その227
次の章に入るまで過去編が続く、予定です。
「さーむいー、さーむいー、さーむさーむー、さーむいー」
「何の歌? ふふ、ほらもっとくっ付いて。ううう、可愛い! 私も寒いのは苦手だけど、シラユキがいつにも増して甘えん坊になっちゃうから冬は好きなのよねー」
あまりに寒すぎるのでついつい寒い寒いと口に出してしまう。黙っているとさらに体が冷えてくるような気がするからね。
とりあえず言われたとおりに、繋いでいた手を放し、腕に抱きつくようにして姉様と触れる表面積を増やす。体に抱きついていきたいところなんだけれど、こうして歩いている間は不安定になって転んでしまうかもしれない、自重しよう。
「ひ、姫様可愛らしすぎます……!! やはり外に出て正解でしたね。ああ、本当に可愛らしい……」
「あんまり寒そうだとちょっと心配になってくるけどな。ま、もうちょっとの辛抱だ。二人ともくっ付いて歩くのはいいが、転ばないように気をつけろよ?」
シアさんは寒がる私の可愛さに感動(?)している。兄様は逆にちょっと心配そうかな? まあ、私は寒さが我慢できないんじゃなくて、ただ単に我慢したくないだけだからね、これくらいならまだ大丈夫、じゃないかな? と思う。やっぱり寒いのは嫌だわ……。
でも今日はちょっとだけ頑張っているのだ! 褒めてもいいのよ? 撫でてもいいのよ?
「はーい、ルー兄様。……さむーい!」
「はーい、お兄様。ふふ、寒いわねー。ああもう、可愛い! シラユキ可愛い!! やっぱり抱き上げて歩きたいわ」
歩みを止めてしゃがみ込み、私を抱きしめて頬擦りをしまくってくる姉様。温かくてくすぐったくて、幸せだ。
「自分で歩かせないと駄目だって……、はは。ま、気持ちは分かるけどな。我慢しろ、ユーネ」
「ええ。ご自分で歩いて頂いた方が体も温まりますからね」
「分かってるわよ。でも……、この子可愛いすぎるんだもの!! ふふふ、広場に着いたら抱き上げてあげるからねー。それまではしっかりと自分で歩くのよ、頑張ってねシラユキ」
「うん! ユー姉様だーい好き!!」
「私も大好きよ!!」
ひしっ、と抱き合う私たち。やっぱり温かくて幸せ。兄様もシアさんも笑顔で見守ってくれている。
通行人から生暖かい視線が送られて来ているが、まあ、気にしないようにしよう。
今日私は珍しく、冬なのに本当に珍しく、なんと、町まで遊びに来ている。明日は雪か槍か隕石か、女神様でも降ってくるんじゃないかと自分でも思ってしまう。
あ、リーフエンドの森周辺は、真冬でも雪が降らないくらいまでしか気温が下がらないらしい。そんな馬鹿な、こんなに寒いのに……。
おっと、いきなり話が逸れてしまった、失礼。寒いのがいけないね。やはり冬なんて滅びればいいよ、うん。
家族のみんなも驚いて、驚きを通り越して心配されてしまうくらい珍しい行動を起こした理由は、実際はとても簡単な、単純明快な理由、お友達に会いに行くため、だね。
嬉しい事に今年は沢山の新しいお友達が出来た。まあ、みんな旅の冒険者の人ばかりだったので、殆どがまた旅に出て行ってしまったのだけれど。
でも、中にはリーフサイドを拠点としているお友達も勿論いる。特に仲のいいのはナナシさんとエディさんかな。ラルフさんは十歳の頃に知り合ったお友達なので今回の選考からは除外しています。
ラルフさんを含むその他のお友達だけなら態々冬の間に会いに来ようなんて微塵にも思わなかったのだが……、失礼で薄情だな私は……、こほん。まあ、どうしても、どうしても気になった事ができてしまったので、こうして寒い寒いと言いながらも直接確かめにやって来た訳なのだ。
その気になった事とは、ナナシさんについて、だ。
ナナシさんはラルフさんの冒険者仲間で、兄様と姉様ともお友達の関係。そして、猫科の獣人の、ちょっとどころじゃないくらいエッチな人だけど、優しくて可愛い女性冒険者さん。ラルフさんよりも年上だから可愛いって言うのも失礼かもしれないけどね。
そう……、ナナシさんは、猫族の女の人。猫、猫で冬と言えば? 炬燵で丸くなる? 猫科の獣人の人は冬はどうしているんだろう? と疑問に思ってしまったのが始まりだ。
疑問に答えを貰うだけならシアさんと、実際年単位で付き合っている兄様姉様に聞けばいい。……そう考えていた時期が私にもありました。
「折角新しくできた友達なんだから会いに行けばいいじゃねえか。実際に会ってどうしてるか確かめればいいだろ? 丁度いい運動にもなるしな。よし、バレンシア、予定立てておいてくれ」
「畏まりました。では早速日程の確認を取って参ります」
「あ、私も行きたい。どうせならお兄様も一緒に行きましょ? 冬の間にシラユキとお出掛けするなんて滅多にないからね。ふふ、楽しみねー、シラユキ」
「えっ、なにそれこわい」
あれよあれよと言う間どころか、兄様の一言でお出掛けが決まってしまったのだった。くそう、兄様め……、? 本をただせば私の軽い疑問が原因か? 自業自得でした。これもきっと冬のせい。
それから数日後、ラルフさんたち三人ともお休みの予定の今日、満を持して計画は実行に移された。まあ、お出掛けの日になっただけね。
今向かっている先は、町の中心にあるとても広い広場。秋お祭りなどの行事は大体そこで行われる。特に何も無い普通の日も、様々な人で賑わっている、みんなの娯楽の広場の様な場所だ。
リーフサイドの町の作りも森の中の集落と変わらない。中心の大きな広場と、それを貫く様にしてある、町の外にまで続いている一本の大通り。元々は家が数件しかないような、小さな村とも言えない集落だったのかもしれないね。町の規模が広がるに連れて広場もどんどんと大きくなっていったんだろうと思う。
私が町に遊びに来れる様になってから大体二年程度、でもこの大通りにあるお店や施設以外の所へはまだ連れて行ってもらってはいない。まあ、特に興味がある訳では無いのだが……。
どうして冒険者ギルドへではなく広場へと向かっているのかと言うと、冬の間は冒険者の人は広場に多く集まっているらしく、ラルフさんたちも今日の昼間は広場で過ごす予定だから、だね。
冒険者と広場と冬の関係……。実はこれこそが町へと足を運んだ最大の、真の理由なのだ! ナナシさんについての疑問は二番目、ついでに下がりました、ごめんね。
冬、寒い季節の間冒険者本来のお仕事は激減するらしい。そして、逆に雑務依頼は急増するんだとか。どちらも詳しい理由は聞いていないのだが、それは置いておいてここからが面白いところ。
冒険者ギルドの依頼が少なくなると、自然にギルドへ集まる人の数が減る。そして依頼の数が減るという事は、依頼を受けて町から離れる冒険者の数も減るという事だ。つまり、町に仕事の無い冒険者の人が溢れてしまう事になる。
仕事が無いからといって私みたいに部屋に篭りっきりでは体も鈍ってしまう。ああ、勿論雑務依頼を受けていないときの話ね。そんなお暇な冒険者の人達は町をうろうろと彷徨い出し、最終的に広場に辿り着くという。
広い広場、そこに集まる暇な、大勢の冒険者。それに目を付けた人々がいた。
冒険者が集まっている? ならば直接雇いに行こう。と、雑務依頼を受けてくれる人を探す依頼人の方々。
冒険者と、冒険者に依頼を出す依頼人まで集まってるのか? それじゃそっちで店出すか。と、フットワークの軽さが売りの露店商人の人たち。
冒険者と依頼人、さらに露天商まで出店しているだって? それならば我らも負けてはいられない。と、商魂逞しい大通り商店街の店主さん同盟。
冒険者と依頼人はどうでもいいけど、露店や出店が沢山出てるんだってさ。乗るしかない、このビックウェーブに! と、一般の町の人々。
え? 何? なんだか知らないけど人がいっぱいいる? よろしい、ならばお祭りだ。と、お祭り好きのエルフのみんな。(お祭りをする事を、強いられているんだ!! という森の住人含む。)
そんな訳で、冬の広場は連日お祭り騒ぎ、と言うほどでもないが、それなり以上に賑やかになっているらしい。
ナナシさんがどうしているかは確かに気になる、気になるが、それ以上にお祭り騒ぎが気になってしまう私もお祭り好きの一人。一度くらいは冬の風物詩とも言える『冒険者広場』という物をこの目で見てみたかったのだ。
兄様姉様とシアさん、それに加えてラルフさんとナナシさんとエディさん。みんなで楽しくお喋りをしながら露店を見て回る……、うう、楽しみすぎる!!
途中寒さで何度も帰ろうとしてしまったが、三人からの励ましもあり何とか広場まで辿り着く事ができた。真っ直ぐ歩いていただけの筈なのに、いつもよりかなり時間が掛かってしまった気がする。
「あー……、あいつ等はどこだ? しまったな、落ち合う場所をもっと絞って決めておけばよかったか」
広場で、としか決めてなかったもんね。
「女神様の像の前には……、いないわね。うーん、どこかしら? まあ、歩いてればその内にバッタリ会えるでしょ」
女神像は待ち合わせの目印には便利そうだよねー。女神様もまさか自分の像がそんな目印にされてるなんて夢にも思わないだろう。
広場には予想以上に大勢の人が集まっていた、軽く百人以上いるんじゃないだろうか? その中で、武器を提げて外套を羽織っている人、冒険者の人たちの大体は、即席で作ったようなかまどらしき物をを囲んで談笑している。折り畳みできる椅子を持ち込んで座っている人、適当に木箱に腰掛けている人、地面にそのまま座り込んでいる人などなどだ。こんな所で勝手に火を焚いてもいいものなのか……。そして広場の外周部分には様々な露店が建ち並んでいる。一般の町の人たちはこちらがお目当てなんだろう。エルフも結構目に付くね。
ふむ……、感想は、ぶっちゃけもう帰りたいです、寒いです。帰って母様の膝の上で甘えたい……。あ、広場に着いたら姉様に抱き上げてもらえるんだっけ? それじゃ早速。
「ユー姉様ー、寒いよー……」
「え? あ! ごめんねシラユキ。わ、ほっぺ冷たいわこの子。……っと、冷えちゃってるわねー。シア、何か温かい飲み物が貰えそうな所はない?」
私の頬の冷たさに少し驚き、シアさんお手製のマフラーを巻き直してくれた後に抱き上げて、温める様にギュッと抱きしめてくれる姉様。
「ユー姉様あったかーい! ふふふ」
「ふふ、可愛らしいです……。姫様にはまだ冬の町は早かったかもしれませんね。姫様? お辛いようでしたらすぐに仰ってくださいね。ああ、『転ぶ猫』の出店が出ている様です、温かい紅茶もあるでしょう」
シアさんの目線の先には、『転ぶ猫』と書かれた、仰向けに転がっている猫のシルエットの看板が提げられた細い木の柱? が見えた。私たちも行きつけの結構高級なお店らしいのだけど、こんな所で商売になるんだろうか……? でも今はありがたいね。
「それじゃ、俺はあいつ等探しにうろついてくるから二人ともそこで待ってな。バレンシア、シラユキが無理してそうなら、俺に断りは入れなくていい、先に連れて帰っててくれ」
「はい、畏まりました。しかしその場合はユーフェネリア様をお一人で残す事になってしまいますが……」
「あー、そうか……。ま、そん時は何か分かりやすい合図だけ寄越せ、すぐに戻ってくるからな。頼んだぞ」
「もう、私もまだ子供扱い? ふふ、いってらっしゃいお兄様」
丁寧なお辞儀で兄様を見送るシアさん。私も、また後でねー、と軽く手を振って見送る。
ううむ、どうやら私が寒がりすぎて心配を掛けちゃってるみたいだね。反省しなければと思うのだけど、寒いものは寒いんだからしょうがない、うんうん。
まあ、こうやって姉様に抱き上げてもらっていれば寒さも半減だ。温かい紅茶も飲めるみたいだし、まず大丈夫だろうと思うよ。
『転ぶ猫』の冒険者広場出張店の前で、椅子に腰掛ける姉様の膝の上に乗せてもらい、温かい紅茶を飲みながら広場を見回す。体が冷えすぎて紅茶がとても熱く感じてしまう。
しかし、温まっていいねこれは。こんな風に寒空の下で紅茶を飲むのも中々にいいものだ。少しは冬の見方を改めなければなるまい。
「ふふ、キョロキョロしちゃって……、可愛い。何か面白そうな物でもあった?」
「あ、うん。出てるお店って食べ物ばかりだなーって。やっぱり寒いと温かい物が食べたくなるよね」
元々露店といえば、確かに屋台の様な食べ物関係が多い。でもここから見える範囲、ほぼ全部と言っていいくらい食べ物のお店しか見当たらない。
「まあ、食事より飲酒で体を温める、といった感じの方の方が多いのでしょうけれど、やはりお酒のみではなく何かつまみたくなってくるというのが当然の事。自然と出る露店もそういった傾向に偏っていってしまっているのでは、と思います」
なるほどお酒とそのおつまみか、納得。昼間は酒場もやってないしね、焚き火……、かまどかあれは。お酒を飲んでおつまみをつまみながら、かまどを囲んでみんなでわいわい騒いで温まる、と。ふむふむ、よくできたシステムじゃないか。
そのままぐるーっと視線を流して、露店とそれを覗く町の人たち、談笑する冒険者の人、広場中をぼんやりと眺める。湯気や煙が多く立ち上る風景は何故か見ていて飽きない。張り詰めた冬の空気がここだけ緩くなっている様な錯覚さえ受ける。まあ、実際ここに集まっている人たちの活気や料理の熱のせいもあるとは思うけど。
「む、ルー兄様発見。お店覗いてるね……、お腹空いたのかな?」
「え? どこ?」
兄様の青色はよく目立つ。ほらあそこ、と指を差して示す。
「あ、いた、何か買ってるのかしら。ええと、あれは何のお店? ここからじゃちょっと分からないわね……」
白い煙が上っているところを見るに、何か焼き物関係の食べ物のお店で間違いはないだろう。しかし看板も何も無いのでここからでは判別ができない。
考えてみたら、私たちは今こうして温まってるからいいとしても、兄様だって普通に寒い筈だよね。何か温かい物でも買ってるんだろうと思うけど……、むう、ちょっと申し訳ない気持ち。戻って来たら抱きついて私の体温を分けてあげよう。
「ふむ……、? おや? はあ、なるほど。しかし何故……」
シアさんが何かに気づいた様な独り言を漏らす。
「う? どうしたのシアさん」
「ああ、いえ、すみません。お二人とも、ルーディン様が覗かれている露店の店主に見覚えはありませんか? ふふ」
何か楽しそうだねシアさん……、怪しい。
まあいいや、えーっと、お店の人お店の人っと……、二人いるね。……あ!!
「あら? あの二人って、ラルフとエディじゃない! 探しても見つからない訳ね……」
姉様の言うとおり、何故かラルフさんとエディさんの二人が露店であくせく働いている。本当に何故だ……。兄様がやって来たせいでお客さんも増えてしまっているみたいだし、とても忙しそうだ。
「なんだろ? 急にお仕事が入っちゃったとかかな? ユー姉様、シアさん、私たちも行ってみよっか」
「そうね、ちょっと話すくらいなら邪魔にはならないでしょ。でもナナシが見当たらないわね……」
「はい、参りましょう。ユーフェネリア様はそのまま姫様をお願いします。まったくあの二人は……、広場で大人しく待つことすらできないのですか」
この寒い中、露出多めな制服で頑張っているウエイトレスさんに、ごちそうさまー、ありがとう、ときちんとお礼と挨拶をしてから席を立ち、三人で兄様たちのいる露店へと向かう。勿論姉様に抱き上げられたままですが何か?
「ん? 三人とも来たのか。別にあのまま待っててもよかったんだけどな。おいラルフ、結局揃っちまったぞ」
「何ぃ!? ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
「ラルフさんエディさんこんにちわー。露店のお手伝いのお仕事ですか?」
「こんにちは二人とも。ナナシはどこに行ったの? ここにはいないみたいだけど……」
「え!? ユーネフェ、ユーフェネリアさんにバレンシアさん!? 今度は美人が二人増えた!! お客さん増えるから離れててくださいよ!!」
「お二人に挨拶を返さず質問に答えないどころか邪険に扱うその態度……、許せませんね。……こほん。皆さーん、何のお店かは分かりませんがこちらがお勧めでございますよー」
「うおおおお!! 大声じゃねえのにすっげえ響きやがるいい声!! じゃなくてマジでやめてくれ!!」
「ひい!! ゾロゾロ来た!! こんにちは!! ごめんなさい!! ナナシさんならほらあそこ!!」
「あはは、ごめんなさい。まったくシアさんは……。それじゃ、ナナシさんの所で待ってますねー」
「ふふ、やるわねシア。ごめんなさいね二人とも、また後でね」
「俺は面白そうだからもうちょい見ていくか」
「見てるなら手伝えよ!! 客を増やすだけ増やして去っていくとはなんて酷い奴らだ……」
エディさんが指差す方には、周りに誰もいないかまどらしき物が一つ煙を上げている。他に目に付くのは、傍らに布製の大きな袋が置かれているくらいか。
あれ? いないよ? ナナシさんはどこに行っちゃって……、うん?
布袋の天辺に、ぴょこんと飛び出る猫の耳が二つ見えた。
続きます。
一話であっさり終わらせるつもりが……
次回はまた一週間以内の予定です。