにくい!! 究極の、とまではいかないけど、かなり難しい選択だね。
そんな感じで長々と悩んでいたが、今更ハッと気が付いた。
もう甘えさせてもらうという事にまったく抵抗が無いどころか、こちらから全力で甘えに行こうとしてる事の方をもっと気にした方がいいかもしれない……。
「あ、そうだ。こうして三人横に並んで座ってる訳だからさ、三人の膝の上に寝そべるってのもありなんじゃない? どうよ? さっすがあたし。褒め称えてもいいよ?」
「その発想は無かった!」
確かにそれもありかも!? と思ってしまったのは内緒にしておこう。
三十過ぎて甘えん坊がさらに悪化している事については、とりあえず今は忘れておこう。うん。三十歳なんてまだまだ子供だしー。
悩む私を見るのに堪能したのか、それともあまりの甘えん坊っぷりに呆れたのか、やれやれといった感じのシアさんにウルリカさんの膝の上に乗せられて、この問題は一応の解決を見せた。
どうしてウルリカさんに? と少しだけ考えたのだが、もしかしたら本当に出発の日が迫っているのかもしれない。これは要確認だね。
ちなみに座っている順番は黒板から見て左から、ウルリカさんプラス私、エレナさん、リズさんの順番だ。少し私と距離の空いてしまったリズさんは残念そうにしている。
「色々と紆余曲折ありましたがそろそろ始めていくとしましょうか。本日皆さんにお集まり頂いたのは以前お伝えしたとおり、こちらのエレナさんが冒険者になりたいなどと夢見る子供の様な事を言い出したのが事の始まりです。才能はからきしでもやる気だけは人並み以上にありましたので、まあ、程々に相手をしてあげていたのですが、先日低ランクの冒険者の現状を知りそのやる気も低下してしまっているのが現状です」
黒板の前に立ったシアさんが、軽くお辞儀をした後今日の催しについての説明を始める。
でも私はウルリカさんの尻尾をモフるのにとても忙しいので、話半分に聞き流していく。柔らかクッションにもたれながらモフモフ尻尾を堪能できるとは、素晴らしいの一言に尽きるね。
リズさんとウルリカさんはにこやかにしているが、ショコラさんとライナーさんは呆れたようなジト目をエレナさんに送っている。
「そこで次に高ランクの冒険者の仕事ぶりに目を付けたのです。しかし高ランクは高ランクでその分苦労もひとしおというものですよね? その辺りをエレナさんにしっかりと理解してもらい、この際冒険者などという地味でつまらない職業を目指すのはすっぱりと諦めてもらいましょう、というのが今回の主な目的となっております」
なるほどなるほど、把握した。さすがシアさん分かりやす……、はい?
「諦めさせるの!? っと、そっちはそっちで気になるけど、地味でつまらないとか現役の冒険者の人の前で言わないの!」
「ふふ、申し訳ありません」
私にツッコミを入れられるがそこまで嬉しいのか、上機嫌で頭を下げるシアさん。
やっぱり駄目だこの人、早く何とかしないと……。いや、時既に時間切れ、もう手遅れか。
「えー? 何よ諦めさせるって。あたしは……、う、なんかアウェー感が凄いんだけど……」
シアさんのいきなりの宣言に文句を言おうとしたエレナさんなのだが、送られるジト目にやっと気付いたようで縮こまってしまう。
「ふむ、大体の成り行きは理解した、まず言える事はエレナは冒険者というモノを甘く見すぎだな。まあ、確かに冒険者になんぞ進んでなるようなものじゃない、やめておけ」
「そうですの、せんでもいい苦労に態々こちらから寄って行く事もなかろうて。のうエレナ、恐らくバレンシア殿はエレナの身を案じて、自分が悪者になろうとなさっておるんじゃよ」
「え? マジで? 師匠。……師匠?」
確認する様にシアさんに顔を向け直して聞くエレナさん、なのだが、シアさんは気まずそうにスッと視線を逸らしてしまった。
「シアさんそこでふざけちゃダーメ! 多分あれは照れちゃってるんだと思うよ、シアさんは恥ずかしがりやさんだから」
私のフォローにビクッと体を震わせるシアさん。
フォローを入れた筈なのに後が怖いと思ってしまうのは何故だろう……。
「そっかあ……。ごめんししょ、あ、バレンシア」
どうやら年長者二人の言葉はきちんとエレナさんに届いたようだ。
……あれ? もしかして今日の目的(?)は……、もう達成しちゃった!? 自己紹介と前置きの方がはるかに長かったよ!
「シア姉様は何だかんだおかしな言動も目立つけど、ふっつーに優しい人だからね、そこんとこまずは頭に入れときなさいよ? まったく、余計な手間を掛けさせて……」
「あれ? おかしいな、キャロルが年上に見えるわ。いつもはシア姉様ぁ~んって姫みたいに甘えてるのに」
「ちょっ! こ、こら何を!」
まさか自分に攻撃が来るとは思わなかったキャロルさん、リズさんをちらちら見ながら慌てている。
「リズの前だからじゃねえか? ってかなんだお前、森ん中じゃバレンシアに甘えてんのかよ、ガキだなあオイ。やっぱ姫さんじゃなくてお前がリズの膝に乗った方がいいんじゃねえか? ははっ」
「ううううっさいわ!! り、リズ、そんな目で見ないで……。うおお……、なんでこんな事にいぃ」
ぽんぽんと自分の膝を叩くリズさんの生暖かい視線に耐え切れず、頭を抱えてしゃがみ込んでしまったキャロルさん。これは立ち直るのに時間が掛かりそうだ。
さすが独り立ちした後も何も問題なく旅をしてきたリズさんだね、キャロルさんを普通にからかえてしまうくらい成長して帰ってくるとは……。
「これだけのメンツを集めて席を用意したというのにあっさりと解決してしまったな。それで、これからどうする? 特に用がなければ私はシラユキを可愛がりたいんだが」
「解散しましょうか。皆さんお疲れ様でした」
「早いよ! 私はもっとみんなのお話聞きたーい」
ここでお話会に切り替わるのならもうお邪魔にはならない、交代でみんなの膝の上を巡る事ができるだろうから楽しみだ。
「姫様のご要望とあらば……。さてキャロ、いい加減立ち直りなさい。私はガトーとライナーとの三人で部屋のセッティングをし直しますから、あなたはリズさんとウルリカさんを連れて姫様と外で待っていてもらえますか? と、エレナさんも邪魔になりそうなのでついでに引っ張って行くように。それと、勿論分かっていますね?」
ショコラさんとライナーさんは貧乏くじを引いてしまったと苦い顔だ。が、文句は出なかった。
「はい、怪しきは消せ、ですね」
「はい、お任せください。その時は、骨も残らず」
宜しい、と頷くシアさん。宜しくありませーん。
シアさんとキャロルさんは当たり前に冗談だろうけど、リズさんは結構本気で言ってそうだから怖い。可愛いは正義が信念のリズさんだからしょうがないか……。これは私がしっかりと監視しておかなければなるまい。
「物騒じゃのう……。それでは向こうで待っているとするかの。シラユキはリズィー殿と手を繋いで歩くんじゃよ」
「はーい! それじゃまたちょっと後でねー。リズさん行こ」
「はい。はあ……、久しぶりにシラユキ様と、キャロル先生と、ご一緒できます……、楽園はやはりここに……。バレンシアさん、本当にありがとうございます」
「アンタ暫く会わない間に可愛い物好きが悪化してない? まあ、別にいいけどね。人目がある場所でシラユキ様に恥をかかせない様にする事だけは気をつけなさいよ」
「は、はい、すみません」
「少しくらいいいのにー」
「やっぱキャロルが立派に先生してるのは、なーんか違和感が凄いわ……」
シアさんに冒険者ギルドお出かけ用バスケットを渡してから、リズさんに手を引かれて一旦ギルド内の通常のフロアまで戻って来た。
多分シアさんのことだからほんの五分程度で準備は完了するだろう。しかしライナーさんは基本的には真面目な人なのでともかくとして、きっとショコラさんは私の見ていない所だと文句タラタラで足を引っ張っているに違いない。ここは多目に十分くらいと見ておこうか。
そんな失礼な事を考えながらドアをくぐると、すぐ近くにミランさんの姿が見えた。黒い翼の有翼族の人(巨乳)と何かお話をしていたみたいだ。
私たちの出て来たドアはカウンターの中にあるので、ミランさんたちもすぐにこちらに気付き、椅子から立ち上がると軽く頭を下げてから話しかけてきた。
「こんにちはシラユキ様、皆さん。随分早いですけど、もうご用事は済んだんですか?」
「ううん、まだ……、でもないかな? 一番肝心なところは終わったけど今度はまた違うお話をするんだー。シアさんたちがお部屋の準備をしてる間こっちで待ちに来たの。ミランさんは? 今日はお休みじゃなかったの?」
「か、可愛い……!! ふふ、シラユキ様ご機嫌ですね? 私は今日はお休みじゃないですよ、さっきまでちょっとした用事で調薬ギルドまで足を運んでいたんです。もうちょっとしたら交代の時間ですからまた受付に戻りますけど」
お休みじゃなかったんだ? ふーん、ミランさんは受付以外にもお仕事があったんだね、初めて知ったよ。まあ、今回だけのお使い程度の仕事内容かもしれないけど、ね。そこまではあんまり興味ないので聞かない。
ここでエレナさんとウルリカさんはいつものテーブルへ移動して行った、何気にあの二人は仲が良い気がする。
キャロルさんはシアさんがいない今、私の側から離れるなんて事は絶対にしないだろうし、リズさんも今日はキャロルさんの近くにいたいと思う。三人でカウンターの中に残る事になった。
「シラユキ様はソニアさんと会うのはまだ二度目でしたよね? それじゃ、簡単に紹介しちゃいますね。ソニアさ……、ソニアさん? なんでそんな所まで……」
いつの間にかカウンターの奥の奥へと避難してしまっていた、黒い翼の有翼族の人(巨乳)。名前はソニアさんというらしい。
ミランさんは、ふう、と軽くため息を一つついた後ソニアさんに歩み寄り、片腕を掴んでズルズルとこちらへ引き摺るようにして連行して来た。
「わ、私は王族の方とお話なんてできません……。嫌な思いをさせてしまうに決まっていますから……」
「いきなり暗っ! 髪も目も翼も黒けりゃ中身も暗いって? あっと、ごめん、ほぼ初対面で今のは言い過ぎたわ」
顔はこちらを向いているが目線は多分私たちの足元辺りに落とし、さらには話し方も小声でボソボソと喋るソニアさんを見て、素直に失礼な感想が口に出てしまったキャロルさん。
確かに会うのは二回目だけど、こうして顔を合わせて話すのは初めての事だね。前回も今日も、挨拶には会釈を返してくれただけだったし。
「あはは……、キャロルさんの感想で大体合ってますよ。ええと、こちらの方はソニア・コヘットさん、最近臨時で受付の仕事を手伝ってもらっているんです。私やガトーさんと同じで、冒険者兼ギルド員ですね。服装もちょっと地味目な色合いですけど、Cランクの方なんですよ」
「初めまして……」
どうやら開放される気配が無いのを感じ取って諦めたのか、ソニアさんは一言呟いてから頭を下げる。
暗い、と言うか口数が少ない? 覇気が無いっていう言葉が一番当て嵌まるかも。やる気の無い面倒くさがりなロレーナさんとは方向性が違うけど、元気が無い、いや、恥ずかしがりやか大人しい性格の人なんだろうね。
そうと分かれば私もちゃんとしないと。ふふ、新たな冒険者ギルド関係のお友達をゲットできそうないい流れじゃないか……。
「えっと、会うのは二回目ですけど……、初めまして、シラユキ・リーフエンドです」
ペコリ、と頭を軽く下げて、簡単に名前だけの自己紹介。名前以外特に伝えられる事が無いとも言う。私はなんて無個性なお姫様なんだ……。
ソニアさんもまた軽く頭を下げ返してくれた。しかし無言だ。
「お姫様っぽくしてるシラユキ様も可愛いなあ……。あ、私はキャロル・ウインスレット。元はアンタと同じ冒険者で、今は見てのとおりメイドさんよ。よろしくね」
スカートの端を両手で摘み、軽く持ち上げながらお辞儀をするキャロルさん。
ソニアさんはそんなキャロルさんの顔をまじまじと見つめている。こんな可愛いメイドさんが元冒険者? とか思っているに違いない。ちなみにリズさんは満面の笑顔でとても嬉しそうにしている。
元……。そう、キャロルさんは元冒険者、なんだよね。
キャロルさんはいつの間にか、本当にいつの間にか冒険者から引退してしまっていた。本人はあっけらかんとして、伝えるのを忘れてました、なんて言ってたものだから、その時はまず驚かされて、次に呆れさせられて、そして最後に安心させられてしまった。その口振りからすると、本当にSランクに上がる事などの冒険者に対する未練は一切残っていない様に見えた。
肝心の辞めてしまった理由は、シアさんの側でメイドさんをやってる事の方がはるかに楽しいから、なんだそうだ。キャロルさんらしいと言えばらしいのかな?
「ふふ、『可愛い』メイドさんですね。私はリズィー・ランと申します、初めまして。冒険者で同種族の方に会うのは、久しぶりの事ですね。よろしくお願いします」
そう言って少し深く頭を下げてお辞儀をするリズさん。ソニアさんは続けて何度もお辞儀をし返して忙しそうだ。
今更だが私はリズさんと手を繋いだままだ。こうやってリズさんが深く腰を折ると、重力に引かれて形を変える大きな膨らみを間近で確認できてしまう。ついつい見入ってしまったね。
ふう……。いつからだろう、大きな胸を敵と認識できなくなったのは……。むしろ大好きになってしまったのは……。と、しみじみ思ってしまった。
まだ続きます。
ちょっと駆け足気味に見えるかもしれませんね。