その203
「脱げ」
「!? い、今ここで、でしょうか……」
「いや、いい、その一言だけで充分だ。悪かったマリーベル、まずは確認を取ろうと思っ」
「父様さいてー」
「シラユキ!? いやっ、ちがっ! 今のは違うぞ!?」
一晩明けた今朝、マリーさんと朝ご飯を食べていたら父様がやって来た。
父様は私のおはようの挨拶には軽く返してくれたのだが、慌てて立ち上がって挨拶をしたマリーさんに対しては何故か全くの無言。
そして、何か失礼をしてしまったのかと泣きそうなマリーさんを数秒観察した後にあのセリフだ。失礼すぎる最低すぎる。いくら大好きな父様といえどもこればかりは許す訳にはいかない。
私の怒りが……、有頂天に達した!
とりあえず父様をその場で正座させて、言い訳を聞いてみる事にした。
その内容は大体の予想どうり、マリーさんのフェアフィールド家洗脳具合の確認だった。父様のさっきの一言に対して何も反論せず、反論どころか質問もせずに脱ぎ始めたのなら即座に追い出すつもりだったらしい。
母様やクレアさん、兄様姉様他メイドさんズから話を聞いて全くの問題無しと分かってはいたのだけれど、どうしても一度自分でも試しておきたかったという事だ。
まあ、気持ちは何となく分かるよ。軽い冗談でも真に受けて極端な行動に出てしまう、自分や家族の命より私たちの言葉を優先してしまう様な人を森のみんなには近づけたくはないよね。
……でもね……。
「父様の命令だったらフェアフィールド家の人じゃなくても聞いちゃうと思うんだけどなー、私」
正座する父様を敢えて視界から外して言う。昨日のシアさんを見習ってみた。
「い、いや、流石に俺の命令でも即アレに応える様な奴は居らんだろう?」
「って父様は言ってるけど、シアさんならどう?」
私と父様のやり取りをにこやかに眺めていたシアさんに聞いてみる。
「はい、もし私が同じ様に命ぜられた場合で御座いますね? それはもう、私は姫様のお付とはいえただのメイドですので、質問を返す事すらできずに即刻その場で羞恥に涙を流しながら脱ぎ出す事になるでしょう。勿論命に背く考えなど頭の隅はおろか、一欠けら足りとも存在しえません」
シアさんは全く間を置かず、予め答えを用意していたかの様にスラスラと答えてくれた。
「だって。父様?」
今度はちゃんと父様の方へ目を向けて聞いてみる。
「バレンシアは参考にならんだろう!? まったく、ノリのいい奴め……。っと、シラユキ? そろそろ立ってもいいか? 足が痺れてきそうでな」
「あ、うん。私の隣に座る?」
「そうだな。あ、いや、シラユキは俺の膝にな」
そう言うと父様は、私を持ち上げて一緒に椅子に座る。
「よし、俺が食べさせてやろう。シラユキ、どれが食べたい」
「えー。嬉しいけどマリーさんの前だと恥ずかしいよー。ふふふ」
マリーさんの前じゃなかったら全力で甘えるのに! 勿体無い!!
「あ、え? 私も座っていいの? これ」
「い、いいんじゃないですか? ええと、からかわれたんでしょうか?」
「ああ、うん、気にしないで。私はちょっとウルギス様のお飲み物持ってくるから、フラン、少しの間お願い」
「はいはい了解。ふふ、朝から面白い物が見れたね」
もう一度しっかりと謝った父様に恐縮しながらも、昨日程の緊張は見せずに自己紹介を終えるマリーさん。
もう私がフォローしなくても普通に、はちょっと難しいかな? とりあえず父様とも何とか話せそうだね。昨日私が寝てから母様ともお話してたみたいだし、まあ、元々マリーさんはお嬢様なんだから偉い人? とも話し慣れていたりするんだろうね。
「顔を見せるのが一日遅れてすまなかったな。昨日は少し忙しかった……、いや、忙しかった訳ではないんだが、やる事があってな」
「い、いいえ! 私たちこそ急にお邪魔してしまって申し訳ありません!」
両手を膝の上に置いて、軽く頭を下げて謝るマリーさん。キャンキャンさんは自己紹介の後は全く口を開かない、多分私と同じ考えなんだろう。
うーん、お話しはできそうだけど、さすがに父様の前では朝食に手がつけられないかな? こっちはちょっと考えてなかったなー。父様に出て行ってもらうか、それとも……。
「あ、あの、う、ウルギス様のお仕事がお忙しかったというのは、私のせい、なのですよね。ほ、本当に申し訳」
「そう何度も謝らなくてもいい。子供がそんな事を気にする……、? もう成人していたか。まあ、百になったばかりならまだまだ子供だな。確かにフェアフィールド家の者を森に入れる事で少し、な。だがその件だけのせいという訳でも、何か大きな問題があったとも起ころうとしている事もない。俺が日中家を空けるのはいつもの事だしな。なあシラユキ」
私の頭をポンポンと撫でながら言う父様。くすぐったさに思わず目を細めてしまう。
「うん。父様が何してるかまでは知らないけどね」
父様は私がもっと小さい頃はずっと家に、と言うか私の側にいてくれたんだけどね、十ニ、三歳頃からはお仕事なのか家にいない事の方が多くなっちゃったかな。メイドさんズがいてくれるからそこまで寂しくはないんだけど、家にいてほしいなーとは思ってしまう。
「何をしている、か。ううむ……、まあ、色々だな」
「なにそれ気になる」
「ははは、気にするな」
「気になるうー。うー……、う?」
……はっ!?
ハッと気付いた時にはもう遅い、マリーさんとキャンキャンさんから生暖かい眼差しが向けられていた。
恥ずかしいいぃ。お友達の前で全力で甘えちゃったー……。
「ああ、カルディナに会って来たらどうだ? ついでに森の中を見て歩くといい。案内は誰を付けるか……」
「は、はい。カルディナ叔母様の所へはご挨拶に行きたいと思っていましたので、お言葉に甘えさせて頂きます。ありがとうございます」
「む、私も行きたいな。私とシアさんが一緒に行こうか? あ、他にも誰か一緒じゃないと駄目?」
案内だけなら私とシアさんだけで充分だけど、父様としてはやっぱり監視役を付けたいのかもしれない。いや、お姫様がお客様の案内をするっていう事の方が問題なんじゃないかな……。
「いいや? シラユキが他に誰か連れて行きたかったら何人で行ってもいいぞ? 俺とエネフェアは行けるかどうか分からんがな」
「はーい。それじゃマリーさん、私とシアさんが案内するねー。食べ終わって休憩したらすぐ行く? メアさんとフランさんも一緒に……、あ、お弁当作ってもらっちゃおうか?」
父様と母様は一緒には行けそうにないかー、残念。そうなるとカイナさんとクレアさんも無理かな? ぐぬぬ……。まあ、今日が駄目なら明日明後日、まだまだ先があるからいいや。
「はい! ありがとうございます! し、シラユキ様とリーフエンドの森の散策……、本当に夢みたいですわ……」
「メアリーさんとフランさんのお弁当、楽しみですねお嬢様!」
「アンタはまた図々しい!! ……はっ!? ウルギス様の前ではしたないいいぃぃ……」
「はは、無理に大人ぶることは無いさ、ここは誰の目がある訳でもないからな。ゆっくりと羽を伸ばしていくといい」
「はい……」
顔を赤くして、シューンと縮こまってしまったマリーさんを微笑ましそうに見ている父様、とシアさんとキャンキャンさんと……、よく見たら全員だった。勿論私もね、にやにや。
父様は私を椅子に降ろし、頭をグリグリと撫でた後、まだやる事があると言ってどこかへ行ってしまった。
もっとマリーさんとお話してほしかったけど、このままだと朝食が終わりそうになかったからしょうがなくもあったかな? 今日の予定も立ったことだし、ささっと食べ終えてしまおう。
食事を再開したマリーさんはやや疲れた表情をしている。いきなり何の心の準備もできずに、しかもご飯時で油断していたところでの父様との遭遇に随分と疲れさせてしまったみたいだね。父様は多分私に会いに来たんだと思うけど……、まあ、運が無かったと思ってもらおう。
少しの休憩の後、お出掛けの準備のためにそれぞれの部屋へ。カルディナさんの家は少し離れた所にあるので、動きやすい服に着替え、歩きやすい靴に履き替えないといけない。
ウキウキと上機嫌、しかも張り切っているシアさんを見るに、今日はいつもよりさらに時間が掛かるかもしれない。何から何まで全部シアさん任せなので文句も何も言えないんだけどね。お弁当を作ってもらう時間もあるから多少掛かっても大丈夫だとは思う。
たっぷり一時間くらい掛けてやっと着替えが終わった。シアさんは一仕事やり終えた達成感と、満足のいく出来栄えにいい笑顔だ。私は色々な服を着させられて、出掛ける前から疲れてしまったが……。
一階まで降りる途中、ついでだからとマリーさんたちを客室まで呼びに行く。
シアさんが軽いノックの後、準備が出来てるのなら早く出て来いと遠回しに告げる。そして中から焦ったような返事とバタバタとした足音が聞こえ、勢いよくマリーさんが飛び出してきた。
ここでもシアさんは満足げな表情を見せる。まったくシアさんはー、と思いながらも、私も今のは面白かったので軽く注意するだけにしておいた。
玄関ホールでメアさんとフランさんからお弁当、少し大きめのバスケットを受け取り魔法で収納すると……
「……は? え!? い、今……、え? どこへ!?」
「はー……。さ、さすがはハイエルフの方ですね。驚いちゃいましたねお嬢様」
マリーさんに盛大に驚かれてしまった。キャンキャンさんも驚いてはいるけど、マリーさん程ではないみたいだった。
「私の収納と保存の魔ほ……、じゃなくて能力だよ。こっちは地味だからあんまり噂になってないのかもね」
癒しの能力は他の町にも知れ渡っちゃってるらしい。なんでだろう? お姫様と癒しの能力が合わさり最強に見えるからか、納得。噂が一人歩きして立派なお姫様と思われていそうで怖いよ。
「地味と言えば地味なのかもしれませんけど……、ええ? の、能力を二つもお持ちなんですの?」
「地味に凄いですね!」
「ええ、もう凄いなんて言葉じゃ、……? 失礼すぎよ!! シラユキ様は気になさらないと思うけど、レンさんの前ではお願いだから自重して!」
いやー、いくらシアさんでもその程度じゃ何も……
「姫様への失礼ポイントが1増加しました」
人差し指を立てて、淡々とした声で告げるシアさん。
「失礼ポイント!?」「失礼ポイント!?」
くう、私とマリーさん息ぴったり! ってそうじゃなくて、何のポイント制なのそれ!?
「ポイントが一定数貯まる毎にお仕置きです。段階的にきつい物に変わっていきますのでお楽しみくだ……、ご注意くださいね」
「お楽しみに!? はっ!? 今何ポイント貯まってるの!?」
「レンさんのお仕置きは怖い! あ、キャンキャンに、ですの?」
「私にですか!? お仕置きはそのー、多少は慣れてますけど……」
マリーさんの一縷の望みを託した質問にシアさんは……
「マリーさんは確か、冒険者ギルドで私の問いにこうお答えしてくださいましたよね? 従者の罪は……」
「あ……、ああ……」
マリーさんの表情が絶望で染まる。
「私の罪、と」
もの凄くいい笑顔で逃げ道を情け容赦なく塞いだ。
「撤回します! 取り消します!!」
「お嬢様!? 見捨てないでください!」
「取り下げ受付期間は終了致しました」
「そんな期間あったの!?」「あったんですの!?」
諦めずに食い下がるマリーさんを、意味不明な理由と綺麗なお辞儀ででバッサリと切り捨てるシアさん。ついまた息ピッタリで突っ込んでしまった。
「お嬢様、私……、頑張りますね!!」
「何を!? あ、アンタは何もしなくてもいいから! むしろ付いてこなくてもいいから!!」
「えー、私も行きますよう。お弁当楽しみですし、お嬢様も心配ですからね」
「う……、ごめんね。そうよね、私もキャンキャンがいた方が安し……、お弁当の方が優先度が高いの!? やっぱり留守番してなさい!!」
きゃいきゃい騒ぐ私たちを見て、いつの間にか玄関にいたメイドさんたちは大笑い。どうやら騒ぎを聞きつけて、お仕事を放り出して見物に来てたみたいだった。
このフットワークの軽さはやはりお祭り好きの森の住人……!! ええい恥ずかしい!
いってきまーす! とわざとらしく大きな声を出して、シアさんの手を引いて家の外に出る。マリーさんも私と同じ様にキャンキャンさんの手を引っ張り、引き摺るようにしてそれに続く。
引かれて歩くシアさんとキャンキャンさんは、嬉しそうな楽しそうな、いい笑顔だった。
「マリーさん、なんかもう、ごめんね……」
「い、いえ、こちらこそ申し訳ありませんわ……」
「お二人とも、すっかり仲良くなりましたね!」
「ええ、姫様のご友人が増えて私も嬉しく思います」
「もう好きにして……。シラユキ様も、その、苦労されてるんですね……」
「うん……。でも、シアさんのいない生活はもう考えられないから……」
「それは私もですわ。ふふっ、ふふふ」
「ふふ、あははは」
「おや? これは……、ふふふ」
「あらら? 本当に仲良くなっちゃいましたね。ふふふふ」
雨降って地固まる、とは微妙に違うかもしれないけれど、マリーさんとの心の距離はかなり縮まったと思う。
もしかしたらシアさんとキャンキャンさんの二人の共謀か? とも思ったけど、このいい雰囲気に水を差したくは無いので余計な詮索はしないでおこう。
今は純粋に新しい友達が出来たことを喜んで、この先何が起こるのかを楽しみにしようと思う。
家を出てほんの数分後、ガサッという木の枝が揺れる音と共に、私たちの歩いていた道のすぐ横に人影が現れた。どうやら木の上にいたらしい。
「よっ、姫、お出掛けか? ん? なんか見かけない可愛い子も一緒にいるな。あ、その子が例のフェアフィールドから来たって子か? そんでそっちはそのメイドさんって訳か。ふーん……、姫のほうが断然可愛いな」
「え? あ、どなたですの?」
「当然です。何を言っているのですか貴方はまったく……、刺し殺しますよ?」
「怖っ! って、やめ! 投げるな!! 姫助けてー!!」
「えー」
「えーじゃなうお! やばっ! 死ぬっ!」
「器用に避けますねあの方……。誰なんでしょう?」
むう、出発早々厄介な人物に遭遇してしまった。できれば放置して先に進みたいところだけど、やっぱり紹介しないと駄目だよね。
さて、それじゃまずはシアさんを止めなきゃね……。やれやれだよ。
次回驚きの展開に!! なる、かも?