その218
シアさんに抱き上げられてみんなが集まっているという広場へと向かっている私、なのだが……。
くんくん。うーん……? すんすんすん。この色々な食べ物の匂いが混ざった様な香り、一体何の匂いなんだろう。
「ひ、姫様、くすぐったいです……、ふふ。あ、ですがお止めにならなくて結構ですよ。ご存分に心行くまでお続けください、お願いします」
「あ、ごめんね。……くんくん、気になる……」
「うわあ、シア姉様超嬉しそう……。シラユキ様も可愛らしい……。どっちも羨ましいなあ」
どうもこの嗅いだ事の無い、でも美味しそうな匂いが気になって、ついついシアさんの匂いを嗅ぎまくってしまっていた。シアさんの、と言うよりはシアさんの服に付いた匂いか。
シアさんはくすぐったそうにしながらも私のその行動がとても嬉しいらしく、超が付くほどの上機嫌で先頭を歩いている。止めるどころか続けてくださいとお願いをされてしまった。
お願いもされちゃったし、こうなったらもっとくっ付いて匂いを嗅ぐか! と、シアさんの首元に顔を埋めるようにして匂いを嗅ごうとしたその時、後を付いて歩きながら小声で何やら囁き合うマリーさんとキャンキャンさんの姿が目に入った。
二人とも私の方をちらちらと見ながら、ニヤニヤとした笑顔で楽しそうにお喋りをしている。言うなれば恋愛話に花を咲かせる女子学生の様だ。と言うかそのものだ。たまに小さく黄色い悲鳴が聞こえてくる。
はた、と、マリーさんと目が合うと、満面の笑顔でどうぞどうぞと手を差し出すジェスチャーで何かを勧められる。一体私に何をしろと言うんだろうかマリーさんは……。キャンキャンさんも笑顔で何度も頷いている。
まあいいや後で聞こう、と、シアさんにギュッと抱きつくと、さっきよりも少し大きめの黄色い悲鳴を発する二人。何やら最高に嬉し楽しそうだ。
ははぁ、なるほどなるほど、そういう事ね。そう言えばシアさんからする匂いが何なのか気になってツッコミを忘れていたね、いけないいけない。最近はマリーさんという有力なツッコミ要員がいてくれたからつい自分で突っ込むのが疎かになっちゃってたよ。
まあ、今回はツッコミを入れられるのがマリーさん本人だからそれもしょうがないかもしれない、が! 勘違いはしっかりと正しておかなければ。
か、勘違いしないでよねっ! これは大好きなシアさんに甘えてるんじゃなくて、ただ単に匂いを嗅いでただけなんだからねっ! という台詞はどう考えても逆効果なので無難に、シアさんからする匂いが気になるだけだよー、と至極冷静に伝えてみた。
それでも二人のニヤニヤニヨニヨは治まらない。それどころか照れちゃってコイツー、とでも言いたげな表情をお返しされてしまった。
まあ、誰がどう見てもシアさんが大好きで抱きついてるように見えるよね……。二人の楽しそうな雰囲気に水をさすような真似はしないでおこう。しかし、マリーさんとは一度きっちりとお話しないといけないね! やっぱりそういう関係って言葉から察するに、常日頃からそう見えてたっていう事なのか!?
「ま、何の匂いかなんて着きゃ分かるさ。シラユキも疲れたろ? そのままバレンシアに甘えてな」
「うん、楽しみ。とりあえずマリーさんは失礼ポイント一つ追加ね!」
「ええ!? シラユキ様そんな!!」
「はい、三度目の10ポイント達成おめでとうございます。では早速明日にでも、第三回、マリーさんにお仕置きしようの会を開催すると致しましょうか」
「失礼ポイントですか? マリーにお仕置き? 私がいない間にそんな面白そうなイベントが二回もあっただなんて……、不覚」
「あああああ……。どうしてこんな事に……、あ、ど、どうしてこうなった! ですわ」
「俺も見に行きたいけど、明日は見回りだなー。残念だ。マリーちゃんもなんだかんだでいい感じに染まってきたよな……」
「ええ。毎日楽しそうなお嬢様を見れて私も嬉しいです」
「楽しくないわ! お仕置きは楽しくないわよ!!」
「私はとても楽しいですが、何か?」
「ふふん、楽しみ楽しみ。前回と前々回の詳しい話も聞かせてくださいね」
「聞かないで!!」
「私もちょっと楽しみー」
「シラユキ様まで! お、お手柔らかにお願いしますわ……」
広場に集まっていたみんなの内の数人が私たちの姿を確認して駆け寄り、合流し、終始明るく楽しい雰囲気のまま広場へと到着した。ここまで凄く時間が掛かった様な気がするのは何故だろう? 私の休憩で足止めをしすぎちゃったか。
シアさんに抱き上げられて目線が高い間にざっと広場の中を見回してみる。
大き目の長方形のテーブルがいくつか、場所は綺麗に並べてという事はなく、乱雑に適当に置かれ、その上にはこれまた一貫性のない料理がどれも手付かずで山と盛られ、並べられている。テーブルに料理が乗っている事を除けばいつもの宴会風景と変わらない。
集まっている人数は私たちを抜いて十人ほど。ライスさんの言っていた様に出掛けてしまっていたり、どうしてもお仕事が抜けられない人もいるみたいで、この集落に住んでいる全員が揃っている訳ではないみたいだった。
この、なんの催しか見ただけでは予想もできない集まりなのだが、いや、宴会の様なものだという事は分かる。分からないのはアレのせいだ。
会場となっている広場の中心位置に、一際存在感を主張している巨大な物体が鎮座しているのが嫌でも目に付く。
ブロックの様にに整えられた石材を組み上げて作られた石の壁。高さはそこまで高くはなく、50cm程度。幅は1mはありそうだ。この位置からは見えないが、多分何かを囲むように四角く、台座の様に建てられているだろうと思う。そう思えたのは、その上に大きな半球状の物体が乗っているからだ。
その怪しげな物体も幅は1m近くある様に見え、球状の底の部分が下の台座に埋まる様にして隠れてしまっている。台座の天井部分は穴が開いているのだろうか。
恐らくこれが今回の催し事のキモの部分、シアさんが先行して用意していた何かなのだろうと思う。
まあ、意味もなく回りくどく分かり難く言ってみたりもしたが、パッと見大きなかまどと鉄のお鍋だね。
なるほど、お鍋か。外で大きなお鍋を仲良く囲んでお昼ご飯であるか。
どうやらシアさんがここで巨大鍋の用意をしていたら人が集まってきて、そのまま宴会騒ぎになったという訳かな。ふむ、通常運行じゃないか、考えるまでもなかった。
よし、全て理解したところでみんなにちゃんと挨拶をしよう。料理に一切手が付けられてないところを見ると、みんなお昼はまだの筈。それについても謝らないといけないね。
「こんにちわー、みんなー。ごめんね遅れちゃって、先に食べちゃっててもよかったのに」
「いやいや、今日の主役の姫様、じゃなくてそっちの、マリーベルって子が着くまでは待ってようってみんなでね」
「え? え? 私を、ですの?」
見ず知らずの人にいきなり名前を呼ばれて困惑するマリーさん。
ご近所どころかこの森全体で一つの家族の様なもの、マリーさんの噂もきっと既に広まり切っているんだろう。
「そそ。ほれほれ早く紹介しろって。俺たちもう腹ぺッコペコなんだぜー?」
「ま、いいだろそんなの後でも。……悪い! 皆、遅れた! もう食い始めてもいいぞ!! マリーと話したい奴は勝手に話せ!!」
兄様の宣言で一気にワッと騒がしくなる広場。人数は多くはないのでそこまでのうるささはないのだが。
「ルー兄様勝手すぎー」
「はは、いいじゃねえか細かい事は。バレンシア、キャロル、シラユキの事は頼んだ。ライス、酒はどこだ? 飲みに行くぞついて来い」
「お、おお。……いいのか? まあ、いいか、オレはマリーちゃんとは何度か話してるしな。よっしゃ、んじゃ行くかー!」
シアさんは私を抱き上げたまま、軽くお辞儀をして二人をしっかり見送ると、
「キャロ、あなたはマリーさんとキャンディスさんのフォローに回りなさい。余計な口やからかいは挟まず見守るのですよ? 私は姫様と少し離れた所で休憩をさせて頂きますから、何かあったら死を覚悟してから呼びなさい。姫様、お疲れでしょう? あちらにお飲み物やお食事を用意してございます。もうほんの暫くだけご辛抱くださいね」
キャロルさんに一瞬だけ顔を向けて指示を出し、マリーさんたちは完全放置でスタスタと歩き始めてしまった。
「え、あ、ちょ……。マリーさん頑張って! みんながマリーさんに飽きたら一緒に食べようねー」
マリーさんとキャンキャンさんへワラワラと群がるみんなを見つつ、特に抵抗する事もなく大人しくシアさんに連行される。私も座って休憩したいし、何よりお腹が空いたからね!
「あ、はい、分かりまし……、え!? シラユキ様!? せめてレンさんだけでも!」
「駄目ですよお二人の邪魔しちゃ。お嬢様のことは私とキャロルさんにお任せくださいねー」
「私もここの皆のことはそこまで知っている訳でもないんだけど……。シア姉様! 死を覚悟してって呼んだら殺すぞっていう意味ですよね!? シア姉様ー!!」
人だかりの中から何やら切羽詰ったような声が聞こえるが、多分気のせいだろう。さーて、お鍋の中身は何なのかなーっと。
「シアさんシアさん、これは何のお鍋? 色々混ざった感じの……、でもいい匂いだね、美味しそう」
「先日ドミニクさんから頂いたあの巨大なジャガイモがメインの、ええと、すみませんが名前は特には……。肉と野菜のごった煮スープ、でしょうか?」
「あー、あの私より大きなおイモね。ごった煮……、寄せ鍋、かな? いただきまーす! ……ちょっとしょっぱいけど美味しいね」
――マリーちゃんマリーちゃん! マリーちゃんも誰かと結婚して森に住むの?
――結婚!!? ど、どこからそんな話が出て来たんですの!? あの、できたらちゃん付けは……。
――なんだ違うのか……。それなら俺はどうよ? 恋人募集中だぜ?
――ないわー。アンタじゃ全然釣り合い取れないわー。美少女よ美少女。
――お嬢様は一応成人してるんですよ?
――あ、そだっけ? でも、まあ、美少女でよくない?
――一応!? び、美は付けないでくださいまし……。
「少し味が濃すぎましたか? ちょっと失礼をして……、ああ、煮詰まってしまった様ですね。しかし今から味を調える訳には……、申し訳ありません」
「いいよいいよ美味しいし、遅くなっちゃった私が悪いんだしね。シアさんも一緒に食ーべよ? はいあーん」
「は、あ、姫様? あ、ありがとうございます……」
――ふーん、キャロルの妹みたいなモンなのか。二人ともちっさいなあ……。
――うっさいわコラー!! 私はいいからこっちの二人を構いなさいよ。
――おお怖え怖え……。そっちのメイドさんも結構可愛いよな。やっぱり姫に甘えられたりしてたり?
――いいえ? 私なんて王族お付の方々に比べれば平々凡々としていますからねー。胸も普通くらいはありますけど目立ちませんし。まあ、私は今はまだお嬢様のお世話で手一杯なので。
――シラユキ様はメイドが大好き、なのですよね? あと大きなお胸も。
――そうそう、おっぱい大好きの甘えんぼでなー。てかお付の三人すっげえ美人だろ? あ、メアリーは美人って言うより可愛いっていう感じか。あんな美人メイド俺も侍らせてみたいぜホントに……。
「なんか好き勝手言われてるね。でもメイドさんズが褒められてるのは嬉しいかも、ふふ」
「ではまだ止めるのは止して置きましょうか。ところで姫様、足は痛みませんか? まさか歩いてこちらまで来られるとは思わず……。お屋敷からはそれなり以上に距離がありますし、かなりお疲れなのでは」
「ちょっと疲れちゃったけど大丈夫、平気だよ。ありがとね」
「マリーさんの手前甘え難いのは分かるのですが……、ご自愛なさってくださいね。後程お風呂で念入りにマッサージを致しますので……、とても楽しみです」
「シアさんが楽しみなの!? 変な所触ったり撫でたりしちゃヤだからね! もう!」
「それはお約束できかねますね」
「なんで!?」
――ま、姫の友達なんだからフェアフィールドのエルフだからって変な目で見たりはしないぜ?
――いやらしい目では見るけどな!!
――いやらしい!? そ、それはキャンキャンへどうぞ!!
――私はお嬢様が結婚するまでは恋愛にはあまり興味が……。体だけの関係という事でしたら。
――ままままマジで!? そんな事言わずに俺と付き合おうよ!!
――落ち着け。抜け駆けすんなアホ。
――お? 意外。キャンキャンって処女じゃなかったっけ? いつの間にそんなドライな奴に……。彼氏できた?
――勿論まだ未経験ですよ? もう、冗談ですよ、じょ・う・だ・ん。……お嬢様?
――あ、ごめんね、ちょっと驚いちゃって。身内のそういう話は冗談でもちょっとキツイわ……。キャンキャンもいい人がいたら私に気なんて使わずに、お付き合いなり結婚なりしちゃってもいいのよ?
――ではこちらに滞在している間にいい人探しでもしちゃいましょうか。そうなればなし崩しにお嬢様もこの森で暮らしていく事になるでしょうし。
――なんでアンタを中心として話が進むのよ! 連れて帰るかアンタを置いて帰るに決まってるでしょ!!
――えー。
――面白いわね二人とも。将来姫様とバレンシアもこんな風になるのかしら?
「私はならないと思うな……、むしろなれない? シアさんの変な言動を止めれるほどのツッコミなんてできる様になれるとは思えないよ」
「姫様の場合でしたらツッコミよりも命令する事にもっと慣れて頂ければ、と思いますよ。従者にとって主の命は至福の喜びとも言えますからね」
「そうなの? でもあんまり命令はしたくないなー。みんな大切な家族だからするとしたらやっぱりお願いになっちゃうと思うよ」
「勿論お願いでも結構ですよ。ふふ、お優しい姫様。膝抱きにさせて頂いても構いませんか?」
「いいよいいよー。ふふふ、こんなに沢山の人の前だとちょっと恥ずかしいかもね。あ、沢山の人の前と言えば、今年の秋祭りはちゃんと出ようかな」
「ご無理はなさらずに……。何事も一歩一歩、ゆっくりと歩んで参りましょう」
――うお、なんだあの笑顔美人すぎる。バレンシアも普段はそっけないのになあ、姫の前だとなんて言うか、可愛いよな? 俺おかしくないよな? 別人に見えちまうぞアレ。
――おかしかないが……、まあ、姫の前だけだしな。俺たちに向ける目は道端に生える雑草を見る目に近い。
――まさに有象無象の扱いね、女性に対してはそうでもないんだけど……、男に向ける目は確かにアレね。あ、キャロルにも結構優しいんじゃない? こんなに可愛い女の子で愛弟子なんだし。
――可愛い可愛い言わないでよ。うーん、まあ、二人っきりだと結構優しい、かもね? 私が子供の頃はもっと優しかったんだけど、今はシラユキ様第一よ。
――キャロル? レンさんナイフ出してますわよ? あ、皆さん、巻き添えを受けるといけないのでこの方とキャロルからは少し離れましょう。
――見捨てないで!! ライスさんでも逃げるので精一杯だってのに俺にどうしろと!?
――なんであんな奴がさん付けで私は呼び捨てなん? 納得いかないわ。あ、シア姉様? 構えないでください!!
「シアさんだーめ」
「はい。申し訳ありません」
――た、助かった……!? ありがと姫ー!!
「気を付けてねー」
――ライスさんはここじゃ一番年上だからね。キャロルはいくつだっけ? 四百?
――まだ四百には届かないけど、大体そんくらいかな。
――こんなに小さくて可愛いのに年上なのよね。やっぱりキャロルはキャロルね、ちゃん付けでもいいくらい。
――はいはい好きに呼んで。男共はちゃん付けなんかしたらぶっ飛ばすから。
――なんでだよ!? ええいこのレズっ子め、やっぱ女には甘いんだな。
――キャロルちゃーん。
――キャロルちゃーん。
――キャンキャンはいいけど……、マリーにそう呼ばれるとなんかむかつく!!
――理不尽ですわ!!
「うわー、すっごく楽しそう。私たちもそろそろ行こっか? もうお腹いっぱいだよ」
「はい。私はまだまだこの体勢でいたかったのですが、姫様の仰せのとおりに……」
「どうだった? みんな全然気にしてないって言うか、遠慮もしてなかったよね」
「あ、シラユキ様。ええ、皆さん本当に遠慮のない方々で……。とてもお話し易かったですわ」
「フェアフィールドじゃこんな扱いは考えられませんからね。お嬢様もやっぱりここでずっと住まわせてもらいたいんじゃないですか?」
「さ、さすがにそれは、ね。でも、もっともっとこの森を見て、感じて、知っていきたいとは思いますわ」
「あー、なんかホントに大人になっちゃったなあマリー……」
「今の表情にはここで毎日ダラダラと過ごしたいなあ、という感情も込められている様でしたが?」
「やっぱまだまだ子供か、安心した」
「もう! レンさんったら!!」
「あはは。私も参加するからもっといっぱいみんなとお話しよー!」
「はいですわ! もう、こんなに楽しい毎日だと本当に帰りたくなくなってしまうじゃないですの……」
何となく、マリーはシラユキより動いてくれていいキャラだなあと思いました。
こっちの主従メインの方が面白いんじゃね? ……ふう。