その201
「あ、あの! えにぇっ、エネフェア様! ほほ本日は、おま、お招きありがとうございます!! わ、私」
「あ、お嬢様? 招いてくださったのはシラユキ様ですよ?」
「えええええ!? そ、そうだった? わ! あう、は……、どどどどうしよううぅぅ」
「あら可愛い、クレアの小さい頃を思い出すわ……」
「思い出さないでください……」
あれからたっぷりと母様に甘え続け、私のお腹がくうくう鳴りだした頃、やっと二人が到着したという報告が入ってきた。思ったより時間が掛かった気がする。
執務室に招くのも変な話なのでまずは談話室に来てもらおうと思ったのだが、母様が折角だからこちらから行きましょうかうふふふふ、と嬉し楽しそうに提案してきたのでその案に乗ることに。母様もかなり楽しみにしていたみたいだね。
私を膝の上に乗せたまま椅子から立ち上がり、抱き上げたまま歩き出す母様。もしかしてこのままマリーさんたちの前まで行くんだろうか?
まあ、家の中でならいいかなと特に何も言わずにされるがままにしておいた。本音を言えば最高に嬉しいんだけどね。……恥ずかしい。
ちなみに父様はまだ帰ってきていない。今日は遅くなるから先に夕食を済ませていいという連絡が少し前に入って来ていたのだ。フェアフィールド家の人が森に入る、という事で何かお仕事を増やしてしまったのかもしれない。これは後で確認しておかなければいけないね。
さらにちなみに、カイナさんは執務室に置き去りになってしまった。理由は、まあ、言うまでもないだろう。今度埋め合わせをしないとまた暴走してしまいそうだ……。
一階の玄関ホールに到着、しかし母様は私を降ろす気配が全くない。もう諦めて自然体で甘えたまま行こう……。マリーさんもそんな私たちの姿を見れば緊張する事もないだろうしね、うんうん。
そんな風に考えていた時期が私にもありました。
マリーさんは私たちを視界に捉えると、ブンッと音が鳴りそうな勢いで頭を下げて、ややしどろもどろになりながら挨拶……しようとしたのだが、途中でキャンキャンさんに変な訂正を入れられてしまった。
ワタワタと慌てふためくマリーさんだけど、母様は特に気にした風もなく面白そうに眺めている。シアさんの報告と私の言葉で完全に害無しと安心して見ているのだろう、いい事だ。
「ほら落ち着け。すみませんエネフェア様、ここに着くまでに色々とありまして……」
「あ、クレーアお姉様……。は、はい……」
クレアさんはやれやれと苦笑しながらマリーさんの肩に手を置いて落ち着かせようとする。
さっきの猛反対が嘘だったかの様な落ち着きだ。実際に成長したマリーさんを見てさらに納得できたんだろう。
色々あったって……、ああ、巡回の人に警戒されちゃったのかな。私たちに何かしようものならただじゃ済まさないぞ的な脅しを入れられたのかもしれない。もしそうなら後日きちんと謝らせないといけないね! 確認しなければいけないことが増えてしまった。
しかし、こんな時に場をかき乱すのが大好きなシアさんがいないから、普通に落ち着いてもらえそうだね。見ていて安心だけど……、何となく物足りなく感じてしまう私もいる。マリーさんには悪いけどね、ふふふ。
「母様そろそろ降ろしてー」
「ええ? このままでいたいのに……。もう、しょうがないわね。あ、手は繋いだままでいましょうね?」
「うん!」
このままでいたいのは私も同じこと、なのだけど、そう言ってしまったら絶対に降ろしてくれなくなっちゃうからね……。
床に優しく降ろしてもらい、母様の左手と両手でしっかり繋ぐ。
さて、シアさんがいないという事はメイン進行役がいないという事にもなる。ここは私がシアさんに代わって進行役を勤めようではないか。いなかったらいなかったでまた困りものだねシアさんは……。おっと、こんな事を考えていたらまたニュータイプ的な勘を働かせてやって来てしまう、やめておこう。
さてまずは……、母様の紹介かな?
「マリーさんいらっしゃーい。母様だよ」
「エネフェア・リーフエンドよ。宜しくね、マリーベル……、マリーでいいのかしら?」
「はははい!! あの! 初めまして!! マリーベル・フェアフィールドです! お、お見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません!!」
おお、叫んでる叫んでる。マリーさん元気だなあ……。元気とはまた違うか。
「お嬢様ちょっとお声が大きいですよ? 静かな森なんですから響いちゃいます」
「そ、そうね、もっと落ち着かなきゃご迷惑になっちゃう。それに何よりはしたないわ。ありがとね」
キャンキャンさんの注意に完全に落ち着きを取り戻すマリーさん。この二人は本当にいいコンビに見える。
「あ、私の紹介もしてくださいよー」
「アンタのその図々しさ、少し分けてもらいたいわ……」
ふふ、と一瞬だけ軽く笑い、こちらに向き直り、今度こそ落ち着いてゆっくりと話し出すマリーさん。
「騒がしくしてしまって申し訳ありません。ええと、この子はキャンディス・キャンベルといって、私の側仕えのメイドですの。その……、ご覧の通り図太い神経の持ち主で、何か失礼を働いてしまうかもしれません。でも、あの、決して悪い子ではないんです。その時はお叱りはどうか私に……」
「お嬢様……。あ、あの……、お、大人しくしてます……」
キャンキャンさんも自覚があるのか、何かしてはいけないと自分から数歩後ろへ下がっていってしまった。
「うーん……。ま、最初は無理もないのかもしれないわね。でも、ええと、キャンキャン? そんなに下がっては駄目よ、マリーが不安になってしまうわ」
「そうだぞ。お前がいるからこそマリーは緊張で潰れずに済んでいるんだ。主人のフォローはしっかりとな」
二人ともナイスフォロー。私はまだそういう細かいところに気付けなくて駄目だね。もっと精進しなければ!
「そうですよね! ……思ったんですけどクレア様、丸くなりました?」
「様はやめろ様は……。ああ、わざとだろうがそうでなかろうが、エネフェア様に対する失礼は元々許すつもりはない。勘違いはするな」
照れてる照れてる……のかな? クレアさん無表情だからツンデレ発言かどうか分かんないよ。
「やっぱり怖いですね、勘違いでした!」
「早速失礼!? クレーアお姉様ごめんなさい! ホントに気をつけてよキャンキャン……」
「はい! 生きて帰れる様にお互い頑張りましょうね!」
「アンタが変な事言わなきゃ何事もなく済むのよ!!」
「あらあら元気な子ね。あれがあの子の素顔かしら?」
「うん、多分そうだよねー。あんな風に自然にお話できるようになるといいね」
「できるわよ? あなたがそう望んで話し掛ければ、すぐにでもね」
「ふふ……、うん!」
お腹もぐうぐう鳴ってるし、続きは晩ご飯を食べながらにしよう、とみんなでダイニングへ移動する。私はまた母様に抱き上げられての移動になってしまったが、それはまあ、問題ないか。キャンキャンさんに可愛い可愛いと囃し立てまくられてしまったから問題はあったかもしれない。
部屋に着くまで、着いてからも物珍しそうにキョロキョロとしている二人が微笑ましい。大きな町、都会(?)のお嬢様とメイドさんの目からすると、こんな大木を丸々一本利用して建てた家はさぞや珍しい物に映るんだろうなと思う。
今では自分の家だしもう当たり前の事なんだけど、普通に考えれば珍しいどころじゃないか……。
兄様と姉様を呼びに行っている間にフランさんとメアさんの紹介を軽く済ませてしまう。マリーさんは二人の巨大な持ち物に驚き、自分と見比べ絶望していた。気持ちはとてもよく分かるよ……。
父様を除いた家族がみんな揃い、ようやく食べ始める事ができる。今日は歩き回ったおかげかもうお腹の減り具合が限界に近かった。早速シアさんのお世話を受けて食べ始める。
緊張で主にはいといいえでしか答えられないマリーさんを見て、いつぞやのキャロルさんを思い出すねー、とシアさんに言い掛けて、今更だけどキャロルさんがいない事に気付いた。シアさんが言うには、ちょっと頼み事をして出かけてもらっているらしい。
また何か怪しい企みでもしているのか……。二人に紹介したいから早く帰ってきてもらいたいよ。
お腹いっぱい食べて、大満足。
マリーさんたちはこちらに向かう前に軽く済ませてしまっていたみたいだったけれど、フランさんの料理の美味しさについ食べ過ぎてしまったみたいで苦しそう。思わずニヤニヤしてしまったのも許してほしい。
それじゃ、みんなお腹いっぱいになったところで、場所を談話室に移してお話の続きをしようか!
「私はちょっと執務室に戻るわね。カイナをこれ以上放っておく訳にもいかないし、あの子怒ると怖いからね……」
「私もエネフェア様と共に参ります。バレンシア、何を、とは敢えて言わんが、任せたぞ」
「俺はちょっと父さんの所に行かないといけないんだよ。泊まっていくんだろ? また明日な」
いきなり三人脱落!? まあ、姉様は来てくれるみたいだから今はこれでよしとしておこう。