その213
あまりからかわれもせず、フランさんとキャロルさんの膝の上を交互に移動するという、忙しくものんびりとした時間が過ぎていく。キャロルさんは完全に肩の力を抜いて、だらだらとしながらも私を可愛がってくれる。……もたれても膨らみをあまり感じないのが少しだけ残念ではあるけど。どうしてもフランさんと比べてしまう……、ごめんね。
うん、平和で幸せだね。……しかし、こういった幸せは長くは続かないと相場が決まっていましてね……。
「あ……、あ! まずっ。し、シラユキ、ちょっとちょっと、こっち来てこっち!」
窓を開けて空気の入れ替え、そのついでに外を眺めていたフランさんが焦った様に私を呼び、手招く。
「う? なあにフランさん? キャロルさんちょっと降りるねー」
「あ、はい、どうしたんでしょう? っと、フラン、何かあった?」
キャロルさんは私を優しく降ろしてから立ち上がり、一緒にフランさんのいる窓際へと歩き出そうとした、が。
「え!? ああー! 待って待って! キャロルはそこにいて!! シラユキだけでいいから!」
フランさんはその行動にさらに慌て、両手の平をこちらへ向けて突き出し、制止する。
「えー? なによ怪しい……。まあ、いっか。それじゃシラユキ様、私はここで待ってますね。何やら私に知られると不都合があるっぽいですし、耳を押さえてましょうか。あ、視線も外しておきますね。終わりましたら大き目の声で呼ぶか、またこちらへ来てください」
「そ、そこまでしなくてもいいと思うよ?」
仲間はずれにされたと思っていじけてる? まさかね……。
シアさんの前ならありえない事もないけど、そうでない場合は基本お姉さんモードだもんね、さすがに拗ねたりいじけたりしている訳ではない筈。
「いやー、唇の動きで大体読み取れちゃうんですよ。なので、です。お気になさらずにどうぞ」
「うん……、ん? キャロルさんすごっ!」
キャロルさんの高いメイドスキルに驚きながら、フランさんの方へ恐る恐る歩いていく。さっきからブンブンと手招きが激しいが急ぐような真似はしない、油断をしてはいけない。
「ああもう、なんでそんなにゆっくり来るの! そんなに構えないでよ何もしないから……、可愛い」
さっきのキャロルさんとのやり取りはしっかり届いていたようで、少し小声で話すフランさん。これくらいまで声を落とせばキャロルさんには聞こえないだろう。
フランさんは窓から外を眺めていた筈。多分それで何かを発見して私を呼んだんだろう。焦ってたところから考えると、もしかしたらもう移動して見えなくなっているかもしれない。
ちょっと勿体無い事をしちゃったなー、と思い、何が見えたのか気になるので聞いてみる事にした。
「ふふ、ごめんね。何か面白い物でも見えたの?」
「うん、面白いと言えば面白いかもね。今さっきレンたち帰って来てたよ。シラユキがもたもたしてる間にもう館に入っちゃってるけど……、どうする?」
フランさんはにやりとしながら教えてくれた。
ほうほう、シアさんたちのお帰りですか。それはそれは……、? ……? !? それはちょっとまずくないか!?
「ちょ、どど、どうしようフランさん! キャロルさんをマリーさんたちに会わせちゃ駄目だよね? うう、折角だるーんとしてもらってたのにー……」
今日はゆったりだらだらと気を抜いてお休みして、明日からまた元気に頑張ってもらおうと思ってたのに! 最後の最後で嫌な気分にさせちゃったらどうしよう……。マリーさんも怖がらせてしまうかも……!? やっと私抜きでシアさんと外出できるくらい慣れる事ができたのに、今度はキャロルさんに怯える生活になってしまう!!
「はいはい落ち着きなさい。うーん、レンが何とかするんじゃない? マリーたちを先に部屋に押し込んでからここに来るとかね。でも確実っていう訳でもないか……、いくらレンでもアドリブに限界があるわよね。よし、それじゃキャロルを外に連れ出そうか。ちょっと散歩してそのまま町に戻ってもらう感じで、どう?」
お、おお、流石は私自慢のメイドさん、頼りになるよ。その案を採用します!!
「う、うん! 家の中でマリーさんたちに見つからないようにしないとね……。私、頑張るよ!」
「ふふふ、頑張って。あー、可愛い……」
頑張るぞー! と力む私を笑いながら撫でてくれるフランさん。やる気も沸いてくるというものだ。
そうと決まったらまずは……、どうしよう? ……そうだ! まずはキャロルさんを外に誘い出さなければいけないね。自然に、さりげなく散歩に誘わなければ……!!
MISSION!!
1.マリーさん及びキャンキャンさんに見つからない様にキャロルさんを家の外へ、あくまで自然を装い連れ出す。
2.脱出後、町の方面へと誘導する進路を取り、なるべく早く家から離れる。
3.ある程度時間が経ったらお別れ。そのまま町へと戻ってもらう。
全ての状況において、マリーさんかキャンキャンさん、どちらかと遭遇した時点でゲームオーバーとする。
ふむ、1番が最初で最大の難関だね。それさえクリアできれば後は消化試合と言ってもいいだろう。誘導は手を繋げば解決。万が一マリーさんたちが私を探しに外に出ようとしても、シアさんが私の行動を察して止めてくれる筈だ。
よーしよし、いける気がしてきた! キャロルさんならある程度不自然な誘い方でも私との散歩を断るなんてしない、と思う。問題はその後のスニーキングミッションか……。ダンボールが欲しいね。光学迷彩の魔法を作って試してみるのもありか……? なんとなくダンボールはグリニョンさんにプレゼントしてみたい。
「……げ」
げ? あ、キャロルさんか。
まったく、げ、なんて言っちゃ駄目だよはしたない。全部終わったらシアさんに注意してもらわないといけな、……げ。
「シラユキ様、ただ今戻りましたわ。可愛らしいぬいぐるみを見かけたのでお土産に買って参りました、の? ……え? あ、はじめまし、キャロル!?」
キャロルさんの視線の先には、猫のぬいぐるみをキャロルさんの方へ突き出したまま固まるマリーさんの姿が! どうしてこうなった……。
「あー……、折角面白そうな展開になってたのに……、うん? ある意味こっちも面白そうじゃない」
「うわあ見つかっちゃったよ、もっと早く帰らないと駄目だったかー。一ヶ月……、うん、持った方かな、観念しよう」
フランさんは一瞬残念そうな表情を見せたが、すぐに思い直しにやつき始め、注目の的のキャロルさんは落ち着いて紅茶を飲んでいる。特に不機嫌になったりはしていない様だった。
作戦を立てていたら、まさかのスタート前ゲームオーバー。何この無理ゲー……。まあ、キャロルさんは別段気にしてないみたいだから大丈夫なのかな……、? あれ? 今マリーさん、キャロルさんの名前を呼んだ?
驚きと疑問のせいで固まる私とマリーさん、最初に気を取り直せたのはマリーさんだった。
「なんでキャロルがここに……? って何その可愛い服! 髪型!」
「はいはいうるさいうるさい。ほらほら、早くシラユキ様にお土産渡して座んなさい。紅茶淹れてあげるから」
「メイド……、くっ、ふふっ。きゃ、キャロルがメイド……!! 似合わなさすぎ! あ、見た目はちゃんと似合ってるわよ? ……ぷ、ふふふ……、あはははは!」
マリーさんはキャロルさんの可愛いメイドさん姿を見て、いつものお淑やかな微笑ではなく元気に大笑い。さらに驚かされてしまった。
可愛い服は、姉様オススメのフリフリミニスカメイド服、髪型はツインテールだ。私が髪を伸ばしてみたら? と勧めてみたら、そうですねー、と二つ返事で了承されてしまったのだ。勿論この髪型も私が勧めた。キャロルさんはツンデレさんだからね!
いやいや、何を考えてるんだ私は、そろそろ思考を戻さなければ!
フランさんに手を引かれて席に戻りながら考える。とりあえず一つ、これは確実だ。マリーさんとキャロルさんは確実に仲のいいお友達! もしかして私、またシアさんにからかわれてたのか!?
とりあえず席に座って、ふう、と一呼吸。まずは何から聞いたものかなと、笑いすぎて苦しむマリーさんを見ながら思案する。
「まったくコイツは……。マリー、シラユキ様の前でそんな態度をとっていいと思ってんの?」
「あはは……、え? はっ!?」
「レンの代わりにしっかりと失礼ポイントを加算してあげてるから安心していいよ。これはまたお仕置き決定だね」
「ああ! レンさんには黙ってて! お願いフラン!! し、シラユキ様申し訳ありません! はしたない姿をお見せしましたわ……」
「え? あ、うん、別にいいよ? お土産もありがとう……」
くう、急展開すぎて頭が追いつかない! ぬいぐるみ可愛い! でもシアさんの作ったのに比べるとまだまだだね……。と、また別方向に思考が飛んじゃってたよ。えーっと……。
「あ、フラン、それに、シラユキ様? 見比べて頂いても構いませんか?」
そう言うとマリーさんはキャロルさんの横に並ぶ様にして立つ。何やら嬉しそうな笑顔だ。
「あっ、コラ並ぶな! 久しぶりに会っていきなりそれ? 後にしてよ後に。せめてシラユキ様の前ではやめてってば……、ああもう!」
ニコニコとしながらキャロルさんを捕まえて私の方へ体を向け、真っ直ぐに背筋を伸ばすマリーさん。
キャロルさんは疲れた表情を見せ嫌そうにしながらも、同じ様に私に向き直る。
「う? うーん……?」
な、何を見比べればいいんだろう? 可愛さ? 可愛さで言えばどちらも甲乙付けがたい……。胸の大きさもどっちもどっちかな? 私よりはあるけど……、くそう。
「マリーの方が少し高いかな。あはは、嬉しそうにしちゃって、子供っぽい」
フランさんの言葉にハッと気付かされた。確かにマリーさんの方がやや身長が高く見える。
「そんなの比べなくても一目見れば分かるって……。ほれ、早く座る座る」
「ふふふ、ふふふふ……。やっぱりそうよね? あ、ですわよね? 何度もすみません……」
不満顔でそっぽを向くキャロルさん。対照的に満面の笑顔のマリーさんだったのだが、言葉を崩しすぎた事に謝って頭を下げてしまった。
「言葉遣いは気にしなくてもいいよ? ホントに。マリーさんはお友達なんだから、ね?」
「はい! ありがとうございます! でも、いけません、シラユキ様の前ではしたない真似はできませんわ」
「フラン、失礼ポイント追加しておいて」
「はいはーい。1ポイント加算っと」
「なっ! やめっ! 相変わらず捻くれた性格のようで安心しましたわ!」
「へいへい。そっちこそ成人しても変わらず子供のままで安心したよ」
「子供!?」
どうやらキャロルさん優勢のようだね……、なにこれ面白い。本当に仲のいいお友達みたいで私も安心したよ。
「くっ、……あ、私、キャロルにずっと言いたかった事があるんですの。聞いてくださる?」
「何よ? 愛の告白は勘弁してよ? 私はシア姉様一筋だから」
「ふふふ、その余裕ぶった態度も今日これまでですわ! この……、チビキャロル!!」
「ぐっはあ!!! 仕返しか……、今のは効いたわ……。こんのクソ子供……」
「胸のすくような思いとはこの事ですのね! この日をどれだけ待ち望んだ事か……」
「1ポイント加算ね。見てて面白いけど、チビなんてセリフははしたないどころじゃないよ?」
「は……、ももも申し訳ありません!! お、お許しください!!」
「あっはは! ざまあ!!」
「キャロルさんもだよ? シアさんに言いつけるからね!」
「あ、ちょっ、すみませんでした!! ああもうさっさと自分の家に帰れ!」
「ふふん、お断りですわー」
「ふ、二人とも凄く仲良しなんだね」
「違います!」「違いますわ!」
まだ続きます。