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その194

「む、ガトーですか」


「え? あ、ショコラさんだ、こんにちわー」


「ん……? お? おかえりシラユキ。転んで怪我したりしてないか? ……どれ」


 ショコラさんは私を視界に捉えると椅子から立ち、スタスタとこちらに歩み寄り、ひょいと私を持ち上げる。


「わ、っとと……。ただいま? 散歩くらいで転んだりしないよ……、多分。シアさんたちも一緒だったしね」


「はは、半分冗談だ。まあ、怪我の心配は行く場所に限らずしてしまうものさ、他意は無い。……うーん、本当にいつ見ても可愛いなこの子は……」


 私を持ち上げたまま軽く全身を見て特に異常が無い事を確認すると、優しい笑顔でそう答え、ギュッと抱き締めてくれる。


 単身赴任のお父さんが久しぶりに娘に会ったような反応……、嬉しいね。ショコラさんもシラユキ分の補充に来たのかな? ふふふ。






 お昼ご飯の後、ひまひまだった私はメイドさんズ三人を連れて散歩に出ていた。また最近読書ばかりで引き篭もっていた私を、見るに見かねたメイドさんズが無理矢理連れ出したとも言う。むしろそうとしか言わないが、それはどうでもいい、重要な事じゃない。メイドさんズとの散歩は嫌いじゃないどころか普通に大好きなので喜んで受け入れ、出掛ける事にしたのだ。でもキャロルさんが他のお仕事があるとかで一緒に行けなかったのは残念だったね。


 二時間もしないくらいで家に戻ると、談話室で待っていたのはショコラさんと、お留守番だったキャロルさん。テーブルの上には空っぽのお皿と紅茶セットが見える。おやつを食べながら待っていてくれたみたいだ。どれくらい前に来てくれてたんだろう? お皿に何も載っていないところを見ると結構長い時間待たせてしまったのかもしれない。キャロルさんもゆったりとしていたみたいだからお仕事ももう終わったのかな。


「まったくキャロは……。ガトーになぞ水だけで充分です。ああ、姫様の紅茶は私が淹れますからあなたはそのまま座っていなさい」


 しっかりとおもてなしをしていた筈なのに何故か呆れるシアさん。立ち上がりかけたキャロルさんを軽く言葉のみで制止しながら椅子を引き、私がちゃんと座った事を確認すると紅茶の用意を始める。


「え、や、さすがに立ちますよ。やっぱガトーは放っとくべきだったかー……。と、お菓子の追加を取りに行ってきますね。二人は厨房ですか?」


 二人、メアさんとフランさん。二人とは玄関で別れてたんだよね、もう夕ご飯の支度、下準備とかかな?


「ええ、お願いしますね。さ、姫様、どうぞ。お待たせしました」


「全然待ってないんだけど……、うん、ありがとうシアさん」


 シアさんとキャロルさんの会話に少しほのぼのとさせられ、紅茶を一口飲んでふうと一息つく。


 今のは一人残されたキャロルさんへの優しさ? それともただ単に私の紅茶は自分が淹れたい? 或いはその両方かも? ふふふ。


「それじゃ少しだけお待ちくださいね、すぐに戻って参りますから」


「うん。いってらっしゃーい」


「おっと、待てキャロル。さっきよりも多目で頼む」


「アンタの分はもう無い! 図々しすぎるわ!!」


 キャロルさんは怒りながら部屋を出て行ってしまった。

 ショコラさんはからかい目的で言ったのか本気で言ったのか、よく分からない表情でにこやかにしている。



 紅茶を一杯飲み終わり、それを見計らったかの様なタイミングでショコラさんの膝の上に乗せられた。

 ショコラさんの膝の上は、母様やメイドさんズには惜しくも及ばないがかなりの居心地の良さ。頭を撫でられたり頬擦りとキスされたりと、幸せそうな笑顔で可愛がってくれる。……でも耳を甘噛みするのはやめて! そこまで嫌っていう訳じゃないけどビックリしちゃう。エルフは耳が長いからそういう悪戯もしやすいんだろうか? ぐぬぬ。


「ふう……、堪能した、とは言い切れんが、そこそこ満足だ。やはりシラユキには癒されるな……。はあ、明日からまたあの馬鹿のお守か……、やめたい。やめてシラユキとだらだらと食っちゃ寝生活がしたい」


 ショコラさんはかなりお疲れの様。お仕事の事を思い出し、折角の癒し効果が薄れてしまったみたいだ。能力でも魔法でもない謎の効果だね。


 今のショコラさんの言葉に出てきたあの馬鹿とは、冒険者ギルドのギルド長さんのこと、ショコラさんの上司に当たる人なのかな? 私は未だに一回も会えていないね。容姿や性格、種族性別すら相変わらず教えてもらえない。ショコラさんをこんなに疲れさせる人物、只者ではない筈。でもどうせ教えてもらえないので、私ももう気にしない事にしているんだけどね。


「ふふ、お疲れ様? どんな人か知らないけどあの馬鹿とか言っちゃ駄目だよ。私を可愛がるくらいで癒されるならいつでも来ていいからねー」


 ショコラさんなら毎日でも大歓迎だよ!

 あの馬鹿なんてセリフは軽く、でも食っちゃ寝生活のところは注意はしない。ショコラさんは能力のおかげか太る事はありえないらしいし、何より私が実際そうだからね。食っちゃ寝お姫様? 駄目なんじゃないかなそれは……。


「ああ、毎日でも来たいくらいだな」「はい、ありがとうございます」


「シアさんじゃないよ!? ……まあ、シアさんも好きに可愛がってくれていいんだけどね」




 キャロルさんが持って来てくれたクッキーを摘みながらお喋りは続く。ちゃんとショコラさんの分も持って来ちゃう辺りキャロルさんもツンデレな人なのかもしれない。何となくツインテールとか似合うんじゃないかな!? ちょっと今度髪を伸ばすように勧めてみよう。


「ホントよく食うなコイツ……。あ、ガトー、そろそろ言いなさいよ。私が作ったクッキーを美味しそうに食べてくれるのは、まあ、嬉しいけど」


「ん? ああ、そうだった、忘れるところだったな、スマン」


 キャロルさんの言葉に、お皿に伸ばしかけた手を止めて謝るショコラさん。


 言う? 何を? ショコラさんはクッキーに集中しすぎて忘れかけちゃってたみたいだね、食べ物優先になるのはショコラさんらしいよ。キャロルさんの料理の腕がどんどん上がってきている証拠なのかもしれない。


「コラコラ。ええと、シラユキ様、コイツの話をちょっと聞いてやってください」


「うん。なあに? ショコラさん」


 私の背中、真後ろにいるショコラさんに向けて、やや見上げるようにして聞いてみる。


「くっ、可愛いな……、本当に可愛いなシラユキは。おっと、シラユキ可愛さにまた忘れるところだった、いかんいかん。ちょっと小耳に挟んだんだがな、何やら面白そうな催しがあったそうじゃないか。シラユキに願いを一つ聞いてもらえるとかいう……な」


 見上げる私の両頬を、軽く両手で挟みながら言うショコラさん。


「にゅ、うん、ちょっと前の話だねー、うにゅにゅ」


「ふふ、可愛らしい……、は、と、すみません。こら、やめなさいガトー」


 微笑ましそうに見ていたシアさんだが、私が話し難そうなのに気付いて謝り、ショコラさんを窘める。


「ははは、悪い悪い。シラユキの頬の感触は最高だからな、ついやってしまう」


「ええ、本当に」「うんうん、最高だよね」


「恥ずかしい……。え? 褒められてるのこれ?」


 三人でニヤニヤしながら見ないでください!! この三人はメイドさんズとは違った方向で仲が良いんだから……。



「まあ、どうという事はない。ただ私も何かシラユキに頼み事でもしてみようかと軽く思ってな。何となくな。決して自慢するミカンが羨ましいとかそんな理由じゃないぞ?」


「なんて分かりやすい……。うん、いいよー。私にできる簡単なお願いだったらだけど、何でも言ってね!」


 なるほどなるほど、ミランさんから聞いたんだね。確かにあの時のミランさん大喜びだったからねー。

 しかしショコラさん、言い訳の仕方が父様にそっくりだよ……。うーん、やっぱりショコラさんは大好きだ!


「お? そうか? やっぱりシラユキは優しい良い子だなぁ……、連れて帰りたい」


「ほほう、自らの命を絶つ事が願いですか……。いいでしょう、姫様のお手を煩わす程の事でもありません、私が」


「何でそうなるの!? むう、ショコラさんとシアさんがセットでいるとツッコミが忙しいよ……。シアさんはちょっとだけ黙っててね!」


「はい、畏まりました。ふふふ」


 上機嫌な笑顔で数歩後ろに下がるシアさん、とそれについて行くキャロルさん。


「何でシア姉様はシラユキ様に怒られると嬉しそうにするんですか……」


 シアさんは返答の変わりに、口元で人差し指を十字に重ね×印を作り、笑顔で喋れませんアピールをする。本当に何故か嬉しそうだ。


「うっわ、シア姉様可愛い……。もう一回やってくださいもう一回!」


 うんうん可愛いね。よし、この二人は放っておこう、ショコラさんのお願いは何かなー?


「ごめんねショコラさん、お願い聞かせて? でも変なお願いだったらシアさんに摘み出されちゃうからやめてね」


「うーん、そうだな……。しかし、いざ何か頼もうとなると何も思い浮かばんな……」


 あらら。今日いきなりだからそれもしょうがないのかな? ショコラさんには私の能力の事はまだ伏せたままだし……、あ、キャロルさんにもまだ教えてなかったんだった。どうも私は自分の能力とか特殊な生い立ち(?)とか忘れがちになってるね。


「ショコラさんは肌も真っ白で綺麗だし、傷も全然無いもんね、美肌の魔法も要らないよねー。後私にできる事ってなんだろう?」


「子供に変に無理をさせる訳にもいかんからなあ、シラユキに何かしろっていうのは考えてないさ。……お、そうだ」


 あ、どうやら何か思いついたみたいだね、何かなー?


「一緒に町を歩かないか? 勿論手を繋いでな」


 町……?


「うーん……、町? 何しに行くの?」


「何か目的を持って行くんじゃなくてだな、あー、散歩みたいなものか?」


「散歩なら森の中でもできるよ? コーラスさんのお花畑に行くとかね」


「いや違うな、目的も無くうろつく、だな。ケーキ屋を見かけたら入ってみたり、露店で上手そうな物があったら買い食いしてみたりな。そういうのも面白そうだろう?」


「ふふ、食べ物ばっかり。でもフランさんとシアさんが作ってくれた物の方が美味しいし……」


「ミカンに会いに行くのもいいんじゃないか?」


「ミランさんはたまにだけど遊びに来てくれるよ?」


「む……、あ……。ふむ……」


 む? どうしたのかな?



 ちょっとだけ気まずい沈黙が流れる。我侭を言い過ぎた私に呆れちゃったのかもしれないね。


「なるほど、そういう事でしたか。ガトー、もうそれくらいで一度諦めなさい」


「そう、だな。ふう……、重症だなこれは……」


 小さくため息を一つつき、苦笑気味に私の頭をポンポンと軽く叩く様に撫でるショコラさん。くすぐったさと軽い衝撃に思わず目を瞑ってしまう。


 なーるほどねー、そういう事。黙っててって言っておいたシアさんが止めに入るくらいだし、確実だろうねこれは。ショコラさんは多分……


「私を町に連れ出そうとしてたの? でも、どうして?」


「どうしてと聞かれてもな、それは逆にこちらが聞きたいくらいなんだが……。シラユキ、もう何年森を出ていないんだ? 私もミカンもよく聞かれるんだ、シラユキは次はいつ町に来るのか、ってな」


「あー、うん、私もたまに町に出たときに聞かれるのよね、それ。でもしょうがないって、こればっかりはね」


「そうなの? うーん……」


 何年? 何年だろうね。私、そんなに長い間森から出てなかったっけ? 言われて見ると確かに、前に町に行ったのはいつだったかすら思い出せない。


「別に構わないのでは? それに何の問題があると言うんです。そもそも姫様が自ら町に出向かれる程の用件などあの町には無いのですよ? 要り物は買出しの者に頼めば済むこと、急ぎ必要になった物が出てしまったとしても誰か他の者を使いに走らせれば解決する程度の問題です。それに、貴女もちょくちょくと顔を見せにやって来ているではないですか」


「いやいや、私が言いたいのはそういう意味じゃなくてだな……」


「待って待って、シアさんショコラさん。言いたい事は分かってるの、ごめんね……」


「シラユキ?」「姫様……」


 それ以上いけない。私のせいで口論になってしまう。二人の友情にひびを入れたくはないからね、入る訳も無いと思うけど。



 そう、ショコラさんの言う通り、私はもう何年もリーフサイドの町へ行っていない。少なくとも五年以上は経っているだろうと思う。

 思えば二十歳二十一歳、その辺りまでは月にニ、三回は遊びに行っていたのだけれど、ある時を境にぷっつりと行く気が失せてしまったのだ。

 行く気が失せたと言うより、行きたく無くなった、の方が近いかもしれない。理由は自分でもはっきりと分かっている。


 エディさんがカルルミラへと旅に出てしまったそのすぐ後、ナタリーさんを初めとして他のお友達の冒険者の人が何人も、その……、エディさんを追いかけて行ってしまったのだ。モテモテすぎるでしょうエディさん……。


 しかも私には何も言わずに、だったからね。でもいくらお友達でもただの一介の冒険者、ミランさんを通じて伝言を残すくらいしかできなかったっていうのは分かってるよ。これは私がただ単に拗ねているだけ。

 エディさんがいなくなってしまって寂しくなっていた私に追い討ちを掛ける様な出来事だったからね……。暫くは泣いてみんなに甘えまくる生活だったよ。あれ? あんまりいつもと変わらないな……? ま、まあいいや、深く考えないようにしよう。


 噂を聞いたのかシアさんが何かしちゃったのか、ソフィーさんだけは一年と経たずに戻って来てくれたんだけどね。あまりの嬉しさに森に入る許可を出してしまったのはいけなかった。ついカッとなってやった、今では反省している。


 こうして考えてみるとはっきりと分かっている訳じゃないね、訂正しよう。ラルフさんたちの時と同じ、何となく行きたくなくなってしまったのだ。

 シアさんが言った様に、欲しい物や必要な物は誰かが買って来てくれるし、代表的(?)なお友達であり家族のミランさん、ショコラさん、ソフィーさんは結構遊びに来てくれるからね、今まで特に何も問題なく過ごしてこれたからいいんじゃないかなと思う。


 いや、問題はある、かな?



「まあ、会いたくなったら会いに来ているから私も問題は無いとは思うんだがなあ、秋祭りにも顔を見せないままというのは、な。皆も心配しているんだぞ?」


 私は町では心優しいお姫様として人気者らしいからね、勘違いというものは怖いものだよまったく……。


「うーん? ま、別にいいんじゃないの? ルーディン様もユーフェネリア様もお小さい頃しか出てなかったって言うしさ。シラユキ様はまだ小さいままだけど……」


 うるさいです! キャロルさんだって小さいくせにー!! 一言多いよ一言! でもありがとね。


「小さいよなあ……。もっと色々と好き嫌い無く食べないといかんぞ?」


「姫様は一生お小さいままでしょうから、お二人の例には当て嵌まりそうもありませんね」


「小さい小さい言わないで! これもきっとシアさんの呪いのせいなんだからね! いい加減やめてよー」


「呪い? ああ、私の日課の祈りの事でしたか。勿論今でも毎日欠かさず続けていますよ、ご安心くださいね」


「何の安心!? あ、本気でそう思ってる訳じゃないからシアさんも安心してね」


「はい。ふふ、お優しい姫様」


 でも何となくやめてほしいわ……。シアさんのことだから本当に何かしらの影響が出ているのかもしれない! シアさんだから、メイドさんだから、という言葉には何故か説得力を感じてしまう不思議。今度女神様にそれとなく聞いてみようかな。







活動報告に書きました通り、投稿感覚が長くなる、かもしれません。

一、二週間に一話投稿できたらいいなー、くらいになると思います。


予約投稿の日付を間違えていたみたいですね……。

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