その199
「フェアフィールドの国に突如現れたお二方、一体何者だったんでしょうね……。ああ、物語には関係無いので飛ばしてしまいましたが、フェアフィールド王家の血筋は銀色の髪と赤い瞳が特徴なのです。それも女性のみに現れるという珍しい物でありまして……。ルーディン様がマリーベルさんを一目見て警戒すべきと判断したのもそこからですね」
だからそれ絶対お爺様とお婆様だってば……。シアさんを喜ばせるだけだからこれ以上突っ込まないけど……。
二人ともさすがと言うか、長生きしてるだけあって昔話にも登場してきちゃうんだね。スケールが大きすぎて実感は湧かないけどさ。
今のフェアフィールドの町は生き残った人たちが、もしかしたらお爺様とお婆様も頑張って復興させたのかもね。一度滅んでしまった国が今ではこの国最大の町に? はー……、凄いや。歴史を感じさせるね。
そういえば兄様と姉様がニヤニヤしてたのも、マリーさんが苦笑してたのもそういう事だったんだ。お互いの身内の昔話だったからかー。確かに私もなんとなくくすぐったいね、ふふふ。
「私もお爺様からお話は聞いてたからね、初めはちょっとだけ構えちゃってたかな。でも、話を聞いてるといい子そうだし、大丈夫なんじゃないかしら? って思えてね」
「三人ともそんな昔話でマリーさんを警戒してたの? むかーしのお話なのにちょっとひどいよ……。ごめんねマリーさん」
「わ! 私なんかに頭をお下げにならないでください!! こちらこそ申し訳ありません!」
なんで謝るかなあ……。
「姫様に悪く思われてしまうのは絶望以外の何物でもありません、一つ付け加えておきましょう。フェアフィールド王家のハイエルフ至上主義は、今もフェアフィールドの代表一族、フェアフィールド家に根強く残っていると聞き及んでおります。そうでしょう? マリーベルさん、キャンディスさん」
「は、はい。お婆様、お母様から毎日聞かされていました。その、ハイエルフの方々の素晴らしさと言いますか……」
う、うわあ……。
「あ、私のことはキャンキャンで結構ですよ!」
「謹んで、遠慮させて頂きます」
「えー」
こっちもある意味うわあ……。
なるほどなるほどねー。多分ハイエルフについて先祖代々伝えられてきたんだね。家訓の様なもの? 時間の流れと世代の移り変わりと共にそれも薄れていっちゃってるとは思うけど、本当に根強く残っているみたい。
マリーさんの過剰反応はそんな風に子供の頃から言い聞かせられ続けてきたからこそのもの、仕方のない事なのかもしれない。私だって小さい頃からある事ない事吹き込まれていれば……、この考えは怖いからやめよう。
成人して実際私たちに出会ってその考えがどう変わるのか……、ここからが肝心なところだね! いいタイミングで私たちに会えてよかった、のかも?
ふう、これでシアさんの二つの質問の意味がやっと分かったよ。もしもマリーさんがハイエルフ至上主義にどっぷりと浸かってしまっていたら、死ねと言われたら理由も聞かずに即座に死んじゃうんだね。それに、平気で家族の命ですら差し出そうとするのか……。
確かに、そんな人とは絶対にお友達になれない、拘束して強制送還がベスト。うん、やっぱりシアさんは頼りになるよ。
お互いの誤解も解け、マリーさんの緊張も程よく解れたようだ。ここでどうしても気になった事について聞いてみよう。……お互いの? 私たちからの一方的な、だったよ……。
「ねえ? ルー兄様。クレアさんとカルディナさんももしかして……」
クレアさんとクレアさんのお母さんのカルディナさん。マリーさんと苗字も同じで髪と瞳の色も同じ、これはもしかすると?
「ああ、カルディナはフェアフィールド家出身だな。でもクレアは森生まれだぞ?」
「カルディナ叔母様にクレーアお姉様、ですか? 子供の頃に一度だけお会いした事はありますわ。本当に小さな頃でしたのではっきりと記憶に残っているという訳ではありませんけど……」
「クレア様ですかー、懐かしいですね。あの方様付けすると何故か怒るんですよね。正直ちょっと苦手な方です、怖いですし」
もしかした! キャンキャンさん正直すぎ!! クレアさんは優しい人だよ!
という事は、カルディナさんもクレアさんも元王家の子孫? なるほどあの美人すぎるっていうくらいの容姿、納得だね。カルディナさんがマリーさんの叔母さんとなるとクレアさんは、ええと……、何だっけ?
「あ、私の母はカルディナ叔母様の妹なんですの。クレーアお姉様は従姉妹に当たりますね。ふふ……、ひっ」
そう! 従姉妹だ! マリーさんありがとう。
笑われちゃったね、ちょっと恥ずかしい。でも、うんうん、いい方向に進んでいる気がしてきたよー。だからシアさんは私が言うところだったのに、って顔で睨まないの!
「からかうのはもっと慣れてからにしろよ? ま、俺もまだ二百もいってないし、聞いた話ばかりで昔を直接知ってる訳じゃないんだけどな、そんな訳でフェアフィールド家の連中は森じゃ嫌われ者なんだよ。ドミニクがカルディナを攫って来たときは大騒動だったらしいぜ?」
「シラユキがこのお話を聞くのが初めてなのも、私たちが不快にならないようにってみんな気を使ってくれてるの。町ではいいけど、あんまり森のみんなとこの話はしちゃ駄目よ?」
「へー……、うん、気をつけるね。でも、今じゃすっかり農家の人だよねカルディナさん、普通にみんなと仲もいいし……。昔は色々あったんだねー、? 攫って来た!?」
「おっと、シラユキにはまだまだ早い話だったな。ははは、忘れろ忘れろ」
兄様にグリグリと撫でられて宥められてしまった。
ぐぬぬ、こんな事で誤魔化されないよ……、でも兄様に撫でられるのは大好きだから大人しくしておこう。うー、気になる気になる木。あ、もっと撫でて!
「き、気になりますわ……」
「うん、気になるよねー」
「あ、お嬢様は私が撫でましょうか?」
「違うから! や、確かにルーディン様に撫でられてお幸せそうなシラユキ様は気になるけどーって撫でるな恥ずかしい!!」
うーん、キャンキャンさんはいいね。何がどうしてっていうのは上手く言えないけど、素晴らしいメイドさんだと思うよ。
「キャンキャンはどうなの? マリーに仕えてるメイドなら考えも同じになりそうなんだけど……。貴女、なんて言うか、いい感じに気が抜けてるわよね、面白いわ」
黙って私の頬をグニるのに忙しかった姉様がここで口を開く。やっぱりこの二人のテンポのいいやり取りは面白くて気になっちゃうよね。
話があっさり切り替えられてしまいそうだけど、私もそれは気になっていたので今度は私が大人しく聞きに徹しよう。ああ、頬グニは続けてくれて構わないよ。うにうに……、幸せ。
「あ、ありがとうございます!」
「褒めてない!! す、すみません家の駄メイドが……。えっと、キャンキャンは私が生まれた時からの世話役で、その前は冒険者をしていたらしいんですの。注意は何度もしているのですけれど、その頃の軽さが全く抜けなくて……。失礼は私が代わりにお詫びします、どうか許してやってあげてください、お願いします……」
「お嬢様!? あ、も、申し訳ありません!!」
姉様の言葉を、無礼な態度で面白い、と言ったと受け取ってしまったのか、頭を下げて真剣な声色で謝るマリーさん。キャンキャンさんも訳も分からず慌てて頭を下げる。折角の和やかムードがまた一瞬で固まってしまった。
「ああ、違うの違うの、そういう意味で言ったんじゃなくてね? むう、結構根が深そうねこれは……、シアの言った通りね。ねえ、マリー? 私たちは確かに王族でハイエルフなんだけど、ほら見て、一般のエルフと何も変わらないでしょ? そんなに気構えないでいいのに……。敬語も使わなくていいのよ?」
ほらほら、と私の頬を横に引っ張って示す姉様。うにーん。
「ユーフェネリア様、さすがにそれは……、言い過ぎというものです」
えー? あ、敬語の事? 敬語なんていらないよ……。むにーん。
「あ、そうね。シラユキと一般エルフは比べちゃ駄目よね、この可愛さは一般のエルフにも、どんな種族にも持てないわ。ごめんねシア」
「いえいえ、こちらこそ過ぎた物言いをしました、申し訳ありません」
そっち!? やめてください、恥ずかしいです。うにょーん。
「ふふ、シラユキ様可愛らしいなぁ……、あ、すみま、申し訳ありません。頭では分かっているんです。でも、毎日の様にハイエルフの方々がどれほど素晴らしいかと聞かされている間に、私自身も憧れを持ってしまいまして……。その、本当にこうしてお話させて頂いているだけで感動で胸が一杯になってしまうくらいなんですの」
感動は大袈裟すぎるけど、私が前世の知識のせいで冒険者に憧れの様なものを持っていたのと同じ感覚なのかな……って、え?
「キャンキャンさんが、元冒険者?」
「今更そこに食いつくかお前は。まあ、シラユキだししょうがないか」
「ええ、姫様ですしね」
「どういう意味!?」
え? 一番空気を読めてないのって、もしかして私!?
「キャンディス・キャンベルさん、ですよね、私は聞いた事はありませんね……。あ、すみません、急に口を挟んでしまって……」
少し離れたところから聞こえて来たのは、シアさんの長話の間にカウンターに戻っていたミランさんの声。どうやらキャンキャンさんは二つ名を持っているような有名人ではなかったみたいだ。
「いえいえ! 私はフェアフィールドの町で細々と活動してただけですからねー。それに、百年以上前の話ですから……、? ええと、貴女は?」
「あ! 私のことはただの置物として扱ってもらっても……」
「ミーランだ、ミーラン・スケイロ。ここの受付兼冒険者で俺たちの友人、んでもって森の住人で家族でもあるな」
何やら引っ込み事案になってしまったミランさんの代わりに、兄様がスラスラと紹介を終える。
「リーフエンドの森の……!! 家族……!!」
「そんなにキラキラした目で見ないでください……。私はただの一般エルフですよう……」
おお、マリーさん羨望の眼差し。ミランさんも照れくさそう。ふふふ。
うーん、キャンキャンさんも元冒険者のメイドさんなのかー。冒険者を辞めてメイドさんになるのって実は珍しくないのかもしれない……。それってつまり、ミランさんとソフィーさんを我が家のメイドさんとして勧誘してもいいっていう事だよね? 異論は認めない。ショコラさんもエルフだったらなー……。
なんて事を考えていたら、企んでいたら、シアさんに生暖かい眼差しをプレゼントされてしまった。やれやれこのメイド好きお姫様はまったく、私というものがありながら……、とでも言いたげだ。
ぐぬぬ……、だが諦めない!
その後、冒険者の人が挨拶しに来たり、でもシアさんに一睨みされて逃げ出して行ったりと、ちょっとしたイベントを挟みながらも他愛もないお喋りは続いた。
キャンキャンさんは元からだけど、マリーさんもお話の中でよく笑顔を見せてくれるようになり、いい感じに肩の力が抜けてきたみたいだ。
後はお嬢様モードを崩すのみなのだが……、焦らない焦らない。手は一つ考えてあるし、実行に移す機会もこの後すぐにやってくる。特別な事でも怪しい企みでも何でもない、単純明快な提案なんだけど、ね。
お皿に山盛り一杯あったクッキーも綺麗になくなり、時刻も夕方に差し掛かろうという頃。マリーさんたちともっとお話をしていたいけどそろそろ家に帰らなければならない。
「もうこんな時間か……、バレンシア、片付けてくれ。ちょいと長居しすぎちまったな、いい加減帰らないと父さんがシラユキを探しに来そうだ」
「はい。少々お待ちください」
「う、うん……、暗くなる前に帰らないとね。えっと、マリーさんは宿屋さんに帰るのかな。あ、よかったら家に泊まりに来てもいいよ。いいよね?」
「え……? え!?」
「父さんか母さんに確認を取ってからだな。まあ、シラユキの頼みなら断られる事も無いだろ」
「そうよね。マリーは可愛くていい子だし、キャンキャンは面白いし、歓迎されるんじゃない?」
「ええ!? あ、あの!!」
「それじゃ父様と母様がいいって言ったら、ええと、誰かに迎えに行ってもらえばいいかな?」
「そうですね、その辺りの手配は私にお任せください。ふふ、これは面白くなりそうですね……。さすがは姫様です」
「そ、そんな! 私なんかが」
「よかったですねお嬢様! 帰ったら皆さんに自慢できますよ!!」
「アンタはどうしてそんな自然体でいられるの!? どどどどどうしよう! え、遠慮するのも失礼よね!? でもいきなりすぎるわ……」
「えー、遠慮なんてしないでお邪魔させて頂きましょうよー。こんな経験もう二度とできそうにないですよ?」
「図々しい! 図々しいわコイツ!!」
「あ、それとねマリーさん、キャンキャンさん」
「はい!?」「はいな」
「私とお友達になってくれると、嬉しいな?」
「!!?」
「はい! 喜んで!! ふふふ、お嬢様! もう自慢どころじゃありませんね!! ……お嬢様?」
「おおおお友達? わたっ、私がシラユキ様の? ……はぅ、眩暈が」
「マリーさん!?」「お嬢様!?」
「はは。これは……、暫く楽しめそうだな。なあ? ユーネ」
「ひどいわよお兄様ったら。でも、ふふふ、確かに楽しみね」
「ええ、からかい易そうな方のようですし……、ふふふ……」
なんて邪悪な笑みなのこの三人……。でも、まあ、うん。私も超楽しみだ!