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165/338

その165

 幸せなお昼寝から目覚め、眠たい目を擦りながらシアさんに着替えさせて貰い談話室へ向かう。


 少し遅めのお昼ご飯だけど、私一人分だけ談話室へ運んでくれたみたいだね。寝てただけだからまだお腹は空いてないけどパンとサラダくらいはお腹に入れておこう。

 一緒に寝ていたメアさんとシアさんは、私がぐっすりと眠っている間に交代で済ませてしまったらしい。今日のいつもより少しだけ気の抜けた三人なら一緒に食べてくれるんじゃないかなと思ってたんだけどちょっと残念だね。



 シアさんに手を引かれ談話室へと到着した私を待っていたのは、お昼ご飯の準備をしてくれていたメアさんとフランさんと……、もう一人。綺麗なエルフの女の人がテーブルに着いていた。


 うん? だ、誰だっけこの人……。会った事はある筈、ある筈なんだけど、思い出せない。

 茶色の腰くらいまである長い髪、そしてやる気の無い死んだ様な黒い瞳……、あ!! この人死んだ目の美人さんだ! 久しぶりに見た!!



 死んだ目の美人さんとは……

 あれは私の十歳の誕生日のお祭りの日。会場となった広場の端っこの方で一人黙々とケーキを食べていたのがこの死んだ目の美人さんだ。

 確か名前は、レナさんだったかな? 姉様と一緒に挨拶に行ったけど、力無く手を振られて挨拶を返されただけでお話はしてなかったんだよね。会ったのも見たのもそれ一回きりだったのだけれど、力のない、疲れた感じの、まさに死んだ様な目をしていたのが強く印象に残っていて思い出す事ができた。

 多分体があまり丈夫じゃない人なんだろうと思う。あの時は私の十歳の節の誕生日のお祭りだったし、無理をさせてしまってたのかもしれないね。



 そのレナさんがどうして私の家に? まあ、森の住人は全員私の家族なんだから遊びに来てくれるのは嬉しい、大歓迎だ。今日は外出禁止だからこういう外からやって来るイベントはさらに歓迎だね!






「あ、来た来た。それじゃ、さっき言った通りにね、ふふふ。シラユキおはよ、準備できてるから座って座って」


 フランさんは部屋に入ってきた私を確認するとレナさんと頷き合い、私を手招く。


 むむむ、この上機嫌さとさっきのやり取り、何か企んでるな……。レナさんを巻き込んでるところを見ると、病弱だったり体が弱かったりっていう訳では無さそうだね。


「ええと、こんにちわー? メアさんフランさんに何か用事なのかな、私は今からちょっと失礼してお昼ご飯食べちゃうから気にしないでお話してていいよ」


 私の言葉に軽く頷くだけで返事をして、でもその後特に何のアクションも見せずに私を見つめるレナさん。


「姫様? ……ええと、フラン? これはどういった催しで?」


「わ、っと、シア、ちょっとこっちこっち……。えっとね……」


 レナさんがここにいる理由を聞こうとしたシアさんをメアさんが止めて手招きし、小声で何か耳打ちをしている。どうやらメアさんも含めて三人で何か企んでいたみたいだ。


「ああ、なるほど確かに……。と、失礼しました姫様、こちらへどうぞ」


「う? うん、ありがと。……内緒話?」


「ふふ、申し訳ありません、内緒です」


 シアさんに椅子を引かれて席へ着く。


 メアさんの耳打ちでシアさんも向こう側へと付いてしまったみたいだね……。しかし、人差し指を立てて唇に当てて、内緒です、はちょっと可愛かった。何か、こう、年上の余裕と言うか、お姉さんっぽい仕草と言うか……


「気になるけどご飯を食べちゃおうかな。それじゃ、いただきまーす」


「はいどうぞ。あ、デザートも用意してあるからあんまり食べ過ぎないようにね」


「うん! ありがとフランさん」


 とりあえず四人の企みは放置、昼食を片付けてしまおう。三人がレナさんと何を話すのかちょっと楽しみだ。



 シアさんから甲斐甲斐しくお世話を受けながら箸を、じゃない、フォークを進める、スプーンもね。それはどうでもいい。

 楽しみにしていたレナさんとメイドさんズの会話は全く無い。メイドさんズ三人はニヤニヤ、レナさんはずっと感情の無い瞳で私を見つめ続けている。


「あの……、あまりそう見つめすぎるのも……。姫様が食べ難そうにしていらっしゃいますよ」


「ああ、ごめん、食べてるシラユキちゃんが可愛くってね。見てて飽きない」


「あ、ちょっ、声出しちゃ駄目だって! ば、バレた?」


 シアさんの注意に元気無く謝るレナさんをさらに注意するフランさん。


 バレるって何が? 声? 確かについ最近聞いた覚えがある声だけど……、うん? シラユキちゃん?



 食べる手を止めレナさんを見つめ返す。

 腰までの長さの茶色い髪。無気力そうな黒い瞳。平坦な元気の無い喋り方。そしてシラユキちゃんっていう呼び方。

 レナさん、レナさんか……、なるほどね。



「ろ、ロレーナさん、なの?」


「もうバレた!! やっぱり声で分かっちゃうかー。私は言われるまで全然気付かなかったんだけどね。ビックリした? シラユキ」


 な、なんだ、何を企んでいたのかと思ったらこんな事だったのか……。まあ、ちょっとは驚いたかな。


「声を出すまで分からなかった? まあ、シラユキちゃんとは何度も会ってる訳じゃないからか……」


「まだこの前会ってから何日も経ってないからねー。でも、何ヶ月も会ってなかったら分からなかったかも……。ごめんねロレーナさん」


「わ、謝っちゃった。ひ、姫? 気にしちゃ駄目だよ。調薬ギルドで会った時とは全然印象が違うんでしょ? 無理ないってば」


 目の前にいるお友達が誰か分からなかったなんて……、いや、それ以前に調薬ギルドで会った時に家族だって分からなかったなんて……


「んー、何を謝ってる? 私だって分からなかったから? フランだって名乗るまで分からなかったんだから気にしないでいいと思うけど……」


「そうなんだけどね。あー、失敗しちゃったかな、驚くシラユキの反応を楽しみにしてただけなんだけどね」


「まったく貴女は……。まあ、悪乗りに便乗してしまった私も私ですが。ええと、それでロレーナさんはどうしてこちらへ? ギルドの手伝いの方は一段楽したのですか?」


 ちょっとしんみりと暗くなってしまった空気を変えるように、シアさんがロレーナさんに話題を振る。シアさんとしては珍しく、わざとらしい話の変え方だね。


「うん、まあ、暫くお休みかな……。今日来たのは、フランに合成調味料のお土産と、バレンシアに茶葉をいくつか渡しにね。シラユキちゃん魔力使いすぎてたみたいだからさ……」


「そういう事。小奇麗にしてるのは家族とか友達に無理矢理されたんだって。まさかあのボサボサ頭がこんな美人になるなんてね……。シラユキ好みじゃない? 胸も結構あるし」


 ロレーナさんが質問に答え、さらにフランさんが補足を入れる。綺麗にすると美人だっていう予想は当たっていたようだ。


 相変わらず質問した分の答えしか返してくれないみたいだね、面白い。フランさんの言う様に、胸も大きい美人さんだし私好みの……、どういう意味!? ……え? 茶葉!!?


「ああ、それはありがとうございます、これでまたブレンドの幅が広がりますね。姫様、楽しみにしていてくださいね」


 ああ! シアさんいい笑顔! 苦さに苦しむ私の顔を見るのがそんなに嬉しいのかー!!


「楽しみじゃないよ! 薬草茶って本当に魔力の回復になるの? 体には良さそうだけど……」


「さあ? どうなんでしょう? 姫様の仰る通り体にはいいと思いますよ。体の疲れを取る事に加え、滋養強壮、病気の予防などなどに効く……、と思われます」


「さあ? って……、え? 思われます!?」


 私がちょっと魔力使いすぎちゃったかなーって思ったら毎回の如く飲まされてたあの苦いお茶、実際効くかどうかはシアさんも知らないの!? プラシーボ効果狙いなの!?



「ロレーナの専門分野でしょ? 説明してあげたらいいじゃない。まあ、この二人のやり取りは見てて面白いからあんまり邪魔したくないのは分かるけどね」


「ん? ああ……、説明? 面倒……だけど簡単にね……。あー……、そのお茶で直接的に魔力が回復する訳じゃないよ。間接的に、だね、うん」


 気だるそうに一言だけの説明をしてくれるロレーナさん。


 び、美人さんが気だるそうにしてると色っぽいね……。ロレーナさんって実は結構モテてるんじゃないかな?


「間接的に? え? それで説明終わりなの? や、やっぱりシアの友達だけあるね、面白いよ」


「どういう意味ですか……。では私が変わりまして説明を続けます。直接身体に作用し魔力を回復、などといった効用は残念ながら得ることができませんね。しかし、間接的に魔力回復を促す役目を持たす事はできるのです。姫様にも何度か説明差し上げたと思います、魔力の回復の一番の近道はよく食べよく休むこと、これに限ります。ですが、魔力疲れの状態での食事は中々に辛いものがありますよね?」


「そこで薬草茶の出番なんだね、ちゃんと考えられてたんだ……。私はてっきりシアさんが怒って苦いお茶を飲ませようとしてるんだとばかり……」


 おおっと、これ以上いけない。


「私は姫様のお体を第一にと考え、心をオーガにしてのまさに苦渋の決断だったのですが……。まあ、姫様にあの苦い薬草茶を飲ませて差し上げたら、一体どれ程可愛らしいお顔をしてくださるのだろう、という考えも確かにありましたね」


 ああ、やっぱりあったんだ……

 多分、シアさんの趣味の薬草茶を私に飲ませてみたい、でも苦いからあまりお勧めはできない。そこで私の魔力疲れときたらもう我慢する必要も無くなったという訳か。


 これはあれだね、趣味と実益を兼ねる、ってやつだね……。うん? 趣味が実益を兼ねてしまった、と言った方が近いかもしれない……




 デザートも食べ終わり、食後の紅茶を飲みながら最近の出来事をロレーナさんにもお話してみた。


「へえ、ガトーが居候……。生活費の当てがつくまで? ふーん……」


 きょ、興味無さ気……、自分も何か考えようっていう気持ちは一切無いんだね。それがいけないっていう事でもないんだけど、もうちょっとお友達の今後についての事くらいには興味を持ってほしいよ……


「宿暮らしだと食費が足りなくなりそうなのよ、それで今日はキャロルと町まで行ってるって訳。報酬で賄おうにもリーフサイドの冒険者ギルドの依頼って安いのばっかりらしくてね」


「安くは無いとは思うのですが……、通常数人で分ける報酬を一人で全て受け取る形になりますからね。しかし、一人では数もこなせませんし、一つの依頼に数日掛かりというのもざらです。s単位の報酬の依頼を週にニ、三こなそうにもリーフサイドのギルドは依頼自体少ないですからね……」


 s単位、数万円単位の報酬が出る依頼かな、円とか懐かしいな……。一週間で10sも稼げれば充分すぎるくらいだと思うんだけど……、あ。


「肝心な事忘れてた! ねえねえシアさん、具体的に幾らあればいいの? 一ヶ月とかそういう期間でさ。私、食費とか宿代とか幾らかかるのか全然知らないや……」


 お金とかお仕事とかそういう事からかけ離れた生活してたからね私って……。お姫様だからしょうがないよね? メイドさんズのお給料とかも全く気にした事無かったなー……


「冒険者だと基本は外食? おっパンは自炊できるの? レン」


「切って塩をかけて焼くレベルでなら……。そうですね、姫様には難しい問題ですよね……。ええと、姫様? 幾らあればどれ程の物を買うことができる、といった事はお分かりになりますか? 例えば『転ぶ猫』のアップルパイは1ホールで25cなのですが、25cあれば他にどういった物が買えるか……、ふふ、分かりませんよね」


 に、25c? いつも食べてるのは六分の一の大きさだったかな、確か4c50tだったね。1ホールで買うと2c安くなるんだ、ってそれはどうでもいいよ。


「う、うん、全然分かんない。苺が一籠で5cくらいだっていうのは覚えてるけど……」


「苺の値段は知ってるんだ……、姫は苺大好きだからねー。明日は苺を使った何か、作ってあげようか?」


「うん!! やった! 話が逸れちゃったけど嬉しい!」


 考えてみたら今までお店で値札とか全く気にしたこと無かったね。もしかしたらもの凄く高い物とかポンポン買っちゃってたのかも……。こ、これからはちゃんと値段を確認しよう!


「苺を使った何かではなく苺その物でもいいかもしれませんね。話を戻しましょうか。私も大体の数字しか分からないのですが、一般の冒険者の方の食費は全てを外食で済ますと考えると一日30c前後なのではないでしょうか。宿代は短期では一日20c前後、長期では一月4から5s程ですね。勿論その日その時によって変動は大きくあるとは思います。問題のガトーの食費は常人の五倍程度と考えると……、食費宿代合わせて50s程になるのでは……、え?」


 50s!? シアさんも自分で言って驚いちゃってるよ……



「ちょ、ちょっと桁外れすぎないそれ……。どうしよっか、レン。さすがにそんな大金を毎月稼ぐのは無理があるんじゃない? 今までよくやってこれてたね本当に……」


「ま、まあ、他の町では10sを超える報酬の依頼も多くはありませんがそれなりにはありますからね……。これは私も本格的に手を貸す方向で動いた方が良さそうですね」


「あ、シアさんがお手伝いしてくれるならもう安心だね。宿代が無くなれば5sも減ると考えると、やっぱり家をどうにかしちゃうのもありに思えてきたね」


「いくらシアでも毎月50sのお金を安定して稼がせるなんて難しいと思うけど……。節約も考えるだけじゃなくて絶対組み込まなきゃ駄目そうだね。金額を提示されると不安になってくるよ」


「んー……、週に10s? ガトーなら余裕そうに思えるけど……? 週にニ、三回一晩のお相手の依頼を」


「駄目!! 絶対に駄目!! まさかロレーナさんからそんな提案が出るなんて思ってもみなかったよ……。ショコラさんにはライナーさんっていう恋人……? みたいな人がいるんだからね!」


「おっパンは経験なしだからどっちにしても無理だってば。ロレーナってまさか、そういう経験豊富だったり?」


「経験? ああ、無いよ。恋愛とか興味無いし、こんな私を好きになる人なんている訳無いからね……。でもルーディン様に胸を揉まれた事は何度かあるよ、物好きだね」


「ルー兄様何やってるの!? って! ロレーナさんすっごい美人さんだよ? モテモテだと思うんだけどなー?」


「そんな浮ついた話も言い寄られた事も無いよ……。恋人なんて面倒臭い物欲しいとも思わない。好きな人は、シラユキちゃんとキャロルちゃんとバレンシアかな……」


「レンとシラユキはモテすぎよね……、好きの意味が違いそうだけど。シラユキが大人になったら愛人にして貰えば? レンもキャロルもメアも、勿論私もシラユキの愛人になる予定だし」


「ああ、いいねそれ……。分かった、それまで処女は取っておくよ」


「ややややめて! 好きって言ってくれるのは嬉しいけど生々しい表現はやめて!! ロレーナさんは女の人同士っていうのに抵抗は無いの?」


「よく分からないね……、キスはできると思うよ。今までそういう事は考えた事すらなかったかな……」


「私は姫なら、姫だけなら、かな? シアとキャロルは言うまでもないし、フランは最近ちょっと怪しくなってきたかも」


「私だって旦那とシラユキだけだって。……でも、メアとレンとも多分できそう……、ごくり」


「獲物を見る目はやめなさい……。と、失礼、考え事をしていました。宿代は何とか、ゼロという訳には行かないとは思いますが、何とかできると思います。問題は食費ですか……、難しいですね」


「うわ、あっさり5sの問題を解決しちゃったよ、シアはホントに凄いね……。さすが姫の愛人筆頭」


「私は愛人ではなく正妻を目指したいところですね。いえ、どちらかと言えば夫役でしょうか……。ふふ、姫様……」


「妖艶な眼差し! 変な誤解が広がっちゃうからそろそろやめて!!」




 ほんの数分の考えだけでどうやら宿代は限りなくゼロに近づけれるらしいね。さすがシアさん! 私たちにできない事を平然とやってのけるッ。そこにシビれる! あこがれるゥ!


 ……ふう。現実逃避も許して貰いたい。ロレーナさんからまた変な噂が広がりそうだよ……。でもロレーナさんは進んで自分から愛人だのなんだの話そうとはしないと思うけどね。







懐かしの通貨設定が出て来てしまいました。

円に直すとsが万の単位、cが百の単位、くらいに見てもらえると分かり易いかもですね。

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