その210
過去パート?です。
「それでね、私、思ったんだけど、あの場所って精霊さんがいるんじゃないかな?」
いつもの様にシアさんを先頭に獣道程度の道を進みながら、しかし今日の私は兄様に抱き上げられているので転ぶ心配はない。余裕を持って二人に聞いてみた。
昨日の精霊さんに話しかけちゃった事件について、母様にたっぷりと優しく叱られて幸せな私はそう思いついた。
あの不思議な広場が、何故あの状態で誰の管理もなく維持されているのか……、それはもしかしたら精霊さんが住んでいるんじゃないのか? という事だ。
叱られたのに幸せなのは、まあ、察してもらいたい。言わせんな恥ずかしい、って奴だね。
「うーん、どうだろうなあ。精霊はこっちに興味がないと姿を見せすらしないしな。そうかもしれないし、全く関係ないかもしれない。ま、どうでもいいんじゃね?」
「ルー兄様もみんなも、もうちょっと調べたり確かめたり考えたりしてみようよ……」
やはり危険がなければどうでもいいという結論は揺るぎないみたいだった。会心の閃きだと思ったのに……。ぐぬぬ。
「ふふ。姫様がそうお思いになられたのならきっとそう、なのかもしれませんよ。調査しようにもまず何をどうしたら、という手段が何も思いつけませんし……」
払う手、歩く足も止めずに言うシアさん。兄様とのやり取りを笑われてしまった。
いつも全肯定してくれるシアさんまでもがかもしれない止まり、自信がなくなってきてしまう。
「精霊がいると思って話しかけたりするなよ? シラユキの考えどおりに精霊が住んでいたとしたら何が起こるか分からないからな。約束だ」
「うん。もう言葉は通じないって分かったし、大丈夫。約束!」
兄様の両手が塞がっているので、お互いの額をコツンとくっ付けて約束する。
何これ嬉しい。シアさんも見てないしちょっと抱きついちゃおう。
兄様の首に手を回して抱きつき、グリグリと頬擦りを開始する。
「なんだ? 急に甘えてきやがって、可愛いな」
「ふふふ、何となく急に抱きつきたくなっちゃったの。ルー兄様だーい好き!」
兄様も応える様に頬を擦り返してくれる。
し、幸せすぎる……。やっぱり兄様姉様に甘えるのは他のみんなと少し違う嬉しさがあるね。お兄ちゃんお姉ちゃんがいる事がこんなに幸せな事とは……、父様母様、それと女神様に改めて感謝しなければ。
と、そんな事を考えていたら背後から、進行方向から聞こえてくる草や枝を切り払う音が大きくなった気がする。……いや、気がするとか言うレベルじゃない。枝を払い落とすと言うより、木を切り倒してるに近い音が……。メキメキいってる!!
「お、おい、バレンシア、俺が通れるくらいでいいんだが……」
「……は、これは失礼を」
マジ震えてきやがった……怖いです。
音が元の大きさに戻ったが、怖くて前が見れない。とりあえず兄様の首に抱きついたままにしておこう。
まったく、シアさんはすぐぱるぱるしちゃうんだから……。帰りは兄様に前を歩いてもらって、シアさんに抱き上げてもらってにしよう。
そんなこんなで道中にちょっとしたスペースを一つ作ってしまったが、他には特に何事もなく目的地に到着した。
頭の中で今日持ってきた物を思い浮かべる。私の能力が家族に知られてからは荷物持ちも必要ない、こんな時は本当に便利な能力を貰ったと思う。
さーて、兄様に降ろしてもらったらテーブルと椅子を出して、タイチョーを待ってご飯を……、と広場に目を向けたその時だった。
「姫様を!!」
シアさんが一言だけ叫び、私たちを庇う様に前を塞ぐ。それとほぼ同時に兄様が私の頭を手で押さえ、自分の胸に押し付ける。私も理由は分かっているので抵抗はしない。
心臓が凄い音を立てている気がする。一瞬、ほんの一瞬だけだったが見えてしまった。
人が一人……、倒れていた。
あまりの怖さに兄様にしがみ付く。ボロ布一枚を纏っただけの様な姿で人が仰向けに倒れている映像が目に焼きついて放れない。さっきの様な冗談ではなく、本当に怖さで体が震えてきてしまった。
今のは、誰? まさか死んじゃってるの!? この平和な森で、一体どうして? ここは本当は危険な場所だったの? 怖い、怖い……、怖い!!
「ルーディン様は姫様を落ち着かせて差し上げてください。ここから見たところ外傷は無い様ですが……、確認して参ります」
「ああ、頼んだ。どうする? 人を呼ぶか? 色は……、緑か。いや、確認してから決めるか。ほらシラユキ、無理かもしれんが落ち着け、深呼吸しろ」
そう言って優しく頭を撫でてくれる兄様。
落ち着くのはちょっと無理そうだけど、少し体の力を抜いて言われたとおり深呼吸をしよう。兄様もシアさんもいるんだから大丈夫、と自分に言い聞かせながら……。
「どうだ? 誰かは分かるか?」
「いいえ、初めて見る方です。しかし……、はぁ、まったく、焦らせてくれます。ご安心ください、寝ているだけの様です。汚れは目立ちますが怪我も無い様ですね」
ひい! 知ってる人だったらショックどころじゃないからやめ……、なんですって?
「なんだよ寝てるだけか……、脅かせやがって。もういいぞシラユキ。俺たちも行くか」
はあ、と大きく息を吐いた後、私を抱き上げたままシアさんと倒れている、もとい、寝ている人の方へ歩き始める兄様。
なによなによもう! 怖くて泣いちゃったじゃない恥ずかしい!! あー、まだ心臓がドキドキ言ってるよ……。
「あー……、誰だこりゃ、俺も知らねえぞ。シラユキは見た事あるか?」
寝ているだけと分かったのなら安心して観察をさせてもらおう。どれどれ……。
すやすやと気持ち良さそうに寝ているこの人は、耳を見たところエルフだという事しか分からない。背は多分150くらいの小柄。ボロ布に見えた汚れきった短めのワンピースから出ている手足は細く、かなり痩せている様に見え、細かい傷跡や汚れが目立つ。よく見ると足には布を巻きつけて紐で縛って固定しているだけで靴を履いていない。
濃い茶色の伸び放題に伸ばしたボサボサの長い髪は、目元を覆い隠してしまい顔がはっきりと分からないが、今まで会った事がない人とだけはきっぱりと言い切れる。リュックの様な背負い式の荷物袋が傍らに落ちている、いや、置いてあるが、こちらもかなり汚れが目立つ。
あと見て分かる事と言えば、服装と、小柄な割に出ているところはしっかりと出ているところから女性だという事くらいか。……痩せてるのになんで大きいの……。もげろ。
「ううん、見た事無い。でもエルフだから多分森に住んでる誰かだよね」
首を振って答え、予想も伝える。多分人前にはあまり顔を出さない、結構なお年の人なんじゃないかなと思う。エルフは見た目から年齢が予想し難いが、多分そうだろう。
「恐らくは……。侵入者という線も無い事は無いですが……」
「こんな所でのんびり寝てる侵入者はいないだろ……。ま、起こして聞くのが早いな。ほれ、起きろ」
私を抱き上げたままなので、足でツンツンと二の腕辺りを蹴って突付いて起こそうとするひどい兄様。
「蹴っちゃ駄目だよもう……。あ、起きた?」
寝ている誰かさんが身じろぎ、起きた事を確認すると、兄様は少しだけ後ろに下がり、シアさんが間に入る形で前に出て来る。
そんなに警戒しなくてもいいのに、と思うけど、兄様も初めて会う人だからしょうがない。襲い掛かってきたとしてもシアさんが自由に動けるのなら安心だ。
上半身を起こして、両手を上に上げ伸びをしながら大欠伸を一つ。目元を手で擦り、キョロキョロと辺りを見回した後、ふと、今私たちに気付いたかの様に首をかしげ、
「……誰?」
とだけ喋った。
なんだろうこの人……、仕草が可愛い。見た目から野生動物的な何かを感じてしまう。声は子供のように若々しく聞こえるけど、多分私より、兄様よりも年上なんだろうなあ……。
「それはこっちのセリフ、と言いたいところだが、簡単にな。俺はルーディン、こっちはメイドのバレンシア、それでこれが世界一可愛い妹のシラユキだ。お前は?」
シアさんは何も喋らず軽くお辞儀で挨拶。私も言いたい事は多々あるけど黙っていよう。
「ルーディン……? ちょっと前に産まれたウルギス様の子供? でっかくなって。妹……、もう二人目? 早、お盛ん」
「お盛ん言うな。それと、正確には三人目な、間にもう一人妹が……。シラユキはともかくユーネの事も知らないとなると隠居生活してる奴でも珍しいな……。んで、名前は?」
兄様はもう百七十歳だっていうのにそれがちょっと前? こ、この人いったい何歳なの……。ま、まあ、これで森の住人だっていう事は確定かな。
「グリ……ニョン?」
「なんで疑問系なんだよ……。グリニョンか、変わった名前だな。もしかしたら俺が子供の頃に会ってるのか? 悪い、全然思い出せんわ」
おっぱい星人の兄様が覚えてないなら会った事ないんじゃないかな? とは思いつつも実際には言わない。帰ってから言うけどね!
「ん、赤ん坊の頃に一回だけだから無理も無い。一応久しぶり。そっちの二人は初めまして」
ひらひらと手を振りながら、足を曲げて胡坐をかく様に座り直しながらかるーく挨拶してくれるグリニョンさん。変わった名前だが、もの凄くぴったりな可愛い名前だ。
「初めましうわあ!! ルー兄様見ちゃ駄目!!!」
「姫様!?」
「うおっ!? コラなんだ急に!! 落ちるぞ危ねえ!」
「お? 何?」
兄様の頭を抱き抱えるようにして、グリニョンさんを視界から外す。
み、見てしまった……、見えてしまった! ここここの人……、パンツはいてない!! ……後多分生えてない。
パンツじゃないから恥ずかしくないもんとはよく言ったもの(?)だけど、パンツはいてないから恥ずかしくないもんという上級者がいるとは……。この人……やるな!!
長くなりすぎたので半分に分けます。
続きはまた数日後に。