その178
「ただいま戻りました、姫様、ユーフェネリア様」
お昼を食べ終わり、姉様と談話室で寛いでいたら、所用で朝から出かけていたシアさんが帰って来た。今日は何か調べ物があったらしい。
「あら、おかえりなさい、シア。意外に早かったわね」
「おかえりシアさん。フランさんとメアさんもいるんだけどなー……」
私と姉様だけにしか挨拶しないなんて! シアさんはこういうところがいけないよね。
「あはは、私らは別に気にしないよそんな事。で、レン、収穫はあったの?」
「まあ、シアにしてみればユーネ様にしたのもついでの様なものっぽいし……。それはもういいや、結果の想像はつくけど、どうだった?」
シアさんは二人の問い掛けに、力なく首を振ることで答える。
むむむ、駄目だったみたいだね。シアさんでも分からない、調べ切れない事があったんだ……。当たり前の事だけどちょっと意外に思っちゃうよ。気に病んでないといいんだけど。
「あー、やっぱりかー、残念。うーん……、どうしよっか、フラン」
「レンでも無理だったんだから私らに打てる手はもう無いかな。もう本人に聞くしかないんじゃない?」
本人に聞けば解決するんだ? その本人っていうのが誰なのか分からないけど、なんでそんな遠回りする様な事をしてたんだろう? まあ、私は何を調べに行ってたのかすら知らないんだけどね。知らないと言うか教えてもらえなかっただけだけど。
「そう、ですね……。ユーフェネリア様、お力になれず、申し訳ありません」
「あ、いいのいいの、頭を上げて? お疲れ様、ありがとね、シア」
申し訳なさそうに頭を下げて謝るシアさんを少し慌てて止め、お礼を言う姉様。
ふむふむ、シアさんの調べ物は姉様のお願いだったんだ? ちょっと気になってきちゃったなー。
「それじゃ私から聞くよ? ねえねえシラユキ」
フランさんはくるりとこちらに体の向きを変え、聞いてくる。
私かい!? ああもう、また何か企んでたなこの三人は……。あ、姉様が主犯か!
「私に聞けば分かる事なら最初から聞いてよ、もう……。何かな、フランさん」
んー……、でも、シアさんでも分からない事なのに私が答えられるのかな……? 不安になってきた。もしかしたら恥ずかしい事を聞かれるかもしれない!
「オウドンって、何?」
「へ?」
お、オウドン? オードン? な、なんだろそれ……、分かんないよ。私に聞けば分かるんじゃなかったの? 人か、魔物か何かの名前かな……
「ホントは姫に内緒で用意して驚かせてあげようって思ってたんだけどね、そのオウドンっていうの誰も知らなかったんだ。ねえ、姫は知ってるんでしょ? どんな食べ物なの? 教えて教えてー?」
私の両頬を摘んで引っ張りながら、せがむ様に聞いてくるメアさん。
むににに……、うん? 食べ物なんだ? オウドンっていう名前の食べ物……、って、え? は? おうどん? オウドンって、うどんのこと!?
「クレアにもフランにも分からない、名前を聞いた事も無い料理。いえ、料理なのかそれとも食材なのかすら分かりませんでした。世界中を旅して回られていたウルギス様でも聞いた事も無いそうです。私の心当たりも全滅、一縷の望みを託しガトーにも尋ねてみたのですがいい回答は得られず仕舞いでありまして、逆に判明したら食べさせろとねだられる始末……。不甲斐ないです」
やっぱり気にしちゃってるねシアさん。い、いや、まあ、うん……。それは、誰も知らなくて当然なんじゃないかな……。この世界ってうどんは無いんだね……。お米はあるのに、じゃなくて!!
「な、なんでそんな物知ってるの!? それにどうしてそれが私に聞けば分かるって……、え? ど、どういう事? はっ!? ま、まさか……!!」
そそそそれってつまり、私の他に私の前世と同じ世界から来た人がいるっていう事!? だだだだ誰!? 誰なの!? ……あ! ライスさんか!? あの人の行動はネタが溢れすぎてるし、さらに名前がお米っぽくて怪し……、あれ?
うどんの名前はライスさんから、とはまだ分からないけど、誰かから聞いたとして、そのうどんの事を私も知っているっていう事に繋がるのはおかしくないかな? 私の前世の話はあれから全くしてないし、向こうの世界の国の名前とかも出した覚えは無いよ……
「し、シラユキ? どうしたの? 急に慌てたと思ったら考え込んじゃって……。でも可愛いわ。ふふふ、揉んでくれないかしら?」
「はい、本当に可愛らしいです……。もうオウドンなどどうでもよくなってしまいますね。ああ、姫様……」
「レンはそれでいいかもしれないけど、私は料理人として気になるのよ! シラユキー、戻ってきてー! あ、ユーネ様、くすぐっちゃってあげて!」
「考え事してるときに驚かせるような事しちゃ駄目だってば。でも、私もちょっと気になるかな、どんなのか一度食べてみたいよね。姫が食べたいって言うくらいの食べ物なんだからきっと、うん、もの凄く美味しい料理なんじゃないかな。料理だとして……、お菓子とか、ケーキ? 苺が関係してそうだよね」
姉様からのくすぐりはなし? ざーんねん。……そうじゃない、そうじゃないよ。なんだ、私が言ったのか……。ビックリした……、焦ったよ。しかし、苺味のうどん? なにそれこわい、でも食べてみたくもある。……私が食べたいって言った?
「え? 私が言ったの? い、いつ?」
安心はしたけどそんな覚えも全く無いよ!!
「戻ってきたわね。うーん、いつだったかしら? ええと……、ちょっと前に私の膝の上で一緒に本を読んでたでしょ? あの時よ。多分独り言だったと思うんだけど……、『そんな事よりオウドン食べたい』って小さな声で呟いてたのよ。そんな事よりのそんな事が何を指してるかっていうのも気になったんだけどね? シラユキが何か疑問に思った事を横に置いてでも食べたくなる料理ってどんな物なのかしら? って気になっちゃってね、皆に聞いて内緒で作ってあげようとしてたの。まあ、それは叶わなかったんだけどね」
『そんなことよりおうどんたべたい』……?
ネタだよそれ!!! 私何呟いちゃってるの!!?
さすがに意味のないネタですとは説明できる訳も無く、普通に、しっかりとうどんの説明をする事に。どうしてこうなった!!
本当にどうしてだよ……。私、本当になんでそんな使いどころの難しいネタを口走っちゃったんだか。読書中だったんだよね、しかも無意識に? まあ、うん、うどんは好きだから純粋に食べたくなって呟いちゃったという事にしておこう。無意識にうどんが食べたいと呟くほど好きでもないんだけど!
しかし、うどん……、うどんかー。どう説明した物かなこれは。前のメロンパンのときもそうだったけど、共通認識として当たり前になっちゃってる事を改めて説明するのは難しいよ。特に料理関係は私はさっぱりだからね。麺を、ええと……、あ、どんな麺かも説明しなきゃ駄目か。……うどんの麺ってどうやって作るの!? いきなり躓いた!
「姫様、こちらから説明を願い出ておきながら申し訳ありませんが、オウドンの説明はまた次の機会にお願いします」
「え? いいの? シアさんがそう言うなら……」
気を使われちゃったかな、ちょっと悩みすぎに見えたのかもしれないね。
「よくないよくない。ここまで焦らされたんだから今日はっきりと答えを聞きたいって。どうしちゃったの? レン。シラユキが食べたいって言ってるのにさ」
「あ、確かにそうだね、シアらしくない。姫が欲しいって言ってる物は例え世界だって手に入れて見せるっていつも言ってるじゃん」
「なにそれこわい」
それと同じ事を前にも聞いた事がある気がする。ああ、父様からだ……
「ええ、それ故に調べ上げられなかった事を悔やんでいるのですが……、それは一旦置いておきましょう。実は一つ、面白そうな余興を思いついたのです。結果的にオウドンの正体も判明するというものでありまして……」
「あら? 余興? ふふふ、聞かせてシア」
余興、の一言に目を輝かせる姉様。
ほうほう? 私もちょっと説明を考える時間が欲しいし丁度いいね。聞かせてもらっちゃおう。
「どんな余興? あ、フランさんメアさんごめんね、ちゃんと最後にはおうどんが何か分かるみたいだし……、お願い」
「か、可愛い……!! シラユキにお願いされたら断れないわね。ま、私としては今すぐ答えを聞いて作りに行きたいところなんだけど……。レンの考えた余興っていうのも興味あるのよねー」
「私も気になるけど、姫とユーネ様が楽しそうに期待してるし、答えはまだ先でもいいよ。それに、姫からのお願いはどんなものでも嬉しいからね、ふふふ」
フランさんからは右の、メアさんからは左のほっぺを摘まれて引き伸ばされる。
うにににに……。なにこれ幸せすぎる。実はちょっとだけ痛いんだけど……。ふふ、今日はよく頬を引っ張られる日だね。
さてさて、二人の了解を得られた事だし、シアさんのお話を聞こう。さっきから二人の事を睨んでるからね……。あんまり相手をしないとわざとらしく拗ね始めちゃう事もあるしね。
「まあ、余興と言いましても私共が特にお目を楽しませる様な何かをする訳でも、勿論姫様とユーフェネリア様に何かをして頂くというものでもありません。そこはご安心くださいね。簡単な、とても簡単なことなのです。メア、フラン、そして私の三人がオウドンを想像のみで作り、お二人にお出しし食して頂き、そして最後に姫様からの正解の発表……、という催しであります。如何でしょうか」
綺麗なお辞儀でプレゼンを締めるシアさん。
なるほど、私と姉様を楽しませつつも、その間にうどんの説明を考える時間をくれた訳かな。作る側、食べる側、そして答え合わせ。みんながみんな楽しめそうな素晴らしい企画だと感心はするがどこもおかしくはないね。
「面白そうねそれ! いつにする? あ、準備する時間も考える時間もいるわよね? 一週間くらいでどう? お母様にお願いしてクレアも参加させるのもいいわね……」
「あ、それいいかも。クレアさんもお料理大好きだもんねー。カイナさんとキャロルさんにも聞いてみよっか?」
「うん……、確かに面白そうだね。でもさ、姫、ユーネ様。漠然と想像だけで作れって言うのはちょっとどころじゃなく難しいよ? まあ、フランとシア、クレアもそれで問題ないとは思うんだけど、私には辛いかな」
「いやいや、私にも普通に辛いってそれは。ねえシラユキ、ヒント頂戴? ヒント」
「それもそうね、ヒントの一つ二つくらいは出してあげてもいいんじゃない?」
「ヒント? ええっと……、どんな?」
「そうですね……。肉料理、魚料理……、焼き物煮物スープ物等など。ああ、味付けなど細かいところは、考える側も出される側も楽しみが減ってしまうので除外しましょう」
「うん。それじゃ、オウドンは麺料理だよ。それで」
「もう結構です。ありがとうございます、姫様」
「ヒントそれだけ!? あー、やっぱ私には難しいなー。でも姫のため、頑張っちゃおうかな!!」
「麺料理……、麺料理、ね。シラユキが食べたいって言い出す程の麺料理……、ただの麺じゃないわよねきっと。うーん……」
「あ、そっか、パスタ以外で考えるのも忘れちゃいけないか。ありがとフラン」
「ああ! 口に出てた!! 考えてみたら勝負よね、これ……。ふふ……、ふふふ……。これは負けられないわ……!!」
「勝負って……。大袈裟だよフランさん」
「……それでは、一番実物に近い料理を作り上げた者に何か褒美でも頂きましょうか……、姫様から」
「私から!? でも私、あげれるような物は何も持ってないよ? 全部貰い物で大切な物ばかりだし……」
「贈った側からすると今のは最高の言葉よね。シラユキ、物に拘らなくてもいいの。頬にキスとか、そういう形の無い賞品だっていいのよ?」
「ユー姉様頭いい! それじゃ何がいいかな? キスはたまーにだけどしてるし……」
「キス時に舌を入れる権利でお願いします!!」
「!? 私もそれで!!」
「何言ってるの!? メアさんまで!」
「ふふふ、まあいいじゃないの。フランもそれでいい?」
「うん、まあ、いいけどね。これは色んな意味で頑張ってあげなくちゃいけないかな……。レンの野望は私が阻止してあげるから安心しなさい!」
「もう決定済み!? ふ、フランさん頑張って!! お願い!!」
「あ、勿論私も権利は貰ったらちゃんと使うよ? いやー、楽しみ楽しみ」
「やはりフランさんだった!!」
さて始まりましたうどん編、地味に数話続きます。
どうしてこうなった!!




