その238
そんなこんなの間にみんなお昼ご飯は食べ終わり、エレナさんはキャロルさんを引き連れて早速今日の本来の目的、冒険者の人たちとお話するために席を離れて行ってしまった。エレナさんが何かやらかさないか少々不安はあるが、キャロルさんが一緒なら恐らく大丈夫だろう。
そのすぐ後にミランさんもまた受付へ戻ってしまい、残るは三人。ウルリカさんはそのままゆったりとお酒を片手に寛ぎ、シアさんは私の隣、定位置にいる。そして私は……
「うーん、ふかふか! もふもふ!! 抱きついても」
「駄目です」
「あう」
「はっはっはっ。お姫様の服が毛だらけなのは拙かろ? 手で撫で触れるだけで我慢するんじゃよ」
「はーい。ふっさふさー、もっふもふー。ふふふ」
ウルリカさんの尻尾を絶賛大モフり中です。モフモフ幸せ!!
「シラユキ様は本当に可愛らしいのう……。どれ、儂にもちと撫でさせてもらえんかの」
そう言うとウルリカさんは、私の頭を優しく撫で始める。
「ふふ、ふふふ。様なんて付けないで呼び捨てで呼んでほしいなー」
尻尾の芯(?)の部分は触ってはいけないという事なので、尻尾の毛をクイクイ引っ張ってお願い、いや、おねだりしてみる。なんとなくウルリカさんには名前を呼び捨てで呼んでもらいたい。
「ううむ……、しかしのう……」
「姫様が初対面の方にここまで心をお許しになられるのはとても珍しい事なのですよ。少し前に今の貴女以上にお気に入りになられてしまった方がいるのですが、その方も敬称など付けずに呼ばれています。何より姫様がいいと仰っておられるのですから、どうか……」
シアさんも軽く頭を下げて説得、お願いをしてくれる。この人なら何も問題はないだろう、って思ってくれてるみたいだ。
少し前の方って、ショコラさんのことだよね? ショコラさんは本当になんでか分からないけど、会って少し話しただけで大好きになっちゃったんだよねー。決しておっぱいが大きいからではない筈だ、と思う。ウルリカさんはショコラさんより大きいんだよね……、凄いわ。
「ふむ……。頭まで下げられてはこれ以上渋るのも逆に失礼というものですの。では……、シラユキ。これでよいかの?」
「うん! ふふふふー、嬉しいなー」
冒険者ギルドじゃなかったら全力で抱きつきに行ってたね。ちゃんと自制できるとは私も成長したものだよ……。でも膝の上に乗せてもらうくらいならいいかな? あの大きな柔らかクッションにもたれさせてほしいなー。
「ふふ、可愛らしいです。よかったですね、姫様、まさか成人されるよりも早く狐族の方のご友人が出来るとは、私も思ってもいませんでしたよ」
「うん。成人して色んな所に行けるようになって、それで運が良ければ会えるかも? って話してたのにね。ウルリカさんはやっぱりスイの砂漠を越えて来たの?」
一問題片付いたところで、モフモフを再会しながらお話を続けようか。とその前に……
スイの砂漠とは、リーフエンドの森から遥か南西にある、まるでその先を遮るかの様に広がっている砂漠の事だ。その砂漠を超えた先にある僅かな土地にも勿論人は住んでいて、内陸部との交流が少ないせいか独自の文化を築き上げているという。激しい海流と砂漠に挟まれて外とは簡単に行き来できずに、その地域だけで一つの国、一つの世界として纏まってしまった感じだろう。
本にもそんな地域があるよ、程度の本当に少しの情報しか載っておらず、私の知っている事の殆どは実際見て回った事のある父様とシアさんから教えてもらったんだけどね。父様はともかくシアさんまで行った事があるとか、もう驚くと言うか呆れちゃうねまったく。
その中で私が心惹かれたお話は、狐族を初めとした珍しい種族のお話。食べ物関係についても勿論興味津々だったけれど、やっぱり変わった種族の人というのはそれ以上に気になってしまうもので……。
二人が言うには、種族図鑑にも謎の、幻の種族としか書かれていない種族がその地域には多く生活しているんだとか。随分と前に聞かせてもらった人魚族もそうだ。まあ、狐族は向こうでは数が多く、幻の種族でもなんでもない極々普通の種族らしいのだけど。
私はそんな夢の様なモフモフランド……じゃなくて、不思議がいっぱい溢れている土地に行ってみたいと夢見ていたのだ。その大きな夢の中の一つに、狐族の人とお友達になって尻尾をモフらせてもらいたい、というものがあったのだが、今日いきなりそれが叶ってしまった。日頃の行い云々はさすがに冗談だけれど、こういう予期せぬ、降って沸いたような幸運な出来事は大歓迎だね。
話を元に戻そう。
お米もお箸も確かに珍しいが、他の国や町では普通に食べられていたり使われていたりする。おにぎりだって携帯するとなるとああいう形に納まるのが自然だろう。
でも米酒がウルリカさんの故郷で作られているとなると話は別だ。お米から作られたお酒、米酒は、スイの砂漠を越えた先でしか作られていない筈。父様とシアさんがそう言っていただけなのでそれが絶対に、という事にはならないとは思うけど、ほぼ、大体、恐らく間違いはないだろうね。
「その通りじゃ、よく勉強しておるようじゃのう。十、何年か前に長雨が降ったじゃろう? まあ、詳しい経緯は儂にもよう分からんのじゃが、その雨は奇跡の雨とも呼ばれておっての。おかげで砂漠越えもそこまで苦労せなんだ」
十何年か前の長雨ですって……!? え? いや、それってめが……
「ああ、それは私も聞き及んでおります。その雨の流れが一体何にどう働いたのか全く想像すらできないのですが、川、いえ、道が出来てしまったのでしょう? 噂話程度の内容だったのでそこまで気にしても信じてもいませんでしたが」
なにそれこわい。それより私はそっちの話は初耳なんですけど……。乾いた土地に恵みの雨が降った、としか聞いてないよ。遠い地方のお話だからしょうがないか。
「はは。まあ、人一人通れるか、程度の道ですからの。砂漠越えする事には変わらんですし、相変わらず行商も滅多に、いや全く訪れんですじゃ」
へ、へー、ふーん……。ごめんなさい、話にさっぱり付いていけません。いいや、なんか難しい話されて勉強させられそうだし、気にせずモフモフをもっと堪能させてもらおう。
「……? 私にも姫様にされるような口調で結構ですよ? ただのメイドですのでそうお気になさらずとも……」
「いや、ま、年上の方にはさすがにの。キャロル嬢ちゃんは見た目が可愛らしいて抵抗も無いんじゃが」
キャロルさんのお姉さんに見られてるからね。キャロルさんが年上なら、シアさんはもっと年上の人になる訳だ。
「そうですか……。ああ、キャロの事はそのままお嬢ちゃんとでも何とでもお呼びください。文句は言わせませんから」
「む、またキャロルさんが見てない所で勝手に決めてー……。でも面白そうだから許可しちゃいます!」
「はい、ありがとうございます姫様。ふふふ」
「ほほ、ではそうさせてもらうとしようかの。くくく」
いやあ、キャロルさんの反応が楽しみだね。……本気で嫌がったら考え直す事にしよう。
エレナさんとキャロルさんの元気のいい叫び声が聞こえてきたりしているが、私はまだモフモフし続ける事に忙しいのでスルーしておこう。どうせエレナさんが地味なお仕事に対して意味不明な言い掛かりを付けて、それに怒ったキャロルさんにツッコミを入れられているに決まっている。
黙ってモフる事に集中できているのは、シアさんとウルリカさんがさっきからずっとお話をし続けているからだ。シアさんがこんなに他人に興味を示すなんて本当に珍しい。まあ、このモフモフ尻尾に魅入られない人はいないか。いる筈がない。
「姫様はウルリカさんの尻尾を大層お気に召された様ですね。羨ましく感じてしまいます」
「夏場は暑苦しいだけなんじゃがの」
「ふふふ。凄いなー、憧れちゃうなー、私も一本欲しいなー。シアさんナイフ出しちゃ駄目だよー?」
不穏な予感がしたので軽く注意だけしておく。
「……いえいえそんな、滅相もありません」
何そのちょっとした間は! もう、シアさんはすぐぱるぱるしちゃうんだから……。
「儂もこんな可愛い娘、いや、シラユキくらいになると孫かの。こんな孫が欲しかったのう……」
目を細めて、とても優しそうな笑顔でゆっくりと撫でてくれるウルリカさん。
ええい、やっぱりウルリカさんもか! 私の周りのみんなは私の事は絶対に娘とか孫娘扱いなんだよねー。それが嫌って訳でもないんだけどね。むしろくすぐったい様な嬉しさがある。
「ふむ……。姫様? 少しの間失礼をさせて頂きますね。そう長くは掛からないと思いますが、ご辛抱ください」
シアさんが急に、私の両耳を握る様に押さえてきた。
その瞬間、シアさんとウルリカさんの声、冒険者ギルド内の喧騒、何もかも全てが聞こえなくなる。自分の呼吸音等を除く、外部の音が一切耳に届かなくなった。
これは……、メイドスキルの一つ、『目の前で内緒話』のスキル!!
『目の前で内緒話』のスキルとは……、ええと、その……、ああもう! 名前のせいで説明する事が全く無いよ!!
あえて説明するのなら、聞かせてはいけない本人の目の前でも堂々と内緒話ができる様になるスキルだね。……そのまますぎる!! シアさんは説明大好きなのに、メイドスキルは名前だけでどんなものか分かっちゃうのはいいのか!? いや、それで変に凝った名前付けられても困るんだけどね、シアさんのネーミングセンスはちょっとアレだし……。
一応付け加えておくと、キャロルさんの様に唇の動きで何を話しているか分かってしまう様なレベルの人には通じない。私の様な一般人には充分通用するスキルだ。ちなみに私もこれは既に習得済みなのだが、使う機会は全く無い。
とりあえず、シアさんの手を振り払うなんてどうやっても無理な話なので、大人しく二人の内緒話が終わるのを待とう。どんな内容か興味はあるけれど、シアさんがここまでするという事は私には相当聞かせにくい、そして今すぐに確認しておかなければならない事なんだろう。そんな訳で、もし振り払う事ができたとしても大人しくしているという事に変わりはない、きっととても大切なお話だ。
話の途中、ウルリカさんは俯いたり首を振ったり、表情が暗くなっている気がする。シアさんは真剣な表情で、真っ直ぐにウルリカさんを見つめながら話しているが、たまに私の耳をくすぐってきていたりもするので余裕はありそうだ。なんだかなあこの人は……。
そして数分後、シアさんはウルリカさんに謝るように大きく頭を下げ、姿勢を正した後に私の耳から手を放す。最後に一撫でする事も忘れない。
「わう! くすぐったいよもう……。お話は終わったの?」
「ええ、急に申し訳ありませんでした。姫様がウルリカさんの尻尾にする様に、ではありませんが、私もずっと姫様のお耳を撫でていたいですね……」
「やめて! そのセリフだけでもぞわぞわしちゃう! ウルリカさん、シアさんに変な事言われなかった?」
「ふふ、世間話の延長の様なものじゃて、特に何と言う事もありゃせんよ。バレンシア殿も一見厳しい方の様に見えて、芯の所は優しい心の持ち主よの、という事じゃの」
「え? あ、やめてください、恥ずかしい……」
「うんうん。シアさんはすっごく優しい私の自慢のメイドさんなんだよー」
「あ、ありがとうございます……。くぅ、どうしてこんな流れに……」
「あ!! なになに? 師匠真っ赤じゃん珍し痛い!!」
「シア姉様ってシラユキ様の前だとたまに可愛らし痛い!!」
タタッと駆け寄ってきた二人にまたもやシアさんチョップが炸裂する。器用に両手同時打ちだ。
照れ隠しの様なものだろうけど、珍しがって見に来るから的になっちゃうんだよ二人とも……。
その後も一時間程他愛の無いお喋りを続け、いい加減飽きてきたから帰ろうかー、とエレナさんがいつもの自由さを見せ始めたので、名残惜しいがウルリカさんとはここでお別れして帰る事になった。
みんなへのお土産も色々と買い、今は森へ向かう帰り道。上る話題はウルリカさんのことではなく、今日のメインの冒険者の実態? についてだ。
「なーんかさ、やっぱ地味だよね。畑の収穫の手伝いとかなんてあたしだって普通にやってるよ。森限定だけど採取場までの護衛もできるんじゃない?」
「アンタは基本的な体力が全然足りてないっしょ。これでもまだ冒険者目指すって言うんなら、毎日のトレーニングはさっさと始めた方がいいよ。個人的にはアンタには冒険者なんかより、普通にシラユキ様のお姉さんやってくれてた方が私には嬉しいかな」
「うんうん。エレナさんってあんまり私と遊んでくれないもんね」
「何よソレ。姫のお姉ちゃんなんていっぱいいるじゃんか、この贅沢者がー」
「ひはいひはい! ひっはははいへー!」
「ふふ、微笑ましい……。それで、どうします? 今日だけで貴女の株はイール上りですからね、多少融通は利かせてあげましょう」
「ううう、エレナさんはすぐほっぺ引っ張る……、イールのぼり?」
「マジで? なんでか知らないけど師匠に認められてしまったか……。さすがあたし、無意識下でも万人をも唸らせる……、ええっと、なんだっけ? アレよアレ……、そう! カリスマ溢れる行動痛い!!」
「はいはい、さっさと本題に入ってください。まったく、ちょっと褒めるとすぐに調子に乗る……」
「イールのぼりって何?」
「今のなんで殴られたん? ま、いいか。んとね、今日は下々の者の話を聞いたからさ、今度は逆に天上連中から話を聞いてみたいね。Sランクの四人集めてよ師匠」
「軽く無茶を言わないでください……。はあ……、キャロ、姫様の護衛は私に任せてあなたはガトーの予定を調べてきなさい」
「むう、イール……? のぼる?」
「ええー!? なんでこんなヤツの我侭聞いてあげちゃうんですか……」
「ショコラって食べ物の話ばっかじゃん。どうせなら他の三人がいいなあ」
「なんて我侭なヤツ……。それじゃついでにイールが売ってたら買って帰りますよ。では、また後で」
「え!? あ、いってらっしゃーい……。売ってる物なんだ?」
「この時期にあまり見かける物ではありませんが、まあ、運が良ければ売っているかもしれませんね。さ、そんないやらしい物の話はやめて、早く帰りましょう」
「あたしはアレあんま好きじゃないなー。気持ち悪いよね」
「気持ち悪い……? いやらしい物なの!?」
色々と謎が残ったり増えたりしましたが、ウルリカの顔見せ? はこれで終了です。