その232
ほぼ会話文のみです。
枯葉や燃えるゴミで出来た山の麓部分、そこにある小さなトンネルにシアさんが松明の様な火のついた長い棒を投げ入れる、どうやら焼き始めるようだ。本当に後は私たちの到着を待つだけだったらしい。
「あ、始まるねー。どれくらい大きな火になるんだろ?」
「うーん? 燃やす物にもよると思うけど……、普通に大火事って言うくらいの炎が上がると思うわよ?」
え? 大火事レベル? 結構大勢の人が山の周りにいるんだけど大丈夫なのかな……。
改めて見てみると、シアさんとキャロルさん以外のメイドさんズは既に家の中に退避済みか、なるほど。まあ、いつも父様と魔法の打ち合いをしているみんななら何も問題は無いんだろうね。
――全然燃え上がらないなあ……、つまらん。もっとこう、バーッと火が広がっていくもんだとばかり思ってたんだけどなー。
――枯葉や枯枝だけでしたらそうだったかもしれませんね。……? と言うかライスさん、貴方いつの間にいらしてたんです?
――最初からいたわ! ひっでえなあオイ……。
「ライスさんとシアさんって結構仲がいい様に見えるよね」
「え? あれでそう見えるんですか? 普通にそっけないと言いますか、相手にしたくないといった感じに見えるんですが……。凄く嫌そうにしてますよバレンシアさん」
「会話してるだけまだ友好的かしらね。バレンシアも森に来て二十年以上経つのに、シラユキの周りの皆以外には、はい、いいえ、そうですか、くらいしか口に出さないのよね。シラユキ以外は本当にどうでもいいと思ってるのかもね」
「ふうん……。まあ、まだ二十年くらいだ、これからさらに時間が経てばアイツももっと柔らかくなっていくだろうな」
「私に対しては柔らかいと言うか、既に完全に激甘だけどね。ふふふ」
――シア姉様に近付くな! 丁度いいから中で焼け死ね!! あ、シア姉様? コイツも焼いて処分しちゃいましょうよ。
――それはいい考えですね。ですが、どんな有害な煙が発生するともしれませんからそういう訳にはいきませんよ。
――なんだこの師弟、っつーか姉妹っつーか……、とにかくひでえ!! ちょっと話しかけただけじゃねえか、普通に返してくれよな。
――またバレンシアにちょっかい掛けてるのかお前は、懲りない奴だな。いい加減純粋に疎まれてるって気付け、その内本気で殺されるぞ。
――マジで!!? いや、冗談なんだろうけど普通にショックだからそういうのやめてくれよ……。
「あ、ルー兄様だ。なんかいきなりひどい事言ってる」
「ライスだからいいんじゃない? それよりホントに中々燃え広がらないわねアレ。煙は結構出てるんだけど……」
「ライスさんとバレンシアさんはノリが、ええと、反りが合わないんでしょうね……。ああいった軽い性格の方は確かにバレンシアさんとは合いませんよね」
「私は面白い奴だと思うがなあ。ああ、ノリは合わないが反りは合っていると思うぞ? 辛辣な言葉に派手なアクションを返す感じだな。アイツは人をからかってその反応を楽しむ気があるだろう? ああ見えて本人は結構楽しんでるのかもしれんな」
「うん、私が一番の被害者だし。やっぱり仲がいいんだよね、よかった」
「仲がいいか悪いかはまた別の問題だと思うけどね。あら? ようやく手を出すみたい」
「手?」
コーラスさんの言葉に山の方へ目を向け直すと、丁度兄様が枯葉の山へ向けて炎の矢の魔法を打ち込むところだった。見えたのは一瞬だったが長さは30cmくらいあっただろうか? 結構大きめの矢だったね。
炎の矢が突き刺さった所から白い煙が上がり、すぐ後にその周辺へと炎が広がっていく。どうやらあまりにも燃え出すのに時間が掛かりすぎて焦れてきてしまったみたいだ。なんという力ずくな解決方法……。
「そっちの方からも何発か適当に打ち込め!! これじゃ焼き上がるまでに日が暮れちまうからな!!」
兄様が大きな声で山の反対側にいる人たちに指示を出すと、おう、や、はーい、等の軽い返事の後に次々と炎の矢が打ち込まれる。この程度の魔法なら、みんな当たり前のように詠唱破棄だ。
「なにあれきれい。夜に見たかったなー」
夜空に向かって打ち出して上空で爆発させれば、花火の様な魔法も作れるんじゃないだろうか!? 火はちょっと怖いけど試してみる価値はありそうだ。夜に家の外に出してもらえるならの話だけどね……。
「綺麗、か……、ふふ。まあ、平和な証拠だな」
「ええ、そうね。ふふふ」
ショコラさんとコーラスさんに撫でられてしまった。ミランさんは何も言わないが、三人とも何と言うか、優しい笑顔だ。
なんだろう? また子供っぽいとか思われた? ふーんだ、まだまだ子供だからいいんだもーんだ。……さすがにこの考えも三十歳くらいになったら少し改めた方がよさそうかな。
何故か会話がぷっつりと途絶えてしまったので、火が広がっていくのをぼんやりと眺める事にした。誰かの膝の上でぼーっとしていると眠くなってきてしまう。
ぼーっとしながら火がボーッと燃え広がっていくのを眺める訳ね、ふふふ。……うん? ボーッと?
いや、焚き火って、こう、パチパチと静かに燃えるんじゃなかったっけ?
さすがに規模が規模だからなのか、それとも一緒に燃やしている何かのせいなのか、パチパチ焚き火どころかゴウゴウメラメラと、まさに火柱と呼べるまでに炎は成長してしまった。高さは山の二倍くらいある。なにあれすごい、本当に大火事だよこれは。
「おお、凄いなあれは、一家全焼レベルだな。しかしあの火力では芋なんて丸コゲに、いや、炭になってしまうんじゃないか? 惜しい事をしたな……。まあ、後でフランに何か作ってもらえばいいか」
た、確かに! あの炎の中で普通の焼き芋なんてできる訳無いよ! むう、焼き芋は結構楽しみだったのになー、ざーんねん。
「派手ねー。シラユキは大丈夫? 怖くない? あんなに大きな火を見るのは初めてでしょ?」
「ううん? みんな一緒だし怖くはないよ? 熱さも全然感じないし。ちょっと目には悪そうだけどね」
実物をこんな間近で見るのは確かに初めてだけど、一応知識としてなのか、テレビで見た火災の記憶はぼんやりと残っている。
この距離でも熱さも寒さもあまり感じない。多分コーラスさんが風の壁、多分空気の層を作ってくれているんだろうと思う。揺れる炎の眩しさが目に悪そうに思えるくらいの他には、これといって何も問題は無い。
よく見ると煙や火の粉が舞い上がる方向も不自然だ、炎の真上のみに上がって消えていっている。森林火災や煙の被害も全く心配なさそうだねこれは。
「む? 飯か、ちょっと行って来よう。シラユキ、また後でな」
「う? あ、うん。いってらっしゃーい」
ここで家の中からカートに乗せられた料理が運び出されてきた。一番に反応したショコラさんは嬉しそうにそちらへと歩いて行く。
多分こうなるだろうと思って、予め料理を作ってあったんだろうね。
「王族の方の前でがっついた食べ方しちゃ駄目ですよー」
「分かってる分かってる。お前は私の親か、まったく……」
ミランさんの注意に一度振り向き苦笑しながらそう答え、手をヒラヒラと振りながらまた歩き出すショコラさん。
「ミランさんはショコラさんにもずっと敬語だねー。ショコラさん怒らない?」
ショコラさんとお友達になる条件の一つに、友達同士で敬語は無しだ、というものがある。これを守らないと怒られちゃうんだよね。
「え、ええ、初めの内は何度か……。でもいくら同居人で友人でもSランクの方ですからね、どうしても気軽に話すまでには中々……」
「ショコラさん怖くないのにー。ミランさんは冒険者でギルドの受付だからかな? そんな事じゃ私と敬語抜きで話せる様になるのはいつになるか分からないよー? ふふふ」
「うう、それはもう難しいどころか無理ですよう。不可能です!」
あはは。まあ、いいんだけどね。私の周りには、例え家族や友達でも敬語どころか超畏まっちゃう人が何人もいるから、実はそこまで気にしてる訳じゃない。そうなったらいいなー、くらいのものだ。
「森で暮らすようになれば自然と抜けていくと思うけどね。今はまだいいじゃない、百年二百年経ってもそのままだったらまたそのとき考えればいいわよ。さって、焼き芋は無しか、どうする? 二人ともお腹空いたでしょ」
百年後二百年後とかのんびりとかいうレベルじゃないよ……。やっぱり千年以上も生きてると、のんびりさも計り知れないくらいの域にまで到達してしまうんだろう。その考えからするとお爺様とお婆様ののんびりレベルはどれくらいのものに……?
私の今の目標は母様みたいな素敵な大人になる事だけど、その後はコーラスさんみたいな、全てに対して余裕ある女性を目指そうじゃないか。どうせ無理だろうけど、目標は高い方がいいよね、うんうん。
「さすがにアレは真似できませんからねー、と言うかしたくありませんからね。どうしましょうか? とりあえず焼き上がるのを待ちます? 私ももっとシラユキ様とお話したいですし」
「うん、そうしよっかー。……アレ?」
焼き上がるって言っても全部炭になっちゃうんじゃ? アレってなんだろう? と、ミランさんが見ている方向へ私も顔を向けると……。
――熱い!! これ無理だって!! これ以上近付いたら火傷どころじゃ済まないって!! て言うかなんでオレなんだよ!!!
――何を軟弱な……。ほらほら、用意した分は全部焼いてしまいますよ。では、姫様とお二人の分は私が焼くので、それ以外はガトーとキャロと三人で頑張ってください。
――んあ? 私は私の食う分しか焼かんぞ。
――アンタには何も期待してないわ! でもシア姉様? これはメイドの仕事じゃないと思います!! という訳でライス頑張れ、そのまま焼け死んでもいいから。むしろ焼け死ね。
――ははは。焼けたら私が食ってやろう。
――怖っ! 冗談に聞こえねえ……。ルーディンも飲んでばっかりいないで手伝えよなー。
――ん、ああ、これ飲んだらなー。
2mもありそうな巨大な串に、お肉を固まりのまま、野菜も切らずにそのまま突き刺し、炎の山で焼いているライスさんの姿が見えた。
ショコラさんは燃え盛る山のすぐ手前で座り込み、同じ串……、槍かもしれない。それを軽々と片手で持ち、炎の中へ突っ込んでいる。
バーベキューだっていうのは分かるんだけど……、もうツッコミ所満載過ぎてどこからどう突っ込めばいいのやら。
とりあえずパッと見の感想は……。
「なにあれ楽しそう」
「本当に楽しそうですね、参加はしたくないですが。それにしても、ガトーさんは本当に熱くないんでしょうか? あれ……」
「竜人ならあれくらい平気でしょ。それじゃとりあえず、私たちのが焼けるまで待ってましょうか。見てて中々面白いし丁度いいわね」
「だねー。シアさんが焼いてくれるなら安心だしね、ふふふ」
――一本焼けたぞおらー!! 顔がヒリヒリするぜ……。
――はい次です、この調子でどんどんお願いしますね。
――おう!! ……? なんで焼いてるのオレ一人なんだよ!! 食わせろ! せめて水くらいくれよ!!
――煩いな……。こっちもそろそろ終わるからもう一本寄越せ。
――へいへい、期待してなかったけどアンタもたまには役に……、食べ終わってる!? コラ! それ生焼け!! そのまま齧りついてたのかコイツは……。
――軽く炙れば充分だ。生でも別に腹を壊す訳でもなし、いいじゃないか。
――いや、普通は腹壊すからな? そんじゃ俺もそろそろ手伝うか。バレンシアはシラユキの所に行ってもいいぞ。
――はい、ありがとうございます。大丈夫かとは思いますが、火傷には充分にお気を付けください。
――私もあっちに行きたいなあ……。ほら! アンタ等も酒飲んで見てないで手伝う!!
兄様が手伝いに入り、キャロルさんの呼び声で見物人も焼き係に無理矢理任命される。これで他のみんなの分のお昼も問題なく焼けそうだ。
シアさんが私たちの所へ持って来てくれたお皿には、何故か普通サイズの串。多分焼き上がったのを切り分けて、態々普通の串に刺し直したんだろうと思う。シアさんは変に凝り性なんだから……。
春も夏も、秋も冬も、町まで行かなくたってこんなにも楽しい事があるんだから、かな。リーフエンドの森のみんなは森から出ない、出る必要が無くて、のんびりと優しい人たちばかりなんだろうね。
まだまだ書きたい話はいくつもありますが、これで冬のお話は終わりにしたいと思います。
次回からはついに新しい章に……、入るといいですね。(?)