その216
月日が流れるものは早いもので、マリーさんが家で暮らすようになってからもう一ヶ月以上が過ぎた。この一ヶ月間、大体は私と姉様以外の家族にもっと慣れてもらう事と、家の近所のみだが、私がよく遊びに行く所への案内の毎日だった。それでもこの広大な森の中、まだまだ私も行った事のない所の方が多い。
そろそろ少し遠出をしてみるか、とは思ったのだけれど、いきなり私ですら初めての所へ連れて行くのもなんなので、今回は森の住人が住んでいる集落の辺りまで足を伸ばしてみよう、という事になった。
私の家の周りにも勿論人は住んでいる、が、みんな私の家の管理などのお仕事をしている人たちでマリーさんとも既に顔見知り、行く意味はない。なので、そこそこ離れた距離にあって、そこそこの人数が暮らしている地域をいくつか選び出し、その中からとある理由を以って目的地が決められた。
森のみんなは毎日のように私の家に訪ねて来てはいるのだが、自由に出入りできるのが二階部分までなのであんまり顔を合わせる様な事にならない。三階より上の階は、王族とそのお付のメイドさんズのみしか入る事を許されていないのだ。そんな訳で出不精の私は森の住人との接点が実は結構少なかったりもする。居住スペースまで行くなんて本当に滅多にない。最低でも月一でお祭りを開いているのでそこで纏めて会う感じか。森のみんなからしても一月程度では全く久しぶりと思える日数にはならないので、上手くバランスが取れているんじゃないだろうか。
まあ、私に会いたくなったら結構気にせずズカズカ上がり込んで来る人も、ライスさんやコーラスさんを筆頭にそれなりどころかかなりの人数がいるのだけれどね……。いきなり談話室まで進入してくる様な遠慮ない人も本当に僅かにだけどいるにはいる。だがそんな場合も大抵は、侵入者の気配を感じたシアさんかキャロルさん、それとクレアさんが確認に向かうので安心だ。
私個人的には森の住人もみんな家族だしそこまで嫌という訳ではないのだけれど、やっぱり自分の家で完全に気を抜いて、さらに家族に甘えているところを見られるのはかなり恥ずかしいのでやっぱり一声かけてから入って来てほしいものだ。
話は戻り、今日のお出掛けのメンバーは私と兄様とマリーさん、お供はキャロルさんとキャンキャンさんの合計五人。シアさんは私たちの到着より先に片付けておかなければならない用事があるとかで、一足先に現地に向かっているので実質は六人か。その行動に一抹の不安を感じてしまうのは何故だろう……。
向かう先はライスさんも住んでいる小さな集落。村、と言える程家の数は多くはないが、それでも十人以上が暮らしている地域だ。
そこに決めたとある理由というのは、既にマリーさんと面識のあるライスさんが住んでいるから。距離も近すぎず遠すぎず、程ほどに離れているのもいい。私の足でゆったり歩いて一時間ちょっとの距離だろう。最近はこうやって外に出る事が多くて、万年運動不足もある程度解消されたのではないだろうか!?
「ええと、シラユキ様、向かう先で何か気をつけなければいけない、その……、決まり事の様なものはございますの?」
緊張しているのか、ここまで口数の少なかったマリーさんが控えめに聞いてくる。
「ううん? 特に無いよ? ね、ルー兄様」
手を繋ぐ兄様にも念のため確認をする。私が知らないだけという可能性もない事はない。
「決まり事なあ……。まあ、常識の範囲内でならあるにはあるか? 普通に考えてやっちゃいけない事は当たり前に駄目だ。マリーなら普段どおりで問題ないさ、気にするな」
気にするなと言ってもシアさんみたいにフリーダムな行動をとってもいいという訳では決してない。
兄様はマリーさんに対しては少し柔らかい話し方になる気がする。私にするような激甘な感じではないが、年下の女の子、妹の様な扱いに近いか。私と手を繋いでなかったら頭を撫でに手を伸ばしていたかもしれない。
「は、はい、ありがとうございます……」
目を伏せて、元気なくお礼を言うマリーさん。
やっぱりまだまだ兄様とは話しにくい、のかな? 兄様は王族だし、ハイエルフだし、男の人だし……、それにカッコいいからしょうがないね。
これから数日はできるだけ兄様も一緒にいる様にしてもらうか……? ううむ、でもマリーさんが兄様の事を好きになってしまう可能性も……。いやいや、おっぱい星人である兄様の本性を見せ付ければいいんだよ! それでも好きになっちゃったら姉様と相談してもらおう。兄様の愛人さんになってもらって一緒に暮らすという手も……。
「シラユキ様、ルーディン様、お嬢様がお聞きになりたいのは自分の血筋についての事だと思いますよ。フェアフィールド家の印象はあまりいいものではありませんよね?」
「キャンキャン……、ありがと。ええ、そうなんですの。それがどうしても気になってしまって……」
え? ……はっ!? 私は今何を考えて……!! いけないいけない、どうやったらマリーさんをこの森に留めさせられるかを第一に考えちゃってた。やっぱり私はいけない子だよ……。
「気にしすぎだってマリー。クレアだってカルディナさんだって普通に暮らしてるっしょ? 新参の私が言うのも変かもしれないけど、この森に生まれだけを見て偏見を持つ様な輩はいないって、多分。印象が悪いってのもあの物語に出て来るフェアフィールドの王族だけだと思うよ?」
駄目駄目、マリーさんはお客様なんだから、そう遠くない内に帰っちゃうんだから、ね! うーん、あんまり考えたくないなあ。
「多分か。まあ、多分だな。俺だって森に住んでる全員を知ってる訳じゃないから多分としか言えないが……、少なくとも俺の知る範囲ではそんな奴はいないさ。俺が思うに、シラユキみたいにまでとは言わないが、逆に可愛がられるんじゃないか? 成人してるって言ってもマリーはちょいと背が低めだからな」
「あー、ありえますねそれ。私も未だに会う人会う人が撫でてきたりお菓子くれたりしてきますから。マリーは私より少し高いだけだし、きっとそうなるよ。むしろそうなれ」
「そうなれ!? あ、ああ、仲間が欲しいんですのね……、ふふ」
「うっさい。……ふふ、やっと笑ったか」
え? 私が何? 背が低い!!? あ、ああ、マリーさんのことか。むう、考え事をしすぎてみんなの言葉が耳を通り抜けちゃってたよ。
えっと、マリーさんは向かう先のみんなから、おいあいつフェアフィールド家の奴だぜ、無視しようぜ、とか、オメーの席無えから! とかそんな扱いを受けたら……、と不安になっちゃってる訳か、なるほどね。後キャロルさんのツンデレ具合に笑みが漏れてしまいます。ふふふ。
「お菓子と言えば、確かに行く先々でシラユキ様のついでみたいに頂いてましたよね。あれはやっぱりシラユキ様といつ出会ってもいいように皆さん携帯しているんですか?」
「ああ。シラユキの収納と保存の能力が知れ渡ってからは特にそうする奴が増えた感じだよな。それでも量は少なめだし、大体はその出先でそいつも含めて皆で全部食っちまうんだが」
「うん。もう出掛けるときはおやつ持って行かなくてもよくなっちゃったよね。……持って行くけど」
ちょっとしたアイドル気分だね。ただ我侭を言うなら、お菓子類は大歓迎なんだけど、できたら干し物系は控えてもらいたい。いや、美味しいんだけど喉が渇くし顎も疲れるのよアレ……。ふふ、なんという贅沢者だ私は。
「ふふふ。エルフの子供はそれだけで宝物ですからね、皆さんやっぱり王族やハイエルフという事を別としても可愛がりまくりたいんでしょうね」
「いやいや、純粋にシラユキ様が可愛すぎるからに決まってるっしょ。何言ってんのキャンキャン」
「そうだな」「そうですわね」
「あら、失礼しました。ふふふ」
「うう、恥ずかしいからやめてー……」
くう、みんな揃ってニヤニヤしてー! マリーさんの調子が戻ったみたいだからあんまり強く言えない! 言いにくい!!
エルフの子供はそれだけでみんなからちやほやされる存在、まさにアイドル的な存在だね。百年単位でどの家からも子供が産まれないのが当たり前の種族だし、人様の子供でも全力で可愛がりに行くのがエルフ共通の考え。それは年に限らず見た目小さければ、可愛ければいいや的な物も含まれる。見た目子供のキャロルさんが大人気なのもそのせいで、きっとそこまで身長に差の無いマリーさんもそうなるんじゃないかなと思う。……キャロルさんじゃないがそうなってほしい、色々な意味でね。
今現在私の知っている範囲で成人していないエルフは、なんと私ただ一人。名実ともに子供な私は森の内外問わず、エルフ全般から大人気という訳だ。それはちょっと嬉しくもあり恥ずかしくもあり、いろんな感情が混ざって複雑だ。でも悪い気は一切しない、その全部が好意から来るものだからね。
「私の場合はどうだったかしら……? 本当に小さかった頃の事は覚えていませんし、お客様は皆さん子供だからといって露骨に可愛がろうとしてはこないですし……。家族からは、その、恥ずかしいですけれど可愛がられるのは当然の事だと思いますから」
「お嬢様の場合はそうですね、ご家族の方は私含めて猫可愛がりしてましたよ。お客様は失礼の無いようにと控えてらっしゃったんじゃないですか? そもそもお客様は人間種族の方の方が多かったですからね」
「ほー……。他の町の、って言うのも変か。あーっと、あ、アレか、名家ってのも面倒そうだな、古くからの付き合いとかしがらみとかさ。ま、この森にいる間はその辺り何も考えなくてもいいからな、子供扱いされてろ」
「ううう、折角成人したというのに子供扱いは……。でも、変に構えない方がいいというのは分かりましたわ。ありがとうございます、ルーディン様、シラユキ様。ついでにキャロルもね」
「私はついでかい。……あ、こんな事言ってますけどコイツ子供の頃は普通に我侭なお嬢様でしたよ? 遊べ遊べ構え構えうるさくって……。そこが可愛いと言えば可愛かったんですけど」
「ちょっ、やめてキャロル! ち、小さい頃の話なんて」
「ですよねー。家族みんなで甘やかしまくりの可愛がりまくりでしたからねー」
「なっ、やめなさい!! あ、ち、違うんですのよ!!」
「ああ、何となくそんな感じはするよなマリーって」
「そう? 私はまさにお嬢様! っていう感じかなー」
「どうしてこんな事に……。シラユキ様にはそう見えているようで安心しましたわ……」
でもキャンキャンさんとキャロルさんにするみたいにお話してくれるともっといいのになー、とは今は言わないでおこう。今のいい感じの空気が流れて行っちゃいそうだからね。
しかし、マリーさんは子供の頃は我侭なお嬢様で、みんなして甘やかしの可愛がりまくり? そ、それって私のことを言ってるんじゃないよね?
ま、まあ、私も将来成人したら、マリーさんみたいな立派なツッコミの出来るお姫様になれるという事か……!?
続きます。