その179
「それではルールの説明をしていきたいと思います、疑問質問は一通り説明し終わるまで待ってくださいね。……こほん。
まず、いきなり今すぐに作って見せろというのも無理な相談。料理の構想、食材の用意等のために準備期間を一週間設けます。一週間後の昼食にお出しできるよう、それぞれ計画を立ててください。
ここからがルールとなります。
一つ、麺料理である事。これは言うまでもありませんね。麺を使った料理であれば特に制限はありません。
二つ、これ以上のヒントを姫様に求めないこと。これを破った者にはそれ相応の報いを受けて頂きます。具体的には……、キスを姫様にするのも姫様からして頂くのも禁止、というのはどうでしょう? 死に勝る絶望だと思われます。
三つ、優劣はあくまでオウドンに近い物で決められます。味を競うのではありません。純粋に料理でフランに勝とうなど無理な話ですし、これは安心してくださいね。
四つ、見習いの参加は禁じます。
以上です。何か質問はありますか?」
ここはいつもの談話室、ではなく母様の執務室。私と姉様、私お付のメイドさんズの四人、それに母様とカイナさんとクレアさんがいる。
私は母様の膝の上、姉様も右隣に椅子を置いて座っている。左隣にはシアさんが立っていて、執務机を挟んで正面に立っている五人のメイドさんズに、今ルール説明が終わったところだ。シアさんも参加者の一人なのだけど、説明と言えばシアさんなので誰も突っ込もうとはしない。
「四つ目のルールがピンポイント過ぎます!! 私は参加できないんですか!?」
ルール説明が終わり、即キャロルさんが手を挙げ大声で質問をする。
「できません」
それを一言で切り捨てるシアさん。
「そんなー!! 理由を! 理由を聞かせてください!!」
キャロルさんとしては珍しく食い下がっている。そんなに優勝商品が欲しいんだろうか……? キャロルさんは本当の意味で気をつけないといけない人なのか……!?
シアさんにはもう完全に相手にされてない、ただの妹扱いしかされてないみたいだからね。こう、何て言うんだろう……? た、溜まってるっていうのかな……。私狙いは冗談だとしても、姉様やシアさん以外のメイドさんズはキャロルさんの好みに当て嵌まってるし、気をつけてもらわなければ……
「あはは、落ち着きなさいってキャロル。今回は勝負なんだから私もメアも手伝えないんだよ? 一人でシラユキとユーネ様に出せる料理が作れるって言うんならいいんだけど、ね」
「へ? あ、そっかそっか、考えてみたら当たり前かあ。す、すみませんシア姉様。シラユキ様ユーネ様、エネフェア様も、お騒がせして申し訳ありませんでした」
フランさんの説得? 説明に一瞬で落ち着きを取り戻し、丁寧なお辞儀で私たちに謝るキャロルさん。
やっぱりキャロルさんはシアさん一筋、私の考えすぎだったみたいだね。……あれ? 違うか? 私狙い? でもあっさりと諦めてるし、そんな事はある訳無いね。うーん、自分で考えておきながらよく分からなくなってしまった、後で本人に聞いてみよう。
しかし、キャロルさんはもうどこからどう見ても一人前のメイドさんなのに、シアさんの気まぐれには困ったものだね。私付きが四人でも問題ないと思うんだけどなー。今だって他の所にお手伝いに行ってる以外は私の側にいるんだし。いや、四人どころか九人でもいい。いやいや、メイドさんは何人いてもいい。
「カイナは参加しないのか? 料理は得意な方だろう。こういった催しの参加者は多ければ多いほど面白くなるものなのだと思うのだが?」
「得意って程でもないわよ。それに、知ってるでしょ? 私はレシピの分量通り作ってるだけで、自分で考えて新しい料理を作るっていうのは苦手なの。できないこともないけど……、姫様にまずいって言われたら立ち直れないわよ……」
「姫がカイナの作った料理に対してマズイなんて言う訳無いと思うけどね。まあ、微妙な顔はされそうだけど」
私は言わないけど母様ははっきり言っちゃいそうだね。残念だけどカイナさんは不参加かー。……ん? カイナさんはお料理上手、これは間違いない。キャロルさんのメイドさん修行も順調に進んで料理だって色々とできるようになっているはず。それならば……
「それじゃ、カイナさんとキャロルさんは二人一組で参加するっていうのはどう? キャロルさんが考えて提案して、カイナさんが実際にそれを作るとか」
私の提案にカイナさんとキャロルさんの表情が明るくなる。
私としてはいい思いつきだと思う! クレアさんが言ったみたいに、今回の催しものは作られる品数が増えれば増えるほど面白くなるはずだからね。ふふふ、褒めてもいいのよ?
「さすがは姫様お優しい、と言いたいところなのですが、申し訳ありません。姫様? 優勝賞品をお忘れですか? 複数人数で分けられる物ではありませんし、ましてや二人ともに授与される訳にも参りませんよね? そうなれば私もフランと、と考えてしまいます」
褒められるどころか完全否定されてしまった……。カイナさんは軽くため息、キャロルさんはやっぱりかー、という表情でがっかりしている。ごめんね。
た、確かに優勝者に与えられる賞品は私と、その……、でぃ、ディープキスできる権利。……は、恥ずかしい!! 二人にあげたら二人とすることになっちゃうよね。それはできたら避けたいと言うか……。シアさんとフランさんが組んだら誰も勝てないよ、最強すぎるよ。
あ、もう一つ思い付いた、今日の私は冴えてるね。母様の膝の上だからかな? でもこれは受け入れられないと思う……
「しょ、賞品を変えればいいんじゃないかな!」
「無理です。決定事項です。例え姫様のお頼みであっても変更する事はできません、お諦めください」
「即却下!? そんなに私とディ……、お、大人のキスがしたいの?」
「したいです!!」
「即肯定!? ほ、ほかのみんなは、ってメアさんとフランさんは聞くまでもないや……。クレアさんは?」
クレアさんは私の事は可愛がってくれてるだけで、変にからかったりはしないよね?
「してみたいかと問われれば、はい、させて頂きたいです。そんなに頻繁に、毎日のように、とは言いませんが」
「意外……。クレアさんを見る目がちょっと変わっちゃいそう……」
クレアさんとはキス自体あんまりしてないからかもしれないね、と思いたい信じたい。よし、信じた!
「姫様はご自分のお可愛らしさをもう少し自覚してくださいね。同性ですら、恋人のいるクレアですら魅力してしまあ痛っ! く、クレア、肘はやめて……」
肘で突かれた脇腹を痛そうに両手で押さえて、涙目で言うカイナさん。
「変な意味にお取りになってしまわれたらどうする……。む、スマン、強すぎたか?」
この二人は相変わらず仲が良いなあ……。すっごく痛そうだけど……
さて、メイドさんズは止めるどころか、逆に賞品の変更を反対する勢いだね。ここは今までにこやかに沈黙を守っている母様と姉様に聞いてみよう。あ、姉様は止める気は一切無さそうだね。母様に聞こっと。
「ねえねえ母様、いいの?」
座ったままの姿勢で、見上げるようにして母様に問いかけてみる。
「うん? 上目遣い、可愛いわ……。そうね、いいも悪いもあなた次第よ? シラユキは四人の内の誰かと舌を絡めるのは嫌? 嫌ならはっきりとそう言わないとね。楽しみにしてるあの子たちの手前言い出し難いのは分かるのだけれど、無理にするようなものではないわ。まだまだ子供なんだし、ちょっと早いのは確かよね……」
うん、それなんだよね……。特にシアさんとメアさんがやる気全開! って感じなんだよね。メアさんは本当にキス魔なんだから……。シアさんは多分私の初めてを一つ奪いたいんだと思う。ファーストキスは父様にあげちゃったからね。しかし、舌を絡めるとか表現が生々しいよ母様……。それ以前に、女性同士でそんなキスをするなって言う理由では止めてくれないんだね。母様の中では私の恋のお相手の性別はどちらでもいいんだろうか……
と、とりあえず母様の言った事を考えなきゃ。ええと、嫌か嫌じゃないかと聞かれたら、不思議と嫌じゃない。今でも普通のキスは毎日してるからね。むしろされない方が辛い。でも舌を入れられるなんていうのは抵抗がある、凄くある! し、舌が口の中に入ってくるあのニュルッとした感触、気持ちいいような悪いような……、あれ? なんで感触を知ってるんだ私……、あれ!? ちょ、誰としたの私!? まさか寝惚けているうちに誰かと? 誰!? 誰となの!? ……あ。
思い出した!!!
「シラユキ? あらら、ちょっと意地悪な聞き方をしちゃったかしら……。ほーら、シラユキ、こっち向きなさい」
私を横抱きの状態に座らせ直し、目と目が合うように顔を上げさせられる。
「う? なあに? 母様。今ちょっと考え事しちゃってたの、ごめんね」
「あら可愛い。ね、シラユキ、一度私としてみる? そうすればその後あの子たちの誰かとする事になっても抵抗なくできるんじゃないかしら。ほら、少しだけ口を開けなさい」
「何がどうなるとそういう考えに至るの!? 母様となら全然嫌じゃないんだけど、みんなの前だと恥ずかしいよ……」
私の顎に手をかけて、顔を寄せてきた母様を全力で止める。
母様の考えもありなんじゃないかなと思ってしまう。あの感触に慣れさえすれば……。いやいや! ちょっと待て私!!
いくらここにいるみんなが大切な、大好きな家族でも……、ディープキスはありえなくね? 恥ずかしいとかそういう問題じゃなくね? 流されかけてたけどやっぱりこんなのおかしいよ!!
体をまたメイドさんズと向かい合うように戻して、はっきりと伝える。シアさんは横にいるんだけど。
「ゆ、優勝賞品は変更するよ!! みんなが嫌って言っても変えちゃうんだからね!」
たまにはお姫様らしくメイドさんズに命令を……、命令じゃないなこれ。断られたらこれ以上強く言えそうに無いし。
ま、まあいいや、みんなの反応は、と。ちょっと強引だったから不安だね。納得してもらえるといいんだけど……?
「そん……な……。し、しかしっ、姫様の命、背く訳には……!!」
両手を強く握り締め、何かに耐えているシアさん。とても辛そうだ。
どうやら最難関のシアさんは引き下がってくれたみたいだ、私が本当に嫌がってるっていうのが分かったのかもしれない。絶対に嫌だ、っていう訳でもないんだけどねー。
「うーん、ちょっと残念だけど、姫の嫌がる事はしたくないからしょうがないか。いいよ、まだ暫くは普通のキスで我慢してあげる」
「あーらら。もっと慌てるシラユキが見たかったな。ま、私はオウドンの正体が知れればそれでいいから気にしないでね」
「私もたまに膝抱きにさせて頂ければ満足です。今のはっきりとした力強いお言葉、姫様のご成長を嬉しく思います」
メアさんフランさんは特に気にした様子は無い。クレアさんにはまた変な方向で感心されてしまった……
メアさんの言う普通のキスって唇舐めたりするからちょっと危ない気もするんだけどな……。それとフランさんはやっぱり、慌てたり悩んだりする私を見て楽しんでただけか。でも何故か悪い気はしない。
「はあ、これで楽しみが一つ減っちゃったわ。折角シラユキが諦めかけてたのにお母様ったら……。いいわ、もう、お姉ちゃんとしましょう? シラユキ。気持ちよくしてあげるわよー?」
「ふふ、ごめんねユーネ。でも駄目よ、シラユキの初ディープキスは私が貰うのだから。あなたは我慢しなさい?」
「ユー姉様黙ってると思ったら! 止めてよ! もう!! ユー姉様とも母様ともそんな事しなーいの!! それにもう一回しちゃって、あ……」
「え?」「なんですって?」
やってしまった……。私の不用意な一言に全員の視線が集中する! 怖いです!!
「だ、だ、誰とです!? はっ!? メアですか!!」
カッと目を見開き、メアさんを睨みつけるシアさん。両手にはそれぞれ四本ずつのナイフが握られている。
「ちょっ、違う違う、私じゃないってばうわ! ナイフはしまって! その目は怖いよ!!」
メアさんはシアさんの迫力に押され、クレアさんの背中に隠れてしまった。
おお、そのカッコいいナイフの握り方、久しぶりだね。さて、シアさんの意識が他に逸れている間にいい誤魔化し方を考えなければ……
「殺気は出ていないしまだ大丈夫だ。バレンシアでもメアリーでもないのなら……、残るはフランか」
「えっ、いやっ? わ、私はそんな事シテナイヨー? レンジャナイノカナー?」
殺気とかなにそれこわい。えっと、どう誤魔化そうかな……。正直に夢の中で、なんて言ってもみんな納得はしてくれないだろうし……、? フランさんはなんで後半棒読みなの……?
「あはは、バレバレだよフラン……。寝てるシラユキ様にやっちゃった? シラユキ様は寝たふりでもしてたんですか?」
「フランさん? なんで棒読み……、え?」
私がフランさんに問い質すと同時に、キャロルさんがほぼそのまま答えを言ってくれた。
ね、寝てる私に……? 何を……? 何ってそれは……
「あれ? あっれー? 自爆した?」
なん……ですって……
「フランさんいつの間に!!!?」
まさか三人の中で一番安全だろう筈のフランさんが!? い、嫌じゃないけどちょっとショック!! ちょっとで済んだ事がさらにショック!!
「ほほう? フランでしたか……、これはどうしてくれま……、? 姫様?」
「姫様にお心当たりは無いのですか? それではどなたと……、あ、ウルギス様かルーディン様でしょうか?」
うん? 二人とも何を、あ! しまった! フランさんにされたっていう事にしておけばよかったー!!
「違うよ! それよりフランさんの犯行を流さないで!! いいいいつしたの!?」
ご、誤魔化せるか!? 多分、いや、絶対無理だ!!
「流しましょう。ねえシラユキ? 誰としたの? お母様怒らないから教えて頂戴? ここにいる皆と、ウルとルーでもないのなら一体誰としたの? それとも誰かに無理矢理されたの? あ、大丈夫よ? ちょっとその人とお話ししたいだけだからね?」
また私の体を横にして座らせ、目を覗き込むようにして聞いてくる母様。さっきと違い、笑顔ではなく真顔だ。両手で顔を挟まれるように押さえられてしまって、目を逸らす事もできない。
「母様聞き方がちょっと怖いよ!」
OHANASHI(物理)ですね、分かります。
もう駄目だ、あまりの怖さにネタしか思い浮かばない……!!
「後有り得るとしたら、ショコラかミラン? 目を放した隙にナナシにされてたっていう可能性もあるわよね。あ、シア、そこを動いちゃ駄目よ?」
姉様の言葉に駆け出そうとしていた姿勢で固まるシアさん。どこへ行こうというのかね?
「ユーフェネリア様! 行かせてください!! すぐに刈り取って戻って参りますから!!」
「何を刈り取るの!? ゆ、夢だよ! 私がしたのは夢の中の話!! シアさんも母様も落ち着いてー!!」
ああもう何が何だかわけがわからないよ……。もう誤魔化すのは諦めて普通に答えちゃったけど、どうなる事やらだ……
「夢? 一体どんな生々しくもいやらしい夢をご覧になられたと仰るのですか! 相手は誰なのですか!! 例え夢の中であろうとも姫様の口内を犯すとは許せません!! ……失礼、興奮のあまりお聞き苦しい言葉を吐いてしまいました、お許しください」
「シア姉様はなんでそんな一瞬で落ち着けるんですか……」
「あら、夢のお話なの? ……ふう、安心だけれどそれはそれでつまらないわ……」
「お、落ち着いた? お母様。ああもう、怖かった。シラユキも変な事言っちゃ駄目、夢とかした内に入らないわよ。まったく、言う事が一々可愛いんだからこの子は。ふふふ」
「あ、夢ってまさか……、あの話せないって言ってた夢の事? ほらほら、シラユキが私とメアが出て行っちゃって大泣きしちゃったあの日の朝の」
「あー、あったね。あの日の姫の甘えっぷりは凄かったよね、ふふ。あ、フランが姫にしちゃった日って、その日? 確かに前の日の添い寝当番はフランだったよね。そのせいでそんな夢見ちゃったんじゃないの?」
「ああ、うん、そうそう。……レン、そろそろナイフはしまおうか」
「言い訳くらい聞いてあげましょうよシア姉様。相手がフランなら別にいいじゃないですか」
「ええ、まあ……。複雑ですがフランなら……」
「悔しそうだな。バレンシアも一度だけとお願いをしてみればどうだ? お優しい姫様のことだ、きっと」
「駄目だよ? 普通にアウトだよ?」
「そうですよね? 皆さん何でそんな当たり前の様にしてるんですか! そういったキスは愛する方とのみするものです!!」
「そう言われてもね? 寝惚けながら私にぶちゅーってしてきたシラユキが悪いと思うよあれは……。ちょっと唇も開いちゃっててさ、舌入れろって言ってるようなものよ、我慢なんてできないってあの可愛さは……。数秒で我に返ってやめたし、許して? ね?」
「ああ……、ううう……。うん、寝てる間で覚えてないし、フランさんにならいいかな……。なんか疲れちゃったよ……」
あんな夢を見た、いや、見させられたばっかりにこんな事に!! ううう、次に会ったら文句を言わないといけないね!
そんなこんなで疲れちゃった私は母様の膝の上でややぐったりと、ディープキス権に変わる賞品が決まるのをぼんやりと聞いていた。
最終的に、姫様に何か一つだけお願いができる権利、という安心できるのかできないのかよく分からない物になってしまった……。もう突っ込む気すら起こらない。無茶振りが来ない事を祈るだけだ。
「では一週間後に向けて、各自悔いの残らぬよう準備を進めてください。ですが、準備にかまけて本来するべき自分の仕事の手を抜かぬようお願いしますね。まあ、一番問題のありそうなキャロが不参加ですし、それはなさそうではありますが、ね。……結局夢のお相手は分からず終いですか……、ふう」
「シア姉様ちょっと機嫌悪そう……」
「それだけ姫様と、その、アレだ。そういうキスがしたかったんだろう。まったく、恥ずかしい話だったな……」
「あ、恥ずかしかったん? クレアって無表情過ぎて分かんないわマジで。アンタも恋人とは何度もしてるんじゃないの?」
「週一デートは欠かさずして痛い!! 貴女の肘打ちは本当に痛いからやめて……」
一週間があっという間に過ぎていく……
それでもなんとか、週一投稿は頑張って続けていきます。