その217
他愛の無いお喋りを続けながらのんびりだらだらと歩く私たち一行、静かな森の中、楽しいお散歩気分だ。
途中キャロルさんがマリーさんに、手を繋ごうか? とからかい混じりに話しかけて軽い口論になったりもしたが、それ以外は特に何事もなく、いつの間にかそろそろ建物が見えてくるんじゃないかという辺りまでやって来ていた。木々の深い森の中にある集落なので、かなり近くまで来ないと見えてこない。本当に後もう少し、くらいの距離だ。
「お?」
「う? どうしたのルー兄様」
兄様が何かに気付いたように声を出し、私もそれに釣られて兄様が顔を向けている方向、道なりの前方へと目を向けると、私たちが進んでいる道をこちらへと歩いて来るライスさんの姿が見えた。
「あ、お嬢様、あちらに」
マリーさんはキャロルさんとのお話に集中していた様で気付いておらず、キャンキャンさんの言葉で視線を前に向ける。同じくそちらへ顔を向けたキャロルさんは笑顔から一転、うへ、と露骨に嫌そうな表情へと変わってしまった。
「あら? ライスさんですのね。迎えに来てくださったのでしょうか?」
「ああ、多分な」
ライスさんも私たちに気付いた様で、手を振りながら気持ち速度を速めてこちらに歩いて来る。
お互い歩みを進めていたのですぐに目の前まで近付き、まずライスさんが口を開く。
「おー、遅かったなー。何かあったと思っ」
「シラユキ様に近付くなこの変態が!」
言い切るよりも早く、パッと私たちの前に躍り出たキャロルさんがやや大きめの声で言い放った。
「変態!? キャロちゃんいきなりひでえ!! 心配して見に出て来たってのにこの扱い!!」
「キャロちゃんって呼ぶな!! むかつく! コイツの存在自体がむかつく!!」
「存在する事くらい許して!! おーい、落ち着いてくれよキャロちゃんよう」
「近寄るな! バナナの皮で足を滑らせて転んで頭打って死ね!!」
「うおー!! 勘弁してくれー!! だが美味しいなそれは……」
「ああ。今日はバナナか……」
ああ、早速始まっちゃった……。キャロルさんはライスさん大嫌いだからなあ……。
見てる分には面白いんだけどキャロルさんは本気で嫌がってるからねこれ。でも止めようにもちょっと怖くて止められない。いつもはシアさんがかるーく止めてくれちゃうのに、今日に限って別行動してるんだから、もう。
「あ、あのー、シラユキ様? キャロルとライスさんの間に一体何が……? 男の方だからというのにしては反応が強すぎるように思えるのですれども」
まだまだ喧々囂々と一方的にわめき散らすキャロルさんを横目に見つつ、こそこそと小声で私に聞いてくるマリーさん。
どうやらキャロルさんの大の男の人嫌いはマリーさんも知っているようだ。でもライスさんはそれとはまた違った方向でも嫌ってるんだよね……。
簡単に表すなら、男の人は普通に嫌い、ライスさんはそれに加えて存在する事自体が嫌、かな。酷い話だよまったく。
「あ、うん、大体はシアさんのせいというか何と言うか……」
「あ、はい、何となく理解しましたわ……」
大体はシアさんのせいで納得されちゃう辺りシアさんはさすがと言うしかないね。そこに痺れはしないし、憧れもしないけど。
兄様は止める気配は無いみたいで、キャンキャンさんと一緒に面白そうに見学している。
丁度いいので兄様が飽きるまでか、キャロルさんが叫びすぎて疲れちゃうまでマリーさんとお話、説明してあげちゃおう。
「キャロルさんがシアさん以外の人に、自分のことをキャロって愛称で呼ばれると凄く怒るっていうのは知ってる? 多分怒られないのは私くらいだと思う。ユー姉様が呼ぼうとしたらごめんなさいって断ってたし」
「え、ええ。一度冗談半分で呼んで泣かされた事を強く覚えていますわ……。見た目は可愛らしいのに怒ると本当に怖いんですからキャロルは……」
「ライスさんもシアさんがそう呼んでるのを見て知らずに言っちゃった事があるんだけどね。その時は嫌そうな顔して注意するだけで終わったんだけど、あ、終わる筈だったんだけど」
「そこでレンさんが、ですの?」
「うん……。面白そうだからその呼び方でいいですよって何故かシアさんが許可と言うか勝手に決めちゃってね……。キャロルさんはシアさんの決定には逆らえないから」
「その時の情景が鮮明に思い浮かべられるのは何故なんですの……。……? でもライスさんが呼び方を改めれば済む話ではないんですの? 嫌がっているというのは誰がどう見ても分かりきった事ですのに」
「ライスさんはライスさんであのやり取りを、自分の死因を楽しみにしちゃってるくらいだから……。ルー兄様だって面白そうにしてるでしょ?」
「し、始末が悪いですわ……。なるほど、森の住人の方で手を上げる訳にはいかず、それならばとあの罵り様、という訳ですか……。あ、ありがとうございます、シラユキ様」
「うん、何でも聞いてねー。ふふふ」
シアさんじゃないけどこういう説明は大好き大歓迎だ。ちょっと嬉しい気分。撫でてくれるともっと嬉しいんだけど、マリーさんにはさすがに無理かー。
「まあ二人とも……、じゃないか。キャロル、その辺にしとけ。ライスもこうなる事が分かってんだからあんまからかうような真似はするなって」
さすがに飽きてきたのか兄様がキャロルさんを止め、ライスさんを窘める。やめろと言わない辺り今だけの事だと思う。
「は、はい! もも、申し訳ありません!! ライスは蜂に股間を刺されて死ね!!」
「痛え!! うおお、想像したぜ……。と、いやー、悪い悪い、キャロちゃんって年下で可愛いからついついな」
「ぐぐぐぐ……」
唸ってる唸ってる、睨んでる睨んでる、怖い怖い。
ライスさんに噛み付いてるキャロルさんはちょっと怖いけど、何となく子供っぽい感じもして可愛いよね。ライスさんは面倒見のいいお兄さん的な感じの人だし。
ふふ、仲のいい兄妹に見えてきちゃう。実際は本気で嫌ってるんだけど……。どうにか仲良く、とまではいかないにしても、もうちょっと友好的になってもらえないかなー。
「ふふふ。では、お迎えも来ちゃった事ですし、これ以上遅れるのもいけないのでそろそろ行きましょうか」
キャンキャンさんが空気を一新する様に軽く手を一つ叩き、提案する。素晴らしい仕事だと感心はするがどこもおかしくはないね。キャンキャンさんもやはり素晴らしいメイドさんだ。
「ああ。ライスは迎えでよかったのか?」
「おう、ちょっと遅えなあって、な。姫は抱き上げて来なかったんだな、遅くなる訳だ」
「そういう事か。まあ、運動不足の解消に丁度よかったからな」
ああ、なるほどね。私は兄様に抱き上げられて来るとおもってたんだ? これくらいの距離なら普通に歩いて来れますよーだ! ……ちょっと休憩はしたけど。
マリーさんとキャンキャンさんの手前、抱き上げられて森の中を歩くのは恥ずかしいからね、しょうがないね、うんうん。
さーて、気を取り直して再出発しようか! と、その前に。
「キャロルさんキャロルさんこっちこっち。手、繋いで行こ」
「え? は、はい!! 喜んで!!」
一瞬で笑顔になるキャロルさん。ご機嫌取りも忘れずに。
「やっぱ可愛いよなあキャロちゃん。ま、姫のほうが圧倒的に可愛いんだけどなー」
「うっさいわ。……本当にコイツは死んでくれないかな……」
笑顔で物騒な事を言わないの! ふふふ。
一行にライスさんを加え再出発。とは言ってももう目と鼻の先の距離まで来ていたので十分と経たずに目的地の集落へ到着した。到着してもキャロルさんと繋いだ手は放さない。別に魂ごと離れてしまう訳じゃないけど。
幅が広めの道を挟むようにして木造の家が数件、木々を挟みぽつぽつと距離を置いて建ち並んでいる。家の数は十軒ほどしかない。いや、この森では充分多い方なのかもしれない。
そのまま道なりに真っ直ぐ進むと、集落の中心位置に少し広めの丸い広場がある。これがリーフエンドの森の中での人が住む区域の形式? 在り方だ。畑や牧場の有無、家の数の多い少ないはあるけれど、大体はどの集落もこんな感じの作りをしている。それは私の住む家の周りも例外ではないね。
森の所々にこういった集落がいくつもあり、近くの広場同士は道で繋がっていて、その道をどの方向へ進んでも最終的には私の家の前の広場に辿り着くという面白設計だ。散歩やランニングコースに適している気がする。私はしないけどね。
マリーさんとキャンキャンさんは物珍しそうにキョロキョロと見回しながら歩いている。躓いて転ばないか心配になってしまう。
「? ……? 誰にも会いませんね? 皆さん家の中に……、それともどこかへ出かけられているんでしょうか?」
「……あ、言われてみればそうね。つい珍しさにばかり目を取られて考えが回らなかったわ」
やっぱりこういう形の集落は珍しいんだよね。本当に小さな村とか、むしろ町間にある休憩所に近いんじゃないかなと思う。
それと、言われてみれば確かに、だね。普段は私が来たら住人総出で大歓迎してくれるのに。もしかしたらみんな揃ってお出掛け中だったのかも? 聞いてみよう。
「ライスさんは何か知ってる? 今日はタイミングが悪かったのかな」
「んや。出かけちまってる奴らも何人かいるけど、他の皆はアレだな、広場に集まってんだよ。今日ちょい前の事なんだけど、バレンシアがなんか面白そうな事広場で始めやがってな、見に行った奴らは俺も俺も! ってな感じで参加して帰って来なくて……、あ、姫が来るっていうのが一番の理由かもなー。姫がここまで遊びに来るのは珍しいからさ」
へー、シアさんがねー。……はっ!? い、一体何を始めたんだろうシアさんは……。忘れかけてた不安を思い出してしまったじゃないか。
肝心の何をしているかまでは分からなかったけど、それは実際見てみれば分かるし実はちょっと楽しみなので詳しくは聞かないでおこう。私に関係する何か、で、みんなも参加できる何か、だね。
「シア姉様は何してるん? て言うかアンタがシア姉様を呼び捨てにするとなんでか本気でむかついてくるんだけど……。こればっかりはお願いするからやめてくんない?」
「えー!? なんでだよ? オレちょっとキャロちゃんに嫌われすぎじゃね?」
「いや、アンタの事は心底嫌いなんだけどね、実際は普通にいい奴で信用できる奴っていうのがまたさらにイラつかせられるわ。まあ、それは置いといて……、んー? 自分でも分かんないのよ。理由は全く分からないけどアンタがシア姉様のことを呼び捨てにするとむっかむかしてくるのよね……」
「なんだそりゃ? バレンシアとライスは年も同じくらいだし呼び捨てても違和感はないだろ? むしろ俺はコイツがバレンシアに敬称付ける方がおかしいと思うくらいなんだが」
なんだろう、面白そうな話になってきちゃったんだけど……。わくわく。
ちょっと横を見るとマリーさんとキャンキャンさんもニコニコわくわくしてる。うん、ちょっと黙って話の経過を観察しようと目で打診。頷く二人。通じた!?
「ひやっ!? あっ、すっ、すみません! こんな奴でもルーディン様のご友人でしたよね! やっば、ついいつもの感じでやっちゃった……。口調も少し荒かったですか? 本当に申し訳ありません……」
兄様と、プラス私に頭を下げて謝るキャロルさん。それを見て驚くちょっと失礼なマリーさん。そこはライスさんに謝るところなんじゃないかな? シアさんも似たような謝り方するし、本当に似たもの師弟だ。
多分暫く町でショコラさんと過ごしていたせいで、また口調が冒険者のときのように戻ってしまっていたんだろう。私はこういう自然な喋り方のキャロルさんも好きなんだけどな……。
「口調は別にいいぜ? シラユキが真似するなんてあり得ないだろ。それにな、ライスは俺だってたまにウザく感じる事もない事はないからな、それが正しい反応だと思う」
「は、はい……」
「マジで!? オレってウザい?」
兄様の言葉に驚いて、何故か私に聞いてくるライスさん。
ええい、折角傍観者を決め込めると思ったのに……。
ライスさんとキャロルさんのどっちにフォローを入れるかと言えば、全面的にキャロルさん支援だね。
「ううん、私はそこまでは思わないけど……。キャロルさんはからかいすぎてるライスさんが悪いんだから気にしないでね。多分ライスさんはキャロルさんとのやり取りが楽しくって仕方が無いんだと思うし……、悪気は無いと思うよ?」
一応、だけど、ちゃんとライスさんへのフォローも入れておく。
「好きな娘にいじわるをしてしまう思春期の男の子の様な? ライスさんはもしかして……!!」
「キャロル! 女性趣味を抜け出すチャンスですわよ!」
何か外野から変なフォロー(?)まで入ってしまった。マリーさんとキャンキャンさんが凄く楽しそうだから突っ込まないでおく。
「うへ、マジで勘弁してよそれ。万が一男を好きになるとしてもコイツとだけは絶対無いって言い切れるわ」
「なんか知らんがフられたぞオレ。いやー、キャロちゃんはよく見て可愛い妹だなー。付き合うってか結婚するなら姫しかいないって! 姫!! 結婚しようぜ!!」
「イヤー」
「おお、可愛い言い方だな。シラユキ、スルーするだけじゃなくてちゃんと断れる様になったんだな、偉いぞ。……父さんの前ではやめとけよ? それ」
私をウリウリと撫でながら褒めて、ライスさんには軽く忠告を入れる兄様。
うん、最初は驚いて固まってばかりだったんだけど、最近ではちゃんと断れるようにもなったのよ! もっと褒めて褒めて兄様!! マリーさんが見てるから口に出して言えないけど!
「ウルギス様にどうにかされちゃえばいいのよアンタなんて。あ、無いとは思うけど一応……。マリーに何かしたら殺すよ?」
「小っこいのに怖え……。やっぱバレンシアの弟子なだけあるよなキャロちゃん。……と、噂をすればって奴か」
「だな。狙ったかの様なタイミングで出て来る奴だな本当に」
「へ?」「え?」「はい?」
キャロルさん、マリーさん、キャンキャンさんの順。三人揃ってある方向、道の先の方へ顔を向ける。
まさか父様が? と思ったけれど、いつの間にかこちらへやって来ていた人物は、
「姫様、ルーディン様、如何なさいました? こんな所で立ち止まられて……。もう準備は整い後はお二人がいらっしゃるのを待つばかりとなっております。参りましょう」
色々な意味での話題のその人、シアさんだった。
「マリーさんキャンキャンさんとキャロルさんのことも忘れないで! まったくシアさんはもう!」
「ふふ、申し訳ありません。さ、姫様、お手を……、あ、いえ、抱き上げさせて頂いても構いませんか?」
「うん! ふふふ」
わーい。……あ、いや、これは足が疲れちゃったからであってシアさんに甘えようという考えからの快諾ではなくてですね、ハイ。と心の中で誰かに言い訳をしながら両手を挙げる。
私を抱き上げて軽く頬擦りをした後、首元で大きく息を吸い込むシアさん。幸せくすぐったい、シアさん大好きだ。
まだ別れてから数時間しか経ってないのにもう私分が切れちゃった? 私も最近シアさん分と言うか、メイドさんに甘え成分が不足しがちだったからいいんだけどね。ふふふ。
「やっぱりシラユキの結婚相手って言ったらバレンシアしかいないだろ……」
「ええ!? ややや、やっぱりお二人はそういう関係なんですの!? うう、でも、どうしてか納得してしまいますわ。あの可愛らしいお幸せそうな笑顔……」
「お似合いラブラブなお二人ですよねー。お嬢様には私が付いてますよ!」
「いや、アンタはただの家族でメイドだから。それ以前に私は女性に興味は無いから!」
「あはは。シラユキ様はシア姉様と結婚するとして、私を愛人の座に据えて頂けないかな。……かなり本気で」
「女の子同士くっ付かないでくれよ勿体無い。てか俺のこと一瞬で忘れ去ったな皆!!」
「うっさい叫ぶな! シア姉様の機嫌を損ねて刺し殺されろ!!」
「それはホントにありそうだからやめて!! バレンシアのナイフは怖いんだってマジで!」
あははは、ごめんねライスさん、普通に忘れちゃってたよ。……? うん?
……すんすん。なにやらシアさんからいい匂いがする。なんだろう? 嗅いだ事の無い……、ええと、美味しそうな匂い?
まだ続きます。
ああ、メイドさんズとシラユキがキャッキャウフフしてる話が書きたい……