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215/338

その215

過去パート?です。

 今日の午前中、例の秘密じゃないけど秘密の広場へ向かう途中、先日シアさんが嫉妬のあまりつい切り倒してしまった木の切り株を見て、ふ、と、ある物の記憶が心の奥底から浮かび上がってきた。

 思い出した、という訳ではなく心の奥の奥に沈められていた感じに近いか。早速取り出すことのできた記憶から、ソレを具体的に、鮮明に思い浮かべてみる。すると、狂おしいまでの欲求が湧き上がってきてしまった。

 どうしてこんなに大切な物を今の今まで忘れてしまっていたんだろう、毎度の事ながら不思議でしょうがない。だが、考えても答えは出ない。今はこの欲求を満たす事だけを考えよう。


 常日頃から我侭を言え言えと言われている私だが、ついに誰からもこれは我侭だと思われる要求をする日が来てしまったか……。




「フランさんシアさんメアさん、お願いがあります」


 お昼を食べ終わり、後片付けも全て終わった後。椅子に座ったままだがぴしりと背筋を伸ばして真剣な表情でメイドさんズに話しかける。


「な、何? 改まってキリッとしちゃって。ふふ、可愛いなー姫は」


「こら茶化さない。お話頂けるのですか? 姫様」


 グリグリと私を撫で始めたメアさんをシアさんが注意する。

 子供が真剣な表情をしたところで格好はつかないか……。まあいい、今は考えないようにしておく。


「ん? レンは何か知ってるの? シラユキのお願いかー、なんだろ? 面白そうじゃない」


「いえ、そういう訳では……。ただ、本日の姫様は少し考え込まれている事が多かった様に見受けられましたからね。何かお悩みなのでは、と訊ねさせて頂いても何でもないと仰られて……。自身の力不足を嘆いていたのですよ」


 お、おおう。もしかしてシアさんには無理な相談だから言っても無駄無駄だよー、とか思ってると勘違いさせて落ち込ませちゃってた?


「違うの違うの、ごめんねシアさん。最初から三人揃ったら話そうと思ってて……。ちゃんとそう言えばよかったね、ごめんなさい」


 どうやら今日の私はいつにも増して注意が散漫だったらしい。ぺこりとシアさんに頭を下げてしっかりと謝る。


「お、お顔をお上げください! 私はなんという事を……!! 申し訳ありません!!」


 あっれー? 何でシアさんが謝るんだろう……。


「はいはい、二人ともそのあたりで戻って来て。まったく、相変わらずだね……。それで、シラユキのお願いってなあに? 私ら三人がいないとできない事? 六つのおっぱいに挟まれたい?」


 苦笑気味に私たちを止めて、脱線した話の筋を変な方向へ正してくれるフランさん。

 ちょっと暗くなりかけた空気を払うための一言だと思うけど……。まあ、六つのおっぱいに挟まれるのも大変興味はあります。


「違うよ!! もう……。ええとね、作ってもらいたいおやつがあるんだけど、それって多分、作るのがもの凄く大変そうだと思うんだ。だから、面倒だったり嫌だったりしたらそう言ってね?」


 改めて本題に移ろう。おやつ、食べ物の話だ。

 これは珍しく私が調理方法を知っている物の一つ、知っているだけで前世でも作った事は一度も無いのだけど。恐らく一時間二時間程度では作れないだろうなと思う。


「なんだ、そんな事? ちょっと拍子抜け。いいよいいよ、なんでも言って。んー、姫のリクエストだとプリンかな? 確かにちょっとだけ面倒だよねあれって」


「そう? 私はそこまで面倒とは思わないけど……。で、本当にプリンなの? それくらいならパッと作ってあげちゃうよ? 変に遠慮しちゃ駄目っていつも言ってるのこの子は……」


「プリンではないでしょう。以前姫様は一月程続けてリクエストされていましたし、もっと別の何かなのでは? と、申し訳ありません姫様、続きをお願いします」


 あー、プリンかー、プリンもいいね。……やばい、プリンの方がもっと食べたくなってきちゃったぞ……。

 だ、駄目だ! 今日のところはプリンの事は忘れなきゃ!! 折角思い出せたんだから後回しにするという手は無いよ。


「うん。それじゃ三人とも、バームクーヘンって、知ってる?」


「え? うわ」「げ、あれ?」「? はい」


 う、うわあ。予想通りの反応だ……。




 私のお願いを聞いた三人の反応は、揃って苦い顔だった。シアさんだけはちょっと不思議そうな表情かも。

 どうやらバームクーヘンはこっちの世界でも普通に存在するケーキらしい、それが分かっただけでも大収穫だ。


「あはは。あれは作るのが大変だって分かってるからいいよ。ちょっと食べてみたいなーって思っただけだから」


 その内にどこかで食べれるかもしれないしね、今日のところは諦めて、プリンを作ってもらっちゃおうかな。


「あー、うーん、バームクーヘンかー……、シラユキって変わった物知ってるね。冒険者のお友達に聞いた?」


「あ、そうかもね。どうする? 姫はこう言ってるけど私は作ってあげたいな。でも時間掛かるし、何より今の時期作る様な物でもないよね。暑さで倒れちゃいそう」


 オーブンに何時間も付きっ切りになるからね、バームクーヘンの職人さんは早死にするとまで言われているくらいだ。むう、こんな夏場にお願いするのがそもそもの間違いだったかー。


「では、私がお作りさせて頂きましょうか。姫様のお頼みとあっては暑さや掛かる手間など何するもの。まあ、お時間は多少多めに頂く事になってしまいますが……、そこだけは申し訳ありません、ご了承くださいね」


 やっぱりちょっとだけ我侭に近いお願いだったかな? ううむ、少し悪い事をした気分だ。でも作ってもらえる事は素直に嬉しい、しっかりとお礼を言おう。


「ありがとうシアさん。でも無理はしないでね」


「はい、ありがとうございます。本日のおやつの時間までには作り上げて見せますので、それでは……。フラン、メア、姫様のことはお願いしますよ」


 シアさんはそれだけ言うと、部屋の入り口へ向けて歩き出す。


「はいはーい。ごめんねシア、よろしく」


「確かに物が物だけに元冒険者のレンに任せるのがよさそうだね。私も本職って言うのも変だけど、本場のは食べた事無いし、出来上がりを楽しみにしてるからね」


 シアさんのことだから私に出す物に妥協するという選択肢は無いだろう。先に注意しておかないと集中しすぎて本当に倒れてしまいかねない。これはもう一人誰か付けた方がいいかもしれな……、う? 物が物だけに? 元冒険者? シアさんが本職?


 いつもと同じく失礼しますの一言と、こちらもいつもと同じく綺麗なお辞儀を一つ、シアさんは部屋を出て行った。


 バームクーヘンと冒険者に何か関係がある? いやいやそんなまさか。うん? そういえばさっきフランさんが冒険者のお友達に聞いたの? とか言っていたような……。もしかしたら名前が同じなだけで全く違う物が出てくる可能性も無きにしも非ずと言うか……、むしろそっちの可能性の方が高い気がしてきた。


 ふむ、これはなかなか面白そうな、興味深いお話になりそうな予感がする。お昼寝の時間までこの世界のバームクーヘンについて二人に聞いてみよう。




 さて、やることは決まったがまずは何から聞いたものか……。こういうアドリブに弱いところは何とか直したいね。


「え、っと、二人ともバームクーヘンは食べた事あるんだよね? 町では一回も見た事無いし、あんまり一般的に食べられてる物でもないの?」


 とりあえずこの世界でのバームクーヘンの実態、どんな形でどんな味をして、どういった場で食べられているのか、その辺りから聞いてみる事にしようかな。


「うん? それは勿論食べた事はあるよ? まあ、進んで食べようとも作ろうとも思える物でもないかな。シアならきっと姫の口に合うように美味しく作ってくれるから安心していいよ」


「甘くするとかね。甘くしたらただのパンケーキなんだけど……。クリームをつけたりとか蜂蜜を垂らしてみたりするのもありかな。おやつなのにお肉とか挟むのはシラユキも嫌でしょ?」


「お肉!?」


 何でお肉が出て来るの!? あれ? まさか本当にこの世界のバームクーヘンは全くの別物なのか!?

 し、しまった……、どんな物か聞いてからお願いするんだった……!!


「ん? どうしたのシラユキ驚いちゃって。冒険者の朝食みたいな物なんだからお肉だって挟んだり巻いたりするんだけど、もしかしてそこまでは聞いてなかった?」


「冒険者の朝ご飯? バームクーヘンが? え? えー……。どういう事なの……」


 何その優雅すぎる朝ご飯タイムは……。バームクーヘンにお肉を挟んだり巻いたり……? ちょっと思い浮かべてみよう……、うっぷ。なにそれ気持ち悪い。


「もしかして姫が思ってるバームクーヘンって私たちの知ってるバームクーヘンとは別物なんじゃない? でもシアが作るんだから味に関しては不安になる事も無いと思うけど……。姫が知ってるバームクーヘンってどんなの?」


 私の反応から簡単に察する事ができたのか、今一番重要だと思われる質問をメアさんからしてもらえた。


 そうだ、まずはこれからだね。落ち着いてお互いの情報を出し合ってみよう。ふふ、面白くなってきたじゃないか……。


「う、うん。私の知ってるのは、木の切り株みたいな? あ、輪切りにすると、だね。年輪みたいな層になってる甘いケーキの事だよ」


 前世の頃から大好物だった筈なのだが、何故かよく忘れられる事が多かった謎の好物なのだ。思い出すと無性に食べたくなるという感じで、アップルパイやプリンのように毎日でも食べたいと思える物ではなかったね。


「切り株みたいな甘いケーキ? ああー、うん、ケーキって言えばケーキかな、パンケーキ。確かに輪切りにすると年輪みたいとも言えない事もないね、そんな事しないけど。今シアが作ってる、私たちの知ってるバームクーヘンはね、ただの小麦粉の生地を重ね焼いた味も素っ気も無いパンみたいな物だよ。多分生地から完全に別物だと思う。これは姫にはちょっと分からないかなー」


「はー。一応似てる、のかな? あ、そうだ、冒険者の人とはどんな繋がりがあるの? 携帯食みたいな感じ?」


 簡単に焼けるサンドイッチのパン代わりの物っぽいかな? なるほどなるほどねー。


「ふふ、ちょっとお勉強みたいで面白いね。私もたまにはシラユキの先生役やってみたいし、知ってる範囲でだけど教えてあげよっか。なんか楽しくなってきちゃったわ」


 メイドさんズは私のお世話係というだけではなく教育係も兼ねている。シアさんに至っては多分護衛もだろう。

 こんなお勉強なら大歓迎だ、毎日でもいいくらいだね。でも先生と言うなら、そろそろ料理の一つや二つ教えてくれてもいいんじゃないのかな……。



「確か、起源って言うのも変な言い方かな。最初に作ったのが冒険者の人で、んー、何年前だろ? まあ、そこまで昔の話じゃないみたい。ウルギス様が世界を回ってた頃はまだ無かったらしいしね。まだ広がってから五百年も経ってないんじゃない? 勿論私らが産まれるよりはずっと前の話なんだけど」


 ほー。さすがフランさんはお料理関係については詳しいんだね。

 五百年は充分すぎる程に昔の話だと思うけど、エルフから見るとちょっと昔くらいの年数なのかもしれない。シアさんが産まれた頃かな? 私にはまだまだ百年単位の年数なんて実感できないね。


「作られ始めはそんな感じね。次は実際どんな物か、うーん……、実物があると説明しやすいのにね。何か丁度良さそうな物は、と……」


 キョロキョロと部屋を見回して何かを探すフランさん。


「何か先に用意しておけばよかったね。……あ、これなんてどう? ほら、こうやって丸めれば……」


 滅多に使われない私のお絵かき用のスケッチブックから一枚破り取り、筒状に丸めてフランさんに渡すメアさん。


「お、いいね、ありがとメア。あ、ついでにハンカチも貸して、シラユキのも」


「う? ハンカチ? いいよー、……はい」


「ああ、なるほどね、フランもなかなかいいアイデアだよ。ふふ、ホントに何となく楽しくなってきちゃうよ」


 私から一枚、メアさんから二枚、合計三枚のハンカチもフランさんに渡す。どうやらこれで準備は整ったようだ。


「私も人伝に教えてもらっただけだから本当の事かどうかはよく分からないんだけど、冒険者って町の外で野宿する事も多いんでしょ? 夜営だっけ? 遠くまでお仕事、依頼に出かけたときとかかな。それで、夜営って交代でで火の番とか辺りの警戒とかするみたいなのよ。でもさ、静かで真っ暗な森の中とかで焚き火を見つめてるだけって、そんなの眠くなるのが当たり前ってものよね? そこでその最初の冒険者の人は思いついたの。交代までの暇潰しと、何かに集中して眠気を忘れる事のできる何かがあればいいんじゃないかって、ね。ふふふ、そんな訳でやっとこれの登場」


 紙で出来た筒を私によく見える様に差し出すフランさん。とても楽しそうな説明の仕方に思わず笑顔になってしまう。ふふふ。


「あら嬉しそう可愛い。っと、後はシラユキも知ってのとおり、バームクーヘンって焼くのに手間がかかるし、時間も凄く掛かる料理だからね、まさにうってつけって訳。その辺の木の枝の表面を綺麗に削って、生地を塗ってクルクル回しながら焼いて時間を潰して、交代の時間になったら次の人にも続きを焼いておいてーって順番に渡してさ、朝になる頃には何層も焼きあがってるって寸法よ」


 紙筒にハンカチを巻きながら話すフランさん。素晴らしく分かり易い説明だと関心はするがどこもおかしくはないね。


「あ、ああ! それで冒険者の朝ご飯なんだ! うわ、なにそれ面白そう」


「簡単……、じゃないけど、出先では簡単に作れるパンみたいな物だね。出来上がったらこうやってペリペリ剥がして、干し肉とかチーズとかそういうのを炙ってから巻いたり挟んだりして食べるんだって。よく考えられてるよねー」


 筒から外したハンカチを綺麗に畳んで、自分のはそのままポケットに、私のはちゃんと手渡しで返してくれるメアさん。


「ありがとメアさん。でもそんなに簡単に綺麗に剥がせるものなのかな、焼くとくっ付いちゃうんじゃないの?」


 バームクーヘンは剥がすのもまた楽しいんだけれどね。


「その辺は、まあ、冒険者だし、適当なんじゃない? 別に売りに出すような物じゃないんだからさ。仲間内で食べるだけの物ならそんな感じだと思うよ。ふふ、姫にはちょっと理解できないかもね」


「あ、それもそうだね……。あはは」


「お姫様なんだから理解できなくっていいの。ふふふ、やっぱり可愛すぎるねシラユキは」


 笑顔で私を撫でまくる二人。くすぐったさと気恥ずかしさに目を細めてしまう。


 自分ではそうは思えないんだけど、やっぱり私はお姫様的な考えが身に染み付いちゃってるんだろうか? 家でも外でも料理は綺麗な状態で出されるのが当たり前だから、自然とそういう考えが自分でも当たり前になっちゃってたのかもしれない。まあ、フランさんの言うとおり、お姫様ならそれで問題ないとは思うけどね。

 問題があるとしたら……、ついの一言で、そんなつもりは欠片も無いのに、出された料理の見栄えが悪いと思われたと相手に取られちゃう事か。結構な大問題だよそれは……。気をつけるようにしよう。






 お昼寝から目覚めて少し経ったおやつの時間。シアさん作のバームクーヘンの出来栄えは……。


「生クリーム、バナナを乗せ、そこにチョコソースをかけまして……、後は持ちやすいように形を整えて巻いて、完成です!」


「クレープだよこれ!! バームクーヘンはどうしたの!? 何枚焼いたのこれ!?」


「張り切りすぎてしまいました。ミルクレープも用意して御座いますよ」


「!? ミルクレープ大好き! わーい、ありがとうシアさ……、誤魔化されないよ!?」


「あはは……、笑わせないでよ姫。あー、一瞬凄く嬉しそうな顔しちゃって……、ふふふ」


「いいじゃないいいじゃない、お姫様が食べたがる物でもないってあんなの。それよりシラユキの言うバームクーヘンは私が何とかして作ってあげちゃうから、楽しみに待っててね」


「え? あ、ありがとうフランさん! 楽しみにしてるからね!」




 結局この世界のバームクーヘンを食べる事はできなかったが、美味しいクレープを食べる事はできたし、フランさんがケーキの方も考えて作ってくれる。いい事ずくめな結果になったんじゃないかな。

 こんな感じで他にも前世の世界の食べ物を色々と聞いてみるのも面白いかもしれない。楽しみがまた一つ増えたみたいで本当に嬉しいね。






次の話しに入る前にちょっと息抜き程度に書いたつもりが約7000文字に……

どうしてこうなった!



次回から少し投稿間隔が空くかもしれません。

それじゃ、地球を防衛する系の仕事が今からあるからこれで。


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