その168
ショコラさんの膝の上で甘えさせてもらい、落ちに落ち込んだ気持ちも少しは楽になってきた。ちなみにはだけていた胸元はきちんと着直してもらってある。
うーん、本当に馬鹿な事を相談しちゃったね。でも、シアさんが誤解を招くような事ばかりして私をからかってたのが……、あ、違うか。シアさんは私に信用されているからこその行動だったんじゃないのかな。
そう考えると……、私、最低すぎる!!
「ああ、まだ落ち込まれてる……。シラユキ様、あまりご自分を責めないでください。シア姉様のシラユキ様に対しての言動は誰だって誤解しちゃいますよ。まあ、半分以上からかいの気持ちなんでしょうけど……」
「からかいすぎているバレンシアが悪いんじゃないのか? まったくアイツは、子供になんて事を悩ませてるんだ」
そうじゃない、私が落ち込んでるのはそういう事じゃないんだよ。あの日、シアさんの真剣な言葉を聞いて安心していた筈なのに、ちょっとからかわれすぎたからってまた疑っちゃうなんて……
シアさんに直接謝りたい、早く帰ってきてくれないかな……
「それにな、バレンシアが女好きだとして、何か問題でもあるのか?」
「え?」
も、問題?
「それもそうだよね。シラユキ様、私なんて完全に、ですよ? 私はシア姉様一筋ですけど、さっきのガトーの胸にもちょっとドキッとしちゃったんですよ? それでもシラユキ様は普通に接してくださってるじゃないですか」
「へ? え……? ちょ、ちょっと待って、考えさせて!」
シアさんが女の人の方が好きだった場合の問題? 問題って言われても……、え? ど、どういう意味?
問題あると言えばある、のかな? シアさんが私に嘘をついていたっていう事くらい? これは、うん、ありえない。あの状況で嘘をつくとは思えないね。そうなると他には……
女の人が好きだというキャロルさんを例に挙げて考えてみよう。
キャロルさんはシアさんが大好き、シアさんのせいで女の人が好きになってしまったんだったよね多分。メアさんとフランさんの胸にも興味があるとか言ってたし、実際今ショコラさんが胸をはだけたところを見てドキッと……、興奮しちゃった? シアさんだけじゃなくて、甘えさせてくれそうなお姉さん系の女性が好みなんだよね。
別にそのことに対して危機感も嫌悪感も感じないね。キャロルさんが私の家族に手を出すなんて考えられない……、? 危機感? 手を出す? ……それか!!
シアさんがもし、万が一ロリコンだったとすると、私が危ない?
うーん……? 最初の、思い始めの頃ってどうだったかな……。なんで私ってそんなにシアさんの行動に危機感を覚えてたんだろう……?
おかしいな、全然思い出せないや。思い出せないと言うか、当時の私の考えが理解できないと言うか……
ま、まあ、問題があるとしたら、それは私が五十歳くらいになってからかな。初潮がきたら襲われるかもしれない。
この問題もキャロルさんがさっき言った通りなら、私から望まなければきっと何も手を出したりはしてこないだろうと思う。
ちょっと頭の中がごちゃごちゃになってるね。
まず言える事は、シアさんはノーマル、間違いは無い。
次に、キャロルさんとショコラさんの予想が正しいとするならばの話だが、私がシアさんとそういう関係になりたいと望むのなら応えてくれる。男性女性に興味は無くても私の事が好きだから、っていう事だね。
「問題のある無しはよく分かんない、多分あるのかもしれないけど、シアさんが女の人の事が好きっていう事自体もうありえないって分かっちゃったし……」
「ん? あ、ああ、随分長く考えてたな。悪いな、的外れな質問をしてしまった。シラユキはバレンシアを疑ってしまった事を悔やんでいるんだろう?」
「あ、シラユキ様戻られました? すごい集中力……。すみません、落ち込まれているのにさらに悩ませてしまったみたいで……。でもちょっと考えを逸らす事はできたかな」
二人とも私の言葉に思い出したかの様に反応する。どうやら相当長く考え込んでしまってたみたいだ。
「うん、二人ともありがとう、それじゃ談話室に戻ろうかな。後はシアさんが帰って来たら謝って……、でも、シアさん怒ってくれるかな……」
「シア姉様がシラユキ様に対して怒ったり叱ったりするところなんて想像すらできないですよね……。う、羨ましいです」
「まあ、今回はどちらが悪いという訳でもないんじゃないのか? バレンシアのことを疑って私たちに相談を持ちかけてしまったシラユキが悪いのか、それともシラユキに誤解を与えるような真似をし続け、悩ませていたバレンシアが悪いのか……。ふふ、お互い腹を割って話すのが一番だと私は思うぞ?」
二人ともあの日のあの言葉は知らないからね、それを聞けば私が100%悪いっていう結論が出ると思うよ。
言っちゃってもいいとは思うんだけど、シアさんと私との二人だけの秘密のお話っぽくてあんまり他の人には教えたくないと言うか……
「ん?」
「あれ? もう?」
ショコラさんとキャロルさんがほぼ同時に入り口のドアへと顔を向ける。
な、なんだろ……、誰か来た? 二人ともなんでそういう、人の気配を感じるとかできちゃうの!? ……うん? もう?
私が二人と同じ様にドアの方へ顔を向けた丁度その時、コンコン、とドアがノックされた。
「バレンシアです、ただ今戻りました。姫様、お部屋へ入る許可をお願いします」
お客様は、と言うのも変か。訪問者はシアさんだった。
なるほどね。キャロルさんがもう、って言ったのはそういう意味か。ショコラさんが住む場所? の確認に行ってたのにもう帰ってきたの? っていう事だね。確かにもう、だよね、早すぎる。
しかし、一々許可なんて取らなくていいって何回も言ってるのになー。
「いいよ、入ってー」
「ありがとうございます。……失礼します」
私の返事にお礼を言い、すぐにドアを開け部屋へと入ってくるシアさん。
「シアさんおかえりー。確認はもう終わったの? やっぱりシアさんは凄いね」
「ああ、おかえり。……おかえり、か……、ふふ」
「おかえりなさいシア姉様。どしたのガトー? 含み笑いなんかしちゃって」
キャロルさんは、自分の言葉に笑い出してしまったショコラさんに不思議そうに聞く。
「いや、な。ただいまおかえりなんていう挨拶が久しぶりだな、なんて思ってしまってな。うん、悪くないなこういうのも」
「なるほどねえ……。ライナーとちょっとした別行動取った時くらい? 確かにそれと違って、こういう家族とのやり取りみたいなのはいいよね」
ただいまとおかえりか……。冒険者の人はあんまり言う機会が無いのかもしれないね。ショコラさんはやっぱりこのままうちに住んでもらいたいな……
「ふむ、杞憂でしたか。妙な胸騒ぎを覚え急いで帰って来たのですが……。ふう、まずは一安心ですね。申し訳ありませんでした姫様、密談、内緒話のお邪魔をしてしまいましたよね、すぐに退出しますので……」
シアさんは丁寧なお辞儀の後部屋を出て行こうとする。
「あ、待って! もう内緒話は終わって談話室に戻ろうとしてたところだから急いで出て行かなくてもいいよ。それに、シアさんにも話したい事があるし……」
正確には謝りたい事、だけどね。うん? 胸騒ぎ?
まさか私たちがシアさんのことについて話してたのを感づいた? いやいやいくらシアさんでもそれは……。ありえそうで怖い!!
「私にも、ですか? ええと、こちらでお伺いしても? それとも談話室へ移動してからにしましょうか」
「ああ、でしたら私たちは先に談話室に戻っておきますよ。シア姉様とゆっくりお話してください、ふふふ。ほら、行くよガトー」
キャロルさんがいい笑顔でショコラさんの腕を引いて立ち上がらせようとする。
「ん? そうだな……。もう少しシラユキを甘えさせてやりたかったが……、まあ、それは後でもできるか。それじゃあ、先に行って待ってるぞ」
「え? う、うん……」
ショコラさんもそれに応え、私を膝の上から降ろし立ち上がる。
「何ですかその気の使い方、気になりますね……。ですが、姫様と二人きりでのお話、ありがたく受け取るとしましょう。ふふ、嬉しいですね」
シアさんは二人の行動を怪しみながらも、本当に嬉しそうだ。
キャロルさんとショコラさんの二人が部屋から出て行き、私とシアさんの二人が残された。
さて、謝ろうにもどう謝ったものかな……。まずはシアさんのことを二人に聞いちゃった事から説明していかないと? むう、難しい……
私の言葉を待つシアさんはにこにこと嬉しそう。この笑顔を曇らせる様な事を今からしないといけないのかー……
「あのね、シアさん。私、シアさんに謝らないといけないの」
「あ、謝らないといけない、ですか? い、一体何が……、やはり胸騒ぎを信じて正解でしたね。察するに、二人に私の過去について何か聞いてしまいましたか。その……、二人は何と言っていました?」
な、なんという勘の鋭さ! でもちょっとだけ違うんだけどね。……あれ? 過去についてって言えばそうかもしれない? す、凄い! ニュータイプだよこの人!!
「し、シアさん凄い……、町にいたのに私たちの話してる事が何となく分かっちゃったんだ?」
「ああ、いえいえ、胸騒ぎがしたのは確かですが、私のことについて何か話されてるとは思わなかったですね。姫様に何かあったのでは、と急に不安になってしまいまして……。急いで帰って来てみればキャロとガトーと三人で密談されているというではありませんか。二人に何か恐ろしい話でもされお泣きになってしまっているのではないかとこちらへ参った訳なのです」
私に何か? た、確かにさっきまで落ち込んでたよ! もう凄いっていう言葉じゃ表現しきれないよシアさんは!!
……私は、こんなにも私の事を考えてくれている優しいシアさんを信じきれてなかったの……? さ、最低だ……、最低すぎるよ私……
「ご、ごめんなさいシアさぁん……。あ、ううぅ、あああ……」
「姫様!? ど、どうされました? ああ、どんな話を聞かされてしまったのか……。あの二人、ただではおきませんよ……!! 姫様、失礼して抱き上げさせて頂きますね? ああ、お労しい……、落ち着いて、泣き止んでください……」
急にボロボロと涙を零しながら泣き出した私に驚き、優しく抱き上げて慰めてくれるシアさん。
しっかり、もっとしっかりと説明をして謝らなきゃ。それで嫌われる、とは思えないけどちゃんと怒って叱ってもら……えるかなあ……
少しだけ気持ちが落ち着いた、でも完全に泣き止んだ訳ではない。お話は何とかできそうな感じかな。
「っすん、ごめんねシアさん。私、また、シアさんが女の人の事が好きなんじゃないかって思っちゃってたの……」
「ええ? そ、そんな程度の事でお泣きにならなくてもいいのですよ? ああ、申し訳ありません、最近またやりすぎてしまっていましたよね……。姫様は何も悪くありません、悪いのは度々姫様をからかいすぎてしまう私なのですから。……私が姫様を泣かせてしまった事に……? もも、申し訳ありません!! こ、これはどう償ったら……」
私を抱き上げ、抱き締めながら謝るシアさん。
「そうじゃないの……。何年も前にシアさんはちゃんと私に答えてくれたのに、それを忘れちゃってた、シアさんのことを信じ切れてなかった私が悪いの……」
「そんな! 姫様の信頼を裏切る様な行為を続けていた私こそが悪いのです! 姫様は決して、ひとかけらたりとも悪くはありません!!」
私が悪い、いえいえ私こそが。ショコラさんの言った通りどちらが悪いのか決まらない。お互い自分が悪いと完全に思ってしまっている。
どうしよう……、このままじゃ堂々巡りの自分こそが悪い合戦が続いちゃうよ。なんとか解決策を模索しなければ……!!
シアさんのことを信じ切れなかった私が悪い。これは間違いない、絶対だね。シアさんの命を懸けてまでの言葉を信じ切れなかったとか、最低なんて言葉じゃ済まされないよ!!
私の信頼に乗っかり、それまでと変わらず同じ様に私をからかい続けてきたシアさんが悪い? これは、どうなんだろう……? 私がシアさんを信じてからかわれてれば何も問題は無かったんだよね。でも昨日のあの本と、メアさんとフランさんまでも巻き込んだのはちょっとやりすぎだったような気もする。わ、悪い、のかなあ……
「私は悪いよ、これは本当。でも、私が、私だけが悪い訳じゃないのかな……? ねえ、シアさんはどう思う?」
悪いっていう言葉がゲシュタルト崩壊してしまいそうだ……
「私は、何をどう考えても私のみが悪いとしか思えません……。私がからかわなければ姫様も悩まれず、安心して過ごされていたでしょうし……」
シアさんの考えは変わらないみたいだね、でもそれじゃいけないんだ。
「シアさんは私をからかうことが生きがいなんだよね? だからもうそれはしょうがないよ。やめるなんて考えちゃ駄目だよ? シアさんに我慢させてるのに自分は安心して過ごすなんて、私には絶対できないよ。だからね? シアさん」
「は、はい、姫様……」
シアさんは緊張気味に私の言葉を待つ。
「私をからかいすぎちゃったシアさんと、シアさんを信じ切れなかった私。どっちも同じくらい悪い、っていう事にしちゃおう?」
私としてはシアさんが悪いなんて絶対に思えない、ありえない提案だけど出すしかない。シアさんもそう思っている筈だ。でもここが落としどころだと思う。
「ひ、姫様はお優しすぎますよ本当に……。どうか私に全責を負わせてください、お願い致します……」
やっぱり納得してくれないかー……。ど、どうしたらいいんだろう本当に……
私は私だけ、シアさんは自分だけが悪いと思ってる。ちょっと似た者夫婦みたいで嬉しく思っちゃうのは何でだろう? 夫婦と言うよりは姉妹かな。……姉妹?
その時私に電流走る―――! まさに圧倒的閃きっ……!
私たち似た者姉妹? に決められないのなら、母様に決めてもらえばいいじゃない!!
「それって……、普通にバレンシアが悪いんじゃないですか? いえ、そうに決まってます!! いい加減姫様をからかうのは控えた方がいいのではないですか?」
「まあ、姫様をからかうのはバレンシアの生きがいの様な物ですから。しかし、どちらが悪いかと言えばバレンシアが悪いに決まっています。姫様がお気に病まれる様な事が、一体どうお考えになられれば出て来てしまうのですか……」
「あれ!? ま、まあ、カイナさんとクレアさんは私寄りの考え方になっちゃうからだよね、うんうん。母様は?」
「え? 答えなきゃ駄目? この子の期待を裏切る様な事を言うのは辛いわ……。私もバレンシアが悪いと思うわよ?」
「やはりそうでしょう。さすがはエネフェア様です、ありがとうございます。お忙しい中お手を煩わせてしまいまして、申し訳ありませんでした。ああ、もう一つ宜しいでしょうか? 何か重い罰を頂きたいのですが……」
「なんでそうなるの!? 私が全部悪いのに、それでも半々にしてもらおうと思ったのに!!」
「私たちからするとシラユキに悪いところは一つも見当たらないのだけれどね……。考えてもみなさい、あなたはまだ二十歳なのよ? こんな小さな子供に悩ませる問題じゃないでしょう? これは。シラユキが成人してればそれも違ってくるのかもしれないけれど、二十歳の子供に同性愛について悩ませるとか、普通は考えられないわよ……」
「へ……? ああ、なるほ、ええ!?」
「お姫様とメイドという立場を抜きにしたとしても、姫様が悪いなど誰も思いつきもしませんよ……。姫様がそれだけバレンシアの事を好きだという事なんでしょうか? 羨ましいです……!!」
「まったくだ!! エネフェア様、バレンシアには重く厳しい報いを受けさせてやってください」
「お願いします」
「駄目ー! 罰とか駄目ー!! さ、最高の閃きだと思ったのにまさかの全否定……」
「ふふ、可愛い子……。そうね、シラユキを泣かせてしまった事の罰は受けてもらいましょうか。うーん、何がいいかしら……? 貴女たちも考えて頂戴、あ、シラユキもね」
「はい!! ああ、姫様ともっと触れ合えるようになる罰を考えなきゃ……」
「バレンシアを絡めてか? さすがに無理があると思うが……。まあ、カイナに任せる、頼んだ」
「わわわわ……、三人より先に私が何か軽いのを考えないと……!!」
もう私が何を言ったところで母様の決断は覆そうにない。それならば私が先にシアさんに与える罰を決めちゃうしかない!!
「一ヶ月程私と立場を交換してみるとかどうでしょう?」
「カイナが姫様のお付になりたいだけだろう! 却下だ、抜け駆けは許さん!! ……待てよ? バレンシアは姫様の護衛、そして私はエネフェア様の護衛だ。立場を交換するというのなら私の方が適任……、? カイナ……、カイナ! バレンシアが本気で絶望してるぞ……」
「あ!! 却下されたし次を考えましょうか! 危ない危ない……。どっちにしても危なすぎたわ……」
「シラユキは本当に皆にモテモテね、ふふふ。どう? 何か思いついたかしら?」
「メイドさんみんな女の人が好きって訳じゃないよね、不安になっちゃう……。やっぱり私が子供だからみんなもっと構いたいのかな? うん、そうなんだね……。あ、ごめんなさい母様、一つだけ思いついちゃったんだけど罰になるのかなこれ……」
「あら珍しい……。ふふ、言ってみなさい?」
「うん。ええとね、シアさんは罰として、キャロルさんとショコラさんを全力でお手伝いすること、でどうかな?」
「な……、優しすぎるわこの子……」
「ふふふ、姫様らしいですね。自分の事しか考えてなかった私が情けないです」
「まさかバレンシアに与える罰で他者を救おうとなさるとは……、いかん、感動で涙が……。なんという、なんという心優しい方なんだ姫様は……」
「わ、私も感動のあまり涙が……。ああ、申し訳ありません、ありがたくその罰、頂戴致します。……罰なのでしょうかこれは」
「当事者のこの子が決めた事だし、私もそれでいいと思うわ。バレンシア、お願いね」
「は、はい! ふむ……、そうなるとキャロの正式採用はまた当分見送られる事になってしまいますか……。まあ、どうでもいいですよね」
「あ!!」