その206
一見すると簡単そうな『ライトボール』の魔法が中々使えるようにならない。あれ? これって実は難しい魔法なんじゃないか? とも思ったけれど、私がお願いしたのは、簡単で安全な魔法を何か一つ、だ。多分基本中の基本の魔法なんだろうと思う。全てはここから始まった……、的な。何それカッコいい。
このまま家に篭ってウンウン唸りながら練習を続けてもメイドさんズにニヤニヤされるだけ、これは精神衛生上大変よろしくない。それなら今日は気分転換に散歩にでも行こうか、と家から少し離れた所にある広場へと向かっていた。軽い散歩程度で済ます予定なのでお供はメイドさんズの三人だけだ。
こういう、普段とはちょっと違う行動から何かヒントが得られるんじゃないかという考えもある。まあ、無いだろうとは思うけどね。
案の定特にヒントらしいヒントも見つけられずに、体力の無い子供の私のせいで度々休憩を挟みつつ、ゆっくりと三十分以上掛けて広場に到着。散歩が主な目的だったのでいくら時間が掛かっても問題はない筈……、だと思う。
ここは主に大人数で集まる催しに使われる憩いの場の様な広場。お祭りはここで行われる事が多い。
中心に二階建ての屋根くらいの高さの演説台がある以外はよくある運動場の様な感じで、お祭りを初めとして、運動、宴会、決闘(?)等など様々な用途に使われる。
私の家の前にもちょっとした広さの、庭……? があるのだけれど、お祭りに使える程の広さはない。精々簡単な集会用だね。記憶にあるのは私のお披露目日に使われたくらいだ。
「んー、疲れちゃった? シラユキにはまだちょっとこの距離は辛かったかな。メア、シラユキ用の椅子とテーブルお願い。私は飲み物用意するから」
フランさんが心配そうに私の額に濡らしたハンカチ当てて、顔を覗き込んでくる。ひゃっこい、気持ちいい。
「うん。ちょっと待っててね、姫」
「いつもは抱き上げられて、でしたからね。あ、私も手伝いますよ」
そう言うと二人はテーブルと椅子を取りに、すぐ側にある小さな小屋へ向かう。
準備が整うまで軽く深呼吸でもして体を落ち着かせよう。
一応今私たちのいる場所、簡単な日除けの屋根がある休憩所の様な場所にも大きなテーブルと椅子はある。でもテーブルは私一人で使うには大きすぎて、さらに椅子には背もたれが付いていない。どちらもここに置きっぱなしにされている物なので汚れも目立つ。
森のみんなも、勿論私もそんな事は全く気にならなく、座れれば何でもいいや的な考えなのだけれど……、メイドさんズはそうはいかなかったみたいだった。すぐに私専用の小さめの丸テーブルと椅子が作られてしまった。
多分似たような理由で母様と姉様用のテーブルセットも用意されている。私の分がそれまで無かったのは、どうせ誰かの膝の上に乗せるんだからいらないんじゃない? という考えかららしい。
シアさんに椅子を引かれて座る。これくらい自分でやらせてほしいがシアさんは聞き入れてくれない。お姫様としての自覚を持つためにも必要な事なのかもしれないね。
フランさんから、三十分以上経っているのに何故か冷えたままのオレンジジュースを受け取り数口飲んで、はふぅと一息。思った以上に疲れてしまった。
「あはは、お疲れだね、姫。帰りは私がオンブしようか? 姫にはまだここくらいでも遠いかー」
「それがいいですね。……ああ、いえ、その必要はありません。私が姫様を抱き上げさせて頂きますから」
「えー? 私も姫を甘やかせたいんだけどなあ……」
おっと、メアさんとシアさんとで私の取り合いが始まってしまった。モテる女は辛いね、ふふふ。
何故かフランさんまで参加して、帰りは誰が抱き上げて帰るかの話し合いが始まってしまった。
三人の主義主張に軽く耳を傾けつつ、ジュースをちびちびと飲みながら広場を見回す。
この広場はお祭りに使われる事もあるけど、基本的にはちょっとだけ広めの公園だ。特に何でもない、今日みたいな普通の日でも人影は結構ある。
地面に敷物を敷いて宴会をしている集団。
昼間からお酒なんて飲んでるんじゃないよ……。
待ち合わせなのか暇そうに立っているだけの人。
デート? 今からデートなの?
演説台の周りに落とし穴を掘っている人々。
何あのいい笑顔、超楽しそうなんですけど。あ、ああ、いつも父様が飛び降りる辺りね、いい狙いだと思うよ。先手必勝だよね!
その上に目を向けると、演説台の上で手をブンブンと振っている元気そうな人、等など。
……? あれ? あの人こっちに向かって手振ってる?
目を凝らして見てみると、その人の顔には何となく見覚えが……。
「あ、よく見たらライスさんだ」
気付いてしまったのなら仕方ない。軽く手を振り返して応える。
「え? あ、駄目だよ姫! あー、折角放置してたのに……」
「う? どういう事?」
メアさんはもっと前に気が付いてて、でも何も言わなかったっていう事? どうしてだろう……?
「ふふ、普通に気付いてなかったのね面白い。ええとね……、あ!」
説明をしてくれようとしていたフランさんが何かに驚く。
私も思わずそちら、ライスさんがいた演説台の方へ顔を向けると、
「? あれ? ライスさんはどこに?」
ライスさんが演説台の上から姿を消していた。
不思議に思って辺りを見回してみても、どこにも見当たらない。さっきと何も変わらない風景だ。変わった所と言えば、ライスさんがいなくなったのと、落とし穴を掘っていた人たちが何やら騒いでいるくらい。
「あっははは! はー……、何やってるんだかあの人は……」
「注意が足りないと言うか、間が悪いと言いますか……。まあ、面白かったので何でもいいのですが」
「あー! 見逃したー!!」
楽しそうにしているフランさんとシアさん。メアさんは決定的瞬間を見逃してしまっていたようで悔しがっている。
ああ、なるほどね。むう、私も見たかったな……。
周りの人の手を借りて落とし穴から這い出てきたライスさんは、トボトボとこちらに歩いて近づいて来た。所々土で汚れてしまっている。
駄目だ、まだ笑うな……、こらえるんだ……。し、しかし……。
「あー、くそ、ひでぇ目に会った……。なんだってあんな所に穴掘ってんだよあいつ等!! 姫も気付くの遅えよ!! オレ姫たちが広場に来てからずっとあそこにいたんだぜ!?」
「あははは。ご、ごめんなさいライスさん……、ふ、ふふふ」
堪え切れない! あ、ずっと手振ってたのね、それは悪い事をしてしまった……、ふふふ。
「うおかわええええ!!! よーし許した! だから結婚しようぜ!!」
また求婚!? 脈絡がなさ過ぎるよこの人!
「何を馬鹿な事を……。あの、どうかそのままお帰り願えませんか? ルーディン様より貴方は姫様の教育に悪そうなので近付けるなと命じられていまして……」
「ひでえ!! 全然悪くないって! むしろいいんじゃないかっていうくらいよ? オレ。品行方正よ?」
おお、そんな事言われちゃってたんだ。ライスさんは面白そうな人なんだけどなー、兄様がそう言うならしょうがない。
「いやいや、そこまでは言われてないよ? 変な奴だから気を付けて見てやってくれとは言われてるけどさ。でも、まあ、確かに姫の教育に悪そうだよねライスさんって」
「うんうん。よし、追い払っちゃおうか」
なるほどね。まったくもう、シアさんは……。メアさんも追い払おうとしないの!
「ええ、そうしましょう。……とりあえず石を投げましょうか、驚いて逃げて行くかもしれません」
「なんでオレの扱いはそんななんだよ!! って石投げんな! 臆病な野生動物かオレは!! ……くそう、このままメイドさんに虐げられ続けてると本当に何かに目覚めてしまいそうだぜ……」
あはは。何この人、やっぱり面白すぎる。
「なんだあ? 姫、明かりも出せないのかよ」
まさに思い掛けないヒントになるかもしれないと、何かコツの様な物が無いか聞いてみたのだが、返ってきたのは呆れ声だった。ぐぬぬ……。
「姫はまだ五歳なんだよ? できないのが当たり前なんだって」
「それもそっか、ごめんな。んで、なんでまた急に魔法なんて使いたいと思ったんだ? まーだ早いだろ」
「なんでって……、使ってみたかったから、かな?」
「理由になってねえよ……。うーん、魔法の使い方なあ……」
力なく突っ込んだ後、悩み始めるライスさん。
む、もしかしたら本当に何か教えてもらえるかもしれない? メイドさんズはもう全く教えてくれなくなっちゃったし、ありがたいね。
「魔法なんてなあ、パッとイメージしてポーンと出せばいいんだよ。どうだ、簡単だろ? できそうだろ?」
父様と同じかい!! ……は、はしたないわ……。
「問題は無さそうですがその辺りで……。姫様に魔法をお教えできるのは王族の方のみと決められていまして」
「そうなのか? そりゃ残念。んじゃ姫、なんかして遊ぼうぜー。オレ今日は暇なんだよー」
何その休日にやることがなくて友達の家に勝手に遊びに来て本棚の漫画を漁る男子中学生高校生の様な言い方! 例えが長いな……。
「私はちょっと休憩中だから……。えっと、私はここで見てるから三人と遊んでてー」
「休憩中? 体力無いなあ、もっと外で遊べよ? ……メイドさんと遊んでいいだと!? お、おい、何するよ!? 何して遊ぶよ!?」
大喜びだねライスさん。メイドさんと遊ぶなんてきっと夢の様な話に違いない、うんうん。異論はないけど、ちょっといやらしく聞こえちゃうね……。
「えー。ライスさんとは遊びたくないなー。きっとさりげなく胸とかお尻触ってくるつもりだよこの人」
「うわ、最低。シラユキに近付かないでよ、ライスさん」
「どんな遊びだよ!! だが! 否定はしない!!」
「否定してよ! むう、メイドさんズに何かしたら絶対許さないからね!」
「姫が遊べって言ったんじゃ……、うん、そういう意味じゃないよな、分かってはいるんだ、うん。……でもな? こう、ゆさゆさぶるるんとしてたら誰でも触りたくなるだろ? な?」
まあ、気持ちは分からないでもないよ。
「だから俺は悪くない筈なんだ!! 悪いのはオレの前で揺れるおっぱいなんだよ!!」
ななななんだってー!!(棒読み)
「では私がお相手しましょうか」
完全に引いてしまったメアさんとフランさんの代わりに、シアさんがゆっくりと前に歩み出てきた。
「え? マジで? 触ってもいいん?」
いい訳ないよ!
「そうですね……、ルールは死んだら負け、でいいでしょう。それでは早速」
「何する気!? え? 遊びの話は?」
「ほほう。つまり死ななければおっぱい揉み放題という訳なんだな!? ……オーケーオーケー、落ち着こうか、石は置いてくれ」
シアさんは私予想だとかなり強い人だと思うから気を付けてもらいたい。最近分かった事なんだけど元冒険者らしいからね……。
そんな感じで、何度か石が飛んでいったけど凄く楽しいお話が続いた。
本当にいい気分転換になってくれたよ。たまにはこうやって散歩に出るのもいいものだね。
「うーん、できない……」
それでもできないものはできないもので……。
「その内パッとできるようになるって、いつの間にかな。魔法なんてそんなモンだよ」
ほれこんな風に、と光の玉を一つ出して見せてくれるライスさん。
ええい、まったくみんな、あっさりとやって見せてくれちゃって……。妬ましい、妬ましいわ、ぱるぱる。
「……お? そうだ。なあなあ姫、これ見て元気出せ」
「うん? 何を?」
ライスさんは両手に一つずつ光の玉を出して、ゆっくりとそれを自分の胸の前に持っていき……
「光るおっぱい!!」
いい笑顔で決めた。
しーんと静かに、何とも言えない空気があたりに漂っている。気まずすぎる。
「やだ、何アレ。どうする? 石投げる? ちょっと本気でウルギス様に報告した方が……」
「もう無視して帰ろっか? シラユキに変な物見せちゃったね……」
え? 私も確かに今のはどうかと思うけど……、でもそんな馬鹿、キライじゃないぜ……。
ドヤ顔のさっきの姿勢のままで、恐らくツッコミ待ちのライスさんを放置して後片付けを始めるフランさん。
「くっ……」
「うん?」
小さな声にそちらを向くと、シアさんが横を向いて、肩を震えさせていた。何かに耐えている様にも見える。
ど、どうしたのかな? まさか……。
「シアさん?」「シア?」
メアさんも気付いたのか、私と同時にシアさんを呼ぶ。
「は、はい。……くっ、ふふっ、わ、私とした事がこんな事で……!! ふ、不覚です!」
笑ってる!? 笑ってらっしゃるわ!! なるほど、シアさんはこういう一発ギャグ的な物に弱いんだね! 意外すぎる発見をしてしまった……。
「予想外な奴が釣れちまったな……。でもさすがオレ。よっしゃいくぜ第二弾!!」
「やめてください! 私の負けで結構ですから……」
シアさんが負けを認めた!? ……何の? そして第二弾が超気になります。
「やった! 勝ったぜ!! 何の勝ちかは分からないけどな! どうだ姫? オレってカッコいいだろう? 結婚したくなっただろう? どうよどうよ」
「え? 全然……。シアさんに勝ったのは凄いと思うけどね」
「うん、シアを笑わせるなんて姫にしかできないと思ってたから、普通に凄いと思うよ? でもカッコよくはないよね」
「どっちかと言うと今のはかっこ悪いんじゃないの?」
「調子に乗らないでください。投げますよ? 眉間に命中させますよ?」
「勝ったのに扱いが変わらねえ! くそう……、オレは諦めないからな!! つー訳でそろそろ帰るわ、またなー」
「あ、う? うん……」
「はーい。またね」
「お風呂入りなよー」
「二度と顔を見せないでくださいね」
魔法のヒントは得られなかったけれど、いい運動、楽しいお話、最高の気分転換になった。それと、シアさんの弱点と言えるべき物まで知ってしまった。これは大収穫とも言える。
まあ、私はお姫様だから魔法が使えるようになってもあんな事は絶対しないけどね。別に特別な何かをしなくてもシアさんは笑ってくれるし、もしやろうものなら逆に怒られる事間違いなしだ。
さーて、私たちもそろそろ家に帰ろう。結局誰が私を抱き上げて行く事になったのかな?
次回投稿は少し時間が掛かるかも、です。
それでも一週間以内にはなんとかできると思います。