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その188

「し、シア姉様、いい加減機嫌直してくださいよ……、何度も謝ってるじゃないですか。それに、わざとじゃないんです! 本当につい、たまたま、偶然の出来事で……」


 私の座っている位置より少しだけ離れた場所で、キャロルさんがシアさんに食い下がるようにして謝っている。ちょっと言い訳っぽくも聞こえてしまう。


 所は談話室、時はお昼過ぎ、読書の時間。今日は朝からシアさんの機嫌が超が付くほどに悪い。でもキャロルさんに対してのみの事なので私には何も影響は無いのだけれど……。

 キャロルさんはとある事をやらかしてしまい、朝からずっとシアさんに謝り続けている。しかし対するシアさんは完全無視の構えだ。


 私や他のみんなにはいつも通りの対応だから器用な人だよまったく……。これじゃ気になって読書に集中できないよ、あ、間接的に影響が出て来てしまった。

 



「シア姉様? 聞いてます? 無視しないでくださいよー……。愛する人に無視されるとか泣ける……」


「愛する人とか言うのはやめなさい! 恥ずかしい……。何度謝ろうが深く反省しようが許すつもりは微塵もありません。まったく、命があるだけありがたいと思いなさいこの粗忽者が」


 やっと反応したと思ったらなんという冷たい物言い! そんなに怒るような事でもないと思うんだけどなー。


「ううう……、許されるどころか普通に話してくれるのもいつになる事やら……。もう、人形くらいで怒りすぎですよ……、はっ!? しまっ」


「人形……くらい……?」


 ひい! 怖いです! 睨んでる睨んでる、めっちゃ睨んでる!! 全身からかもし出す怒りのエネルギー量がオーラとして見えそうになる。

 こんなにも恐ろしい敵を作りたくないので私は謝ります。ごめんなさい。キャロルさんも謝る……、これ最近やった気がするな……? まあいいや。中略……、早く謝っテ!!



 そう、諍いの原因はある人形。

 今朝、キャロルさんがシアさんの部屋、シアさんとキャロルさんの相部屋、かな? 二人の部屋を掃除していた時に、誤ってシアさんの大切にしている人形を床に落としてしまったのだ。

 その人形とは……、人形と言うよりかはぬいぐるみと言った方がいいかもしれない。とにかくそのぬいぐるみは……、シアさん手作りの力作、題して『もふもふシラユキちゃん』。


 まあ、私を模したぬいぐるみだね、かなりデフォルメされてはいるけど。しかし、なにか似たような名前のぬいぐるみがあったような気がするよ……。


 もふもふシリーズは他にも、『もふもふメアさん』、『もふもふフランさん』、『もふもふシアさん』、などなど、お友達はいくつも存在していて、私の部屋に並べて飾られている。最新作は『もふもふショコラさん』だ。

 全種シアさん手作りの一品物で、大きさは元の本人の身長に関係なく30cmくらい。あまりの可愛らしすぎる出来栄えに私も大好きなシリーズで、家の中限定だが抱き歩いていたりもする。シリーズの今後の展開がとても楽しみだ。


 その中でも特に力を入れて作られたのが、件の『もふもふシラユキちゃん』。シアさんは『もふもふ姫様』と呼んでいるが、それはまあ、どうでもいい。

 このもふもふシラ……、こほん、ぬいぐるみは他の種類と違い、着ている服、身に付けている物全てが私の古着など、私が一度でも着用した事のある物を使って作られている。

 「ほらご覧ください。下着も姫様のお古の生地を……」と、ぬいぐるみのスカートを捲り、喜々として説明をしていたシアさんを見て軽く引いてしまったのが記憶に強く残っている。

 この一つだけはシアさんが自分の部屋に飾っていて、毎日欠かさず自らお手入れを施して大切に、とてもとても大切にしている……のだが、キャロルさんがはたきで叩き落してしまったからもう大変。


 シアさんの怒りが有頂天になった。この怒りはしばらくおさまる事を知らない。



「キャロ、あなたはその時もこう言いましたよね、たかが人形くらいで、と。あろうことか私の命よりも大切な『もふもふ姫様』に対し、たかが? くらい? それこそ反省の欠片も無い証拠でしょう!!」


 うわあ大声!! これは本気で怒ってるよ……。怖い、怖いです。


「ごごごごめんなさいシア姉様! 今のは物の弾みで! あっちゃー、やっと落ち着いてきたのにまた怒らせちゃったわ……。あ、シラユキ様? すみません、読書中騒がしくしてしまって……」


 慌ててシアさんに謝った後、私の目線に気付き、こちらにも謝罪を入れるキャロルさん。


「は……、申し訳ありません姫様。私共のことはお気になさらず、どうぞ読書をお続けくださいね」


 怒鳴るような怒りの形相から一転、私にはにこやかに対応するシアさん。

 今思ったんだけど、もしかしたらシアさん、ぶっちゃけそこまで怒ってないんじゃないだろうか……? この変わり身の早さ、頭の切り替えが早いとかそういう言葉では説明しきれないよ。


「無理言わないで。気になっちゃうよ、もう……。ぬいぐるみだってほつれちゃったりした訳じゃないんでしょ? もう許してあげようよシアさん……。ちょっと汚れちゃったくらいで怒りすぎだよ?」


 読んでいた本に栞を挟みパタンと閉じ、二人の方へ体ごと向いて話しかけてみる。

 この問題を解決するまでは安心して読書もできそうにない。こうなったら私が間に入って仲直り……、じゃないか。シアさんの怒りを納めて、キャロルさんを許してもらわなければ。


「そうは仰られますが、姫様? 姫様がもし、もふもふシリーズ、仮に『もふもふシアさん』としましょうか、それをこの馬鹿にはたき落されたらどうお思いになれられますか? どうか一度、お考えお願いします」


「え? 『もふもふシアさん』を?」


「こ、この馬鹿……。ついに名前すら呼んでもらえなくなったかー……、あ、ありがとうございますシラユキ様」


 キャロルさんはがっくりと肩を落としながらも、わたしの口添えに対してきちんとお礼を忘れない。


 ええと、キャロルさんに『もふもふシアさん』をはたきで叩き落されたら……?

 『もふもふシアさん』はもふもふシリーズの第一弾。シアさんが一人で眠る私が寂しがらないようにと作ってくれたんだったね。懐かしい、と言うか覚えていない。シアさんがそんな事を言っていたような気がする。


 ああ、うん、なるほどね。


「ごめんねキャロルさん。私がもし『もふもふシアさん』を落とされちゃったら結構怒っちゃうと思う。『もふもふシアさん』は特にお気に入りで、すっごく大切なぬいぐるみだから」


 第一弾目っていうのと、シアさんが優しさから作ってくれたっていう経緯を考えると、どうしても『もふもふシアさん』は特別に扱ってしまうかな。勿論他のシリーズもそこまでの差は無いくらい大切な物には変わりはないけどね。

 本当に全部が全部可愛く出来てて、お店で見かけたら値札も見ずに買っちゃうレベルだよ。


「え、あ……、シラユキ様はいいんですよ。シア姉様からに限ってじゃなくて、贈り物は全て大切にされているんですよね?」


 うんうん、そうそう。誰々から貰ったこれこれ、じゃなくて、プレゼントは贈り主や品に限らず全部が全部大切なものだからね! それをわざとじゃないにしてもぞんざいに扱われたら、いくら気の弱い私でも怒っちゃうよ。


「本当に死にたいのですかあなたは。姫様は私を模した人形だからこそそこまでお怒りになられるのですよ? ああ……、お優しい姫様。姫様にでしたら私の気持ちを理解して頂けると信じておりました」


 シアさんは両手で頬を挟み、少し体をくねらせながら嬉しそうにそう言う。


「え? えー? ま、まあ、シア姉様はシラユキ様を模した人形だから怒ってるっていうのは私にも分かってるんですけどね」


「あはは。シアさんは本当に大袈裟――」


「自分で訊ねておきながらあまりにも嬉しすぎるお答えを頂いてしまいましたね。まあ、やや納得がいかないながらも落としてしまった事については反省している様なので、今回限り、今回限りですよ? 許してあげましょう」


「だよねむぐっ」


 おっと危ない、慌てて口を塞ぐ。珍しく迂闊な一言を漏らさずに済んだよ!


 上機嫌になってキャロルさんを許してしまったシアさん。わざわざ訂正してまた怒りを再燃させる事も無いからね。



 その後もシアさんは、今朝からの機嫌の悪さはどこへやら、逆に超が付くほどの上機嫌で私を膝の上に乗せて、全力で可愛がりまくっている。


 わ、私の読書時間は一体どこへ……。まあ、シアさんの膝の上は大好きだからいいんだけど。ふふふ。


「私もシラユキ様に座ってもらいたい……、シア姉様の膝に座らせてもらいたい! っと、そういえば、私は一体いつになったら作られるんですか? シア姉様」


「姫様、こちらを向いてください。キスをさせて頂き……、? まだいたんですか。私の至福の一時の邪魔をしないでもらえませんか? まったく……、あなたはもう少し空気を読む事を覚えなさい」


「ひどすぎる! もっとキャロルさんにも優しくしてあげてよー。あ、それは私も気になってた。『もふもふキャロルさん』はまだ作らないの?」


「まだ、ですか? 作る予定は特に……」


「ああ、はい。何となくそうなんじゃないかとは思ってましたよ……」


「えー……。欲しいよー、作ってよー、シーアさーん?」


「ははははい! 早速今日から製作を開始させて頂きます!! ああ……、ひ、姫様からのおねだり……、可愛らしすぎます姫様! もうおやつの時間まで放しませんからね!」


「わう! くすぐったいよシアさん! ふふ、あはは、ふふふふ」


「うっあー、なんだろうこの疎外感……。とにかく私の人形が作られる事を素直に喜ぼう……、なんだかんだで許してもらえたし。ああ、やっぱり……、色んな意味で羨ましいなあ……」







次回の投稿はいつもより長くかかるかもしれません。

ちょっと書く気力が湧かないと言うか、気力を他のところに使ってしまっていると言うか……

それでも1ヶ月とか、そこまでの日数はかからないとは思います。


5/7

ぬいぐるみの説明文を少し追加、修正しました。

大きさについて一切書いていなかったですね。



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