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233/338

その233

予定通り新しいお話に入ります。

ではまた後書きで……

「はあ……。とりあえずこの川を跳んで十往復、魔法の補助を入れても構いません。それくらいはできますよね?」


 大きなため息の後、やけにテンション低めに川に向かって指を差しながら、言葉も少なめに指示を出すシアさん。


 シアさんの示した川の幅は4,5m程度。普通に助走を付けてジャンプするだけなら結構辛い距離だと思うけど、跳躍魔法を使ってもいいのなら問題にすらならない程度の間隔だね。あ、勿論私は魔法無しだとちょっと辛いどころか、どう頑張ったところで川にドボンするのが落ちです。ドボンと落ちてオチがつく。


「あっははっ、そんなんよゆーよゆー。これはアレかな、繰り返していればそのうち魔法も無しでも跳べるようになる……、瞬発力を鍛える修行と見た! やーったろうじゃん!!」


 さすがにこの程度は軽くこなせるのか、自身満々で川へ向かって走り出すエレナさん。しかし……


「はっ! っとと、あぶなっ! ……どうよ? 余裕だったっしょ?」


 川端ギリギリのラインに危なっかしそうに着地し、そして振り返ってのドヤ顔。


 あぶなっ、とか聞こえたけど? ううむ、助走と魔法込みでもこれくらいでギリギリなのか……。いや、ちゃんと跳躍魔法を使いこなせているのかどうかは分からない。本当に先が思いやられるね。


「十往復、さっさと済ませてください。私もそこまで暇という訳ではありませんので」


「油断しないでねー。今日は暑いから落ちても平気だと思うけどね」


 ふむ、どうせなら水着に着替えて川遊びにシフトしちゃう? 川遊び用のバスケットに入ってるし。まあ、ここは手入れもされてないから危ないか、結構深そうにも見えるしね。それに、エレナさんの前で着替えるのは恥ずかしい、やっぱりやめておこう。


「ふんっ。そんじゃ後九往復半、さくっと終わらせて次の修行にいこう!」


 エレナさんは私の注意を顔を背けて無視し、助走を付けるために離れて行ってしまった。


 ああ、そっぽ向かれちゃった。よそ見しながら走って転んだり、そのまま川に落ちたりしなければいいけどなー。ちょっと期待してるのは内緒ね。


「はい、姫様はこちらですよ。今日も程々に頑張りましょう」


「はーい」


 さっきまでとは打って変わって、正面から私の両手を取りにっこりと笑顔で言うシアさん。エレナさんに対してももうちょっとだけ親身になってあげてください……。






「ああ、それではいけません。軸足のつま先のみで回る感じで、ええと、もう片方はそうですね、添える程度で。ふむ、かと言って足元ばかりに注意を向けてはいけませんよ、あ、バランスを崩さない様お気を付けください。上半身は常に真っ直ぐにではなく、一回転終えた時にほんの少し腰を折るとまた見栄えよく……」


「ううう……、難しいよう。でも頑張るよ! 程々に」


「はい、程々に。ふふ」


 ええい、嬉しそうにしちゃって、もう。


 休み休み跳んでいるエレナさんを横目に見つつ、私は私でとある動作の修行、練習を続ける。

 しかし、メイドさんズ全員軽くこなしているのに、まさかここまで難しい動きだとは思ってもみなかった。練習を始めてまだ数日だからしょうがないとはいえ、形になるまですら一体いつになるか分からないくらいだ。


 はあ……、まあ、そこまでできる様になりたい! って思ってる訳じゃないんだけどね。できたらいいなー、くらいの軽い気持ち。だから程々に、運動も兼ねて頑張るくらいが丁度いいのよ。いや、できない言い訳じゃなくてですね……。



「あ、シラユキ様こちらでしたの。ふふふ、『ただいま』ですわ」


「シラユキ様、バレンシアさん、こんにちはー。もう帰って来ちゃいました」


「あ、マリーさんキャンキャンさん『おかえりなさーい』」


 声のする方に顔を向けると、マリーさんとキャンキャンさんがいつの間にか近くまでやって来ていた。

 シアさんはどうせ気付いてたんだから教えてくれたっていいのに……、もう! お辞儀だけで無言だし、折角私との至福の時間を邪魔してー、とか意味不明な事を考えているんだろうね……。



 マリーさんたちとお友達になってから、早いものでもう……、? ええっと……、四、五年くらいかな? それくらい経った。最初の一年はずっとこっちで暮らしていたのだが、二年目くらいからは何ヶ月か置きに帰ったりまた遊びに来たりしている。

 大体暑い夏は涼しめのリーフエンドの森で過ごし、逆に寒い冬は私が全くと言っていいくらい活動しないのでフェアフィールドの町に帰って、春と秋はその時の都合や気分、その他様々な理由から考えてどちらで過ごすか決めている感じだ。


 そして今の季節は夏真っ盛りの夏の二月。

 二週間ほど前に、急に用事が出来てしまい一度フェアフィールドに帰ったマリーさんたちだったが、用事をあっさり片付けて早速また涼みに来たらしい。まあ、今日辺りに着くと聞いていたので特に驚いている訳でもないのだけれど。


 それともう一つ。暫く前にマリーさんとキャンキャンさんの二人も、いくつかの条件付で森の住人として認められた。なので挨拶は『ただいま』と『おかえり』なのだ。マリーさんのお母さん、アリアさんが泣くほど羨ましがっていたようだ。



「二十っ!! っはー……、つ、つっかれたー……。はあ、ふう……。しっしょー! 終わったよー!!」


 マリーさんたちとの挨拶が終わったそのすぐ後、丁度よく十往復跳び終わったエレナさんから元気な呼び声が聞こえた。ぜえはあと息を荒げているのでそこまで元気とは言えないかも知れないが。


「すぐに行きますからそこで息を整えて待っていてください。はあ、師匠と呼ぶのはやめてもらいたいのですがね……」


 疲れた様に小さくため息をついてしまうシアさん。かなり嫌そうだ。

 私の弟子はキャロだけです! とか考えてる……、とは何故か思えないな……。


「エレナさんはまずは形から入りたがる人っぽいから、多分直してくれないと思うよ。それじゃ行こっか」


「え? ええ。……師匠? レンさんが? エレナの?」


「とりあえずあちらに行きましょうよお嬢様。お話はその後で。何やら面白そうな事になっているみたいですね、ふふふ。丁度いい頃合に帰って来れてよかったですね!」


 ハテナ顔のマリーさんの手を引き、歩き始めるキャンキャンさん。私たちもそれに続く。


 面白いか面白くないかのどっちかと言えば……、私的には面白くて、シアさん的には面白くない事態だね。ふふふ。



 思った以上に疲れきっているエレナさんが落ち着くまで、マリーさんたちに何をしていたのかと、どうしてそうなったかの説明をしておく。


 この人はエレナさん。森の住人の一人で、私が二十歳頃に成人したばかり。森の中では私と一番年が近い人だね。それでも八十歳くらいの差がある。

 成人したばかりとは言っても背はシアさんと同じくらいで、背中の辺りまで伸びた金色の綺麗な髪と緑色の瞳が印象的な、美人より可愛いという言葉が似合うお姉さんだ。私生活では一見すると知的で大人しめな印象を受けるのだが、その実は考えるよりとりあえず行動する派の結構危なっかしい性格という中々に面白い人物だ。いざ出かけようとなると髪を後頭部で縛りポニーテールにし、活動的で元気なお姉さんに早代わりをする。……ちなみに何を、とはまたあえて言わないが、普通より少し小さめサイズだ。私とマリーさんに比べればそれでも……、うん、これ以上はやめておこう。


 まあ、マリーさんたちとももう何回も会ってるから、本人についてはこれくらいでいいか。今何をしていたか、だったね。



「エレナさん冒険者になりたいんだって、それでシアさんに無理矢理弟子入りしちゃったの。今のはその修行、なのかな? よく分かんないけど」


 簡単に説明するとこれだけの事だ。ただそれだけの事なのだけれど、シアさんに弟子入りするというのは結構大事なのかもしれない。


「は、はあ、それは何とも勇気ある……、あ、いえ、何でもありませんわ。でも、どうしてまた急に冒険者なんかになろうと思ったんですの?」


 マリーさんはマリーさんでお嬢様修行中。お友達に対してもですわますわのお嬢様口調は崩れなくなってしまった。それでもツッコミはきちんと入れてくれるからよし、だね。


「どうしてって? そんなの決まってるじゃん。世界に私の名を、エレナ・グリッズの名を轟かせるためよ!!」


 握り拳を頭上に掲げ、大声でそう宣言するエレナさん、だったが……


「エレナの名前を?」


「世界に轟かせる、ですか?」


 二人の反応は揃ってハテナ顔だった、当然の反応だと思う。それは勿論私にも、きっとシアさんにも分からない。それもその筈……


「分かんない? これだからお嬢様って奴は……。いい? ウルギス様みたいに、世界中で知らない人の方が少ないっていうくらい有名になるためにはどうしたらいいと思う? ウルギス様と同じ事をやればいいんだけど、今は無理っしょ。無意味に大都市を破壊して回るのも確かに有名にはなれそうだけど、それって悪名の方よね? それならどうしたらいいか、頭のいいあたしはすぐに考え付いたのよ。Sランクの冒険者になればいいって、ね。どうよどうよ? ああ、自分の頭のよさが怖いわ……」


 話をしてる所々で大袈裟に手を振ってみたり、その場で一回転してみたりと、意味不明な動きで意味不明な説明をし終えるエレナさん。


「なんなのその動き! それにそれは理由じゃなくてその手段でしょう!? だからその、有名になりたい理由を聞いているんですの!! ああ、やっぱりエレナと話すのは疲れますわ……」


「私はエレナさんとのお話は面白くって気に入ってるんですけどねー。お嬢様はもうちょっと肩の力を抜いてお相手しましょうね」


 さすが根っからのツッコミ気質であるマリーさん、的確なツッコミの入れ方だ。

 キャンキャンさんは楽しそうに、そんなマリーさんの両肩を後ろから揉み解している。


「確かに明確な理由、人生を賭してまで目指す頂があるのなら私も協力する事にやぶさかではないのですが……、エレナさんは実のところ何も考えていないんですよ」


「あ、言っちゃうんだ? うん、特に理由は無いみたいなんだよねー。多分ただの何となくの思い付きだと思う……」


 ちゃんと理由があってもシアさんの態度は変わらないと思うのはどうしてだろう……。


「い、いや! いきなり何言ってんのこの子!? ちょいコラ姫ー?」


 両手をワキワキとさせてエレナさんがにじり寄って来る。


 先に暴露しちゃったのはシアさんなのにー!! ひい! またほっぺ抓られる!? シアさんヘルプ!


「思い付き!? 何となくでSランクを目指すんですの!?」


「おおう! ワンテンポ遅れてのツッコミであたしを驚かせるとは……。やるようになったねマリー……」


 助かった! まあ、ちょっと痛いかなー、くらいの強さでウリウリと引っ張られるだけなんだけどね。どっちかと言うとお仕置きより遊んでくれてる感じに近いよアレは。


「私もBランク止まりでしたし、Sランクなんて本当に夢のまた夢ですよ? それにエレナさんって、その、何と言いますかー……」


「あ、キャンキャンさんストップ!」


「え? あ、はいな」


 それ以上いけない。


「才能は欠片もありませんよね」


「ですよねー」


「シアさん……」


 言っちゃうだろう事は、まあ、分かってた。



 キャンキャンさんがちょっと言い難そうにしてたのは、シアさんが言ったズバリそのもの。

 エレナさんは、ちょっと酷い言い方になってしまうが才能は無いと思う。運動も魔法も特に得意という訳じゃない、あくまで一般エルフのお姉さんレベルの人なのだ。子供の頃から体を鍛えていた、という事も残念ながら全く無い。

 勿論これから毎日真面目に、しっかりとシアさんに付いて訓練していけば冒険者になる事は可能だろうと思う。でも目指すのがSランクとなると話は別だ。物を動かす操作系の魔法に天才的な才能を持っているキャロルさんでさえSランク一歩手前止まりだったのだから。


 さらに言うなら、その真面目にっていうのも難しいかもしれないんだよね……。



「なーに言ってるんだか師匠は。エレナと書いて才能と読むくらいのあたしだよ? ショコラくらいの強さなんて軽ーくなれるってばさ!」


「はいはいそうですね、そうなるといいですね」


「うわシアさん投げやり。もうちょっと諭すとかそういうのは……」


「時間の無駄ですわ! 一体何の根拠があって、どこから来る自信なのやら……。ふう、適当に頑張ってくださいまし」


「それですお嬢様! エレナさんとお話するときは話半分に聞いて相槌を打っていればいいんです」


「キャンキャンさんも何気にひどい……」


「それより師匠! 次の修行は!? もう休憩は充分だからさ! ね! 次!!」


「師匠はやめてください。本人がやる気に溢れているのがまた困りものなのですよねこれが。はあ……。あー、とりあえず力尽きるまでそこの川を跳び超え続けてください」


「うおっほう! 厳しくなってきた!! これをやり切ればきっと何か……、ああ、アレよ、ソレっぽい何かに目覚めそう! やーってやるわっはーーい!!!」


「ああもう! 近くで叫ばない!! 川に落ちるといいですわ……」



「あ、シラユキ様、もう一つ気になった事があるのですけれど、聞いても宜しいですか?」


「もう疲れてジャンプが安定してないね、ホントに落ちちゃ、う? なあに?」


「私たちが来る前、シラユキ様は何をしてらしたんですの? その場で回られている様に見えましたけど……。ステップの練習とはまた違いますわよね?」


「やっぱり見られてた! 別に隠れて練習してるとかじゃないからいいんだけどね。えっとね、メイドスキルの練習、訓練、かな?」


「メイドスキル!? いいいいけませんわそんな危険な!!」


「どうして私を見ながら言うのですか? ちょっとそこのところを詳しくお聞かせ願いたいですね……」


「はっ!? た、助けなさいキャンキャン!!」


「えー」


「コラ! せめて私の前に! あ、その! 違うんですのよ? 深い意味は無いんです!!」



 うーん、マリーさんはキャロルさんと同じで、口は災いの元っていう典型みたいな人だなあ……。ふふ、面白いからずっとそのままでいてね!



 私が練習していたメイドスキルは、メイドさんならきっと誰でもできる基本中の基本の、『くるっと回ってふんわりスカート』のメイドスキルだ。

 このスキルは名前の通り、その場でくるりと一回転してスカートをふわりと巻き上げる動作の事を言う。上級者になれば回転を止めると同時に、巻き上がったスカートを軽く摘み上げてお辞儀に繋げる事も可能らしい。ちなみに命名したのはシアさんです。分かりやすいけど、シアさんはネーミングセンスがちょっとアレだね……。



「ひい、はあ、ふう……っと!? わっきゃー!!!」


「あ」「あ」「あ」「あ」


 エレナさん落ちた!!! しかもジャンプが届かなかったんじゃなくて普通に足を踏み外してた!!

 みんなの評価はちょっとアレだけど、私はやっぱりエレナさんは面白楽しいお姉さんだから大好きだなー。ふふふ。







さて、今回から『修行編』が始まります。シラユキの年は三十台に……。三十路シラユキです。

早速出てきた新キャラ、エレナが物語の中心に……、なるんでしょうか?

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