表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
180/338

その180

 カリカリカリ、と鉛筆を走らせる。これが鉛筆なのかどうかは正確には分からないが、見た目は鉛筆そのものだし、まあいいか。木筆、という名前だけど私は普通に鉛筆と呼んでいる。実はこれはかなりの高級品らしい。

 あれは何歳だったか……、もう忘れてしまったが文字の勉強をしていた頃。インクをつけながら書くのはめんどくさいねー、とつい一言漏らしてしまったその次の日には既に用意されていた。それからずっと愛用している品だ。文字や絵を描いたりする事自体滅多にないので、愛用といっても数本程度なのだけど。


 私が今何をしている、書いているのかと言うと、お手紙だ。日頃お世話になっている家族やメイドさんズ、お友達に感謝の手紙、というのは少し大袈裟だけれど、面と向かっては言い難い言葉を文字で伝えようと思い、こうして自分の机に向かっている。まあ、それは建前だ、本音、真の狙いは別のところにある。それはまあ、今はいい、まずはちゃんと手紙を書かなければ。狙いが別のところにあるとは言っても、手紙の内容そのものは関係はしていないからね。嘘を書いたりはせず、素直な自分の気持ちを書き連ねていこう。






 とりあえず家族四人の分は書き終わった。もっと時間が掛かると思っていたけどそうでもなさそうだ。書き始めると意外にサラサラと書けてしまう物だね。


 ふむ、少し休憩しようかな。慣れない事をして疲れちゃったよ。前世では毎日よくこんな事を続けられたものだって感心しちゃうね。こっちの学校だとどうなんだろう? みんな私に学校に対しての興味を持たせないようにしたいのか、全然話してくれないんだよね。別に通いたいって言ってる訳じゃないのにさー。まあ、興味が出ちゃうと通いたくなってしまうものかもしれないけどね。冒険者の養成所みたいな学校もあったりするのかな……


「ん……、んー、っと……。ふう」


 ちょっとはしたない気もするけど、両手を前に伸ばして軽く伸びをする。


「あ、休憩ですか? 猫みたいで可愛い伸びですね。それじゃ、紅茶淹れますね。シア姉様の淹れる物と違って全然美味しくないと思いますが……。あ、エンピツも削っておきますから横に置いておいてください」


「うん。お願いキャロルさん」


 私の側でずっと待機してくれていたキャロルさんが紅茶の用意を始める。私も自分の机からテーブルの方へと移動をする。キャロルさんが私付きのメイドさんのお仕事をしているところを見ると、嬉しさでニヤニヤしてしまう。



 今日は私付きのメイドさんズの三人が三人ともお休み。毎日のお仕事をしながらうどん勝負の準備は大変だろうと思って、今日はずっと部屋にいるから準備する時間にしていいよ、と私からお休みをプレゼントしたのだ。一週間なんてあっという間に過ぎてしまうものだからね。お休みって言っても三人ともどこかに出かけてる訳じゃないんだけどね。

 シアさんは最後まで必要ありませんの一点張りだったけど、無理矢理押し付けてしまった。キャロルさんから毎晩遅くまで起きてるって聞いて心配になっちゃったんだよね。シアさんは我慢させた時の反動が凄い。丁度よく今日の添い寝当番はシアさんだし、全力で甘えてご機嫌をとろうと思う。



「お待たせしました、どうぞ。ま、不味かったら遠慮なく言ってくださいね、カイナに頼みますから」


 ぼーっと考え事をしていた私の目の前に、キャロルさんが紅茶を差し出してくれる。


「大丈夫だよもう……。ふふふ、ありがとうキャロルさん」


 うん、美味しい美味しい。シアさんの淹れた紅茶はもっと美味しいけどね。シアさんは多分、世界一紅茶を淹れるのが上手な人だと思うから比べたってしょうがないよ。

 ミルクティー、レモンティー、オレンジティーなどなど、シアさんの淹れる紅茶は誰が淹れる物より美味しい。紅茶と薬草茶を淹れるのがが趣味なんだよね確か。薬草茶は正直勘弁してもらいたい……


「くはっ! なんて可愛らしい笑顔……。撫でたい! 抱き締めたい! 頬擦りしたいキスしたい! 押し倒し……、失礼しました」


「押し倒し!?」


 やっぱりキャロルさんは要注意人物なのか!?


「ふふ、冗談ですよ。すみません、シラユキ様と二人きりだとついからかってしまいますね。あー、膝抱きにできる権利と添い寝当番、欲しかったなあ……」


 からかわれた!! キャロルさんはやっぱりシアさんのお弟子さんだよ!! くう、でも嬉しい! ニヤけちゃう!


「見習いーってシアさんが勝手に決めてそう言ってるだけなんだよ? あ、休憩の間だけだけど一緒に座る? お手紙書き終わったら一緒にお昼寝もしよっか?」


 未だにキャロルさんは見習いのまま。正式採用されちゃうと家周辺の警備とか森の巡回とかに回されちゃうみたい、メイドさんの筈なのにおかしいね。キャロルさんは強いからしょうがないのかな? シアさんがキャロルさんの反応を見て楽しむために適当に言ってるだけなのかもしれないが……


 キャロルさんは私より少し背が高いくらい、140……、5くらいかな? メアさんより少し低め。 多分私との差は20cmくらいだと思う。私小さすぎるな……。でも前に膝の上に座らせてもらったときはしっかりと安定してたもんね、大丈夫だと思うよ。


「それは分かっているんですけどね、やっぱりシア姉様には、え? ええ!? いいんですか!? あああ、でも怒られそう……」


 なんという大喜び。やはり問題はシアさんか……。しかし!


「私がいいって言ってるんだからいいの! シアさんに怒られたら私に言ってくれればいいよ? 私が逆にシアさんを怒っちゃうんだから!」


「うわ、嬉しいですけど駄目ですよ!! シア姉様が自殺しちゃいます!! そうなったらもう私も後を追うしか」


「シアさんもキャロルさんもどこまで本気なの!? もう命令しちゃうよ命令! 私をお膝に座らせてー!!」


 似た者師弟すぎるにも程があるよ! 命令じゃなくて普通にお願いになっちゃったけど気にしない。


「半分冗談でしたすみません! ご命令でしたらしょうがないですよね? あ、怒られるのは間違いないと思うのでその時は軽くお口添えだけお願いします」


 そう言うと座っている私を軽く持ち上げ、身長から言うと持ち上げるというより抱え上げるに近いか。そして何故かそのまま移動して、私のベッドに腰掛けるキャロルさん。


「な、なんでベッドに……?」


「っと、しまった。許可を取らずに座っちゃってすみません。ここならもし横に倒れてしまっても安心だと思って……、ああ……、幸せすぎる……」


「あはは。そんな事に許可なんて要らないから大丈夫」


 な、なるほどね。一瞬だけ身の危険を感じちゃったよ……、ごめんねキャロルさん。うん、私も幸せだ。


「今日はちょっと甘えちゃうね。ふふふ、キャロルさんだーい好き」


 キャロルさんに持たれ掛かるようにして甘える。手紙を書いているときは集中してて気にならなかったが、いつも一緒にいるメイドさんズが三人とも側にいないのはちょっとどころじゃなく寂しい。


「ちょ、シラユキ様、嬉しすぎますって! ああ、もう駄目、我慢できない、シア姉様も見てないしキスしまくろう。あんまり可愛い事を言ってると押し倒しちゃいますよー?」


「きゃー! おそわれるー! ふふ、あははは」


 もう二人っきりでも全然緊張しなくなっちゃったね。妹みたいに可愛がってくれるのは本当に嬉しい!!




 たっぷりとキャロルさんの膝の上を堪能した後、幸せな気分のまま、またお手紙を書くために机に戻る。書く分量は一人に付き便箋一枚だが送る人数は十人以上、結構な量だ。一人だけ二枚送る事になるんだけど……、それは書く内容が決まっているので数には含まなくてもいい。それに、もうそれだけは真っ先に書き終えてあるからね。

 暫くの間、カリカリと鉛筆を走らせる音と、キャロルさんが読んでいる本のページを捲る音だけが部屋に響く。ずっと何もしないで立っているだけは辛いと思い、座って本でも読んでていいよ、と軽く勧めてみたのだ。キャロルさんはシアさんと違ってあっさり受け入れてくれていいね。しかし読んでいる本はシアさんお薦めの例の作者のシリーズだ、内容に関しては何も聞かないようにしよう。真剣な顔で読み進めているのがちょっとだけ気になってしまう。


 こんなに静かなのは久しぶりだね。シーンと静まり返るなんてみんなで読書してる時くらいのものだから滅多にない。家族みんなお喋り好きだからねー。たまにはいいね、こんなのも。


 さーて、残り数枚。ちゃっちゃと書き終えてしまおう。……ちゃっちゃとのちゃっちゃってどういう表現なんだろう……




 最後の一枚を書き終わり、宛名を書いておいた封筒に入れていく。ありえないとは思うのだけれど、本人以外の誰かに読まれると困るのできちんと糊付けをして封をする。後は全部の封筒を重ね、くるくると紐で縛り……、完成だ。


「……よしっと。終わったー!」


 一仕事終えた達成感。こんな気持ちは転生後初めてかもしれない。うん、満足満足。


「あ、お疲れ様です。す、すみません、本に集中しちゃってお手伝いもせず……。筆記具とか片付けちゃいますね。それが終わったら手を洗いに行きましょう」


 読んでいた本を栞も挟まずパタンと閉じてテーブルに置き、私の机の片付けを始めるキャロルさん。


 手? ああ、言われてみればちょっと黒く汚れちゃってるかな? 一応軽くは拭いたけどさっきまで糊でベタベタしてたしね。なんという不器用さだ私は……


「うん。その後でお昼寝しよっか、ちょっと疲れちゃったよ。慣れない事だからってこんなに疲れるなんて思わなかったなー、手も痛くなっちゃったし」


 手首と鉛筆の当たっていた指が少しだけ痛い。あまりの自分のひ弱さに驚いてしまった。前世の私はよく毎日ノート取りなんてできてた物だとさらに感心してしまう。まあ、毎日続けていたからこそなんだと思うけど。


「だ、大丈夫ですか? シラユキ様の指にペンだこなんて出来てしまったらシア姉様発狂ものですよ……。今日はもうしっかりと手を休めて、お風呂でシア姉様にマッサージしてもらってくださいね。……さ、お昼寝の準備、しちゃいましょうか」


 差し出されたキャロルさんの手を握り、席を立つ。


 キャロルさんはシアさんがいないと普通に優しいお姉さんすぎて違和感を感じちゃうよ。シアさんがいるときは見た目どおり子供っぽい言動なのにね、ふふふ。まあ、甘えやすいからよし。

 おっと、いけないいけない、肝心な物を忘れてた。折角書いた手紙を置いて行くところだったよ。手紙自体は特に急いで読んでもらわなくてもいいんだけど、この中の一通だけはそうもいかない、できたら今日中に渡しておいてしまいたいね。あ、キャロルさんに配ってもらっちゃおうかな?


「キャロルさんキャロルさん、お手紙をみんなに配ってきてもらってもいい? 手洗いも歯磨きも着替えも一人でできるから」


 ……うん? 私って一人で着替え、できるのかな……? ふ、不安だ。生まれてこの方一人で着替えなんてした事はない。お姫様だからしょうがないよね、うんうん。


「え? あ、ええっと……。ヤバ、予想外の展開……。あのー……、ですね、できたらシラユキ様から……、そう! 私なんかよりシラユキ様から直接手渡された方がみんな喜ぶと思いますよ! お着替えの前に今館にいる人だけでも渡しに行きましょうそうしましょう。……わざとらし過ぎますがお願いします、はい」


 私のお願いにうろたえて目を逸らし、自分の言い訳をヒントにハッと閃いたかの様な理由を付けて断られてしまった。


 何その焦り方と今思いついた様な理由は……、怪しいね……。でも、確かにそうだね、手紙を受け取った時のみんなの笑顔は見てみたいと思う。キャロルさんの今の反応は気にはなるけど……、私に内緒にしておきたい何かがあるみたいだから突っ込まないでおこうかな。こういうのは絶対みんなの優しさから来る隠し事だと思うからね。話せるときになったら話してくれるだろう、多分。


「うん、分かった、そうするね。ありがとキャロルさん。ふふ、みんな喜んでくれるかなー、楽しみ」


「かっ、可愛らしい笑顔! ……あー、よかった。でもちょっと罪悪感……」


 キャロルさんは隠し事があんまりできないタイプなのかな、そこはシアさんとは似てないね。シアさんなんて真顔で丁寧に説明してくれて、最後に嘘ですが、とか、今思いついた想像ですが、とかしれっと言うんだよね。それはそれでもの凄く面白いから不満は一切ないんだけど、よくその場その場で嘘の説明なんて思いつくよね……、凄い人だ。さすが私をからかう事が生きがいなだけあるよ。




 手洗いと歯磨きをささっと済ませ、とりあえず今家にいて手渡せる全員に手紙を配り歩いていく。今日寝る前にでも読んでね、と一言添えるのも忘れない。

 手紙を受け取ったみんなはかなり驚いて、でも凄く嬉しそうな笑顔でお礼を言ってくれた。シアさんには本気で泣かれてしまったよ……


 よしよし、これで目的は達成だ。お友達の分の手紙はまだ数通残っているけど、これを渡すのはもういつでもいい。

 うーむ……、すっきりとした晴れやかな気分、そして程よい疲れ。これは気持ちよくお昼寝ができそうだね。



 着替えは、キャロルさんに着替えさせてもらうのはちょっと恥ずかしかったのでシアさんにお願いした。まあ、そのせいでキャロルさんとお昼寝しようとしたのがバレてしまったのだけれど……


「ふむ……、特別に今回だけ許可しましょうか。今の私は自分でも分かるくらい最高に機嫌がいいですからね」


「ぃやった!! ありがとうございますシア姉様! シラユキ様、お好きなだけ揉んでくださっていいですからね?」


「揉まないよ! ……多分。あ、キャロルさん着替えは? メイド服のままだとごわごわするし、しわになっちゃうよ?」


「ああ、私は寝るときは全裸派ですから脱ぐだけですよ。……やっぱまずいですよね」


「う、うん……。あ、私の着る? ぶかぶかだから多分キャロルさんなら着れると思うよ」


「シラユキ様のお召し物を!? いえいえそんな私なんかに! ちゃ、ちゃんと持ってますからすぐに着替えてきます!」


「ああ、カイナに貰った例のアレですか……。ふふふ、姫様の感想が楽しみですね」


「カイナさんから? なんか楽しそうだねシアさん……」



 寝巻きに着替えて戻って来たキャロルさん。レース多めのフリフリヒラヒラの、色合いは全体的にピンクの可愛らしいネグリジェ姿だった。


「可愛い! キャロルさん可愛い!! 似合ってるよ!」


「くっ、ふふっ……。あ、ええ、似合っていますよ? 怖いくらいに……ふっ、ふふふ」


「シラユキ様も笑ってください! 普通に褒められるのは恥ずかしいいいい!!」







二話三話で終わる予定だったうどん編がちょっと長引きそうな気配……


今回はちょっと不遇?だったキャロルを少し幸せな気分に。

シアさんと絡ませてあげたいですけど、それはまた暫く先のお話で。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ