その161
兄様と姉様は二人仲良く手を恋人繋ぎして、そそくさと自分たちの部屋へと戻って行ってしまった。何をしに行ったのかは考えないようにしよう。
談話室に残されたのはショコラさん、シアさん、私の三人。
折角のお勉強会なのに先生二人に生徒一人だとちょっと寂しい感じがしてしまうね。でもメイドさんズは今腕によりをかけてご飯の準備をしているはず、私の我侭で邪魔はできない。
それに、人数が少ないなんて思ってしまうのは本当にただの贅沢な我侭になってしまう。シアさんとショコラさんの二人に、最高の家族とお友達に失礼だよね。
兄様たちを丁寧なお辞儀で見送ったシアさんは、こちらにくるりと向き直り、どこからともなく出した例の丸眼鏡をかける。
おお、シアさん先生だ。相変わらず変に似合って可愛いね。私もおしゃれ用の眼鏡でも作って貰おうかな。
「おお、懐かしいな。しかし、その眼鏡にはあまりいい思い出が無いのは何故だろうなあ……」
「二人して全てを力で解決しようという貴女たちに、それは愚かな行為だと親切丁寧に教えて差し上げていただけではないですか。心外です」
「お前の親切丁寧な教えとは、いつどこから攻撃されるか分からない、さながら戦場の様な場での説教の事か?」
「なにそれこわい。シアさん、ほ、程々にね?」
さてさて、楽しそうでいて怖そうでもあるお勉強会の始まり始まり。ナイフがショコラさんに飛んで行かない事を祈るばかりだ。
シアさんの立ち位置は私の座っている席のすぐ左横、定位置。でもショコラさんは私の椅子になってくれたまま機嫌良さそうに私の頭を撫でてくれたりして可愛がってくれている。私がここに居座っている限りは何も危険は無さそうだ。
この配置、どうやら先生役はシアさんだけみたいだね。ショコラさんは竜人種族本人だし、細かい追加と補足説明を入れてくれるのかもしれない。
ふむ、これは楽しみだ。どんな事をお話してくれるのかな?
「まず……、姫様がお知りになりたいのはガトーが竜人の中でも珍しい種、というライナーの一言の意味でしょう。ああ、ガトーは黙っていてください、順序立てて説明しなければ混乱されてしまいます」
口を開き何か言おうとしていたショコラさんを、シアさんが手を前に差し出し止める。
今ショコラさんが説明しようとしてくれたんじゃないのかな? シアさんは自分が説明したいんだね……。でも、順序立てて?
「まあ、不安も多いですが貴女にも半分はお任せしましょうか。私もそこまで詳しいという訳ではありませんからね。貴女の分かり難い説明を自分なりに纏めただけで……、と、すみません。ではガトー? 竜人種族の種別、簡単に姫様に教えて差し上げてください」
ああ、シアさんもショコラさんから聞いただけなんだね。それを分かり易く纏めて私に教えてくれようとしてたんだ。
まずは竜人種族の種別か……。ふふ、ワクワクしてきちゃったよ!
「任せろ、娘の前で無様な姿は晒せんからな。まあ、種別と言ってもそんな大袈裟な物でもない、言うなれば色が違うだけだな」
「色? ……娘!?」
自然すぎてツッコミが遅れた!
「ははは。エネフェア様の見ていない時くらいなら構わんだろう? 私は姉の様な母の様な……、シラユキにとってそんな存在でありたいものだ」
「うん! それって、家族だね!」
「家族……、家族か、いいな。はは、いかんなこれは、この子と離れて暮らす事ができなくなってしまいそうだ」
「いいよいいよ! 私から母様にお願いしちゃうから。ね!」
私のお願いなら……、いけない! また我侭言っちゃうところだった!! ついさっき私の我侭のせいで母様たちのお仕事を増やしちゃっ、た訳ではないけど、急に必要にさせちゃったばかりなのに。
それに、ショコラさんも私が成人する頃にはまた旅に、もしかしたらライナーさんと結婚して自分の生まれた町に戻るかもしれないんだから、ね。
「むう、本当に姫様に好かれましたねガトー。一人忘れられた私は寂しく説明を続けます」
「あはは、ごめんねシアさん。色が違うって、どういう意味?」
「そうですね……、言葉どおりの意味です。ガトーは白く、ライナーは赤い。同じ竜人種族でも二人は異なった種なのですよ」
「ショコラさんはホントに真っ白だよね。ライナーさんは髪も目も赤いね、肌はちょっと……、こんがり小麦色?」
角も白色と赤色。確かに分かり易く色が違うね。
「美味そうな表現だな。ああ、あれだ、前にバレンシアが言ってただろう。獣人に例えると分かり易いんじゃないか?」
「獣人に……? ああ! な、なるほど!! え? 竜人種族も色々な種類をがあって、それを全部纏めて竜人って呼んでるだけなの?」
でも二人ともぱっと見大きな違いは無いよね。獣人種族の種の違いは見た目から完全に違ってるのにね。
「少し言葉が足りませんね。私の例えたのは獣人種族全てを指した訳ではなく、その内の一種のみを抜き出して例えてみただけでしたよ? 姫様、同じ猫族の方でもナナシさんと別の方では耳の形や尻尾の長さなどに違いが……、申し訳ありません!! その……、姫様?」
説明の途中出してはならない名前を出してしまった事に気付いたシアさんは大慌てで眼鏡を外し、頭を下げ、そのまま上目遣いで私の顔色をうかがってくる。
「うん、大丈夫。ちょっと思い出しちゃったけど寂しくないよ。ありがとシアさん」
まだちょっと前に会ったばかりじゃない、もう。シアさんは過保護なんだから……。でもちょっと、ちょっとだけ寂しい気持ちが……
「うん? んー、別れてしまった友人の名か。おいバレンシア、泣きそうな顔をするな……。どうもしおらしすぎて調子が狂うな……。あー、それでだな、シラユキ? 今言った猫族は、猫の様な耳と尻尾があるから猫族と呼ばれているのは知っているな? 竜人もそうなんだ。あー……、バレンシア、続きは頼んだ」
続く説明の言葉が出なかった、様に見せかけてシアさんに説明を促すショコラさん。
「ええ。貴女にフォローされるとは……、ふう。申し訳ありませんでした姫様。竜人も同じ様に、頭部の角と出し入れ可能な翼、竜化が可能、さらには個別に何かしらの能力を持っている、と。この特徴を持っている者を竜人種族、と呼んでいる訳なのです。明らかに獣人種族とは異なりすぎている特徴ですが、もしかしたら過去には竜族の獣人と呼ばれていたのかもしれませんね。まあ、私の想像なんですけども」
「古代に生息していた竜が人との共存のために人の姿をとった、というのが通説だな。シラユキは竜と聞いてどんな姿を思い浮かべる?」
「へ? 竜?」
いきなり質問されるとは思ってなかった。今は教えて貰った事を頭で纏めるので精一杯だったのに……
まあいいや、まだまだ時間はあるからね、纏めももう少し後にしておこう。
「竜って言えば、えーっと……。大きくて、角があって、口が大きくて牙があって? うう……、ニヤニヤされてる……。後はえーと、翼があって空を飛べて、体は鱗に覆われてたり? 尻尾もあるかな? 爪とかも凄い怖そうな気がする!」
身振り手振りを交えて頭の中の竜のイメージを伝えていたらシアさんがニヤニヤし始めた。
「可愛らしい……、可愛らしすぎます姫様!!」
ああもう! シアさん大興奮だね。ちょっとくすぐったい気分。でもシアさんが元気出してくれたみたいだし文句はやめておこっと。
「シラユキシラユキ、肝心なモノを一つ忘れてはいないか?」
「肝心な物? うーん……? なんだろう?」
竜、竜……、ドラゴン? 蛇みたいに長い、あの難しい漢字で書くほうの龍とは違うよね。絵本に描かれてた大きな体に手足が二本ずつの、西洋のドラゴンで合ってるんだよね。
「姫様は本の挿絵でしか竜の姿を見られた事はありませんからね。あの挿絵の姿が一番多く描かれているのは、その種が一番大衆に知られている竜の姿だからでしょう」
「その種が、っていう事は、他の姿に変わる種の竜人もいるっていう事かな? なるほどー、色が違うより姿形が違う感じかな?」
もう! 最初から色じゃなくて見た目って言ってよ! 似たような物か……
多分ライナーさんとショコラさんが竜の姿になっても微妙に違ってるんだね。首や胴が長かったり、翼の形状も違うのかもしれないね。うんうん。
それじゃ、ショコラさんが珍しい種って言っていたのは、珍しい姿の竜になるから、なのかな?
ショコラさんが竜に変身した姿……? きっと真っ白で綺麗な……、真っ白?
「色? そうだった……、色の方が重要なんだね!」
「はい! 可愛らしいです姫様!! ああ、失礼しました。姫様、ガトーが尋ねた肝心なモノに本当に心当たりはありませんか?」
「あ、それも忘れてた。肝心な物、肝心なモノ……。竜には大事なもの?」
シアさんは完全復活したね。そろそろ文句を言ってもよさそうだ。
しかし、竜の肝心なモノっていうのがさっぱり思いつかないんだけど……、うん? 何ショコラさん口開けて指差して……。美人さんが大口開けるなんてはしたないよ?
お腹空いたのかな? と首を傾げる私に通じなかったかと少し落胆し、今度は唇をすぼめて私の顔に向かって息を吹きかけてくる。
わー、凄い勢い! 凄い! 冷たっ。うわっ、唾飛んできたよ! 汚、いとは不思議と感じないね。楽しい!!
「ええい、疲れる。まだ分からんのかこの子は……」
「え、ええ……。普通に楽しまれていただけでしたね、お疲れ様ですガトー。姫様、お顔をお拭き致しますので少しじっとしていてくださいね。まったく、姫様の可愛らしいお顔に唾を飛ばすとは……、その口が二度と開かない様に縫い付けてあげましょうか……」
シアさんは私の顔をハンカチで丁寧に拭い、髪に唾が飛んでいないか入念にチェックを始める。
「むう、飯が食えんようになるのは辛い、やめてくれ。私としてはヒントのつもりだったんだがな。まあ、喜んでくれた様だしよしとするか」
それくらい別にいいのに……。多分私、ショコラさんとならディープキスだってでき、ないややっぱり。でも普通のキスなら唇にだって全然OKだよ!
まあ、こんな馬鹿な考えはさっさと中断して、シアさんが髪の毛のチェックをしてくれている間に今のヒント? について考えてみようかな。
まあ、もう考えるまでも無いんだけどね。息、ブレス、ブレスケアは大事。じゃなくて、炎の息だね。ショコラさんの風のブレス? は紅茶のいい香りがしたよ。
「ごめんね? ちょっと楽しくって頭が回らなかったみたい。竜といえば炎を吐くんだよね。もしかしてショコラさんは凄い強い風を吹けたりするの?」
「ああ、竜と言えば炎のブレスだろう。ちなみにさっきのは普通に強めに息を吹いただけだ」
凄い! 肺活量も凄そう!!
「はい、髪の方も綺麗になりましたよ。さて、やっと説明ができそうですね。ここで最初にガトーの言った、色、の違いが出て来ます。はい、姫様、赤い竜の吐くブレスはなんですか?」
「え? あ、火!」
「では青、水色の竜は?」
「水! あ、氷?」
「か、かわっ……、こほん。緑の竜は?」
「風! 木? 葉っぱ?」
なにこの連想ゲーム、超楽しい。
「あれ? 次は? ねえねえシアさん次はー?」
折角楽しくなって来たところなのに、肝心の出題者のシアさんがむず痒そうな笑顔でプルプルと震えて黙ってしまっている。
多分全部ハズレだったんだね。笑うなら笑えばいいのに!
「すす、すみませんガトー、姫様をこちらに……」
「あ、ああ、気持ちは分かる。ほれ」
ショコラさんは私をひょいと軽く持ち上げてシアさんへと差し出す。
「ああ! 姫様! もう我慢できません!! 可愛いです可愛らしいです愛らしいです!!」
受け取ったシアさんは私を正面から抱きしめ全力で、しかし優しく頬擦りを始める。
「シアさんくすぐったいよー。ふふ、ふふふふ」
「これがあのバレンシアか……、くっ、くくっ……、ははははは!!」
思いつく限りの褒め言葉を口に出しながら頬擦りを続けるシアさんと、それを見て大笑いを始めるショコラさん。私も自然と笑顔になってしまう。
ごめんねショコラさん。私ショコラさんの膝の上よりシアさんに抱き上げて貰ってる方が嬉しいみたい。薄情な娘でごめんね? ふふふ。
褒め言葉が愛の囁きに変わった辺りでシアさんには落ち着いて貰い、説明の続きをして貰う。
「申し訳ありませんでした姫様。カイナ、ガトーと続き、さらに私まで我を失ってしまうとは、なんという不覚! しかし、姫様の可愛らしさ愛らしさに抗う術など、この世界のどこをどう探そうと見つかる筈も無く、何千の時を重ねようと得られるものではありません!!」
「そっちの説明じゃないから!! 竜人種族の色とブレスの関係の方だよ! もう答え言っちゃってる様なものだけどね……」
そう、竜人種族は色の違いで吐き出せるブレスの効果が違う、んだと思う。それが竜人種族の種別、なんだね。
「いつつつ……、笑いすぎて腹が……。本当に変わったなあ、バレンシア。いや、それがお前の本当の顔なのかもな。ああ、この国に来て本当によかった……。死んだと思っていた友人に会えて、私の事を家族だと言ってくれる友人まで手に入るとはな。おいバレンシア、そろそろシラユキをこちらに返せ」
死んだと思っていた……? ああ、行方不明だったんだよねシアさんって。多分ライナーさんがうっかり口を滑らしちゃったのを聞いて、急いでこの国にやって来たのかもしれないね……。ふふふ、次にライナーさんに会うときに確認してお礼を言わなくちゃ、ね!
ちなみに今私が座っている場所はシアさんの膝の上だ。
「返せ? 聞き捨てなりませんね、姫様をさも自分の物の様に……。姫様は私の膝の上の方がいいですよねー?」
「その小さい子に聞くような聞き方はやめて!! さっきまではショコラさんだったから今度はシアさんね」
「ぐぅ……。まあ、大切な一人娘の言う事だ、大人しく聞いておこう」
「まだ言いますか。ああ、姫様すみません。ここからの説明は少し複雑で難しくなってしまうのですが……。大まかな種別は分かりましたよね? 髪と角と瞳の色と、それに対応したブレスの違いで種分けされる、という事です。竜化した姿も同じ体色で大体似た様な姿になる事が多いですね。まあ、ほぼガトーとライナーからの受け売りですが」
「私にはまだ難しいのかな? うん、充分だよ。シアさん、ショコラさん、ありがとう!」
「いえいえ、どういたしまして。姫様にご満足頂けたのでしたら私も幸せです」
「まあ、確かにちょっと面倒だな。例えばライナーの色は赤で火竜種と呼ばれていて、その名の通り炎のブレスを吐く事ができる。さらにその火竜種の中でもまた微妙に違った奴がいてなあ……。そこに能力も合わさるともう何がなんだか分からん様になる」
「うわあ、ホントに難しそう……、う? ショコラさんの白ってどんな……?」
「ああ、ショコラは……」
「私か? うむ、分からん!!」
「分からないの!? え? 自分の事だよね?」
「胸を張って言う事ですか……。もげなさい」
「おお、久しぶりに聞いたなそれ。相変わらずシンプルなのに恐ろしい表現だ……」
「駄目だよシアさん、ショコラさんの胸は非もげろ対象なの! あ、ブレスは? そこから分からないの?」
「ブレスか? ああ、これもよく分からんな。さらに言うと能力もよく分からん。一応白竜種と呼ばれてはいるが、白は今のところ世界に私だけだしな。何者なんだろうな私は、な? ははは」
「はははじゃないよ! なんてアバウトな……。シアさんは知ってるの?」
「ええ、何となくと想像から導き出した答えなのでその物確実に、とまでは残念ながら参りませんが。まあ、ショコラの事などどうでもいいではありませんか。昼食の準備が整うまでこのまま私の膝の上で甘えていてください」
「ああ、急に投げやりに……。ま、いいや、それじゃ甘えさせてね?」
「はい、お任せください。ふふ」
「シラユキもバレンシアも笑顔なら、ま、我慢するか……。私は白、そしてシラユキも白、だな。ふふふ」
おっパンの謎は明かされぬままに……
次回の投稿は、多分今年中にあと一話書ければいいな、くらいですね。
今日まで毎日投稿していけていただけに、複雑な気持ちです。