その231
花畑までコーラスさんを迎えに行った私たち一行。今はその帰り道、お喋りをしながらゆったりと歩いている。
この寒い中お姫様を使いに出すとは許されざるよ! と思うのが普通なんだろうと思うのだが、今日はまあ、色々と楽しみだったので特に文句も言わずに従う事にした。
「ぐう……、帰りも私が抱き上げて帰る約束だったんだが……」
「そんなの私は知らないわ。この子がいいって言ってるんだからいいのよ」
私を抱き上げて歩くコーラスさんを残念そうに、羨ましそうに見ながら呟くショコラさんと、それを聞きつけて冷たく返すコーラスさん。
突き放されてしまったショコラさんは肩をがっくりと落とし、とても残念そうだ。いつも森に遊びに来てくれたときは、常に私を抱き上げてるか膝の上に乗せてるからね。
私としては二人のどちらでも甘えさせてくれて嬉しいからいいんだけど……、今はコーラスさん優先ね! そうしないとさっきみたいに超不機嫌になって、考えるのも恐ろしい事態になってしまいそうだから。がくぶる。
「コーラスさんもバレンシアさんと同じで、シラユキ様の前だと……、何て言うんでしょう? その、ふ、普通の女性? に見えますよね」
「レンはシラユキがいてもあんまり普通には見えないんじゃない? まあ、姉さんだって噂で聞くほど……、うん、やめとこ」
何? コーラスさんの噂って何? やっぱりこの悠然と聳え立つ巨大な双峰は町でも噂になってるの? ううむ、さすがコーラスさんだ。
しかしミランさんはメイドさんズに対しても敬語が抜けないね、冒険者の人には全然普通に話してるのにさ。
ミランさんはシアさんとキャロルさん師弟コンビのせいで、メイドさんにやや苦手意識を持たされてしまったらしい。メイドさんが苦手になるなんてありえないよ……。
おっと忘れていた。私たち一行、それは……、私、コーラスさん、フランさん、それとショコラさんと、なんとミランさんのおまけ付きなのだ。……ん? 私今凄く失礼な事を考えちゃった気がする。おまけとか言っちゃってごめんねミランさん。
「ま、噂なんて当てにならないものよ。私はシラユキのお友達で花畑の管理人のただのエルフ、よ」
「この胸の大きさは普通じゃないと思う……」
何と言うか、圧迫感を感じちゃうよね。実際こうやって抱き上げられていると、普通に抱き上げられてもらってるだけなのにギュッと押し付けられて埋められてしまう。さすがシアさん曰く国宝級。
今日始めて実物を間近で見たショコラさんは驚きのあまり暫く言葉を失っていたからね、ショコラさんだって結構大きいのに、コーラスさんの前だと普通に見えてしまう不思議。普通サイズのミランさんは……、うん、また姉様と仲良くなれそうだね。(?)
「ふふふ、そうかもね。ほーらシラユキ、好きなだけ揉んでもいいのよー? 吸ってもいいのよー? ちょっとそこらの木陰で吸わせてあげちゃおうかしら。フラニー、服脱ぐから手伝って」
「え? 外ではやめとこうよ、誰かに見られでもしたらどうするのよまったく……。今日の当番はメアだから代わってあげられないし……、あ、お風呂で吸わせてあげたら?」
「吸わないから! も、揉んじゃうとは思うけど……。もう、みんな待ってるんだから早く帰ろうよー」
ええい、まったくもう。コーラスさんはお友達って言うか、私のことは娘扱いに近いよね。やっぱりショコラさんとコーラスさん、この二人はどことなく似てる気がするよ。
「あらら残念。ごめんねー、シラユキ。それじゃご要望にお答えして、さっさか行きましょうか」
「ううむ、コーラスはシラユキを甘えさせる場合にはかなりの強敵に……、? お、おい、なんだ? やけに速いぞ」
「はやっ! ちょっと待って! 姉さん速いって!!」
「え? あ! 普通に歩いてるように見えるのに何ですかあのスピード! 待ってくださーい!!」
三人の声が一気に遠ざかり、何も聞こえなくなってしまった。
へ? え? あれ!? 別に全く揺れないし歩調もさっきまでと変わらないよ? なのになんで私が走るよりもスピードが速くなってるの!!?
コーラスさんだけを見てるとただゆっくりと歩いている様にしか見えない。抱き上げられている私ですらそうとしか感じない。しかし流れる景色はとんでもなく速い。私の全力くらいの速さなんじゃないかなこれは……、いや、もっとかもしれない。
こ、この分だと数分で家に帰れそうだね……、なにこれすごい。速さ自体は私でも出せない事は無いと思うけど、このゆっくり歩いているように見えるのはどういう魔法の使い方なんだろう? まあ、教えてもらってもできるとは全く思えないけどね……。はー、コーラスさんはやっぱり、色んな意味で凄い人だった!!
本日のイベントは、私の家の前の広場で焼き芋祭り。とくに恒例行事でも予定立てをしていた訳ではないのだが、珍しくショコラさんとミランさんが二人一緒に遊びに来てくれたので、よし、何かしようか、となっただけの事だ。私は焼き芋大好きだし、ショコラさんもミランさんも甘いもの好き。いいイベントだと思う。
一応毎年秋の三月か冬の一月には必ず、何回かは落ち葉でお芋を焼いてみんなで食べているけど、今回はちょっとだけ規模が大きい感じかな。私たちがコーラスさんを呼びに行っている間に準備を済ませておくとシアさんは言っていた。期待半分不安半分、ワクワクドキドキだね。
その不安は意外なところで的中した。
ショコラさんはまだ一度もコーラスさんに会った事がなかったので、紹介するのを楽しみにしていたのだが……、私を抱き上げているショコラさんを見て何故か不機嫌になったしまったのだ。
まあ、多分、二人とも私を娘にしたいとかよく言ってるし、嫉妬に近い何かなんだろうと思うよ……。ふふ、モテる女は辛いね。私のために争わないで! っていう感じかな? ふふ。
冗談抜きで二人の仲が険悪になってしまいかねなかったから、帰りはコーラスさんに抱き上げてもらうようにお願いしたんだけどね。いやー、怖い怖い。そういえばコーラスさんは怖い人だって父様が言っていたような……? でもお花畑の管理人の美人で巨、じゃない、爆乳のお姉さんだよね? 怒ると怖いっていうのは何となく分かるけど、強い人っていうイメージは全く沸かないや。
後で聞いた事だけど、最強の冒険者のショコラさんでも勝てるかどうか分からないらしい。多分負けるんじゃないか? ははは、と引きつった笑顔で教えてくれた。そんな馬鹿な……。
「はー……、よく集めたわねアレ。どれだけ焼くつもりよ」
「うう、頭がクラクラす、うん? わ、何あれ。……山?」
コーラスさんのゆったりとした歩き方と流れる景色の速さの違いに、乗り物酔いの様な状態になっていた私を待っていたのは……、枯葉で出来た、まさしく山だった。頂上部分は近くにいるシアさんの大体二倍くらいの高さに見える事から3mくらいあるんだろう。
その山の周りと、そこから少し離れた所には、どこから聞きつけて来たのか森のみんなが集まって来ていた。人数は二、三十人くらいかな。みんなそんなに暇なのか……。
シアさんは山を見て呆けている私たちに気付き、こちらに歩いてやって来て頭を下げる。
「お帰りなさいませ、姫様。コーラスさんもお疲れ様です。姫様をお運びして頂いたようでありがとうございます」
いつ見ても素晴らしいお辞儀だと感心はするがどこもおかしくはないね。何となく荷物の配達のお礼にも聞こえちゃうけど、気にしないでおこう。
「ただいまシアさん。フランさんたちももう少ししたら来ると思うよ」
「フラニーはメイド服だったし少しかかりそうよね。あ、シラユキは私がこうしたかっただけだからお礼なんていいわよ。それよりも、この枯葉の山は何? 私は焼き芋パーティーって聞いてただけなんだけど」
シアさんの行動に一々疑問を覚えてもしょうがないっていうのは分かっているんだけど、気になってしまうものは仕方が無いよね。
ちなみにコーラスさんは、別に焼き芋が特別に好きという訳でもない。私が呼びに来たから一緒について来てくれただけの事だね。ショコラさんの紹介と、後は仲良くなってもらえたらいいなー、という考えからの行動だったのだが、今のところ完全に裏目に出てしまっている。どうしてこうなった!
「いえ、まあ、特に大きな理由も身の丈ほどもある巨大なお芋を焼こうという訳でもありませんよ。ただ、参加者には自分で焼いて食べたい物と、後ついでに燃やして処分したい物や枯葉も持参で、と適当にお願いしたらこうなってしまっただけでありまして……。火災には細心の注意を払いますのでご安心ください」
「ふふ、いつもの事ね。ま、気をつけて。シラユキの住む家が無くなるのは別にいいけど、この木だけは燃やさないようにお願いね」
「はい、勿論です」
例によって例の如く、お祭り好きの森の家族のフットワークのよさの結果でしたか。なるほどなるほど。
「やけに人が集まってると思ったらそういう……、う? 私の住む所が無くなるのは普通に困るよ? この木イコール私の家だから大丈夫なんだけど」
「ふふ、変な表現だったかしらね。シラユキは住む所が無くなったら私の家に来ちゃえばいいのよーって事よ。あ、いつでも来てもいいのよー」
「コーラスさんだっていつでもメイドさんになりに来てもいいんだよー? ふふふ」
「どれだけメイド好きなのこの子は……。今度メイド服着てあげちゃおうかしら? 私の胸に合うサイズがあるならだけど……。フラニーのでもちょっときつそうよね」
「なにそれ本気で怖い」
フランさんのサイズでもきついとなると、もう特注するしかないね。よし、今度シアさんにお願いしておこう。まあ、どうせいつもの軽い冗談だと思うけどねー。
フランさんたち三人が到着したのを見計らい、シアさんから、危ないですから離れていてくださいね、と言われて広場の隅のベンチへと避難してみんなで並んで座る。ちなみに私はコーラスさんの膝の上のままだ。フランさんはお手伝いという事で、シアさん他メイドさんズの所へと行ってしまったのがちょっと残念だね。
「シラユキはこのまま私の膝の上にいなさいね、熱気とかは全部防いであげるから。何も言わずに降りたりしちゃ駄目よ?」
私が勝手に動き回らないようにと、軽く抱きしめるて拘束するコーラスさん。
「はーい。ショコラさんもミランさんもいるし、大丈夫だと思うけどね」
熱気とか火の粉が飛んできても、SランクとBランクの二人がいれば平気で歩けそうなものだけど……。
まあいいや、丁度いいのでこの巨大な二つの塊に半分埋もれながら見学させてもらっちゃおう。温かいしふにふにと柔らかで最高に居心地がいい、なんという特等席だ。
「熱を防ぐなんて器用な真似はできんなあ。できるとしたら元を断つくらいだ」
「私も自由に動き回るシラユキ様の周りだけ、というのはちょっと難しいですね。抱き上げて、とか、手を繋いでなら大丈夫だと思いますけど……」
おお、そうなんだ? そういえば竜人種族は魔法が使えないんだったよ、完全に忘れてた。
「ショコラさんは、ええと、大丈夫なの? 多分凄く大きな焚き火になっちゃうと思うよ?」
焚き火って言うか、普通に火事のレベルだよ。キャンプファイアーが可愛く見えるくらいの炎が上がると思う。
この真っ白で綺麗な肌が火傷で爛れちゃったりしたら……。うう、絶対嫌だね。私の魔法で治せばいいとか言う問題じゃなくて、それ以前に火傷や痛い思いなんて絶対してほしくない。
「ん? 何がだ? まさかただの炎程度で私がどうにかなるとでも思ってるのかシラユキは。まあ、熱くて鬱陶しいなと思うくらいだな、心配するな」
ニカッと笑顔で、ウリウリと優しく撫でてくれるショコラさん。
なるほど、ショコラさんは非可燃性の物質であるか。
「え? なにそれこわい」
「怖くは、あるかもしれませんね。竜人種族の方の肌って刃物でも中々傷付きませんからね」
なるほど、ショコラさんだけじゃなくて竜人種族全般の話なのね。……刃物?
「え? なにそれもこわい」
カキンッとか固い音を出して刃物を跳ね返しちゃうとか? いや、さすがにそれは無いか。
「でもショコラさんの肌って普通に……、何て言うんだろう? スベスベだしやーらかいよ? おっぱいも……、こほん」
ライナーさんくらい筋肉質だったら想像できなくもないけど、ショコラさんはどこからどう見ても普通の、いや、綺麗なお姉さんなんだよ? 肌だって真っ白で傷一つなくスベスベで……、うん? ショコラさんって冒険者なのに傷一つ無いって言うのはちょっとおかしいんじゃないか? キャロルさんだって両手は傷跡だらけだったのに……。
「ははは、気にするな、私の体は頑丈に出来ているとでも思っておけばいい。ううむ……、なあコーラス、そろそろ代わってもいいと思うんだが……」
「嫌よ。私の膝からこの子を奪えるのはエネフェアくらいのものね。あ、また様付け忘れた」
「ぐぬう……。お前の胸に埋もれてしまって撫で難いんだが……」
「私もシラユキ様を座らせて差し上げたいですよう」
「知らないわー」
ふふん、と、そっぽを向いてしまうコーラスさん。
険悪、っていう感じは無いからいいんだけど、せめてもうちょっと仲良くなってもらいたいなあ……。
長くなってしまったので二分割します。
続きは数日後に。